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自由民主党農林大臣衆議院参議院
総発言数
8,924 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
農林大臣
直近の発言日
1955/07/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 農林水産委員会46 件・46%
  • 内閣委員会24 件・24%
  • 本会議14 件・14%
  • 物価問題等に関する特別委員会7 件・7%
  • 決算委員会6 件・6%
  • 懲罰委員会3 件・3%

※ 全 8,924 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,924 件中 20 件を表示
日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) これは私直接閣議に参加しておりませんで、閣議の様子は開きませんが、承わりますところによりますというと、文部省の方では調査中、こういうことで、大蔵省として、はっきり賛成とも反対とも意思表示はなかった、そのままで提出した、こういう事情になっております。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) おっしゃる通りでございます。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) その当時に学校看護婦という名称で勤務しておりたものでありますが、その後においても続いて学校看護婦という名前が変りまして、学校養護教員とか教諭とかなっておりましたが、しかしその後においてもまだ正規の資格を持ってたかった者も含むことになっております。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 概算約一千一百二十人くらいになります。そして昭和四年度から就職して任用されるまでの年数、二分の一として、任用後の年数を合せて恩給を受給されるものとみなされるものは概算約五百七十四人と、こういう数になっております。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) ただいま申し上げました五百七十四人となるものを、例年の退職者の数を調べますと、平均約四%でありますので、まあかりに退職予定者を五%とするというと、毎年約二十九人くらいが退職することになる、こういうことになっております。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 今のお尋ねのことでございますが、先ほど申し上げましたように、直ちに該当する者、この法案が通るものといたして該当する者といたしましては約二十九人くらいの人数になる予定でございます。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 今おっしゃる通りでございます。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 昭和四年以前にもこれに類似した職制はありましたが、昭和四年の十月二十九日に御承知の通り文部省訓令が出まして、学校看護婦の資格とか、あるいは職務内容等がはっきりいたしましたので、そのときを区切って、それ以後の者に該当させようということでありますので、それ以前には全然該当を見込んでおりませんし、該当させるつもりもないのであります。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) ちょうど昭和四年十月二十九日に文部省訓令で学校看護婦に関する件というものが出ておりますが、それは先ほど申し上げましたようにその内容には、養護学校看護婦の資格とか、あるいは職務内容が相当はっきりきまっております。で、御承知の通り昭和十六年の二月二十八日に国民学校令が施行されまして、この国民学校令が施行されて、今までの文部省訓令に規定されておりましたこととほとんど同一の内容を吸収しておることになっておりますので、…

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 私どもの調査では、非常勤の者はなかった調査が出ておるのでございますが、かりに非常勤の者がありまするならば、それは該当させる趣旨ではないと、こういうふうに一つ御解釈願いたいと思います。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) お説の通り、恩給法の建前から言いますと例外的なものになると思いますが、例外の例外というような意味におきまして、遡及することになって適用されるのであります。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 今のお話のような例も始終聞かされるのであります。ただそういう場合と比較しまして、私どもこの養護看護婦を認めるのは、養護看護婦という時代に、養護看護婦の上に何かなるべき地位はなかったのか、たとえば雇とか、あるいは代用教員などもありますが、代用教員の場合には、準訓導になるとか、さらに訓導になるとか、その人個人についてその上に上り得るところの道が開けている、養護看護婦のときには養護看護婦時代が最高の、その当時でいえ…

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) いろいろの例を研究してみたのでございますが、ほかの例で言いますと、階層を持っているといいますか、二段か三段階の階層があって、この階層にあって、これは今まで注意されておらなかったが、その当時で言えば、その次の階層に上り得る、こういう機会があったものが非常に多いようなんでございます。この養護看護婦の場合は、この階層が一つといいますか、この上に上り得るという階層がなくて、そうしてずっと来た、続いてその職務を行なって…

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 国立病院の看護婦というような例も実は私聞かされたことがあるのでございますが、これは先ほど御説明申し上げましたように、国立学校の看護婦ですと、公務員になる道が開かれており、この学校看護婦の場合には公務員になる道が開けていなかった階層が二つ三つあるのじゃなくて、一つで公務員になる道が開けてなくて、ずっと続けてきた。だからこれと同一に見られないというふなことで、かりに国立学校の看護婦の場合に、そういうものを含めるよ…

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 公務員に至らずしてやめられたといたしましても、その当時公務員になる道が開けておったということでありまするならば、この提案の学校看護婦の場合とは性質が違うと、こういうふうにみております。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 今の場合公務員にならなかった者を除外するということでなくて、この法案の、学校看護婦というものは公務員になる道が初めからなかったのであります。そのためにこの法案ができているということでありますが、今の国立学校の場合でございますが、国立学校の場合には、実はいろいろ研究いたしましたが、適用はないことになるのでございます。ちょっと足りませんけれども、一応お答えといたします。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 改正前の恩給法の四十二条と、それから二十二条でありましょうか、二十二条によりまして「教育職員トハ公立ノ學校ノ職員ニシテ官ニ在ルモノヲ謂フ」、「準教育職員トハ國立又ハ公立ノ學校ノ助教諭ヲ謂フ」、この規定から国立には適用がないように解釈されることを法案を出してから実は気がついたのでございます。どうも詳しいことは法制局にでも少しお聞き願うとなおわかると思いますが……。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) そういう趣旨でございます。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 現在そういう数になっておりますので、当然法律施行の際に在職する者、こう見られるわけであります。

日本民主党1955/07/12

第22回 参議院 文教委員会 第20号

○衆議院議員(赤城宗徳君) 残念ながらやめておる者の推定数の調査はしてありません。