関寛治
会議録に記録された「関寛治」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 59 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 東京大学教授
- 直近の発言日
- 1985/03/26
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 59 件の標本- 安全保障特別委員会25 件・42%
- 文教委員会13 件・22%
- 予算委員会公聴会10 件・17%
- 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会外交問題小委員会7 件・12%
- 国際平和協力等に関する特別委員会4 件・7%
※ 全 59 件のうち直近 59 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第102回 参議院 予算委員会公聴会 第1号
○公述人(関寛治君) ところが、第二次大戦後は経済の発展によって多くを拡大した。だからフロリダだろうが、テキサスだろうが、シベリアだろうが同じなんで、北方領土みたいなけちなことを言わないで、なぜシベリア全体に出ていくという考え方を持たないのかというのが、私にとっては非常に不思議でしようがない。それは日本政府のやり方一つでソ連と話し合いがつく問題だ。だんだんソ連が変わるだろうというふうに私は思っております。 以上でございます。
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 簡単に御説明させていただきます。 IPRA(国際平和研究学会)は、オランダのフロニンゲンという小さな町で一九六五年に設立されたわけであります。大体一九六〇年代の中ごろには、五〇年代の終わりごろからアメリカ、ヨーロッパの各地で起こってまいりました平和研究のさまざまのグループがありましたが、これが最初に国際平和研究学会という形でヨーロッパで制度化されたというふうに言っていいのではないかと思います。
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 ユネスコとの関係では、非政府機関(NGO)としてユネスコに関係を持っておりますから、ユネスコからのさまざまの指示が行われております。
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 日本における平和研究の学会は、オープンな組織としての平和学会の設立が一九七三年でございます。これはちょうど、日本学術会議が当時の田中首相に対して平和研究促進のための提案をいたしましたその時期と重なっております。
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 日本平和学会は、文部省あるいは政府からの指示は全く受けておりません。ただし、日本平和学会の構成メンバーは、各大学において若干文部省の科学研究費を受けているケースがございます。その一つの例としましては、一九七五年に広島大学の学内措置で発足いたしました広島大学平和科学研究センターでございまして、これは七五年以降、文部省から科学研究に関する費用を受けて活動しております。
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 広島大学平和科学研究センターは、その中に載っておりません。
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 平和研究のリストが包括的であるべきならば、当然位置づけられるべきものであると考えます。
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 平和研究は、本質的に学際性と国際性とを持っているべきものでございます。したがって、広島大学平和科学研究センターは、出発の当初から国連大学のGPIDプロジェクトに関するのみならず、国際的なネットワークを持つような努力をしてまいりました。現に客員研究員は、日本のほかの大学の研究者をかなり抱えております。顧問に相当する研究員の中には、国際的に著名な平和研究の大家、専門家を含んでおります。日本の内部でも顧問としては、たとえば横田喜三…
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 日本の平和研究の現状は、制度の面での非常な立ちおくれが見られます。日本平和学会が七三年に発足して以来、現在は会員は五百六十名で、これは世界最大の平和学会と言っていいと思います。しかし、大学研究機関における平和研究の制度の立ちおくれは、少なくともヨーロッパの平和研究ないしは米国の平和研究の状況から比べますと、格段におくれているというふうに判断してよろしいかと存じます。 その具体的な事例をちょっと引用いたしますと、西ドイツにおい…
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 広島大学の平和科学研究センターは、先ほどの軍事化に関するシンポジウム以前にすでに一九七七年から七八年にかけて、世界秩序論の構築、世界秩序の構造、その過去、現在及び将来、世界秩序問題への学際的アプローチという三つのシンポジウムを行いまして、それ以後は平和と開発というシンポジウムに名前を変えて行っております。 その平和と開発のシンポジウムの中に国連大学との協力プロジェクトであるGPIDを一部入れまして、平和と開発のシンポジウムを…
