文教委員会 第5号
- 発言数
- 193 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1993/04/07
会議録
○松田委員長代理 これより会議を開きます。 本日は、委員長所用のため、その指名により私が委員長の職務を行います。 内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 これより質疑に入ります。質疑の申し出がありますので、順次これを許します。原田義昭君。
○原田(義)委員 おはようございます。国立学校設置法の一部を改正する法律案につきまして、限られた時間でありますけれども、何点かの質問をさせていただきたいと思います。 戦後、我が国は大変な発展を遂げてまいりました。国際社会の中における日本の役割というのは大変大きくなっておりますし、その期待といいますか、それはますます大きくなるわけでありますけれども、その際に、人材の創出といいますか、教育の持つ重要性というのは、これはわざわざ説明するまでもないわけでございますが、このような観点から、大学における教育、研究の充実ということが特に叫ばれておるわけでございます。文部省の大学審議会でも大学改革のための幅広い提言がなされるなど、改革の機運が高まっているというふうに聞いております。 そこで、まず大学改革の推進について、現在の取り組みの状況、さらにはこれからの方向、こういうことについて大臣にお尋ねをしたいと思っております。
○森山国務大臣 我が国がこれからあらゆる分野で活力を維持して積極的に世界に貢献していきますためには、学術の振興と人材の養成を担う大学の改革を不断に進めていくということが必要でございます。このため、文部省におきましては、先ほど先生もお触れくださいましたように、大学審議会における検討を中心にいたしまして、高等教育全般にわたる改革を着実に進めてまいりました。平成三年、大学教育の基本的枠組みを定めました大学設置基準等の大綱化、自己点検・評価制度の導入などを行いまして、各大学が個性豊かな教育を自由に展開していくことができるようにしたところでございます。 これらの制度の改正を受けまして、各大学におきましては、一般教育と専門教育を含めまして、各大学、学部等の特色を生かした体系的な一貫教育カリキュラムを実施いたしましたり、あるいは教養部を廃止して新たな教育カリキュラムを全学的に実施したりなどのいろいろな取り組みが行われております。また、自己点検・評価につきましても、多くの大学で学内の実施体制が整備されまして、報告書などを作成し公表する大学もかなり出てきているところでございます。今後とも、各大学が創意を生かして個性的な教育、研究活動を展開していきますように、各大学の積極的な取り組みを促してまいりますとともに、引き続き、大学審議会の審議を踏まえながら、大学等の充実と改革に積極的に取り組んでまいりたいと考えております。
○原田(義)委員 今大臣から大学審議会の報告等々につきまして御説明いただきましたけれども、いろいろな問題点といいますか、課題があろうかと思いますが、今回の法律案は教養部、教養学部の改革が一つの論点となっておりますけれども、大学においては本来幅広い教養と深い専門知識を養うということが求められておりますけれども、近年国立大学において、従来教養部で、教養学部で志向してきたそれを大分変革をしておる、その教養部を他の学部に変更するというような動きがあるやに聞いております。各国立大学においての教養部の改革、その検討状況をお聞かせいただきたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 先生御指摘のとおり、大学におきましては、幅広い教養とともに専門的な知識を身につけるということが非常に大事であるわけでございますけれども、これまで教養部あるいは一般教育実施体制の現状につきましてはかねがねいろいろな批判があったわけでございます。それは、一般教育の理念、目標と実際の授業との間に乖離があるのではないか、あるいは専門教育との有機的な関連性が欠如しているのではないかというふうな問題点も指摘されてまいったところでございます。 それを受けまして、大臣からお話がございましたように、大学審議会の御審議を得て、答申を踏まえまして、そして各大学がそれぞれの理念に沿った独自のカリキュラムを自由に組めるようにいろいろな制度改正を行ったわけでございます。その制度改正を受けまして、それぞれの大学で今カリキュラムの見直しが行われているわけでございますけれども、教養部改革はその一環として取り上げられているものでございます。したがいまして、教養部改革といいますのは、その廃止が目的ではございませんで、各大学におけるカリキュラムの充実を目的とするものでございます。したがいまして、その教養部の改組に当たりましても、キャンバスの事情あるいは学部構成等の各大学の事情に応じまして大学の対応は多様であるわけでございます。ちなみに、現在教養部を置いております大学は二十八大学でございますが、教養学部あるいは総合科学部などの特別の学部において実施している大学が三大学ございます。 その対応の仕方でございますけれども、例えば教養部自体は存続するというふうな考え方もございますし、あるいは教養部を含む全学的な再編成により学部を新設するケース、今回法改正でお願いしておりますが、そういう方法もございますし、あるいは大学院を充実する方法もございます。あるいは教養部のマンパワーを利用いたしまして既存の学部等をさらに充実していくケース等さまざまでございます。いずれにしましても、それぞれの大学が熱心に大学の教育、研究のあり方を問い直されて、その結果出てきた構想を重んじまして、その構想の熟度に応じまして必要な対応を図ってまいるというのが現在の状況と考え方でございます。
○原田(義)委員 私は、大事なことは、従来教養部でかなりそのことに焦点を当てて教養を身につけさせる、そこの部分が他の学部に散らされることによって、今までやってきたそこの部分が薄まり、またなくなってしまう、その辺を心配をするわけでございますが、その辺は大丈夫でしょうね。
○遠山(敦)政府委員 その点はまさに教養部改革の際の一番の留意すべき点であると考えております。大学設置基準を改正いたしましたときもそのことを当然の重要事項と考えながら、しかし留意を促すために新たに条項を加えまして、大学設置基準の第十九条第二項に、これは新しく創設した条項でございますけれども、「教育課程の編成に当たっては、大学は、学部等の専攻に係る専門の学芸を教授するとともに、幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養するよう適切に配慮しなければならない。」ということで、一言で言えば教養教育の重要性ということをうたい込んでいるわけですが、それぞれの大学、今まで出てまいりました改革案の中にも、いずれもこの思想は十分に盛り込まれているというふうに私どもは認識いたしております。
○原田(義)委員 それと、今回群馬大学、名古屋大学、個別の大学の学部の改廃、これを法律という形で審査しておるわけですけれども、そもそも、こういう大学の学部の改廃まで法律事項だというのが私は若干奇異に感ずるのですね。私は、今回の改正は、社会情報学科とか情報文化学部という、恐らく世の中の流れに沿って大学が変わろう、新しいコースを設けよう、そういう意欲のあらわれだろうと思うのですけれども、そのことは全くそのとおりなんですね。ところが、恐らく法律の体系がそうなっていると思うのですけれども、法律でこうやって一々そこまでやる必要があるのかなという感じもするのです。 というのは、私ども東京におる人間は、法律を変えるとかなんとかというのはそれほど大仕事と思いませんけれども、やはり地方の大学のそういう関係者が、さあ、こういう時代になってきたから例えば国際的な学科をつくろうとか、何とかをつくろうとしたときに、つくろうという意欲はいいのだけれども、最後はこれを法律の形にしなければならないとなると、これは相当二の足というか、大変なことだぞというように思うのではないかと思うのです。法律の体系は今そうなっておるようだからこうなんですけれども、何かの機会にぜひその辺はもっと弾力的に対応できるような体制に、また制度にした方がいいのではないかな、私はこういうふうに思うのですけれども、どちらでも結構ですが、今そんなような印象を持ちます。というのは、やはり地方のそういう方々が、法律まで改正してやるならこれは大変なことだというふうに当然思いますね。そうすると、そういう世の中の流れについていけない、そういうことになるのではないかなと思うわけであります用意見がありましたらあれですけれども……。 それで、こういうふうに各大学が意欲的に改革に向けて取り組んでおるということでありますけれども、当然そのためには、全政府的といいますか、いろいろな行政にもかかわりを持ってきますから、例えば、機構、定員というような側面から見ますと、当然意欲的な試みに対してバックアップする体制ができていなければおかしいと私は思います。きょうは、総務庁来ておられましたら、こういう大学の自主的な改革努力に対してどういう形で支援されておるか、またそれに臨まれるか、その辺のお話をお聞きしたいと思います。
○市川説明員 総務庁におきまして、行政管理局におきまして文部省を担当しております市川でございます。 今まで累次にわたり議論がございましたように、まず、大学改革ということにつきましては、昭和六十二年の大学審の設置以降、累次にわたる答申がなされまして、現在各国立大学におきまして自主的な大学改革が進められているということは十分承知してございます。先般来議論されております教養部の改組あるいは自己点検、自己評価の実施というようなことも、このような大学審議会における議論を受け、それを具体化していくという流れであるというふうに理解しておるわけでございます。このようなことは、当然でございますけれども、各大学が時代の進展に適切に対応して、その社会的使命をより一層果たしていくという観点から見ますと、望ましい取り組みというふうに理解しているところでございます。 このようなことを十分念頭に置きました上で、総務庁といたしましても毎年の機構ないし定員の査定に当たっているわけでございます。従来から文部省からの大学関係の要求につきましては、その内容につきまして、研究、教育の活動の状況、人材育成の必要性、さらには御要望の内容が現時点での社会的な要請にこたえ得る明確な内容なり目的を持ったものであるかというような点を審査させていただきまして、その上で機構の設置あるいは増員措置を講じてきているところでございます。 若干数字を申し上げますと、定員の面で申しますと、平成五年におきましては、新規増員といたしまして一千一名の国立学校の定員増を認めたわけでございます。これにつきましては、当然一方におきまして定員削減はかかりますが、ただ政府全体として極めて厳しい定員事情の中で、また全体としては純減を続けている中でこのような数字であるということは、重要な意味を持っているものということで御理解を願いたいと思うものでございます。 今後の点でございますけれども、総務庁といたしましても、文部省及び各大学の努力というものを十分踏まえながら、しかし一方で厳しい行財政事情がございますので、その点も十分考慮しながら、そのバランスの上に立って適切な対処をしてまいりたいというふうに考えている次第でございます。
