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自由民主党参議院
総発言数
2,774 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
—
直近の発言日
1948/11/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 災害対策特別委員会60 件・60%
  • 予算委員会第一分科会30 件・30%
  • 内閣委員会5 件・5%
  • 予算委員会3 件・3%
  • 本会議2 件・2%

※ 全 2,774 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,774 件中 20 件を表示
民主党1948/11/18

第3回 衆議院 文部委員会 第4号

○一松委員 國語政策の立案は研究所ではしないとおつしやるが、この第二條の二項の一にある「國語政策の立案上参考となる資料の作成」、これをやつてこれを文部省に報告するのでしよう。そうすれば文部省はそれを基礎にして、どういう点をどうしたらよかろうということをとりきめて國会に出せば、これより愼重なことはないと思う。資料があるのにまたそれを審議会に審議させて、その上のことでなければならぬということでなくても、文部省の中の機関にかけて決定し、それを…

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 進歩党が一昨年の一月頃でありましたか、成立いたしまして、爾來昨年の三月三十一日まで継続いたしましたが、その間にいろいろの政策の研究、調査その他のことで同志が相集まりまして民主党を結成することになり、三月三十一日に京橋区の公会堂において民主党の結成大会が行われました。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 一昨年の二月頃進歩党のできました当時には、すでに成立しておつた後に私は進歩党の幹事長に就任をいたしたのでありまするから、そのときには以前民主党の総裁になつておりまして追放せられてやめました町田総裁から、長井源君がその総裁の預かつておる金をいくらか受取つてまいりまして、それを党務部長の地位でありましたけれども、すべて会計を担任してやりまして、私よくわかりません。三月三十一日の当時には私進歩党の顧問並びに民主党の顧問には就職いた…

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 選挙費用の捻出について、いろいろな話のあつておつたことは私承知しておりますが、その時分にはそれぞれの人がいろいろなことを言つておつたようでありますが、私はすべて会計の方に無関係でありまして、多くそのときには地崎君その他の人において、そういうような仕事をやつておつたと思われます。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 設けたように思います。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 私も選挙対策委員の一人ではなかつたかと思いますが、私は早くから大阪の選挙区に帰つておりまして、すべてのことは地崎君や、石黒君が関係しておつたように思います。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 主としてそういう方がやつておつたのであるが、その当時総裁は芦田氏でありましたから芦田氏、それから齋藤氏、私、田中氏等にいろいろ話をお聽きしなければならぬ立場におつたのでありますが、皆選挙に追われて郷里に帰つておりましたために、主として今お尋ねのごとく東京に滯在しておりました石黒、地崎、それらの諸君で運営せられておつたように思います。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 選挙が済みましてから今の月日のころ、その場所において、地崎君から、そういうような報告があつたように記憶いたします。しかしそのときにどこからいくらの金が出て、その金をどこに使つたというようなことは、詳細に話があつたかも存じませんが、ただ私どもはそうかそうかと聽き流しておつたという実情でありまして、それ以上積極的にその内容を檢討したとか、あるいは承認を與えたとかいうような形はとらなかつたと思うのであります。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 あつただろうと思います。ただ私が記憶しておらぬのは、どこからいくらの金が出て、その金をどのように使つたかということを今日記憶していないと申し上げるのでありまして、そのときにはつまり会計を受持つておつた幹事長の地位として、地崎君がそういうことを発表されたことは間違いないと思いますが、ただどこからいくら出た。こうだというようなことは私ども記憶いたしておりません。のみならず私は自分で一つも金を取扱いもせず、また自分の選挙費用につい…

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 なるほど土建業者から相当の寄附のあつたということは、地崎君から報告のあつたことを思い出しました。しかしその金額が百五十万円であつたか、百万円であつたかは今記憶いたしておりません。地崎君が自分の手で相当の金を出しておるというな話のあつたことも記憶しておりますが、そのときに私は思い出したことは、地崎という男は北海道で相当の事業をしておるのだが、自分でそれだけの金をよく出すことができた。太つ腹の男だなと自分で感心したことを今思い出…

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 ほかからも出たような話があつたように思つておりますがね。それはだれから出ていくらということは今記憶しておりません。たしかにそういうようなことは報告があつたことだろうと思うのです。またそうなければ報告にならぬわけなんです。そういうように思いますが、それは今だれからどういうような金があつたというようなことは憶えておりません。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 あるいは芦田氏がそのとき総裁でなかつたかも存じません。総裁になつたことはその後であつたかも知らんと思いますが、その点がはつきり申し上げられません。それから芦田氏が総裁であつたから何もかも知つていると申し上げたのではありません。芦田氏がやはりそのときには民主党の最も重要な地位におられた方でありまして、その方にも話があつたことであろう、こう思うのでありまして、話があつたかどうかということの断言はできない。私主として大阪にずつとお…

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 確かにその通りでした。私間違つていました。そのときに、芦田、楢橋、河合、私、齋藤、田中、幣原、多分これだけで合議体の機関ですべての運営をしておりまして、今椎熊委員の言われますように、総裁を置いたのはその後であつたと、今思い出しました。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 地崎君がそういう報告をしたことは、それは間違いありません。しかしその報告をしたときに、どこからいくらの金が集まつてそれをどういうふうに使つたというようなことも、もちろん報告があつたこと思うのでありますが、今記憶がしつかりしておらぬのです。それからその報告を認めて、それでよかつたとか、あるいはいけなかつたとかいうような、批判的な態度には私は出なかつたと思います。その届出についてどうするこうするという具体的のことまでは話があつた…

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 つまり承認するとかせぬとか、そういう具体的のことはなかつたのでありますが、そういう報告のあつたときに、そうでしたかということの了解はしたのであつたと私は思う。私も了解したと思う。ただその了解したことについて、それを承認と認めるか、あるいは承認と認めないかということは、國会側に任せる。報告のあつたことには何人も異論をさしはさまなかつたことは確かであるように思う。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 いや、最高の幹部が集まつたところで、幹事長の地位にあつた地崎君が報告したのですから、個人的の集りではもちろんない。党の最高幹部の集りにおいて幹事長の地崎君が報告をした、こういうことになる。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 地崎君は、あの方は立候補しませんで、東京に滯在して、自分がすべてのことをやつておりました。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 いやその時分にはまだパージになつていなかつたように思う。パージはその後になつたと思う。ただし報告をしたときには、あるいはパージになつておつたかもしれませんが、今に報告はパージにならなかつたときに取扱つたことを事務の終了手続において報告があつた、こういうように思うのです。しかし地崎君の報告された実際を私今記憶しておりませんから、その点は断言できません。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 地崎君が追放された日時は、今私、記憶でなく、知らない。でありますから、追放された後にそういうことをしたのか、前にしたのかということは、はつきり申し上げられません。

民主党建設院総裁1948/07/06

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

○一松證人 途中でというのは何でしようか。選挙中に……。