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日本社会党北星学園大学経済学部助教授衆議院参議院
総発言数
5,368 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
北星学園大学経済学部助教授
直近の発言日
1965/03/05

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会34 件・34%
  • 外務委員会18 件・18%
  • 議院運営委員会国会審議テレビ中継に関する小委員会12 件・12%
  • 総務委員会11 件・11%
  • 災害対策特別委員会9 件・9%
  • 内閣委員会6 件・6%

※ 全 5,368 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,368 件中 20 件を表示
文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 大学移管協議会は、岐阜、神戸、山口ごとに開かれまして、その内容はかなり多岐にわたっておりまするし、回数等は何回であるかということは私記憶いたしておりません。これもそのときにまとめて添えて差し上げます。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 三大学の問題で、予算の内定後、三十九年の一月三十日から二月の四日にわたりまして、各県ごとに協議会を開催いたしまして、人事、学術、施設等について協議し、それから施設整備計画については、学識経験者を含めて特別部会で協議したわけでございますが、その一々の日や回数を私記憶しておりませんので、そのことは調べてお答えいたしますと申し上げたわけでございます。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 担当者から、説明員でございますけれども、お許しを得れば、答えさしていただきたいと思います。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 概略のことを申し上げます 三十九年の一月三十日から二月四日の間に、三大学個別に大学移管協議会を開催いたしました。それから三十九年の二月十一日から十五日の間に、三大学について現地調査をいたしました。それから二月の二十六日から二十九日までの間に、個別に施設関係の特別部会を開催いたしました。三十九年の三月に、県に対しまして、文部省の施設整備計画の最終案を作成いたしました。それから三十九年の四月二日に岐阜、兵庫、山口三県知…

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 全般に岐阜だけがおくれておるということは事実でございます。他の山口、神戸につきましては、すでに全部話し合いが終わっておるのも事実でございます。と申しますのは、事務的には、大体協議会を開く、あるいはその上の段階で話をするというために事務的な折衝というものはかなりひんぱんに行なわれておるわけでございまするけれども、なかなか煮詰まってまいりませんので、岐阜だけがおくれておるということが実情でございます。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 二月以降、四月の二日に岐阜県知事と次官との話し合いがございました。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 ものごとは、話を進めていくのに、正式に事務的に折衝して問題を煮詰めていくことも必要なことでございますので、そういう経過がかなりあったけれども、なお協議会を開いて合意に達するということに至らないということでございます。 なお、この仕事は私どもと大学局と両者で共同で進めておりますので、前半の部分につきましては、大学学術局長にもお答えをお許し願いたいと思います。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 岐阜の場合につきましては、昨年の十二月十九日に総務部長を呼びまして、私のほうの施設部長と話し合った経緯がございます。ここでも、先ほど大学局長が申しましたように、相当基本的なところで意見が分かれておりますので、今後どういうふうに折衝するかということを私どもとしては検討しなければならないと思っております。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 その主要な点は、現に県庁の庁舎として使用しており、それから将来新庁舎ができて県庁が別のところに移るという場合、現在の県庁舎につきまして、これを大学の病院にしていただきたいということが、大きな点でございます。 なお、補足いたしますが、そういう経緯もありますので、今回の移管につきましては、できるだけ早く、予算が国会を通りあるいは法案が通る前に、準備行為として非公式にわれわれとしてはおおよその線を立てておくといいますか、…

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 ただいま申しましたように、最低一万五千坪に対して現有六千坪でございまするから、県庁舎の提供をいただいた上で、医進課程とか看護婦寄宿舎とか一部の施設の改善等でそのほかに十億円で整備していただきたいというのが、簡単に申せばその内容でございます。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 お話のとおりでございます。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 昨年の十二月の十九日の、これはきわめて事務的な話でございますが、総務部長は県庁舎を渡すけれども、それは十二億で金の中に算入してくれ、そうしてあと一億五千万円で施設を整備する、こういうお話がございました。

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 そもそも話が自由になるものでありますれば、これは何も稠密な地帯に大学を置く必要がなくて、しかるべき環境のもとに広大な敷地、しかも低廉な土地が得られるということでありますれば、これが一番いいわけであります。ただ私、承っておりますところによりますと、やはり大学病院をその地に置きたいということは、地元の側においても一つの条件と申しますか、非常な熱心な御希望であったように承知しております。そういたしますと、これは大学病院で…

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 私たちといたしましては、県に根気よく折衝して話し合いをまとめたいということが現在の態度でございます。しかしこれは他の話がまとまりましたところにありましても、将来にわたって完全なものであるというようなことを言っていないので、覚え書き等におきましても、当然国立の大学でございますから国立文教として整備していくということは当然にあるわけであります。ただ現在七十二の国立大学があり、それをいま計画的に老朽校舎等を整備しておるわ…

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 初めに御注意のありましたその移管等の問題につきまして、十分に両者で話し合いを煮詰められるところは煮詰めて事を運ぶべきだという御注意は、そのとおりでございますので、私どもも今回の二大学の移管につきましては、そのような措置をとって現在まで進行しております。御注意の点は、今後起こりました場合も十分そういうふうにいたしたいと思います。 岐阜の問題につきましては、これからよく県側となお折衝いたしたいと思います。折衝で一体どう…

文部事務官(管理局長)1965/03/05

第48回 衆議院 文教委員会 第6号

○齋藤(正)政府委員 これはもはや実質的に全部協議会で話が終わっておりますので、形式的な調印が残っておるだけであります。

管理局長1965/02/25

第48回 衆議院 予算委員会第一分科会 第4号

○齋藤(正)政府委員 お答えいたします。 所得税関係では、学校法人のうち第一条の学校、すなわち大学から幼稚園まででございますが、その設置を主とするものに対して、個人寄付の一定額が税額控除になっています。寄付金の限度は所得の二〇%を限度といたします。

管理局長1965/02/25

第48回 衆議院 予算委員会第一分科会 第4号

○齋藤(正)政府委員 税の用紙にどう記載されているか、私存じません。

管理局長1965/02/25

第48回 衆議院 予算委員会第一分科会 第4号

○齋藤(正)政府委員 いま大臣お答えいたしましたように、入学時に共通的に取るものはこの寄付の中には入っておりません。なお、所得税につきましては、ただいま申告しました法人のうち一条学校の設置を目的とするものにつきましては、先ほど申しましたように税額控除として三%の足切りと所得の二〇%限度ということであるわけでございます。そのほか大蔵大臣の指定の寄付金につきましても同様の税額控除があるわけでございます。

管理局長1965/02/25

第48回 衆議院 予算委員会第一分科会 第4号

○齋藤(正)政府委員 ただいま大臣がお答え申し上げましたように、五カ年計画の中には約七十万坪を見込んであるわけでございますが、それは昭和三十八年五月一日から四十二年の九月三十日までの建設予定の集団住宅、これはいろいろなものがございます。公団のものもございますし、民間の分譲のものもございます。これを調べまして、当時の時点で五十八万戸ということでございましたので、それに必要な七十万坪を一応社会増に要する不坪数として計上したわけでございます。