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日本社会党・護憲民主連合衆議院
総発言数
3,054
直近の所属会派
日本社会党・護憲民主連合
直近の役職
直近の発言日
1992/12/11

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会54 件・54%
  • 外務委員会46 件・46%

※ 全 3,054 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,054 20 を表示
日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 愛野興一郎さん、配りましたか。

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 経世会の議員の中で、おれはもらったと言っている人いるんですよ。中島巖さん、長野県の。この人は、地元の長野新聞に、金丸さんが選挙応援に来て、選挙応援というものは物心両面だから、もらったとこう言っておる。これは、じゃ、認めますか。本人がもらったと言っておる。いかがですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 名前、間違えました。中島巌でなくて、中島衛でした。失礼しました。おやじさんの名前が頭に入っていたんで。 そうすると、この配分先についてはどうしても言わないということであなたはいるわけですね。 あと六分しかありませんので、残念ながら次へ移りたいと思います。 あなたは、昭和六十二年の竹下さんの総裁選挙のときに皇民党の褒め殺し事件がありましたね、あれを金丸さんが渡邉社長に頼んで、それを今度は石井会長を通じて抑えたという、この当時の…

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 そうすると、これは先ほど自民党の方からもお尋ねありましたが、あと今度は、浜田幸一さんの予算委員長をやめてもらうとき、あるいは朝鮮から帰られた、右翼団体の大変な金丸批判の動きがあったとき、あるいは山梨県の知事選挙等に関する暴力団の動きがあったとき、右翼の動きがあったとき、そういうときにあなたから渡邉社長を通じて石井会長に頼んで抑えてもらった、その段階では、さっきあなたは否定しましたけれども、要するに、石井会長に頼めばそういう右…

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 非常に強くございませんと言われましたが、このことはまた後、当然また事実関係いろいろ調べなきゃならぬ。 もう時間ありませんので、最後に、金丸さんの上申書の問題。金丸さんは、あの上申書は竹下や小沢と相談して生原がつくった、こういうふうに言っているのですが、本当にそうだったんですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 そうすると、つまり上申書の作成には関与していないと、こういうことですか、結論は。どうですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 それじゃ、その上申書を実際につくったのはだれかということは御存じですか。いかがですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 そうすると、安部弁護士が作成される過程で、いろいろ東京地検特捜部に相談しながらつくられたんでしょう。その相談の中で、東京地検から、この内容はこうしておけと、個人でもらったとしておけというふうな東京地検特捜部の何かサジェストがあって、それを取り入れて上申書を安部弁護士がつくったというような経過があったんじゃないんですか。いかがですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/12/11

125衆議院 予算委員会 第10号

○高沢委員 存じていないということで、その壁を破るのはなかなか難しい。 時間がもうなくなりましたが、結局、もう一度初めに戻りますが、私はきょうはあなたを罪人として追求するつもりは全くなくていろいろお聞きしました。そして、このことについては金丸さんが重大な政治責任があるということを私はもう一度ここに述べて、金丸さん自身にいずれまた健康になってこの国会へ出てきてもらって、しっかりと喚問に答えてもらうというふうなことをしなければならぬというふ…

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 ただいまから私、竹下証人に対して御質問しますが、必要に応じてここにおります仙谷代議士がまた関連の質問、こういうふうに考えておりますので、その点をよろしくお取り計らいをお願いいたします。 さて、竹下さん、あなたにまずお聞きしたいことは、あなたと日本皇民党の関係の中で非常に大きな役割を果たした先ほど来出ている稲川会の石井会長、この人の生前にあなたはお会いになったことがありますか。いかがでしょう。

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 先ほど来、その石井会長が皇民党の運動を抑えるという大きな役割を果たした、しかし私は全く知らなかった、こう言われているわけでありますが、しかし、これは日本の現代史の中のだれでも否定のできない客観的な事実です。 今あなたは、じゃ今あなたは、石井会長の働きによって皇民党の活動が抑えられた、そしてあなたは総理・総裁になった、この事実は今は御承知でありますか。いかがですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 私は、この十一月の二日に、ここにおります仙谷代議士と一緒に京都へ参りまして、京都の会津小鉄の幹部の三神忠さん、こういう方にお会いしました。その三神さんはこう言っておりました。 昭和六十二年の九月末ごろ東京の稲川会の石井会長から電話が来た。そして、皇民党は今こういう活動をやっておるが、これをとめてくれぬかというふうに石井会長から頼まれた。そこでこの三神氏は皇民党の稲本総裁に連絡をとって、そし て、これをやめてくれぬか、こう言っ…