○原田(義)委員 教育は百年の計とも言われます。ある時期にそれが失敗いたしますと、それはもう本当に国家の存亡にかかわる、そういう大事なことでございますので、ぜひまたそういう機構、定員といいますか、さらには予算の配分、こういうところで他に先んじて、他に比較して特に重点配分をしていただきたい、こういうふうに要望をしておきたいと思います。 国立学校のこの法律案につきまして、改正自体は学部の改廃というようなそういう部分だけですけれども、私はやはり大学教育の根幹にかかわることをいろいろここで論じるべきではないかな、こう思うわけです。実は私は、かねがね日本の大学教育というのはどんな問題点があるのだろうかということをよく考えることがあるのですけれども、たまたま私は先日、まだ新しい大学なんですけれども、多摩大学という学校の学長の野田一夫さんという方にいろいろお話を伺ったことがあるのですよ。実は目からうろこが落ちるというか、自分自身が漠然と感じていたことをこの野田先生は、いろいろな論文やらいろいろなメディアを通じまして、極めて熱心に自分の所説を説いておられます。 若干私なりに解釈しながらちょっと御説明をしたいと思いますけれども、まず日本の教育、これはもう非常に国際的にも高い水準にあると言われているのですが、それは初等教育、中等教育にほとんど限ったことだというわけですね。大学教育というのはむしろ非常に問題がある。国際水準にしても、もう途上国の大学教育にも劣るのではないかということを指摘されるわけであります。このことは、私も自分自身の経歴に引き直しても、例えば大学には入ったけれども、要するになかなか勉強せぬ。大学というのは、学校へ入るまでは非常に難しいけれども、入ってしまうと、何か花よチョウよと遊んでいるうちに四年間たって、それで就職と、俗に言う入るのには難しいけれども、出るのは極めて易しいというのが日本の大学の実態だ、このことはもうみんながそう言っているのですね。だれも反論しないというのは、恐らくもうほとんどこれは正しい指摘ではないかと思うのですよ。 私は地元に、オーストラリアから来ている若い学生に半分アルバイトでいろいろ仕事をさせているのですけれども、これがもう日本の大学の甘さというか、ほとんどレジャーとアルバイトしかしてないでよくこれで学校ができていくなということを言われるのですよ。今までのところはそれがのんきに認識はされておりましたけれども、これではいけないということでこの野田先生は、とにかく日本の大学教育のどこに間違いがあるかというと、大学というところは学術研究をするところであると同時に高等教育をするところ、これは二つの意味合いも持っているのだけれども、結論から言うと、日本の大学はその目的としては専ら学術研究にのみ力点が置かれて、その本来の大学の目的である高等教育、要するに教育をする、そこの部分が甚だないがしろにされているのではないかということなのです。要するに、学校のシステムにも問題がある。学校の先生にも大いに問題がある。それゆえに学生に何の緊張感も伝わってこないのは当たり前のことで、そういうことで勉強も余りしない、何となく四年間で遊んで出てしまう、そういうところがあるのではないかというのがこの指摘なのです。私ももう本当に我が意を得たりという感じがするわけであります。 日本の大学の、例えば教授陣、教科内容、教育方法、それから私立大学は特に経営能力とか、それから学生の勉学意欲、そういうようないろいろな側面をとりますと、どう見ても外国の実態に劣るのではないかな。それはなぜかというと、一つには大学の先生、教授ですね、この教授の選び方といいますか、その資格に、大学教授というのは教員だけれども、自分自身はまず学術研究を専らする人だというふうに思っているらしいのですな、自分は学者なのであって、学問をすることが大事なのだということで。ただ問題は、学問学績のところで大いに効果があればまたいいのですけれども、ここのところが甚だ疑問のまま、いや、自分は教育者としては、どっちかというと片手間とは言いませんけれども……。 ですから、例えばいろいろな指摘の中、私もこれは実際の経験といいますか、記憶があるのですけれども、何といったって一冊古いノートを大学の先生がつくれば、もう十年一日のごとく同じことを言っていればいい。それによって学生が興味を持って情熱をそこで沸かすようなことは、こんなことではできませんよ。 そういう意味で、私がここでこの説明を通じて申し上げたいのは、やはり大学というのは教育をするところではないだろうか、もちろん学術研究も大事だけれども、それ以前に教育を授けるところではないだろうか、こういうことなのですね。そういうふうに思いますと、例えば大学教授への資格といいますか、それも教育者としての検討というのは余りないらしいのですね。専ら学者としてどういう研究をしてきたか、どういう功績を残してきたか、その辺が大学の先生としての資格になっておる。さらには、一たん教授として学校が始まりますと、その辺についてそれを評価し、それからそれに刺激を与えるというのは、制度的なものは何らでき上がってないらしいのですね。 ですから、結局先生は、もちろん自分で意識をもり立てる先生はいろいろな世の中のことを学びながらそれを授業に取り入れようとするけれども、そうでなければ、専ら自分のライフワークである研究の方は一生懸命やるけれども、生徒を教えるということについては甚だ努力が足りないような気がする。 それで、別にこの学校の宣伝をするわけではないのだけれども、多摩大学という創立三年か四年目の学校においては、生徒が教員を評価する制度というのをきちっと確立しているのだそうですよ。先生が言うには、これは日本でどこかほかにサンプルがあればと思ったけれども、どうしてもなかったのでアメリカとかよその国のそういう制度を一生懸命勉強して、かなり翻訳するような格好で、要するに自分たちの先生が学生の側から見てどうだろうということを評価する。そうすると、その評価点で学校の側が、非常に教育に熱心な人かそうでないかということがはっきりわかるわけです。もちろんこれは単純な評価の仕方では問題があると思いますけれども。いずれにしましても、そういうことによって学生の側から先生の側にいろいろな注文を伝える。それによって、自分たちが教えてほしいのはむしろ教育、それは高い授業料を払って教育をいただこうと思って来ているわけですから、学校の側も当然その需要に対してマッチする指導をしていただかなければいかぬ。そこのところが例えば十年一日のごときものであったり、それからしょっちゅう休講が行われる、それから学校も中途から始まったり途中で終わったり、その辺が甚だ残念な部分である。 私が申し上げたのはあるいは極端な例かもしれぬけれども、何といったって言えるのは、日本の大学生が勉強しない、余り水準が高くないということに対しては、行政も国を挙げてこの問題を深刻に考えなければいけない、そういうふうに考えるわけであります。もちろん大学には長い伝統とか大学の自治とか教授会の自治とか、いろいろそういう問題がありますよ。ですから、その議論をもちろんそういうことにも及ぼさなければいかぬわけですけれども、いずれにしても大事なことは、大学という場所が高等教育にふさわしいものであって、それなりの実績、それなりの目的をちゃんと持っておるということがどうしても必要ではないかな、こう思うわけであります。 若干偏見といいますか、若干情報の少ないところからの私の個人的な意見かもしれませんけれども、人材を育成する、教育をきちっとやるというような観点からこういうことを述べさせていただいたわけでありますが、なかなか幅広い話なものですからお答えしにくいかと思いますけれども、大臣、私が申し上げましたことについて何か印象でもいただければと思います。
○森山国務大臣 先生が触れられました野田一夫先生は、私も十数年前からおつき合いさせていただいておりまして、いろいろと先生の抱負、見識を承り、尊敬申し上げている先生でございます。野田先生は、御自分の御意見が立派であるだけでなくて、それを実際に多摩大学というところで実行しておられますので、非常にそれなりに説得力もあるというふうに思うのでございます。 確かに従来は、大学というところが日本の社会において研究と教育という二つの役目を持っておりますにもかかわらず、どちらかといえば研究の方にウエートがかかるといいましょうか、少なくとも教授の先生方は研究を非常に大切にされて、教育は二の次ではないでしょうけれども、あわせて教育もなさるというような気持ちであったかもしれないという感じがいたします。しかし、進学率も向上いたしまして、大学というものが従来と随分変わった役割をしていかなければいけない。大学生の大衆化と申しましょうか、そういうことを考えますと、教育の面にもっと意を用いていただかなければいけないというふうに思いますのは、私も先生と全く同感でございます。 そういうことから、文部省といたしましては、先ほども申し上げました大学審議会の答申を受けまして、平成三年七月の大学設置基準の改正の中でそのようなことに意を用いているわけでございまして、先ほどもちょっと申し上げましたが、基準の大綱化による自由な教育カリキュラム設計の促進とか自己点検・評価のシステムとか、このやり方を導入いたしましたので、最近では既に相当の数の大学で学生が先生を評価させていただくというやり方を取り入れているところもふえてきているようでございます。 教員の採用の基準につきましても、この改革のときに教育能力の重視ということを新たに盛り込んだわけでございまして、これらの最近の改革がこれから次第に功を奏していくということを期待しているところでございまして、先生の御意見、まことに貴重なものを聞かせていただいて、ありがとうございました。
○原田(義)委員 世の中が激しい勢いで変わっておりますので、また教育の面からも、ぜひともそういう事態に対応していただきたいというふうに思っています。 以上でございます。
○松田委員長代理 次に、秋葉忠利君。
