秋葉忠利
会議録に記録された「秋葉忠利」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 1,442 件
- 直近の所属会派
- 社会民主党・市民連合
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1993/04/16
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 宇宙2 件
- AI1 件
- 半導体0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 運輸委員会27 件・27%
- 金融安定化に関する特別委員会26 件・26%
- 厚生委員会12 件・12%
- 公職選挙法改正に関する調査特別委員会10 件・10%
- 日本国有鉄道清算事業団の債務処理及び国有林野事業の改革等に関する特別委員会9 件・9%
- 予算委員会7 件・7%
※ 全 1,442 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第126回 衆議院 外務委員会 第3号
○秋葉委員 今、郵政とそれから法制局のお答えは明らかに違っていますね。要するに、実態と法律との間の乖離があってはいけないというのが法制のお答えでしたけれども、郵政のお答えは、実態と法律との間は直接関係ない、実態があれば法律はどうでもいいんだというお答えでしたから、それについて見解は伺いましたけれども、整理をするとそういうことになると思います。論理的にはそういうことになると思いますので、もしその解釈が違うのであれば、また次の機会にきちんと…
第126回 衆議院 外務委員会 第3号
○秋葉委員 柿澤外務政務次官からは非常に前向きなお答えをいただきまして大変ありがたいのですが、さらにもう一歩踏み込んで、湾岸戦争当時のように、外務省が自衛隊機を飛ばすことに一生懸命になってしまって、民間の努力とはまるっきり接触がなかったというような形にならないように、積極的に、自衛隊の飛行機を飛ばす前に、日本の市民のやろうとしている、それと一体になった形での外務省の努力をぜひお願いいたしまして、私の質問を終わらせていただきます。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 社会党の秋葉でございます。 森山大臣は日ごろからいろいろな面で尊敬している政治家ですが、初めて委員会で質問させていただきます。委員会の形式には制限もありますし、次第にも制限がありますので、自由濶達な議論というわけにはいかないかもしれませんが、できるだけ本質的な問題について、特に日本の大学教育について幾つかの点、問題提起ができればというふうに思っております。 実は、きょう質問するに当たって少し勉強をしたのですけれども、テクニカ…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 そうすると、法律解釈的に言うと、学部の改廃というのは法律を改正することによってきちんとしなくてはいけないけれども、教養部の改廃というのは法律的な手続が必要ではないというふうに解釈してよろしいわけですね。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 ありがとうございました。 これもやはりテクニカルあるいは形式的な面なのですけれども、少しずつ本質的なところに関連があるような気がいたします。 それで、これは提案理由というのがございます。これは記録に残すために、たった二行ですからぜひもう一度文部省側でこの「理由」をみずからの言葉でお読みいただきたい。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 つまり「群馬大学ほか一大学に二学部を設置するとともに、奈良女子大学の家政学部を廃止し、同大学に生活環境学部を設置する」理由は、「群馬大学ほか一大学に二学部を設置するとともに、奈良女子大学の家政学部を廃止し、同大学に生活環境学部を設置する等の必要がある。」からだ。「必要」というのは理由と読みかえてもいいと思いますけれども、そういうことですね。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 法改正の中身、それをなぜ行わなくてはいけないかというときに、またその法改正の中身を書いているというのは、これは論理的に言うとトートロジーといいます。同語反復ということです。これはあれですか、ほかの大学でも結構ですし、個人でも結構ですけれども、文部省が何か理由を提出せよといった場合には、こういう同語反復的な理由を提出すれば、文部省はこれは正当な理由であるというふうに認める、そういう態度をここで明確にしていらっしゃるわけですね。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 そうすると、文部省は、法律マターに関しては法御局の言うことを全部聞くということになりますね。そうではないのじゃないでしょうか。やはり、「理由」が幾ら簡潔であろうと、同語反復をしなくてはいけないという理由はどこにもない。しかも、仮にこれを四行にして、非常に簡潔に、設置基準あるいは大学審議会の答申の趣旨を、内容に立ち入って、抽象的ではありますけれどもきちんと説明することもできると思います。私は何も事を煩雑に、すべてのカリキュラム…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 またこれについては継続して議論をしていきたいと思っておりますけれども、はっきり申し上げて、こういった「理由」ではまず説得力が全くありません。トートロジーというのは「理由」にはならない。 