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二院クラブ参議院
総発言数
3,106
直近の所属会派
二院クラブ
直近の役職
直近の発言日
1988/03/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 運輸委員会31 件・31%
  • 予算委員会26 件・26%
  • 科学技術特別委員会22 件・22%
  • 決算委員会21 件・21%

※ 全 3,106 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,106 20 を表示
二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 次は、低肺機能、内部疾患の方々のことについてお伺いしますが、内部障害者問題、大変これは大きくなってきました。きょうは低肺機能、慢性呼吸不全の方々の問題を中心にお伺いします。 低肺機能と言われる人たちの実態について厚生省はどの程度把握なさっていらっしゃいますか。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 これは、厚生省さんのおっしゃるのは大体このぐらいなんですが、私どもの方では大体二十万を下らないのではないかと思っております。患者数だけ見てもこれだけギャップがあるわけです。実態調査というのは本当にこれは難しいのはよくわかります。 この間、実はこれ私ごとですが、東京の保谷というところへ参りました。ここで障害者の方々のためのお話をしたんですけれども、その中に外見から全然障害者と見分けのつかない方々がおりまして、その方たちが後から…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 東京に清瀬喜望園という重度身体障害者授産施設があります。全国で唯一の低肺機能者の施設なんですが、この十年間に十三人が退園しました。物すごく少ないんです。そのうち五人の方が亡くなり、五人が再入園してきています。この亡くなった五人の中には、ひとりでアパート暮らしをしていて、亡くなりまして何日もわからなかったという例が幾つかあります。結核ということで受けた差別と長期の療養の生活は今も多くの苦しみを残しております。中には離婚でありま…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 えらい自信を持って答えられていますから大丈夫なんだろうと、これは私の推察だけです。 次に、療養施設の問題ですが、昨年の七月三十日に厚生大臣、斎藤さんでございましたけれども、低肺機能の人は内部更生施設で受け入れており一層充実していく旨のことを述べておられましたけれども、その後、全内協というところに意見を聞かれたりしているようです。内部更生施設の実情を知っている人にとっては実態に沿わない大臣答弁であった、こういうふうに言われてお…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 これはとにかく大きな問題でございまして、アメリカには呼吸療法士という資格を持った方が約二万人、で、これをまた養成する制度があります。この人たちは、呼吸訓練や肺理学療法を行うばかりでなく、患者の自己管理のため日常生活の指導を行うそうです。で、呼吸器科のある病院では、呼吸器科のある病院はたくさんありますけれども、慢性呼吸不全に十分対応できる熟練した医者は東京の大病院でわずかです。特に結核後遺症の慢性呼吸不全は、その器質的変化が著…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 先ほど申しました喜望園という、この清瀬の駅ですね、何段もの階段があるんです。低肺の人は階段を上ることが苦しいために、階段のない次の駅までタクシーで行って、そこから電車に乗るんだそうです。この間も、ある委員の方がおっしゃっていましたけれども、障害者や高齢者、妊婦にとって階段などは大きな壁なんです。これは駅だけではございません。学校でもデパートでも、職場も郵便局も銀行もそうです。こういうための施設改善、これは私も前に当委員会でや…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 そうしますと、官房長官というのは、我々の仲間ではよくインフルエンザの親玉だなんて言うんですね。カンボウ長官ですから風邪を引いた親玉。これはしゃれの部類ですけれども、よくそういうことを言うんですけれども。 してみますと、今の官房長官のお話を承りますと、例えばこれプロダクションにしますと、これまことに失礼な言い方かもしれませんよ。竹下内閣を竹下プロダクションとしますと、マネジャーということになるわけですよね。ですから、それだけ、…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 大蔵大臣に伺いますけれども、こういう問題はとにかくまだたくさんありましてね、障害者の方々がいつもぶつかるのはこの問題なんですよ。もちろん私鉄の会社なんかにはそれぞれのあれがありまして、そう簡単にはいかないんでしょうけれども、こういう安い利子で、いわゆる低利融資と言うんですか、私余り経済の方はよくわからないですが、そういうような方法でこういう会社に貸し付けるとか何かして、こういう問題を一つ一つ解決していけないものなんでしょうか…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 そういう制度がありながら意外とやらないというのはどういうんでしょうか。それは私鉄あるいはJRの方でもそういう気がないからやらないんでしょうかね。あるいは今できている既設の駅その他はやりにくい、こういうことなんでしょうか。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 さてそこで、いつも伺うことなんですけれども、こういう内部障害者の方たちの運賃割引、運輸省もとにかく難しいと言うんですけれども、JRは民間ですから。 そもそも割引制度というのはどういう趣旨のものなんですか、割引制度の趣旨。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 そうしますと、「フルムーン」とか「ナイスミディ」とかというのあるでしょう、いろいろと。ああいうものの割引というのはどういう発想から始まったんですか、あれは。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 早い話が、大勢の人にできるだけ利用してもらう、そして売り上げを上げる、そのためにはいろんな方法を考える、そういうことですね。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 それはそれでいいんですよ、それはそれでね。ただ、内部疾患の方々というのは、これは運輸大臣、聞いておいてくださいよ。今昭和二十四年に身体障害者福祉法ができて、割引はそのころからできたと。ところが、内部疾患の人というのは後なんですよね、これは、この発生は。そのために外されておるわけですよ。そこのところを考えてほしい。 それと、この方たちは、先ほども申し上げましたように、もちろんなかなか動けないんです、そう素早くは。百メートルを何…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 やりますか。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 むしろ、お仲間の方でいろいろと外野席から声が飛んでおるようですけれども、何か内輪もめなさらないようにしていただきたいと思いますけれども。 とにかくこの方たちはもう所得が低いんですよね。で、働けない方も中にはいらっしゃいますし、いわゆる年金をいただいている方もいらっしゃいます。それだけに割引というものを切望しているんです。ですから、そこのところをひとつお考え願いたいと思います。 こういうときに、これ中にはテレビを見ている内部疾…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 それでは、低肺機能の話はこのくらいにいたしまして、今度は子供のことについてちょっとお話をしてみたいと思います。 失礼ですが、総理、お孫さんはいらっしゃいますか。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 これは驚いた、大変御丁寧なお言葉で。 今、あれですか、総理、お孫さんと御一緒にお住まいですか。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 一緒にいないんですか。どちらにいらっしゃる……。

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 私は幸いにして今長男の孫が二人おりまして、うちは男の子ばっかりだったんですが、幸いに長男が二人目に女の子を産んでくれまして、孫ほどかわいいものはないと言いますけれども、多分総理もお孫さんに会うときは、本当に国会の渋面と違って、満面に笑みをたたえて、しわくちゃな顔をしていると想像つきます。 そのお子さん方は、果たして総理のおっしゃっているような「ふるさと創生論」というような状況の中でそのお孫さんたちは生活なさっていらっしゃるん…

二院クラブ・革新共闘1988/03/18

112参議院 予算委員会 第10号

○下村泰君 実際私が子供のころ、私自身は浅草で生まれ育った人間ですけれども、それでもそのころの東京にはそれこそふるさとのにおいはありました、浅草でも。そして、我々子供が遊ぶに十分な空き地もありましたし、それから登ることのできる木もございました。もうまるっきりないですよ、今東京には。隅田川でロープで囲いをしまして、そこに赤い旗を立てまして子供たちはそこで水泳をやったものです。そのロープから外へ出ますと水上警察のお巡りさんにつかまるんです。…