○秋葉委員 社会党の秋葉でございます。 森山大臣は日ごろからいろいろな面で尊敬している政治家ですが、初めて委員会で質問させていただきます。委員会の形式には制限もありますし、次第にも制限がありますので、自由濶達な議論というわけにはいかないかもしれませんが、できるだけ本質的な問題について、特に日本の大学教育について幾つかの点、問題提起ができればというふうに思っております。 実は、きょう質問するに当たって少し勉強をしたのですけれども、テクニカルな点について、まず幾つか疑問がございますので、大臣にお答えいただく以前に、これは全く私の無知から生じていることだと思いますけれども、一、二点伺いたいと思います。 まず、ここで議題になっております国立学校設置法の一部を改正する法律案ですが、これの法案の要綱というのを見ますと、いろいろありますけれども、その第一には、教養部を改組し、何々学部を設置するということが書いてあります。ところが、法律案の内容を見ますと、教養部というのは一つも出てこない。つまり、要綱の中にうたってある実質的な内容、そして今の原田委員の質問も教養部における教育をどうするかという面もかなりあったわけですけれども、教養部については法律案の中で全く触れられていないということで、ちょっと奇異な感じがしたのですが、これはどういう構造になって最終的には教養部について全く触れられていない法律案によって教養部の改組が行われることになるのか、これは普通の人がこれを読んだのではよくわからないと思いますので、その点を非常に明快に文部省の方から御説明いただければと思います。
○遠山(敦)政府委員 確かに、教養部を改組して何々学部をつくるという場合には、改正文の中にも教養部を何々に改めるというふうに出てきていいのかもしれませんけれども、法案ではそう出てまいらないわけでございますが、それはどういうことかと申しますと、教養部を置くということにつきまして、国立大学に関しましては国立学校設置法というのがございまして、「数個の学部を置く国立大学に、各学部に共通する一般教養に関する教育を一括して行うための組織として、教養部を置く。」というのがございます。したがいまして、これは学部ではないわけでございます。教養部を置く大学というのは今二十八大学ございます。それで、一般教育を教養部という形ではなくて、教養学部でありますとか、あるいは総合科学部のような、そういう学部を置いて実施しているところが三大学ございます。そのように各大学におきまして教養部を置くか、あるいは特別に別の学部、東京大学の教養学部などが例でございますけれども、そういうものを置いている大学もあるわけでございます。その意味で、教養部は学部とは違う意味を持っているわけでございまして、その意味で、その学部を改めるというときに法律上明確な形で文言としてあらわれてこないという関係になってございます。
○秋葉委員 そうすると、法律解釈的に言うと、学部の改廃というのは法律を改正することによってきちんとしなくてはいけないけれども、教養部の改廃というのは法律的な手続が必要ではないというふうに解釈してよろしいわけですね。
○遠山(敦)政府委員 ちょっと十分でない御説明でございましたけれども、その教養部につきましては文部省令で定めるということになってございまして、国立学校施行規則の中にその教養部を置く大学の名前が規定されているという関係にございますので、今回法改正が行われますと、省令改正という形で対応するということになります。
○秋葉委員 ありがとうございました。 これもやはりテクニカルあるいは形式的な面なのですけれども、少しずつ本質的なところに関連があるような気がいたします。 それで、これは提案理由というのがございます。これは記録に残すために、たった二行ですからぜひもう一度文部省側でこの「理由」をみずからの言葉でお読みいただきたい。
○遠山(敦)政府委員 「理由 群馬大学ほか一大学に二学部を設置するとともに、奈良女子大学の家政学部を廃止し、同大学に生活環境学部を設置する等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」
○秋葉委員 つまり「群馬大学ほか一大学に二学部を設置するとともに、奈良女子大学の家政学部を廃止し、同大学に生活環境学部を設置する」理由は、「群馬大学ほか一大学に二学部を設置するとともに、奈良女子大学の家政学部を廃止し、同大学に生活環境学部を設置する等の必要がある。」からだ。「必要」というのは理由と読みかえてもいいと思いますけれども、そういうことですね。
○遠山(敦)政府委員 もちろん十分御存じでいらっしゃるわけでございますけれども、この「理由」は法改正を行う理由でございます。法改正を行う理由が、現在法律上に学部の名称が書いてございます。その意味で法改正を行う中身をこの「理由」の中に書き込みまして、法改正を行う法律案を出す理由としているところでございます。
○秋葉委員 法改正の中身、それをなぜ行わなくてはいけないかというときに、またその法改正の中身を書いているというのは、これは論理的に言うとトートロジーといいます。同語反復ということです。これはあれですか、ほかの大学でも結構ですし、個人でも結構ですけれども、文部省が何か理由を提出せよといった場合には、こういう同語反復的な理由を提出すれば、文部省はこれは正当な理由であるというふうに認める、そういう態度をここで明確にしていらっしゃるわけですね。
○遠山(敦)政府委員 この法律案、それから「理由」というところは、これは厳密には法文の一環といたしまして法制局の了解事項でございます。 それで、これは条文上どういうものがこの改正、あるいは法律案を制定するときには制定の中身なのかということを簡潔に示すのが「理由」の中身でございます。したがいまして、法律の改正要綱あるいは新しく制定する際の法律案の要綱とは表現を異にしているわけでございますが、簡潔に表現をして、一貫して法文の改正内容と同時に法改正の内容を示すということで、これは先ほども申しましたように法制局との了解のもとに出しているものでございまして、改正法、いずれをごらんいただきましてもこのような内容になっていると思うところでございます。
○秋葉委員 そうすると、文部省は、法律マターに関しては法御局の言うことを全部聞くということになりますね。そうではないのじゃないでしょうか。やはり、「理由」が幾ら簡潔であろうと、同語反復をしなくてはいけないという理由はどこにもない。しかも、仮にこれを四行にして、非常に簡潔に、設置基準あるいは大学審議会の答申の趣旨を、内容に立ち入って、抽象的ではありますけれどもきちんと説明することもできると思います。私は何も事を煩雑に、すべてのカリキュラムをここに提示せよということまでは必要ないと思いますけれども、同語反復をもって「理由」とするという形式主義で本当にこういう法律というものを審議できるのか、そこを非常に疑問に思います。 その形式主義について、法制局の言うことは全部従わなくてはいけないから、力関係で私たちにはどうしようもできませんというのでしたら、それはそれで一つの理由になると思います。しかしそうではなくて、私は、文部省としても選択の余地があり、選択の結果こういう決定を行ったというふうに解釈しているわけですけれども、その選択をする際に当然価値判断が入ってくるわけです。そこを今問題にしているわけです。つまり、悪しき形式主義というものがここに端的にあらわれている。それがさまざまな、例えば大学教育におけるほかの弊害となって同じようにあらわれているのではないかという一つの象徴として取り上げているわけで、重箱の隅をつついているようにお感じになるかもしれませんけれども、やはりそのあたりの見解をきちんとお示しいただきたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 今回の国立学校設置法の一部を改正する法律案、御審議をお願いいたしております内容は、先ほど来の御議論にもございましたように、大学の教養部の改組、あるいはそれに伴う学部の設置等を定める中身でございますが、そのようなことは法律案要綱としてお手元の資料の中にもあろうかと思います。 それで、この法律改正の条文と一体となった「理由」の書き方につきましては、これは、法改正あるいは法制定の際の約束事と申しますか、その考え方に従いまして、かなり緻密に厳密に用語を検討いたしまして、そして簡潔にその内容を示すという行き方でございます。したがいまして、この法律案のみならず、あらゆる法律案の「理由」はこのような形になっているわけでございます。それは、こちらがこういうふうに内容を深めて書きたいからこうしてください、それに対して法制局がどう言うから結果としてこうなったということではございませんで、法律案提案の際の約束事として、その内容を定める際に法制局の審議もいただいてこういう形に取りまとめているという関係になってございますので、御理解をいただきたいと思います。
○秋葉委員 またこれについては継続して議論をしていきたいと思っておりますけれども、はっきり申し上げて、こういった「理由」ではまず説得力が全くありません。トートロジーというのは「理由」にはならない。 それとともに、これが公式の文書として幾ら法制局の許可を得たものであろうと、大学教育の中には独自に自分の考え方で物事を判断するというようなことも含まれているわけですから、その基準から考えても非常におかしいところだというふうに思いますし、それから、やはりこれは、委員会の審査、立法の立場というものをかなり軽くお考えになっている結果ではないか。法制局がそういうふうに言えばいいのか、私はそうは思いません。やはりこれは、立法という過程は形骸化しているかもしれませんけれども、少なくとも、民意を問う、民意をいかに制度の中に取り入れるかという一つのプロセスだと思います。そういう立場で、例えば一つの法律案なり要綱なりを書くのであれば、当然それなりの表現が出てきてしかるべきだと思います。 しかも、その理由については要綱の中に書いてあるというふうに今おっしゃいました。それは一つの逃げだと思いますけれども、私が今申し上げましたのは、その要綱の中で「教養部」という言葉があらわれているけれども、法律案の中にはそれが全然触れられていない。これを一読しただけでは何がなんだかわからないような構造になっている。やはりそれはお考えいただく必要があるのではないでしょうかということを申し上げました。 実質的な内容に入りたいと思います。 この法律案の目的、教養部を廃止してそのかわりに幾つかの学部を新設するということですけれども、教養部廃止の目的、それからその代替プログラムの内容、そして、それがどのような目的を持って、それをいかに達成しようとしているのかというところを伺いたいと思います。 その以前の問題として、もちろん、大学教育の目的、一般教養と言われたりあるいは教養と言われたりしているそういう一般的な教育の目的というところまで触れていただいても結構ですけれども、とりあえずこの法案に限って申し上げれば、教養部廃止の目的と、その代替プログラムによって何を達成しようとしているのか、そこを伺いたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 幅広い御質問でございますので、全体十分にお答えできるかどうか、できるだけ御質問の趣旨に沿ってお答えしたいと存じます。 今回、教養部を改組いたしまして新しく学部の設置をお願いしております群馬大学、名古屋大学の学部のカリキュラムは、一体どういう思想で考えられているかということでございますけれども、群馬大学と名古屋大学におきましては、教養部の廃止に伴いまして、全学的な協力のもとに、教養教育と専門教育の有機的な関連性を配慮して、四年一貫の教育を目指す体系的な教育体系の確立を図ろうとしているところでございます。 