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 全体として平和と開発のシンポジウムは、非常に広範な問題を取り上げておりますけれども、ただいまおっしゃられたような平和運動と平和研究と平和教育との関係についてさまざまの議論がやはり行われました。日本において平和研究と平和運動と平和教育とを区別することはできないというのが一般的な常識でございまして、そのような常識がいかに認識のレベルで複雑な認識ではないかということが議論されております。広島大学平和科学研究センターは、ときどき平和…
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 平和運動は、すでに目標が非常に定まった、決まっていることを追求するわけであります。平和研究の方は、一体何が問題であるかということを発見すること、複数の目的の設定、問題が何であるかということがわかってまいりますと、目標自体が新たにあらわれてくるわけです。問題の解決が平和運動の場合にはもうすでに決まっていると考えられているわけです。したがって、平和運動は問題を発見するというよりは、決まった目標と解決方法もわかっているという前提の…
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 大体そのように判断してよろしいと存じますが、平和研究というのは非常に広大な領域でございまして、医学と比較した場合に、どこが根本的に違い、どこが似ているかという点に焦点を当ててお話しますと、若干単純化をし過ぎることになりますが、はっきりとイメージがわかってくるのではないかと思います。 医学の領域には、御承知のように基礎医学と臨床医学というのがございまして、平和研究の中でもほぼ似たように分類を大きく群として分けることができると存…
第94回 衆議院 文教委員会 第12号
○関参考人 平和研究全体の問題をここでわずかな時間でお話申し上げることは、ほとんど不可能に近いと思いますが、私がここでお話する前に、五月十五日ごろまでに出版するものとして有斐閣から「国際政治学を学ぶ」という本を編さんいたしまして、その中で私は「平和研究への道と展望」という章を書きました。恐らくそれをお読みになれば、ある程度概観がはっきりと浮かび上がってくると思います。 そこで、ここでは非常に簡単に申し上げさせていただきたいと思いますが、…
第93回 衆議院 安全保障特別委員会 第4号
○関参考人 私は、第三次世界大戦の危機がいま非常に少なくなったのではないかという猪木先生の判断に全く同感なのですが、第三次世界大戦の危機がなくなったということは、今後そういう危機が再び出てこないということを意味するものではなく、さらに現実にそういう危機が起こり得るという可能性を持っていると考えます。したがって、日本の安全保障政策の一番根底は、いかにしても第三次世界大戦を防ぐために全力を尽くすというのが基本にならなければいけない。同時に、…
第93回 衆議院 安全保障特別委員会 第4号
○関参考人 私もいわゆる第三世界、発展途上国が主として存在している地域においては、民族問題、宗教問題、土地制度問題、言語問題、教育問題というものが、現存の国境を越えて、またがって同じ民族や宗教がいるということがありますために、しかもその間でさまざまの集団の間の差別とかそういうものが働いているために、絶えず紛争になる状況が存在しているというふうに考えます。このような紛争状況が、ある紛争状況の中に閉じ込められて拡大しなければ、その地域の紛争…
第93回 衆議院 安全保障特別委員会 第4号
○関参考人 私は、短期的にいろいろの問題が起こったときにそれに対応できるかどうかというのは、場合によると非常にむずかしいことがあり得ると思うのです。したがって、たとえば石油の備蓄をやるとか、あるいは石油の供給先を多元化するとか、いろいろの努力が短期的にはなされるわけですが、それらの短期的な努力を超えるような大きな石油入手が不可能な状況が来た場合には、仮に軍事力でそういうものを抑えても、これは恐らく日本としては不可能だろう、その場合はもう…
第93回 衆議院 安全保障特別委員会 第4号
○関参考人 私は、ソ連と中国の問題を、これは社会主義国と言われているわけですが、社会主義国として国家を見るのはむしろ付属的なものとして見なければいけないのじゃないかと思っています。つまり、ソ連も中国も、一六四八年に原型のつくられた主権国民国家から成るウェスト・ファリア・システムのメンバーとして国家をつくったということなんです。 ただし、国家をつくったときの条件が非常に悪い条件でつくられた。これは悪い条件と申しますのは、御承知のようにソ連…
第93回 衆議院 安全保障特別委員会 第4号
○関参考人 はい。アメリカは真珠湾攻撃に対して、今度はその真珠湾攻撃をソ連がやるかもしれぬというふうに問題が変わっていって、そうして、アメリカの戦略体制は五〇年代はソ連包囲ということにあった。ソ連の方も革命直後の武力干渉からさまざまの経験をして、そのときそのときの一番の仮想敵国を、学習のつまり反面教師にしてきた。 だから、今後ソ連を変えるためには、われわれとしては新しい戦略が必要である。ソ連は経済的に非常に弱いわけです。これも一つの軍拡…
第93回 衆議院 安全保障特別委員会 第4号
○関参考人 私はやはり、ソ連の革命以後の歴史というものを見た場合に、常にソ連にとって一番危険な状態をもたらした国がソ連の次の政策を形づくる上に非常に大きく影響した、これが私が言う最悪事態学習というものです。つまりソ連革命が起こった後に、これは日本を含めて出兵したわけです。日本はシベリア出兵して惨たんたるもので失敗したわけですが、しかるに、その後のしばらくのソ連の政策というのは、そういうふうにソ連の革命のときに干渉した国というものを非常に…