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日本共産党・革新共同衆議院
総発言数
5,324
直近の所属会派
日本共産党・革新共同
直近の役職
直近の発言日
1976/08/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会80 件・80%
  • 予算委員会20 件・20%

※ 全 5,324 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,324 20 を表示
日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 そこで、戦後のベンジジン等の生産の推移と、いまの膀胱がん、しかも異常な潜伏期間、こういう点から考えまして、異常に生産が伸びた三十年前後に従事しておった労働者がいまになって数多く発病しておることが、ほぼその生産の推移とあるいは潜伏期間の関係からうかがわれるわけでありますが、これは間違いありませんね。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 生産の増加、それに対する生産強化の施策、これはいま私の方から指摘して天谷さんも認めたわけですが、当時の政府として——当時というのは、これが三十年から後に大きな問題になるわけですが、その三十年ごろまで、当時の政府として生産に即して労働者の安全対策はどういうものであったのかということ、当時は労働省が関係せずに通産省がいろいろと関与し、何らかの対応をしておったと思うので、通産省に聞きたいと思います。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 いまたしか労働省の所管ですが、戦後初めてこれについて取り組んだ省庁は通産省と違いますか、当時の商工省ですね。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 当時の記録によりますと、これは間違いがあれば指摘してもらいたいわけですが、昭和二十三年か二十四年かわかりませんが、二十四年ですか、商工省の染料工業対策委員会で対策が議題となった。そして、それを受けて同じ年、化成品工業協会工場衛生小委員会で、直接人体に触れないような対策をとるべきだ、そして昭和二十五年になりますと、予防指針を出して、労働者の体を密閉して接触をできるだけ断つという方向で行政指導がされたやに聞いておりますが、間違い…

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 この商工省の染料工業対策委員会あるいは化成品工業協会で検討された資料はいま残っておりますか、残っておるとすれば当委員会に出してほしいと思います。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 昭和三十五年ごろまで、労働省はこのベンジジンについての対策は知っておったのかどうか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 その後のことについては後で聞きますが、そうしますと、このピークに達した昭和三十年ごろまでは、この生産の監督官庁である商工省、その後の通産省ですが、これが労働者の安全衛生対策の面でも取り仕切っておると言うたら語弊がありますけれども、通産省がこれらについての施策をやっておったということになるわけですね。 そこで、その三十年ごろまでの通産省の施策をいろいろ聞いたり、あるいは多少物の本をひもといてみましても、先ほど申し上げたように労…

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 ただし書きは要りません。 次に、先ほども労働省の方から話がありましたが、その三十年以降、四十七年にベンジジンの製造、使用、輸入の禁止がやられるわけでありますが、この間、労働者の安全対策上どういう施策をとってきたのか、従前と全然変わりはなかったのか、あるいは新たな見地に立ってその施策をやってきたのか、その点いかがですか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 労働者、つまり人体の密閉から設備の密閉というふうに方向が変わってきた、これは三十二年五月の通達でそういうふうになったやに聞いておりますが、間違いありませんか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 設備の密閉についての通達はいつのものですか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 それにしても大変不十分なんですね。余り三十年以前と変わった点がない。しかもこの通達ですが、これは単に企業の自発的な措置に期待するというようなものじゃありませんでしたか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 いや、その中身は、いま申し上げたような自発的な措置をこれに期待するという程度のものではなかったかということです。と同時に、周知徹底ができたかどうか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 かつて四十六年ごろの国会の中でも、参議院の決算委員会で問題になりまして、周知徹底という面については非常に不十分であったという答弁が出ております。 そうして、通産省にお聞きしますが、こういう状況が継続をしてきたわけでありますが、あなたは先ほどの答弁で、当時の状況としては適切な措置を講じたつもりだというふうに言われました。私は、このような有害性の高い物質の人体に及ぼす影響などを十分分析する、あるいは調査する、検査する、こういうこ…

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 後で触れますが、外国ではずいぶん早くからこういう症例があり、これに対する一定の施策がなされていた。ところが、日本ではこういうものを生産しておる地域のお医者さんがそれぞれ論文を発表する、これは古いのになりますと一九二二年、大正十一年、このときからいろいろと民間の方々、特に医者がこういう研究をし、それからその症状例等を発表しておりますね。そういうことがやられながら、先ほども指摘したように、通産省としては物質そのものについては監督…

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 こういう点から考えて、これは労働省もさることながら、通産省サイドでも、戦後の一連の経過からして非常に大きな責任があるのと違うのかというふうに思います。いかがですか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 戦後の混乱時期と言われますが、昭和三十年の時点をとってみましても、もう戦後十年を経過しておるわけですね。 では、角度を変えますが、昭和四十七年の十月にこのベンジジンとべータナフチルアミンが製造、使用禁止になった、この理由はいかがですか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 ちょっと先ほども触れましたが、四十六年の三月五日、参議院の決算委員会でわが党の渡辺武委員がこの製造、使用の禁止を強く要求しております。この当時北川さんが答弁に立っておりますが、この渡辺議員の具体的な実態を踏まえた製造、使用の禁止の要求に対して、労働省の答弁はどうかといいますと、私たちがいままでとってきた防護対策、密閉式あるいは保護具の着用あるいは換気装置の備えつけをやれば、ベンジジンによる職業病の発生は防ぎ得るから、いまの段…

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 正確に答弁をしてください。もう責任を回避するようなことは困ります。四十七年にいま申し上げた製造禁止に踏み切った。このときの国会答弁はどう言っていますか。ドイツのバイエル社で相当な設備をしても発病した、それから、設備密閉化をどんなにしても発がんを防ぎ得ない、これで製造禁止に踏み切ったとはっきり言ったじゃありませんか。どうですか。

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 聞いたときにはそういうふうにはっきり答えてくださいよ。一々またそういうことを引用しなければならぬ。 そこで、三十年以降ですが、労働省が行政指導でいろいろ対策の指導をやってこられた。しかし、それでも不可能だということがわかって、結局禁止をするということになりました。だから、このことは、昭和三十年以降の政府の対応を見ましても、労働省の命を軽視してきた、こう言わざるを得ないというふうに思います。そのことによって、現に死亡し、また遺…

日本共産党・革新共同1976/08/24

77衆議院 商工委員会 第18号

○野間委員 いまの実態をどう考えておるかということです。