群馬大学も名古屋大学も、急速教養部を廃止するということに至ったわけではございませんで、かなり長い時間をかけて学内で、一体今の一般教育のあり方でいいのかどうか、教養部のあり方でいいのかどうかということが十分検討されまして、そして新たな構想として今回の学部設置ということに取りまとめられた結果であるわけでございます。 その際に、一般教育の問題点といいますのは、先ほども原田先生の御質問の際にお答えいたしましたけれども、やはり一般教育の理念といいますものほかなり高い内容のものが当初あったはずでございます。しかしながら、その理念と、実際に行われている授業のあり方あるいは教育の内容というものとどうも一致していないのではないか、その間には乖離があるのではないかというふうな御指摘がかなりあるわけでございます。そして、まず一般教育の講義をして、その後に専門教育というふうな大学のカリキュラムの組み方というものが、本当の意味で大学のすぐれた教育研究の成果を学生に与えていくということにすぐれた方式であるのかどうかということについての批判も多く出されていたわけでございます。 その他、教員の所属の問題とかさまざまな問題が背景にございまして、教養部の改組といいますか、一般教育の見直しということが大きな潮流になったわけでございます。そのことの問題点等につきましては、大学審議会におきましても十分御審議をいただいて答申を得た結果、大学設置基準の大綱化ということを行ったわけでございます。 そこで、従来、一般教育と専門教育の区分ということが明確になっておりましたし、またその単位数というふうなこともかなり詳細に定められていたものを大綱化して、それぞれの大学がみずからの学部あるいは大学の理念に沿ってカリキュラムを見直せるようにということで措置をしたわけでございます。その仕組みを使って、同時に、この両大学におきましては、従来から大学教育のあり方についての内部の検討というものが相まちまして今回の改正に至っているわけでございます。 したがいまして、いろいろ経緯を申し上げますれば長くなりますので省略いたしますけれども、戦後の新制大学発足以来、一般教育というものが日本の大学に取り入れられて以来のいろいろな問題があったことを大学設置基準の改正ということを契機にして各大学において本格的に見直しが始まった段階でありまして、昨年度におきましても、教養部の改組ということについて国立学校設置法の改正もお願いしたところでございますが、順次それぞれの大学の検討状況あるいは諸条件の整備の状況によりまして、大学のカリキュラムの見直しを通しながら大学教育の充実のためにそれぞれの大学が工夫しておられるというのが現在の段階でございます。
○秋葉委員 今のお答えを好意的に再解釈いたしますと、というのは、非常に悪意に解釈すれば、非常に大きな問題があるから、問題解決になるかどうかわからないけれどもともかく新しいことはやりますというふうにとられかねないお答えだと思います。ただ、好意的に解釈をいたしますとこういうふうに整理ができると思います。これまでの大学の一般教育という、教養という部門に関しては理念と現実との乖離があった、それについてさまざまな意見が出され、大学審議会において、大綱化という方向がそれを解決するという解決案が出され、それに従ってこのような改組を行うことにしたというふうに整理できると思いますけれども、それでよろしいのでしょうか。
○遠山(敦)政府委員 大学設置基準の大綱化ということの契機になりました大学審議会での御議論の背景には、日本の大学における教育、研究というものをより高度化し、より多様化し、より活性化するにはどうあったらよいかという角度での真剣な御議論があったからでございます。それは、大学審議会に対しまして最初に文部大臣からの諮問をいたしましたときに、そのような大学の改善充実ということを考える際にどのようなことが大事であろうかということについて御審議をいただきたいという諮問をいたしたわけでございます。したがいまして、教養部の改組あるいは大学設置基準の大綱化と一言で申してしまいますとそれだけの感じがいたしますけれども、その背後にはどうしても日本の大学をよくしたい、充実をしたいというときに、一体どういう制度上の取り組みがあるのか、あるいはそれ以外にどのような配慮すべき条件等があるのかという根本的ないろいろな御議論がありました上での一つの行き方として、一般教育あるいは教養部といったようなものにある意味で束縛されたカリキュラムの組み方ではなくて、より自由にあるいは弾力的にカリキュラムを組むようにしてはどうかということで、今日のカリキュラムの見直しの潮流につながっているというふうに考えているところでございます。
○秋葉委員 質問時間が短いので、できるだけ簡潔にお答えを伺いたいのですが、今のお答えの中で御指摘があったのは、一つには設置基準の大綱化ということにあってもその背景にはさまざまな努力があり、よい意図があり云々ということだったと思いますけれども、それは十分わかっています。議論があった。なくては困るんです。だから議論があることなんというのは当たり前なんです。それから、その基準を考えるに当たって、さまざまな目的を持って大学教育をよくしたい、日本の社会をよくしたい、そういう気持ちを皆持っていた、それも当たり前です。悪くしようと思って議論なんかされちゃたまりません。それは、そういう議論があった、しかしながら、その議論の結果出できたものが本当に目的を達成できるかどうかというところが問題なんです。それを今ここで私は議題にしているつもりなんです。ですから、その点でお答えいただきたいと思います。 その大綱化ということが問題なわけですけれども、そういたしますと、例えば、私はアメリカの大学で十数年間教えてまいりました。これはボストンのすぐ近くにあるタフツという私立の大学ですけれども、そこでも私たちは毎年、毎日のように教育と研究についての議論をしてまいりました。教育をよくしたい、これは、アメリカの教育そして世界の教育をよくしたいという意図があったのはもちろんのことですし、それから、このことについて目的そのものが正しいのかどうか、あるいは、国際的な比較を行ったりということもいたしました。しかしながら、その結論というのは、今文部省でここに提出をしている法律案とはかなり内容が違っています。ですから、問題は、議論があったかどうかではなくて、そこでどういう議論がされ、どういう事実が事実として取り上げられ、そしてどのような目的を持って結論が導かれたのか、そして、その結論が具体的に現実の場において本当に効果的な役割を果たし得るかということだと思います。そのために、例えば一例を申し上げますけれども、今大綱化が必要だというふうにおっしゃいましたけれども、これまでの例でいきますと、一般教養科目というのが人文と社会と自然と三つに分かれているのです。大綱化と言うからには、これが非常に細かいという判断だろうと思いますけれども、なぜこれが細かいのですか。人文と社会と自然ということについても、それは学問の発展によって一つのカテゴリーから別のカテゴリーに当然移る部門もあるわけですし、それから、一般的に考えてこのくらいの幅のある活動を人間はしているという意味でも、これで十分広いというふうに私は思います。 問題は、その広い狭いという議論ではなくて、例えばこのようなかなり広い区分をしているにもかかわらず、それを物すごく硬直化した思考で運用したその点にあるのじゃないでしょうか。制度そのものがいかようなものであろうとも柔軟に考えるということが、実は一番基本的な問題なのではないのでしょうか。そういたしますと、仮にその制度そのもの、組織そのもの、つまり大綱化ということでこの人文、社会、自然といったような枠を取っ払ってしまっても、運用が硬直化していれば今度は新たな問題が起こることは当然だと思います。ですから、実は柔軟な考え方で現場に対応するという基本姿勢こそが大事なのであって、そこをないがしろにして幾ら制度をいじってみてもしょうがないのではないでしょうか。 その例として二つだけ申し上げます。アメリカの中にはいろいろな種類の大学がありますけれども、一般教養を特に重視する、単科大学ではないのですけれども、大学院よりも学部の教育の方が特に注目されているといった形の大学が幾つかございます。そのうちの二つだけを挙げますと、オハイオ州にオーバリンという大学があります。非常に古い大学ですし、日本との関係もかなり深い大学ですけれども、その大学。それから、ウエズリアンという大学があります。この二つの大学とも、一般教養に関しては、今名古屋大学それから群馬大学で廃止をしようとしている形の一般教養、つまり人文、社会、自然といった形での分類を行って、これで長い間教育をしてきたわけですけれども、その結果としてアメリカ社会のみならず世界的に非常に評価される卒業生をたくさん送り出しています。ですから、もしここで現在提案されている法律案、その背後にある答申というものが正しいものであればあるいはこういったものはできないのではないか、こういった硬直化された考え方の中から出てきた教育、その中から立派な卒業生が出るなんていうことはあり得ないのではないか、そういうふうに思いますけれども、この二点についてどうお考えになりますか。
○遠山(敦)政府委員 先生の体験に基づかれました大変貴重な御意見を拝聴いたしました。 第一点の御質問の点でございますけれども、大綱化しただけでは十分ではないではないか、運用自体が問題ではないか、まさにおっしゃるとおりでございます。それでは、なぜ大綱化したのかということでございますけれども、これは、これまでの一般教育のあり方、あるいは専門教育と一般教育のリンクのあり方等につきまして、いろいろな批判があったわけでございます。殊に問題点として挙げられておりましたのは、各大学がそれぞれの理念に基づきまして、あるいは時代や社会の進展に応じて自由で個性的なカリキュラムを組もうという際に、古い大学設置基準、現在では古いと申し上げますけれども、その規定が障害となってきている面があるということは多くの大学人から言われてまいったところでございますし、また、カリキュラムの枠組みを大学設置基準で細かく規定していること自体が各大学においてカリキュラムのあり方についての真剣な検討や改善のための努力をおくらせている、怠らせているというふうな考え方も多く出されたわけでございます。 殊に、ある授業科目が一般教育あるいは専門教育のいずれの科目区分に該当するかということは、その授業科目を履修する学生の専門分野等とも深く関連するものでございますし、大学の教育そのものを生き生きとした、活性化された内容にしていくという意味では、いろいろな縛りを取り払ってそれぞれの理念に基づいた教育計画というものを立ててもらった方がいいのではないかという御議論があったということがございます。 