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 実際のところはあなたも御承知のとおりです。この皇民党の褒め殺し活動というのは十月の二日までやっていた。三日からぴたりととまったわけです。この段階で皇民党の稲本総裁と例えば稲川会の石井会長、この間でもう褒め殺し活動はやめるという話し合いがついた、こういうふうに考えられます。 あるいはまた、このころに石井会長も出ていた会があって、そういうところへあなたも出席されて、そして石井会長と竹下さん、あなたの間で、それでは皇民党の条件を守…

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 会ったことはないと、こう繰り返し言われますが、しかし、そういう会に出ていたという事実が、もし出ていたとすればこれは歴史的な事実です。必ず明らかになってくるというようなことも私はこれからあると思うのですが、そのことを前提としながら、そういう会であなたは、この褒め殺し活動をやめる条件として、それじゃ石井さんにあるいは稲本総裁にお金を出しましょうというふうなことを約束されたことがありますか。

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 先ほど、金丸さんからお聞きになりましたかと、こう聞きましたが、金丸さんがそういう皇民党の条件を石井会長を通じて聞いた。それで金丸さんは、十月の三日にあなたに目白へ行けよ、こう言われたんじゃないんですか。また、三日の日にあなたは目白へ行ったんじゃないんですか。行ったけれども、目白にマスコミが待ち構えていた、それを見てあなたは引き返した、こういうことが十月の三日にあったんじゃないんですか。いかがですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 これもその京都の三神氏から聞いた話です。あなたは三日に目白へ行かなかった。行かなかったので、皇民党の方では、これは目白へ行くという条件で褒め殺しをやめた、ところが行かなかった、これは約束が破られたということで、皇民党の稲本総裁はもう一度褒め殺し活動を大々的にやるぞということを三神氏に通告したそうです。三神氏はそのことを急いで東京の石井会長へ連絡して、大変なことになるということを報告したそうですが、そのことがまた石井会長から渡…

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 この年の十月の三日の読売新聞、これが読売新聞のスクープ、こう言われるわけですが、きょう、三日の日、竹下当時幹事長、竹下幹事長は目白へ行くということを読売新聞が記事に書いた。書いたからまた多くのマスコミが駆けつけたということになるわけですが、この読売新聞の書き方は、全く根拠のないことを書いたのか。私は、あなたが三日の日は目白へ行くんだという予定があった、これを読売新聞がキャッチしてそういうふうに書いたということではないかと思い…

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 そういたしますと、今度は、あなた自身がさっき言われた、四日に仙台へ行った。仙台で、私は目白へ行くということを発表されておる。四日ですから、先ほど来の話の、六日の日に中曽根さんからこうあったというようなことより二日前です。この辺の時間の関係というものは一体どうなるのですか。

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 先ほどあなたも認められた、十月の五日に東京プリンスで皆さん集まられた。その集まられた中で、これは報道によれば、あなたは、もうとてもこれはだめだ、おれは目白へ行っても会ってもらえない、もうとてもこれじゃ総理にもなれない、こう言ってあなたは大変嘆かれた。それに対して金丸さんが、何を言っているんだ、ここまで田中に反逆してやってきたのは君を総理大臣にするためだ、何が何でも目白へ行け、こう金丸さんは言ったということですが、この金丸さん…

日本社会党・護憲民主連合1992/11/26

125衆議院 予算委員会 第4号

○高沢委員 そういたしますと、ここにまた若干の矛盾が出てきます。その五日の段階で、あなた の意を受けた小沢一郎氏が田中邸へ電話した。田中邸には保岡さんがいたわけですが、竹下さんは田中邸へ行きたい、ひとつ会えるように計らってくれ、こう言ったところが、保岡さんはそれはできないと断る。その電話の後今度は、あなたは自分で今度は電話した。そして保岡さんに、そういうことだと私はもう行けない、目白へ行くのは私はやめました、こういうふうにあなたは連絡を…