それとともに、これが公式の文書として幾ら法制局の許可を得たものであろうと、大学教育の中には独自に自分の考え方で物事を判断するというようなことも含まれているわけですから、その基準から考えても非常におかしいところだというふうに思いますし、それから…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 今のお答えを好意的に再解釈いたしますと、というのは、非常に悪意に解釈すれば、非常に大きな問題があるから、問題解決になるかどうかわからないけれどもともかく新しいことはやりますというふうにとられかねないお答えだと思います。ただ、好意的に解釈をいたしますとこういうふうに整理ができると思います。これまでの大学の一般教育という、教養という部門に関しては理念と現実との乖離があった、それについてさまざまな意見が出され、大学審議会において、…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 質問時間が短いので、できるだけ簡潔にお答えを伺いたいのですが、今のお答えの中で御指摘があったのは、一つには設置基準の大綱化ということにあってもその背景にはさまざまな努力があり、よい意図があり云々ということだったと思いますけれども、それは十分わかっています。議論があった。なくては困るんです。だから議論があることなんというのは当たり前なんです。それから、その基準を考えるに当たって、さまざまな目的を持って大学教育をよくしたい、日本…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 さまざまな大学があることはもちろんですけれども、そのさまざまな大学の中でいわゆる一般教育、教養を軽んじている大学というのは、少なくとも一流の総合大学の中にはないと言っても過言ではないと私は思います。ですから、いろいろな大学があるからといって、今おっしゃったような、それでは教養を軽視していいか、そうはおっしゃっていませんけれども、仮に論をそう立てるとすれば、そういうことは言えないということだと思います。 それから、アメリカの教…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 わかりました。今のお答え、実質的にはこういう形でしか柔軟な運用を行うことができないというお答えだというふうに解釈したいと思います。そうせざるを得ないような感じです。もし違うのでしたら、具体的に違うというふうに指摘していただければありがたいと思います。 それで、実は私は、柔軟な規則の運用ということが教育においては非常に大事であるということが、これは普遍的な原理だと思っているわけですけれども、その中で、その柔軟な運用をするに当た…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 今幾つかお挙げになった項目、目的としては、あるいは具体的な能力としては私も賛成するものですけれども、問題は、私が指摘しているのは、つまりそういうことがカリキュラムの中には盛られていないでしょうということを申し上げているわけです。つまり、今ディベート能力とおっしゃいました。では、この群馬大学あるいは名古屋大学の新たな改革案によってディベート能力はどこでつけるのですか。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 今おっしゃったのは、御自分でも矛盾にお気づきになっているわけですから改めて申し上げるまでもないのですけれども、ディベート能力を高めるためには授業のやり方だとおっしゃった。そして、それは古い枠組みでもできるとおっしゃった。しかしながら、それを具体的に実行に移していくためには小人数のゼミが適切である、あるいは何らかの形で改組して、その改組の中に何となく、どこかわからないけれどもうまいぐあいにはまってディベート能力がつくというよう…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 私はちょっとかんしゃく持ちな方ですから、だんだん忍耐の限度に差しかかっているのですが、こんなことをここで説明しなくてはいけないとは思いませんでした。 非常に単純な例を申し上げます。 教師が一人しかいない学校で、学生が百人いたとします。現状ではそれを二つに分けて、五十人、五十人という二こまで教師が教えているということで考えたいと思いますけれども、仮に、小人数教育が大事だからといって片方のクラスの人数を二十五人に減らしたら、すべ…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 今私が申し上げた一人の教師で百人というのは、これはシェネリックな例です。つまり、その特定な数が問題ではなくて、そこにあらわれている論理構造が問題なわけです。それに対してのお答えは当然できないはずですし、今おっしゃったことも現実を考えるともっと状況が悪い。一般教養に今までゼミなんていうのはなかった大学がほとんどじゃないですか。しかも、ほとんどの科目が教養においては大教室で講義が行われていたということは、これまた多くの大学の先生…
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 全然話にならない。さっきの一人の例で答えてください。小人数の教育を片方でやれば負担がふえなければ、もう片方ではたくさんの学生、今まで以上の学生を教えなくちゃ話にならないわけでしょう。そうでしょう。数学的な事実でしょう、それは。それを認めないで何で議論が先に進むんですか。こんなところで僕は議論したくないですよ。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 多少じゃないでしょう。五十人が七十五人になって、五〇%の教育上の負担増というのは、とんでもない負担増ですよ。
第126回 衆議院 文教委員会 第5号
○秋葉委員 さっきの、私は非常に簡単なシェネリックな例として一人の教員がいる場合だけということをお話いたしましたけれども、それは人数をふやしても同じなんです、問題としては。それ、答えてください。