その意味で、単に大綱化するということではなくて、障害となっていたものであればそれをまず取り払うべきではないかということでございまして、したがいまして、現在は、その取り払われた基準というもの、必要以上に束縛されていた基準というものを取り払ったことによって、各大学あるいは大学人がその見識においてみずからの大学教育の理念に照らしたカリキュラムを組み直していただくという段階にあろうかと思うわけでございます。 第二の点でございますが、先生御自身の御経験から二つの大学のお話をいただきました。私どもも、十分ではございませんけれどもいろいろな文献等に当たりましたところ、アメリカにおいて一般教養的なものがかなり重視されていることは確かでございます。さはさりながら、アメリカの大学では、その大学の事情あるいは学部の性格によりまして、一般教育といいますものはさまざまな方式での実施が可能になっているわけでございます。したがいまして、大学ごとに教養教育のあり方というものは違うわけでございます。 さらに、この点は、日本の初等中等教育段階までの教育内容といいますものがかなりかっちりした内容になってございます。その卒業生を受け入れましたところの大学での教育というものがその上にさらに付加価値を付していくという点において十分であるかどうかといいますと、単純にアメリカの大学での一般教育との比較において検討するということは必ずしも十分ではないという面もございます。 短くというお話ではございますけれども、大変重要な点でございますので一点だけ具体例で申し上げさせていただきますが、先般、三月末にハーバード大学のルーゲンシュタイン総長が日本においでになりました。その折に、滋賀県のある伝統的な高等学校に立ち寄られたわけでございます。そこで二年生の理科の授業をごらんになりました。そして、その授業のあり方、教科書の記述の仕方、生徒のノートのとり方等を一切ごらんになりまして、ここでの教育はアメリカにおける大学の一年生、二年生に相当する内容であるということを明確に話されたわけでございます。 したがいまして、アメリカの学部教育におきましては、高等教育段階までの教育の内容、それがいい悪いということは申しませんけれども、その実態の上に乗せるのに一体どうあったらいいのかということが真剣に討議されて、そしてその上に教養教育中心でいく大学、研究あるいは高度の内容を専門教育として課していく大学、さまざまな大学がアメリカにはあるわけでございます。そのことだけを申し添えさせていただきたいと思います。
○秋葉委員 さまざまな大学があることはもちろんですけれども、そのさまざまな大学の中でいわゆる一般教育、教養を軽んじている大学というのは、少なくとも一流の総合大学の中にはないと言っても過言ではないと私は思います。ですから、いろいろな大学があるからといって、今おっしゃったような、それでは教養を軽視していいか、そうはおっしゃっていませんけれども、仮に論をそう立てるとすれば、そういうことは言えないということだと思います。 それから、アメリカの教育の内容と比較ができない。単純な比較ができないのはもちろんですけれども、合せっかく日本とアメリカの教育の比較が出ましたので、それに少しつけ加えさせていただきます。 私が実際に、これは私は主に数学を教えていたわけですから、それ以外のものも教えましたが、数学というレベルでお話をいたしますと、確かに大学入学時は、アメリカの学生と日本の学生、平均的な学生を比べれば日本の学生の方が学力ははるかに高い。それは確かです。ですから、ハーバードの学長さんがそういうふうにおっしゃったというのもうなずける話です。しかし、現在問題にしているのはそのレベルの教育を問題にしているのではありません。その以後何が起こるかということを問題にしているのです。 私の経験ですと、もっと具体的な例を挙げますと、そのような形で日本の学生よりは、例えば日本の高校生が使っている数Ⅱや数Ⅲの教科書や問題集、その問題が難しいというふうに考えざるを得ないような大学の新入生、その新入生が、一年半あるいは二年のアメリカの大学における数学教育を受けると、その時点では日本の大学生よりも実力がついてしまう。そこが私は問題なんだと思うのです。そこを私は問題にしているのです。なぜアメリカでそういうことができて、日本では大学入学時の学力が一番高くて卒業時の学力は実はそれよりも下がっているということまで言われるような教育の現状があるのか。 しかも、そのアメリカで行っている教育の内容というのは、今随分強調されましたけれども、専門化された教育ということに焦点を当てているからではないと私は思います。そうではなくて、やはり大学全体の目的というものが非常にきっちりと確定されている。それで、その目的のために有効な手段は何かということを十分考えた上でその手段を一つ一つ実現するための努力を行い、そして大学も、さらには教師も学生もそれに協力し参加しているということが非常にうまくいっているからだと私は思います。すべてうまくいっているわけではありません。しかし、成功している幾つかの例を見るとそう考えざるを得ないと思います。 そこで、大学の自主性が強調されなくてはならないことはもちろんですけれども、しかし、ただ単に今おっしゃったような大綱化ということ、再びこの三つに分けることが非常に細かいとおっしゃいましたが、私はこんなのは細かいというふうには言えないと思うということを先ほどから申し上げているわけですけれども、この程度のものがあるからといって日本の教育が悪くなるだとか、それは暴論だと思います。そうではなくて、具体的には例えばこういった三つに分けるような基準がある、しかしながら恐らく大学としては、これは便利な言葉なので使わせていただきますけれども、横出しとか上積みとか、そういうことをやりたい大学があったであろう、あるいは学際的な科目を例えば人文の中で教えてしまいたいという学部があっただろう、あるいは大学があったであろうと思いますけれども、実はそういった柔軟な運用というものを文部省が、あるいは日本の教育の権力を握っている方たちが大学に許してこなかったということではないのですか。それで、それをやるための唯一の方法がこういった教養部の廃止というような形、あるいは設置基準の大綱化ということしか日本ではできないんだということであれば、それはそれでいいのですけれども、まずその点を伺いたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 大学設置基準の大綱化、簡素化、先ほど来も申しましたように、単純に一言で申し上げる中にも非常に中身が多いわけでございます。一般教育あるいは専門教育という科目区分を廃止するというのも一つでございますけれども、そのほかにさまざまな大綱化を図っているわけでございます。それは、科目区分別の最低修得単位数というのが決まっていたわけでございますけれども、そういうものを廃止する。そして卒業に必要な総単位数だけは残すわけでございますけれども、そういう大綱化もやっております。それから、必要専任教員数にかかわります科目区分も廃止をいたしております。あるいは教員の専兼比率のようなものの制限も廃止をいたしておりますし、単位の計算方法の合理化も図って、演習等もやりやすいようにする、あるいは小人数教育もやりやすいようにするというふうなさまざまな内容を含んでいるわけでございます。 したがいまして、単に人文、社会あるいは自然といった区分を廃止したということだけをもって大綱化というふうに言っているわけではないわけでございます。その点についてはまず御理解をいただきたいと思うわけでございます。 また、御質問に沿いまして、その段階でお答えをしたいと思います。
○秋葉委員 わかりました。今のお答え、実質的にはこういう形でしか柔軟な運用を行うことができないというお答えだというふうに解釈したいと思います。そうせざるを得ないような感じです。もし違うのでしたら、具体的に違うというふうに指摘していただければありがたいと思います。 それで、実は私は、柔軟な規則の運用ということが教育においては非常に大事であるということが、これは普遍的な原理だと思っているわけですけれども、その中で、その柔軟な運用をするに当たって、やはりどうしても大きな障害が、今回提案されている法律案を見ているうちにあるような気がいたしてまいりました。 実は、より具体的に群馬大学と名古屋大学の新しいプログラム、これに沿って議論をしていただければ大変ありがたいと思うのですけれども、今おっしゃったのは、非常に硬直化された、あるいは理念と乖離のある一般教養というものを変えていくために、あるいは大学教育全体を変えていくために教養部を廃止してまで新しいこういうプログラムをつくったということだと思いますけれども、実はその非常に大きな障害になっているのが知識偏重主義といいますか、知識重点主義ではないかというふうに私は思います。つまり、大学で教えるのは知識であるという点が非常に大きな問題だというふうに思います。ですから、例えばここで提案されているのは、今までのような一つの分野に特定された科目を教えるのではなくて、例えば学際的なものを教えるとか、総合的なものを教えるとか、さらには教養ということを離れて専門科目を教える、専門の基礎科目を教えるといった形での改善だと思いますけれども、そこで行われているのは、要するに知識の分類というものを新しいやり方で再分類したということにすぎないのではないでしょうか。 新しいプログラムについて先ほどからお伺いをしているわけですけれども、文部省からいただいた資料によっても、強調されているのは、どのように学生に教える知識の再分類をしたか、それがいかにすばらしいことなのかという説明はありますけれども、それ以外のことはほとんど触れられていない。確かに、大学の先生方の自分の専門領域を超えて教育ができるという改善も、それは正しい方向だと思いますし、その他の幾つかの改善項目というもの、例えば単位についてのある程度の柔軟な考え方というのも正しい方向だと思いますけれども、やはり知識だけを殊さらに重要視する基本的な態度というところがどうしても障害として残るような気がします。その点についてはどうお考えになっているのでしょうか。
