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自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理衆議院参議院
総発言数
2,993
直近の所属会派
自由党
直近の役職
北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理
直近の発言日
1954/12/04

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会97 件・97%
  • 本会議3 件・3%

※ 全 2,993 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,993 20 を表示
自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 国会を解散する資格がない内閣が存在することは、想像し得ないと思います。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 非常に親切な御忠言でありますので、私の心の中に入れるつもりでございます。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 お答えします。外遊前にも、総理の心境としては多少あつたのではないかと考えます。と申しますのは、外遊後におきまして、特に総理に関連いたしまして、総理の環境に変化はなかつたのでありますので、これは想像でありますけれども、外遊前からそういう考えは多少あつたのではないかという気がいたします。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 これは吉田総理個人の心境で、今申し上げたような心境から民主主義的に考えて、自分が進退する場合にはどうすればよいかということを、党の首脳部に話しかけらえたのだと思うのであります。またそういう考えであのいわゆる吉田書簡なるものの処理に当つたのであります。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 これは別にいつということはきまつておりませんが、ただ党の方から総裁に回答いたした中に、適当な時期ということがありますので、適当な時期ということは、あまり久しい将来のことを意味してはいないと思います。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 あの吉田書簡の出た後に何回か総理と会つておりますが、あの吉田書簡を出された後に心境がかわつたという想像は少しも出て参りません。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 不信任案か出ました場合に解散するかどうかということとは、そのときの情勢によるということを総理から申しておりますので、それに私がつけ加えて申し上げることはないのでありますが、もしかりに解散なするということになれば、総理大臣が解散をするということになります。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 仮定のこととしては、そういうふうにお考えくだすつてさしつかえございません。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 御質問の意味がよくわかりませんが、私がかりに総裁になつて、総裁だけでいつまでも行くということは想像ができませんが――どういう御趣旨だつたのでしようか、私がとり違えておるかもしれません。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 私の承知しておる限りにおきましては、何もございません。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 それはあまりに仮定の度が強うございますので、私から御返答ができません。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 指揮権の発動は、当時の犬養法務大臣がその信念と判断によつて行つたのでありまして、その犬養法務大臣の信念と判断のよつて、基くところは、当時われわれの重要法案としてありましたものを、ぜひとも国会通過をはかりたい、そういう考えからしばらく逮捕延期をする意味において指揮権発動した、かように想像いたしております。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 それは犬養法務大臣が法務大臣としての信念と判断によつて指揮権発動をしたのでありまして、その意味において犬養法務大臣のみが辞職をいたしたのでありますが、何ゆえに辞職したかについては、当時の法務大臣の口から私詳しいことを承つておりません。希望して辞職をいたしたものと思います。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 あの指揮権発動につきまして、それから起つて参りますいかなる批判も政府としては避けませんし、またいかなる批判も甘んじて受けます。その意味においてその批判の結果が総選挙に現われて来ることは、当然であろうと考えております。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 シーメンス事件の起りましたときの山本内閣は、いわゆる汚職で倒れたのではありませんで、貴族院において予算が成立しなかつたために総辞職をするに至つたのであります。その予算を不成立に導いた原因の一つとしては、シーメンス事件の影響があつたかとも考えられるのでありますけれども、直接の原因は予算の不成立であります。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 責任は十分に感じております。ただその責任を感ずることによつて内閣が総辞職するということは考えなかったのであります。先ほど申し上げましたように、この指揮権発動というものに対する批判が、やがて総選挙の結果の上に現われて来るであろう、その結果に対しては十分甘んじてそれを受けるつもりでおります。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 今の政治組織においてそれはやむを得ないのじやないかと考えます。議員に任期がありますのは、いつまでも無限にその責任を放擬しない、四年の任期の終りにおいてすべての責任を選挙の形においてはつきりするということになつておるのだと考えます。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 政局がかなり切迫しておりますが、今お述べになりましたように、もし解散がない、選挙がないという場合には、それは現議員の任期末における総選挙の際に、その責任を明らかにするという以外に、道がない仕組みになっていると考えます。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 それは政府が重要だと信ずる国事に関係することであります以上、国会の閉会中に海外旅行することはさしつかえないと思います。

自由党北海道開発庁長官・内閣総理大臣臨時代理1954/12/04

20衆議院 予算委員会 第3号

○緒方国務大臣 私が申し上げましたのは国会の開会中でなく、国会の閉会中であるから、その期間を利用して重要な国務遂行のために海外旅行するということでありまして、国会をどうなつてもいいというようなことは少しも申し上げておりません。