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自由民主党経済企画庁長官衆議院参議院
総発言数
9,704 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
経済企画庁長官
直近の発言日
1959/11/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 商工委員会37 件・37%
  • 予算委員会21 件・21%
  • 大蔵委員会21 件・21%
  • 外務委員会10 件・10%
  • 社会労働委員会7 件・7%
  • 物価問題等に関する特別委員会4 件・4%

※ 全 9,704 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

9,704 件中 20 件を表示
自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 参議院を無視しているわけでは全然ございません。われわれとしては、できるだけ慎重な調査の上に立って御報告しているわけです。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 今条約局長の御説明した通りでございます。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 御承知のように、フランスが植民地を開放いたします際に、それぞれラオス、カンボジアとともに、仏印の地域を分けまして、そうして今のベトナム政府というものを作ったわけであります。むろん、話し合いによって作った。その前に、ある時期に、北の方のことを話し合いをした場合もございます。しかしながら、事実上の独立国家としての承認はいたしておりません。その後戦争等が起こりましてそうしてフランスは北を相手にしないということに相な…

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) むろん、当時ベトナムにおきましては、お話のように、いろいろな兵力による争いもございました。従って、その争いによって地域的な変動が若干ずつあったことも事実でございますが、しかしながら、当時ベトナム全土を代表する国家としてこれが認められたということは間違いない歴史的な事実でありまして、その辺につきましては、そういう点から見てわれわれは全ベトナム代表政府だと、こう言い得ると考えております。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 先ほど来御答弁申し上げておりますように、むろん戦争状態にもございました。そういうような関係からいたしまして、必ずしも全ベトナムに施政権、支配が及んでいないということは、それは認めざるを得ないと思います。しかしながら、今申し上げたような経過から、われわれとしてはそれを全ベトナムの統治団体として承認することが当然であることはむろんでございます。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 植村君は、九月でございましたか、政府の、私の特使としてベトナムに行かれました。そうしてベトナム交渉を受け持たれたわけであります。植村君は、前からベトナムに旅行もされておられましたし、という関係もあり、それまでの経緯におきましても、十分賠償の交渉の責任を担当することができる人として、私はそういう処置をとったわけであります。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 当時、まだ、むろん初期の交渉でございますから、金額も何もきまっておりません。従って、向こうに参りまして、向こうの要求なり何なりを聞きながら、十分交渉の下準備をするという立場において、特派されたわけであります。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 手ぶらというわけではございませんが、むろん、当時において沈船引き揚げその他の経緯がございましたから、その上に立ちまして、どの程度のことが適当であろうかということを、また当時向こう側は、二億五千万ドルから一億五千万ドルぐらいまで下がっていったという経緯もございます。そこらの点につきましても、まだ交渉の余地があるわけでありまして、われわれとしてはそういうものをすべて受け入れるわけには参りませんので、下準備の交渉と…

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) トラン・バン・チェットという人が来たということについては、私は存じておりません。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 私はトラン・バン・チェットという人が日本に来たことを存じておりません。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) ただいま御指摘の事実につきましては、私ども関知しておりません。何らの記録等もございませんし、そういう事実があったかないかも存じておりません。久保田豊氏が日本工営の担当者であるということは、われわれも存じておりますが、直接外務省と何らの関係があるということはありません。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 全然関係はございません。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 私の承知しております範囲では、日本工営の久保田氏はベトナム側の要請に応じましてダムの設計をいたしたわけであります。この設計はむろん国際入札でありまして、フランスもこれに参加をいたしました。で、その入札の結果をさらにベトナム側としては国連の技術員の人に調査させて、そうして久保田さんの日本工営の方が設計が適当であろうということになりまして、そうして計画したという事実を知っております。

自由民主党外務大臣1959/11/18

第33回 参議院 予算委員会 第5号

○国務大臣(藤山愛一郎君) 久保田氏が今申し上げました設計料として取ったのは、われわれ聞いておりますのは、四十四万五千ドルというふうに聞いております。

自由民主党外務大臣1959/11/17

第33回 衆議院 外務委員会 第9号

○藤山国務大臣 御承知のように南のベトナムが、成立の過程からいいまして、全ベトナムを代表するものであるということをわれわれは認めておるわけでございます。従ってサンフランシスコ条約に出席して、ベトナム共和国——当時はバオダイでごさいましたけれども、代表するものはベトナム国を代表している、南北を代表している、こう考えております。

自由民主党外務大臣1959/11/17

第33回 衆議院 外務委員会 第9号

○藤山国務大臣 その点は御意見と相違することになろうと思いますけれども、われわれとしては、当時承認をしておりました多数の国がございます、それと同じ見解でありまして、ベトナム国が当然全域を代表しているという国際認識のもとにやっておりますことはむろんでございます。

自由民主党外務大臣1959/11/17

第33回 衆議院 外務委員会 第9号

○藤山国務大臣 南ベトナムの施政権の及ばないところは若干あるわけでございますけれども、われわれは南の方を正統政府として、全ベトナムを代表するものと認めておるわけでございます。

自由民主党外務大臣1959/11/17

第33回 衆議院 外務委員会 第9号

○藤山国務大臣 日本は今日華条約によりまして台湾というものを認めております。ですから抹殺はいたしておりません。むろん南ベトナムと北ベトナムという関係におきまして、われわれとしては歴史的過程からいいましても、南ベトナムが正統のベトナムの全域を代表する政府だ、こう考えております。しかし先ほど申し上げましたように、むろん施政権の及んでいないところがございます。それがいわゆる北ベトナムであるということも実はございます。しかしながらそれかといって…

自由民主党外務大臣1959/11/17

第33回 衆議院 外務委員会 第9号

○藤山国務大臣 どちらを正統政府かと見ますことは、歴史的発展の過程からおのずからそれぞれの国がきめていくわけでありまして、むろん統治をされていないという現状に立って、施政権の及ばないところはあろうと思います。がしかしながらそれかといって各国それぞれその国の歴史的発展の過程から見まして、どの国を正統政府として代表すべきものかということはきめていくと思うのであります。私どもといたしましてはその議論はやはり国民が納得してもらえると考えておりま…

自由民主党外務大臣1959/11/17

第33回 衆議院 外務委員会 第9号

○藤山国務大臣 われわれは先ほど来申し上げておりますように、法的にも南に払うことが至当だと思っております。同時に事実問題としても今回全ベトナムを代表する政府としてわれわれは北の損害をも算定し、また将来北にもこれが及ぶものとして事実上賠償の実行を考えておるわけなんでありまして、その意味からいえば事実問題も無視しておるわけではない。これがベトナム全国民に対する賠償だという観点に立っておるわけであります。