○遠山(敦)政府委員 先生の御指摘のとおりに、これまでの日本の大学教育におきましては、高等学校段階までにかなり知識を蓄えてきたものの上にさらに一般教育という形で知識を付加していくというふうな傾向が見られだということも確かでございます。そのような知識中心ということではなくて、これからは、やはり自分で考えて判断をしていく、総合的な理解能力を持つ、あるいは問題を発見し解決していく能力を持つ。あるいはこれからの国際化時代を考えますと、基本的に外国語能力あるいは情報処理能力などを身につけた上で、さらには他者とディベートできる力でありますとか、さまざまにこれからの人材の育成ということについては意を用いていかなければならない面があると思うわけでございます。 具体的に、群馬大学と名古屋大学において学部のカリキュラムが改組されて、例えば一体どんなふうになっていくかということを若干お話しさせていただきたいと思うわけでございますけれども、群馬大学におきましては、これまでの一般教育の授業科目におきます人文、社会、自然などの固定的な区分にかえまして、例えば教養ゼミを置く。これは、大学入学時に、大学に入ったという喜びを持って大学で学びたいという学習意欲を育てる、あるいはそれにこたえていくということで、創造力の養成を図るということをねらいとしております。 さらには、総合科目というようなものを取り上げて、テーマ別に現代的な諸課題を取り上げて講義するということも考えられております。あるいは、さまざまな分野の学問の基礎的な考え方あるいは概念を理解させまして、自己の専門の位置づけを明確にさせることを目指す分野別科目等を設けるわけでございます。 これらも、仕組みたけ御説明いたしますと、知識の与え方の区分ではないかと仰せになるかもしれませんけれども、新たにそういう教養ゼミあるいは総合科目というふうなことを設けることによって、先ほど来申しております考える力あるいは討論する力、創造する能力、そういったものを開発していこう、啓発していこうというのが大きなねらいであるわけでございまして、特にこの大学では全学の教官の協力によりまして、授業科目の多様化あるいは高度化、それから小人数教育を重視した科目編成にしていこうということでございます。 さらに、名古屋大学につきましては、現代的な課題、国際化、情報化、高齢化などを控えたいろいろな問題がございますが、そういう課題を設定いたしまして、設定された大きなテーマに基づいて幾つかの科目区分を学際的に学習をして総合的な理解力あるいは自主的判断力を高める主題科目を設けようといたしております。 さらには、専門科目につきましても、専門基礎科目、関連専門科目を設けて広く体系的なものにしようということでございまして、総合大学としての特色を生かしながら、いろいろな部局間の協力も得まして新たな科目編成をしようとしているわけでございます。 全学の教員がそれぞれの専門あるいは特色を発揮して、お互いに協力し合いながら、真に望まれる教育というもの、これからその実現に努力をしていこうということがこの改組の背後にあるわけでございます。
○秋葉委員 今幾つかお挙げになった項目、目的としては、あるいは具体的な能力としては私も賛成するものですけれども、問題は、私が指摘しているのは、つまりそういうことがカリキュラムの中には盛られていないでしょうということを申し上げているわけです。つまり、今ディベート能力とおっしゃいました。では、この群馬大学あるいは名古屋大学の新たな改革案によってディベート能力はどこでつけるのですか。
○遠山(敦)政府委員 ディベート能力は、授業のやり方でございますので、旧来の設置基準のもとでもできないはずはなかったわけでございます。さはさりながら、大教室でのマスプロ教育という中ではなかなかそういう能力を磨くチャンスもない。したがいまして、例えば群馬大学で教養ゼミを置くというふうなところで、小人数教育によりまして、これは二十名程度を考えているようでございますけれども、そういうクラスサイズ、これまでになかったような小規模のグループによりまして、野外実習あるいは実験などを積極的に取り入れたり、あるいはお互いに議論を闘わせたりというふうなことが考えられているわけでございます。 例えば教養ゼミにおいてそうでございますし、先ほど来申しておりますいろいろな科目の設定の仕方等の背後には、そういった目的というものを達成するために、仕組みそのものを見直してカリキュラムを魅力的なものにしていこうということが背後にあるというふうに認識しているところでございます。
○秋葉委員 今おっしゃったのは、御自分でも矛盾にお気づきになっているわけですから改めて申し上げるまでもないのですけれども、ディベート能力を高めるためには授業のやり方だとおっしゃった。そして、それは古い枠組みでもできるとおっしゃった。しかしながら、それを具体的に実行に移していくためには小人数のゼミが適切である、あるいは何らかの形で改組して、その改組の中に何となく、どこかわからないけれどもうまいぐあいにはまってディベート能力がつくというようなお答えです。 それでは、小人数ということは私も賛成です。では、小人数の教育が大事なのであれば、それこそ大学の設置基準をきちんと改定した上で、一人の教師が担当する学生の数を、まず平均数ですけれども、それを減らすということが必要になるのじゃないですか。そうでなければ、単位数が同じであれば、そして一つのクラスで教える学生の数が少ないゼミというものがたくさんできれば、当然その分のしわ寄せというのが、大講義室で四百人、五百人という講義を受けなくてはならない科目というのがふえないと、同じ単位数、同じ教師の数ではこなせない。これは数学的な論理的結論ですから、そこで異論を立てていただきたくない。そこを何とか乗り越えるためには、大学の設置基準を変えるか、あるいは単位数を減らす以外にない。単位数は柔軟にするとおっしゃった。しかし、大学設置基準というものは変えない。ということは、本質的に小人数の教育をするという本来の教育のあるべき姿を追求するのではなくて、単位数を、ごまかすとあえて言わせていただきます。そういうつもりはないのですが、あえて劇的に。ごまかすことによって帳じりを何とか合わせよう、数学的にはそういう解決法しかないわけですからそういうことになってしまうのですけれども、まさかその目的で単位数についての柔軟性を同時に持たせたとおっしゃるわけではないと思いますが、どうお答えになるわけですか。
○遠山(敦)政府委員 小人数の教育のクラスのみで成り立つということではございませんで、さまざまな科目あるいは教養ゼミのチャンスというふうなものをつくっていくというところに新たな行き方があろうかと思います。 大学についても教官一人当たりの学生数を決めてはどうかというお話でございます。初等中等教育におきまして先般標準法を可決していただきましたけれども、大学におきましては、やはり教官と学生のいろいろな場面での出会い、あるいはそこでの授業といった多様な方式で目的が達成されるものであるように考えております。 確かに、小人数教育をやるときに、そのしわ寄せで大きな人数の講義の数がふえるというふうなことも想定されるかもしれませんけれども、それは工夫によりまして、例えば今年度から東大の教養学部で実施される外国語教育でございますけれども、これは今までの教室で何十人というサイズの学生に語学の先生が教えていた方式を改めまして、一つは、教材を全く新しいものに変えまして、ビデオの教材をつくりました。それを視聴しながら、全学の新入生たちが一緒にその教材を学びながら質問をしたりというふうな小人数の教育に切りかえていくわけでございます。それも全体のカリキュラムの組み方の中で従来の教育方法、授業の方法を改善しながら、そしてそういう工夫がなし得るということで、今そういうカリキュラムが組まれつつございます。 今のは改組にかかわらない例でございますけれども、今回の学部をつくる場合におきましても、共通科目につきましては比較的大人数の講義というものも可能でありましょうし、小人数の教育のチャンスもふやすという、多様な形態でのカリキュラムの組み方で内容ある教育というものの展開が期されているところでございます。
○秋葉委員 私はちょっとかんしゃく持ちな方ですから、だんだん忍耐の限度に差しかかっているのですが、こんなことをここで説明しなくてはいけないとは思いませんでした。 非常に単純な例を申し上げます。 教師が一人しかいない学校で、学生が百人いたとします。現状ではそれを二つに分けて、五十人、五十人という二こまで教師が教えているということで考えたいと思いますけれども、仮に、小人数教育が大事だからといって片方のクラスの人数を二十五人に減らしたら、すべての人に授業をするためにはもう一つのクラスは七十五人にせざるを得ないわけじゃないですか。それは数学的な結論であって、今おっしゃったような、新しいビデオを入れても、クラスの編制をどう変えても、教える人のこま数と単位の数が決まっていれば、これはもう動かしようのない事実なんです。だから、それをそういうふうに言い逃れて、一部の学生にとったはいいかもしれないけれども、ほかの学生はどうするのか。当然教員の増員が行われなくてはならないわけです。 ですから、そこの数学的な論理のところでこんな議論をしなくちゃならないというのは本当に私は情けないと思いますけれども、そこを認めていただいた上でない、と、これは議論できないのです。だから、それを、数学的な事実を認めるのかどうか、まずお答えいただきたい。
○遠山(敦)政府委員 数学の先生でいらっしゃいますので、数学的、数学的とおっしゃいますけれども……。 大学設置基準の中に授業を行う学生数についての規定がございます。「大学が一の授業科目について同時に授業を行う学生数は、授業の方法及び施設、設備その他の教育上の諸条件を考慮して、教育効果を十分にあげられるような適当な人数とするものとする。」ということでございまして、かつては、改正前は、「大学が十の授業科目について同時に授業を行う学生数は、おおむね五十人とする。」あるいは、科目あるいは大学の事情によりまして、その学生数以上とすることができる、「ただし、特別の場合を除き、二百人をこえないものとする。」という規定であったわけでございますけれども、弾力的なカリキュラムの組み方、あるときは教養ゼミのような形で小人数であり、あるときは講義形式のものがなじむ科目もあるわけでございます。そういうものを併用しながらやるということで、新しい規定におきましては、大学の教官一人当たり学生何人という、これまた硬直的な決め方ではなくて、「教育効果を十分にあげられるような適当な人数とする」というふうな規定に改めたわけでございます。 今のお話に関連しまして、二つコメントをしたいと思います。 一つは、国立大学の場合に、本務教員一人に対しまして学生数は九人でございます。したがいまして、もともと一般教育をやっていた人たちだけが小人数教育をやろうとしますと、先生おっしゃいましたように、一方で多人数の講義もあり得るという想定もできるかと思いますけれども、そうではございませんで、これからの教育のあり方は、全学の教員がそれぞれの専門分野を生かして協力をしていくという形でございます。したがいまして、教員の配置につきましてはある程度これまでの措置をとっているわけでございますので、いろいろな専門の先生方が協力し合うことによりまして小人数教育にも対応できていく。そのようなことを背景にして、現実に各大学においてそのようなことを十分に考えて、では何曜日の何時間にどういう先生方がどういうふうに分担をして小人数教育をやるのかということを十分検討した上での今回の学部の設置であり、あるいはその中でのカリキュラムの組み方であるわけでございます。その意味で、これまで一般教育は教養部の先生方に任しておいたという行き方ではなくて、全学の教員たちがそれぞれ教養の教育あるいは専門の教育、いずれにつきましても協力をし合ってやっていくということでありまして、これらは必ずしも負担増につながるということではございませんし、一方で……(秋葉委員「そんな乱暴なこと言えるんですか」と呼ぶ)それはそれぞれの大学におきまして十分に検討した上での今回の構想であるわけでございます。
