P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ ☆
自由民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣参議院衆議院
総発言数
4,540 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
内閣総理大臣臨時代理・外務大臣
直近の発言日
1955/06/16

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 外務委員会86 件・86%
  • 予算委員会13 件・13%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 4,540 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,540 件中 20 件を表示
日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 それは今申し上げました通り、今申し上げるわけにはいきませんね。それは、すべてそのときに政治問題にからまるのです。そのときにこそからまってくるのだろうと私は思います。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 それは、何もアメリカ側の方でむずかしくこの問題を取り上げているわけではないのでございます。そこで、九条をはずすということもアメリカ側では異存は少しもなかったのです。それで、それならば日本が希望するときに援助するということに対しても、アメリカ側としては、その言質を与えることはそれはそれでよかろうと、ごくあっさりとそういうことに了承しているわけでございます。そこで九条をはずしたというその趣旨は、先ほど申し上げた通りに、これは…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 そのいきさつを言えば私にも言い分があります。学術会議で、そういう材料はすべてあったにもかかわらず、ひもつきとかなんとかいう問題は議論も何もなかったのです。そうして濃縮ウランの交渉は早く進めてなるべく早く妥結をするようにというのが学術会議の決議です。その決議を政府としては閣議で了承して、それじゃそうやろうじゃないかといって始めたのです。始めたところが主としてこの議会において、これを政治的に観察されたかどうか知らぬけれども、…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 韓国との関係、これも私本委員会ではなかったかと思いますが他で御説明をいたしましたが、これは実は今非常に心外な状況であることを申し上げなければならぬのを遺憾といたします。心外と申しましても、特にこれがどうというわけではございませんけれども、韓国との関係は私どもが政府に入りまして後に最も早く手をつけ、最も重要視した問題なのであります。そこで一時は非常によくいく形勢でありました。そしてあるいは具体的に本委員会でも報告をし得るよ…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 日ソ国交が回復すればソ連もじゃますまいと思います。だから国際連合加盟の問題を一番先に交渉の条件みたいにして取り上げる必要もないと私は思います。しかしソ連が日本の国際連合加盟に反対してきたことも事実でありますから、この機会にそういう反対を撤回してもらうということを話すのは時宜に適したことだ、こう考えております。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 それはしょっちゅうやっております。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 それもやはり交渉の内容に触れることとして私は議論をいたしたくないのでございますが、ソ連が中立条約を犯して一方的に宣戦を布告したということは、これは私も事実のように思います。しかしソ連はまた違った言い分を持っております。さようなわけでありますから、今日国交の正常化をはかろうというこの交渉において、そこから言い立てをすればこれはもう交渉をしない方がいいのです。まあそういうようなところは、世界の批判にも、全部といかなくてもある…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 フィリピンの賠償問題は、もうこの前ここで御説明をした通りでございます。八億というのはフィリピン側の数字でございます。四億というのは日本側の数字であります。その中を打ち割ってと申し上げたわけでございますが、さような考え方でもって、われわれが四億でなければ一切いかぬのだという態度を示せばこれは破裂でございますから、そこに向うの言い分も加えていろいろ検討をしたのです。そのうちは実際の賠償は御承知の通りに現物賠償で、現物賠償四億…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 数字は言わないで下さい。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 どうかさっきの数字は、私見でもこの席じゃやめて下さい。なかなかそうはいきません。そこで、そういうことはございません。まだ人選とかなんとかいうことは全然やっておりません。要するに、これはどこまでで固まり得るかということを今押し詰めておる時期でございます。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 そのワクの緩和の問題は非常に複雑な手続を経なければならぬ、交渉の段階を経なければならぬようです。これはゼネヴァ及びパリにおけるココムの関係とか関税関係その他の詳しいことは、もしお入り用ならば関係の者をして説明させましょう。私よりもその法が正確でございますから。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 事実です。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 それはいろいろそういうようなことを考えております。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 移民は受け入れ態勢のいいところからやっていきたい、こう考えております。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 御意見はよく伺って、考慮に入れてやりましょう。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 私はユネスコも非常に大きな役割をしておると思っております。しかし世界連邦のごときものが、なるべく早い時期に実現をすることになることは、私も国際人として非常に熱心に希望するところでございます。どうか皆さん方の御尽力によって、少しでも早く実現するようにいたしたいと思います。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 私どもは、ソ連がどういう態度でこの交渉に臨んでくるかということについて、はっきりした見通しを実はつけ得なかったのでございます。またそういうことについて判断を申し上げたつもりはないのであります。これはどう出てくるかわからぬと申し上げたのです。そこでこれは甘いも辛いもないと思います。しかしソ連の出方が、そう日本側の希望する通りに来るものではないということだけは、これは国際情勢にやや通じておる者は判断にかたからぬことだ、こう思…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 その将来の見通しについて申し上げると、またあとから、お前違ったのじゃないかとやかましく言われるかもしれませんけれども、私は常識論として、ソ連の態度は違ってきたと思うのであります。その理由は、それはサンフランシスコ条約のときには、ああいうサンフランシスコ体制にはソ連は絶対に入らない、意見が根底から違うということで、あれは調印をしないで拒絶したわけであります。しかしその後、特に去年の秋ごろからの情勢を見ると、とにかく日本との…

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 私はそういうことを議論するような事態が早く来ることを希望いたしているわけでございますが、それは理屈上そうなりましょう。理屈上そうなりましょうが、それは先のこととして考えていいように今は思っております。ソ連に与える場合にはほかの国にも均霑するということは、おそらくそれは均霑するでしょう。しかし、ちょっとそういうことも想像ができませんので、今は、理屈としては均霑すると申し上げておきます。

日本民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣1955/06/16

第22回 衆議院 外務委員会 第20号

○重光国務大臣 それはどこで得られた情報か知りませんが、非常に真相と違っておるようです。これは、先ほど申し上げる通りに、向うの賠償交渉の主任のネリ大使が東京に来て、賠償問題の交渉に当った際に、高碕長官、私、その他外務省員と、その賠償交渉について意見の交換をしたことは事実でございます。これは先ほど繰り返し繰り返し申し上げた通りです。そうして向うは十億から八億までおりてきた。こちらは四億の線は譲れない、特に毎年二千五百万ドル以上の支払い能力…