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公明党・国民会議衆議院
総発言数
1,251
直近の所属会派
公明党・国民会議
直近の役職
直近の発言日
1973/05/11

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会100 件・100%

※ 全 1,251 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,251 20 を表示
公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 教職員住宅あるいは仮設校舎についても同じですか。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 地財法違反でないという判断ですか。その根拠をひとつ……。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 その根拠について、もう一度はっきりしてください。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 地財法の第二条に、「国は、地方財政の自主的な且つ健全な運営を助長することに努め、いやしくもその自律性をそこない、又は地方公共団体に負担を転嫁するような施策を行ってはならない。」という大原則があるのですよ。そういうことからいって、地方にそうした負担を転嫁してはならない、明らかに地財法違反であると考えるわけです。この点についてもう一度……。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 それは協力はするんですよ。いわゆる心の上での協力あるいは迎えるためのいろいろな地方での協力というものはしなければならない。また、一体となってやるべきであることは当然のことなんです。しかし、国が負担すべき国立の医科大学そのものについて、地方にそうした財政的な負担をさせるということは一、私は、明らかにこの地財法の大原則からいって違反ではないか、このように思うのです。その点について大臣、あなたは大経験者だから……。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 させるということは違反である、これははっきり、いいですね。確かにそのとおりです。私は予算の分科会でもいまの自治大臣にお伺いしたら、自治大臣も明らかにそう発言しておるのです。したがって、誘致あるいは設置については、どうか文部省あるいは大臣がもっと積極的に計画を立てて、いやしくもそうした地方自治体に負担をかけさせたり、あるいは誘致合戦のためにむだな経費を使ったり労力を使ったりさせるようなことがあっては絶対にならないと、私の…

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 日本の医療行政全体がいま非常な問題にぶつかっているときであると思うのです。したがって、医師養成という将来を見通した問題についても、検討の時期に入ってきていると思うのです。 あわせて、今後の医師の養成という問題でお考えになっていただきたいと思うのですが、さらに医者としての一番の基本的な問題は、やはり患者と医者の人間的な関係を理解することが大事であると思うのです。ところがわが国では、医師の免許状をとらなければ患者に接する資…

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 人間性を重視するということで、いわゆる基礎医学、一般教養あるいは臨床医学ですか、そういう問題でかなり論議の焦点になっておるようであります。そうしたことから、いま基礎医学を教える教授が足りない。それとあわせて、本年度予定をされておる医学部、医科大学の教授陣については確保ができますか。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 臨床医学のほうは大体充足できるが、基礎医学の面については、本年度設置分については間に合わないということですか。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 四十九年度創設分についてはだいじょうぶですか。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 医大については若干問題がありますが、私、今後この法案について審議を進める前に、過日の大臣、局長の答弁がありました。その答弁について若干確認をしておきたい。そうした上で、さらに議論を進めてまいりたいと思うのであります。 この法案の提出されております筑波新大学法案についての過日の答弁の中で、局長あるいは大臣も、東京教育大学がビジョンを出された。それを文部省が受けて、そして今回の構想を出した、このように発言をされておりますが…

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 四十四年の七月二十四日に評議会で決定をされた。それが今回の筑波大学のビジョンである。教育大学がそのビジョンを出されたというように申されましたが、それでよろしいですね。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 四十四年七月二十四日の教育大学評議会で決定をされた。その日付は間違いないですか。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 そのビジョンは教育大学から一番最初出された、それでよろしいですね。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 その発言からいきますと、東京教育大学が自主的にこの新大学構想のビジョンを出した、このように判断してよろしいですか。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 そうしますと、ここに非常に問題があるわけです。 昭和四十四年の七月十四日ですか、二十四日ですか。——十四日ですかに、東京教育大学が初めてこの筑波大学の新構想なるビジョンを発表した。いまの発言だとそうだ。そうしますと、昭和四十四年の七月前、六月ですね、時の総理大臣であります佐藤総理は、大学問題の懇談会の席上で、大学移転の考えは失敗だ、むしろ新しいモデルの大学をつくるほうがよいと思う、時の総理が大学問題懇談会の席上で発表を…

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 明らかで、ないとおっしゃるのですけれども、ところが先ほどの発言だと、四十四年七月二十四日に初めて教育大学が新しい大学のビジョンをここで発表したわけです。その間に、それは何カ月か何年か知らないけれども、教育大学としては構想を練ってきたでしょう。外部に向かっては発表をおそらくされていないはずなんですね、これ以前については。その発表されていない前に、佐藤総理が、あるいは坂田文部大臣や自民党の方々が、そういうモデル大学をつくる…

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 まあ移転をするということは、何らかの形で発表になったと思うのですが、そうした新しい大学をつくるという構想は、先ほど申し上げた昭和四十四年七月二十四日が初めてであると思うのです。それはどうなんですか、外部に向かっての発表は。移転は発表したかもしれないけれども……。

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 外部に向かって、新しい大学ができるということは、何回も申し上げるようですが、その年の四月三十日に中教審の答申があったはずです。そこで、その答申の内容は、開かれた大学であるとか、あるいは人事の改善であるとか、中枢的管理機関の確立を強調するんだということから発表になって、その当時からそうした新大学の構想が出てきた。ときあたかも、同じくして七月二十四日にそうした新大学の構想が発表された。その過程の中において、佐藤総理やあるい…

公明党1973/05/11

71衆議院 文教委員会 第17号

○高橋(繁)委員 それは中教審の答申ですか。