○秋葉委員 今私が申し上げた一人の教師で百人というのは、これはシェネリックな例です。つまり、その特定な数が問題ではなくて、そこにあらわれている論理構造が問題なわけです。それに対してのお答えは当然できないはずですし、今おっしゃったことも現実を考えるともっと状況が悪い。一般教養に今までゼミなんていうのはなかった大学がほとんどじゃないですか。しかも、ほとんどの科目が教養においては大教室で講義が行われていたということは、これまた多くの大学の先生方あるいは評論家が指摘してきたことです。それを小人数にするのであれば、当然負担増になるか、あるいは教師の数をふやすか、学生数を減らすか、単位数を調整するか、それしかやり方はないわけです、可能性としては。ですから、その点が納得できないのであればきちんと数式を書いてお示しいたしますけれども、そこまでする必要はないでしょう。そこを認めないで何で議論ができるのですか。こんなめちゃくちゃな議論では、これ以上僕は質問続けられません。一足す一は二かどうかということを、論理構造としてはそれと同じことを議論しなくちゃいけないというのは、それでは話になりません。
○遠山(敦)政府委員 先ほどカリキュラムの改善あるいは大学設置基準の大綱化ということで現実にどのようによくなるのかという御質問がございましたことに関連いたしまして、その内容として、例えば小人数教育もあり得る、そういう改善も行われつつあるということでお話を申し上げたわけでございます。そのことの関連で申し上げているわけでございますけれども、例えば……
○秋葉委員 全然話にならない。さっきの一人の例で答えてください。小人数の教育を片方でやれば負担がふえなければ、もう片方ではたくさんの学生、今まで以上の学生を教えなくちゃ話にならないわけでしょう。そうでしょう。数学的な事実でしょう、それは。それを認めないで何で議論が先に進むんですか。こんなところで僕は議論したくないですよ。
○遠山(敦)政府委員 多少の負担はふえるかもしれませんけれども、例えば……
○秋葉委員 多少じゃないでしょう。五十人が七十五人になって、五〇%の教育上の負担増というのは、とんでもない負担増ですよ。
○遠山(敦)政府委員 ですから、その場合にはいろいろな教育上の工夫も加えているわけでございますし、特にこれまで専任教員、兼任教員の比率を明確にしていたわけでございますけれども、その専兼比率についての、あり方についての規定を廃止したわけでございます。その意味では、専任の教員のみならず兼任の方々の活用あるいは専門分野の教員の活用等によりましてその目的に応じた教育が展開できるというふうなことを背景にしての構想であると認識しているところでございます。
○秋葉委員 さっきの、私は非常に簡単なシェネリックな例として一人の教員がいる場合だけということをお話いたしましたけれども、それは人数をふやしても同じなんです、問題としては。それ、答えてください。
○松田委員長代理 どうぞ、続けてください。遠山高等教育局長。
○遠山(敦)政府委員 先ほど申しました授業負担が全く増にならないというのは正確ではございません。もちろん、授業負担は若干ずつふえるということはございますけれども、これは大きな変化ではないということで、各大学としても納得を得ているところでございます。授業負担は、現に授業を担当しておられる教員の方々の授業負担それぞれに差がございます。その意味で、その負担の状況ももちろん全体的に勘案しながらカリキュラムが組まれ、そして授業担当が決まっていくわけでございます。全学的な教員の協力ということでございますので、個別の教員の負担あるいは対象人数ということで議論をいたしますよりは、全学的な体制ということでの対応を重視しているところでございます。
○松田委員長代理 速記をとめて。 〔速記中止〕
○松田委員長代理 速記を起こして。 この際、暫時休憩いたします。 午前十一時三十九分休憩 ――――◇――――― 午後零時四十八分開議
○松田委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 先ほどの秋葉君の質疑に関し、政府より発言を求められておりますので、これを許します。遠山高等教育局長。
○遠山(敦)政府委員 午前中の答弁につきまして、改めて答弁をさせていただきたいと存じます。 教養教育の充実の方途といたしまして小人数教育を導入する場合には、従来に比して教員負担が増すことは御指摘のとおりでございます。 群馬大学の教養ゼミの開議などによりまして、小人数教育を一部実施することを構想しておりますけれども、これにつきましては、他学部の教官の応援、非常勤講師の一層の活用、あるいは履修単位数の見直し、あるいは一部従来型の大教室授業の活用など全学的な実施体制の中で実現を図ることとしているところでございます。 なお、このことにつきましては、それぞれの大学で長年にわたる検討の結果、コンセンサスが得られて改組に至ったものでございますので、御了解をいただきたいと存じます。
○松田委員長代理 質疑を続行いたします。秋葉忠利君。
○秋葉委員 今の御答弁ありがとうございました。先ほどの私の申し上げていたことを認めていただけたことだと思いますけれども、このことを確認するのにこれほど長く時間がかかったということを非常に残念に思います。 といいますのは、問題は、例えば教師の側の負担増がある、あるいは今までよりもより多くの学生を一講座当たり教えなくてはいけない、一授業当たり教えなくてはいけないというような問題が発生した場合に、じゃどうするかという問題が生じるわけですけれども、例えばそれについては新たな人材の確保であるとかあるいは教授内容を高めるために具体的に大学内における新たな教育プログラムを設定するとか、それによって教師の質を高めるとかあるいはさまざまな機器を導入することによって援用を行うとかいったことになりますと、いずれにしろお金がかかるわけです。そういったことに対応するための協力体制もまた別に考えなくてはいけない、それをどうしましょうという議論が実は非常に大事なところです。そういった問題について私は幾つか質問もしたかったと思いますし、提案もしたかったわけでありますけれども、残念ながら時間がございません。 それから、いわゆる教養的と言われる科目の内容について、アメリカで行われている具体例として私が考えておりましたのは、ハーバード大学と私のおりましたタフツ大学が非常に似通った考え方で教育内容を決めています。そういったものとの比較で、今の日本の大学教育において非常に重要な問題は何かという問題提起をしたかったのですけれども、残念ながらこのことについて時間がとられ過ぎてしまいましたので、また別の機会に譲りたいと思います。 ただ、一つだけ申し上げておきたいのは、ハーバードの教育内容の中でも、例えば一つの教育目標として数量的検証技術についても修得する必要があるということを言っておりますし、それからこれは日本の大学ですが、基礎科学振興のための十大学理学部長による提言の中にも、論理の構築を含めた総合力ということが目的の一つに掲げられております。ですから、きょうの議論も決してむだではなかったというふうに私は考えております。 実は、価値観を含んだり、あるいはさまざまな意見の中からどれを選択するかが非常に難しいというような教育の議論もあり得るわけですけれども、数量的に、客観的に議論ができて、その結論については疑いがないと私思っていたのですが、きょうは疑いがあるということが出てきたのです。 もう一つの問題について伺いたいと思います。 実は、施設の老朽化あるいは狭隘さ、あるいは危険度ということでこのところ問題提起がされている点ですけれども、確かに一教室当たりの学生数というところも非常に大事な問題です。そして、教師の負担ということ、その中でどういった授業が行われるかということももちろん教育の中心になるわけですけれども、同時にそれを支援する環境というのが非常に大事だと思います。日本の大学教育においては、施設の老朽化、狭隘化というのはちょっとおかしいのですが、もともと狭いところが一層狭くなったという意味であえて使わせていただきますけれども、それから危険な状態が起こっている。この点については、非常に典型的な例が、例えば東大ですとか北大、名古屋大学、大阪大学、幾つかのところで出されているわけです。私の理解が正しければ、森山大臣は東大を視察されていると思います。大学の研究施設、教育施設の老朽化あるいは狭隘化あるいは危険性が伴っているということについて、一般的な方向で結構ですから、問題の認識と今後の方針について、何かお考えがありましたらぜひお聞かせいただきたいと思います。
○森山国務大臣 御指摘の問題は、今非常に深刻な問題だと考えられておりまして、文部省挙げて何とか改善するように努力したいと思っている点でございます。おっしゃいましたように、私は参議院の文教委員でありましたときに、東大の理学部と工学部の研究室が非常にひどい状態であるという話を聞きまして、何人かの仲間の先生方と御一緒に視察に参りまして、聞きしにまさる惨状と言ってはちょっと言い過ぎかもしれませんが、そう言いたいような状況であることをこの目で見まして、これは何とかしなければいけないと語り合ったものでございました。 その後、各方面の御理解と御協力を得ることができるようになりまして、最近では財政当局も、非常に厳しい財政事情の中ではございますが、この問題については何とかしていかなければということを口をそろえておっしゃってくださるようになったわけでございます。 例えば、平成四年度の当初予算におきましては、国立学校特別会計に特別施設整備資金という二百億円の枠をつくっていただきましたし、施設の老朽化、狭隘化の解消を図るということでさらにいろいろな予算的な措置を考えまして、その後、補正予算におきましても相当の額の増強をお願いできたところでございます。平成五年度の予算におきましても、施設費の充実について最大限の努力をいたしまして、文部省といたしましては、今後とも、厳しい財政事情ではございますけれども、教育、研究の発展充実に資するように、施設の整備充実に一層努めてまいりたいと考えております。
○秋葉委員 ありがとうございました。 一般的な問題があるということについては恐らく反対をする人はいないのではないかと思うのですけれども、実はその問題の深刻さについて、必ずしも認識が一致しているとは言えないような気がいたします。最終的には大蔵省との話になると思うのですけれども、何とか大蔵省を説得して状況の改善をできるだけ早くしてもらうためにあえて一例を取り出して、いかにひどい状況にあるかということを御理解いただけたらと思います。 私が考えておりますのは、北大における昨年八月の死亡事故です。実は低温実験施設の中で助手と大学院生、二人が死亡するという事故が北海道大学で起こりました。このことについて最終的な報告が出ているのですけれども、人事院においても調査を行い、北大に対して指導を行っているという理解をしております。 人事院の方に伺いたいのですけれども、簡単で結構ですから、この事故をどういうふうに人事院としてはとらえ、その結果どういう指導を行ったのか。どういう改善が行われ、その結果としては満足できるものなのかどうかというところを御報告いただけたらと思います。
○稲葉説明員 お答え申し上げます。 人事院といたしましては、事故発生日の平成四年八月十日、その日に事故発生の事実を認知いたしまして、その翌々日の八月十二日に、文部省より事故の概要について事情聴取を行いました。さらに、同年八月二十八日に北海道大学長より同大学工学部における死亡事故についての重大災害報告書が提出されました。これらを踏まえまして、昨年の十月二十七日、北海道大学において、事故の発生状況、安全管理状況等について事情聴取、あわせて事故現場の実地調査を実施いたしました。 その調査の結果、北大工学部においては安全管理上十分とは言えない面がございました。具体的には、安全管理体制の整備並びに安全管理者の事務の徹底という面、二番目に安全教育の徹底という面、三番目に酸素欠乏等による危険の防止措置の徹底という三点で十分と言えないものがございまして、人事院といたしましては、より一層の安全管理の充実並びに災害の未然防止を図るために文書をもって指導を行ったところでございます。その結果、二月二十四日付で北海道大学長に対しまして文書による指導を行いまして、これに対しましては平成五年三月二十五日付で文書により改善策等について回答をいただいておるところでございます。 北海道大学におきましては、安全管理体制の整備、安全教育の実施など安全管理上の問題についての改善計画を立てて、積極的に実施に向けて取り組んでおるところでございまして、人事院の指導事項は充足されつつあるというふうに思料いたしております。したがいまして、本事故に関する安全管理指導というものにつきましては、人事院といたしましては所期の目的は達せられたというふうに承知をいたしております。 なお、引き続き安全管理体制等につきまして、適正に実施されているかという点につきましては、見守っていく所存でございます。 以上でございます。
○秋葉委員 この件について、では文部省としてはどういう対処を行ってきたのか。簡単で結構ですから、伺いたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 安全確保というのは極めて大事なことでございます。文部省といたしましては、これまで工学部長会議あるいは農水産関係学部長会議におきまして、学生の実験中の安全確保等について常に要請してまいっているところでございます。最近では、工学部長会議において安全確保について要請をいたしておりますし、農水産学部長会議においても要請をし、あるいは国立大学長懇談会におきましても事の重要性について申し上げておりますし、それから、職員等の安全教育の徹底につきまして通知を発出しているところでございます。 各国立大学におきましては、安全管理委員会を設けるなど安全管理体制の整備をいたしますとともに、安全のための手引というようなものを作成をしたり、あるいは学生、教職員に対する安全教育の実施などの措置を講じているところでございますけれども、今後ともこれらの措置の徹底あるいは教職員、学生等の安全に対する意識の高揚を図りまして、危険物の管理あるいは実験、実習時の安全確保について、万全が期されるように引き続き指導してまいりたいと考えております。
○秋葉委員 先ほど森山大臣もおっしゃいましたように、東大、それから北大も同じです。ここに今、これは「エルムのもりはいま」という北海道大学の教職員組合が出したカラーの特集ですけれども、この中にも大学の実験施設の非常に狭い、そして危険な状態というのが具体的な写真で示されております。東大を見てもこれと状況はそれほど変わらなかったということもつけ加えますけれども、今のお話では、こういう危険な状況にあっても、安全教育を行う、危機管理を行う、つまり人間の側の対処の仕方によって十分に安全な研究あるいは教育が行えるというふうにお考えになっているように受け取れたのですけれども、そうお考えなのでしょうか。
○遠山(敦)政府委員 安全管理につきまして、少なくとも初歩的なミスをしないというふうなことにつきましては、先ほど来申し上げましたような方途が必要であろうかと思いますけれども、しかし、やはり物的な条件の整備ということは非常に大事なことであろうかと考えておりまして、大臣からも答弁申し上げましたように、現在の老朽化の状況、狭隘化の状況ということにつきまして、私どももその解消の方向に向かってできるだけの努力をしてまいりたいと考えております。
○秋葉委員 努力は非常に大事だと思いますし、ぜひ重ねて努力をしていただきたいと思うのですけれども、今まで三年間の非常に短い間なんですけれども、政府側の答弁で、努力をするということは何もしませんということに等しい場合がしばしばございました。今回がそうだと言っているわけではありませんけれども。 ですから、重ねて伺いますけれども、では、例えばこの冊子に書かれているような非常に危険な状態、あえて申し上げるまでもありませんけれども、例えば大学院の学生が本当に畳半畳ぐらいのところに机を持ち込んで、そこのところで研究を続けなくてはいけない。あるいは場合によっては、これは東大の場合ですけれども、その机を一人で独占することもできずに、二人が交代で使っている。しかもそのすぐ隣に、例えば高圧ガスあるいは危険な毒物、創業等を置く場所がないから、その学生がいるすぐ隣の場所に、これは消防法違反ですし、その他の法律違反を歴然と行っているわけですけれども、そういった状況が厳然として存在している。 今のお話では、努力をするということです。努力をするというお話では、例えば、今まあこれで一応十分であるけれども、より完璧に近づけるために努力をするというのであれば適切なお答えかもしれませんけれども、非常に身近なところに危険がある。しかも北海道大学では、これは私の解釈ですが、それが一つの原因になって死亡事故まで起きている。そういった状況の中で、努力をされると言っただけではなかなか納得できない。 それで、伺いたいのですけれども、努力をする目標としては、つまり何年先にこのような状態を、少なくとも消防法その他の最低限クリアしなくてはいけないような法律をきちんと遵守できるような形に改善できるとお思いになっているのか、その点を伺いたいと思います。
○吉田(茂)政府委員 御指摘のように施設設備の老朽化の問題が現在緊急の課題になっておるわけでございます。具体的にいつまでに何をというデータについて今ちょっと持ち合わせておりませんけれども、具体的には私ども、一つの例でございますが、先ほど大臣が申し上げましたように、特別施設整備事業というのを平成四年度から開始をしておるわけでございまして、これは五年度予算においても認めていただいておるわけでございますが、四年度、五年度、二百億円ずつという形で、これは施設の整備でございます。これについては、北海道大学を初め九大学で事業を実施しておるわけでございます。また同時に、設備の方も大事でございますので、設備についても今年度、予算の大幅増を図りまして、緊急にこういった事態を取り除いていくための事業を進めつつあるところでございます。
○秋葉委員 大体の目標ということも言っていただけないのでしょうか。つまり、緊急というのは、努力をしていることは認めます。努力をすることは大事です。これからも続けてお願いしたいと思いますし、そのことに私たちが協力することにもやぶさかではございません。ただし、やはり目標がないと、我々人間ですからどうしても甘くなるというところがあるわけです。十年後には解消するつもりなのか、二十年先なのか、あるいは少なくとも五年ぐらいまでには何とか目鼻がつくようにしたいのか。そういうことであれば、例えばそれこそ大蔵省に、我々すべて文教に関連した国会議員を含めて、文部省の総勢を挙げて陳情に行って、何とかお願いするというようなことをやったっていいわけでしょうし、あるいはそれ以外のさまざまなやり方があると思います。 少なくとも何らかの形での、目標、期限、どの程度の改善を行うのか、その質についての大まかな、これ、英語で言えばウイッジュリストというふうに言えばいいのかもしれませんけれども、すべてうまくいった場合にはこういうことをやりたいんだと考えている、そのあたりの概略を御説明していただきたいと思います。
○吉田(茂)政府委員 ただいま御指摘のありました消防法違反というような状態につきましては、大学と相談してとにかく緊急に対応していきたいという考え方でございますが、今のところ、申し上げました特別施設整備事業、これは質の問題につきましても、面積を広げるということも含めまして、現在五年を目途に事業を進めておるところでございます。それによりまして一つの事業を、まず狭隘、老朽に対する緊急の対応事業を進めてまいりたい。同時に、一般的な施設の改修、それから改善あるいは改築につきましても、この事業の対象になっていない大学、研究所についても現在進めておるところでございます。これは毎年度の予算の中で最近充実を図りつつあるところでございまして、こういった事業の中で努力をしていきたい、こう思っております。
○秋葉委員 ありがとうございます。 五年以内というのは、それより早まればもちろんすばらしいことだと思いますけれども、一応リーズナブルな目標だというふうに思います。その際に、例えば現在の理学部の研究施設で考えますと、大まかに言ってヨーロッパの半分程度、アメリカの五分の一、これはアメリカ並みにするということは無理にしろ、大体ヨーロッパ並みにはなる。それを五年以内に主な大学においては行いたい。それ以外のところについてもおいおいそのようなペースで改善をしていきたい。これはもちろん文部省だけで決定できるわけではありませんけれども、大体そういった方向で実現すればいいのではないかというふうに考えている、そう理解してよろしいでしょうか。
○吉田(茂)政府委員 基本的に今おっしゃったとおりだと思いますが、ただ、ヨーロッパの基準あるいはアメリカの基準というものが、それぞれ研究施設あるいは設備の基準というもののとらえ方の問題もあろうかと思います。したがいまして、きちっとしたこういった基準、ヨーロッパの基準あるいはアメリカの基準に対して計画を進めていくということは若干正確に言えない面がございますが、基本的に今申し上げたような考え方で整備を進めてまいりたい、こう考えております。
○秋葉委員 そこで、大蔵に伺いたいのですが、大体そういう青写真といいますか、将来の計画を文部省の方では考えている。それから、先ほどの基礎教育、大学教育一般における、例えば小人数化、あるいはさまざまな機器を援用したり、非常勤講師を活用したり、常勤の教授陣も充実したり、その質を向上したりということは当然お金がかかるわけですけれども、こういった一連の高等教育の充実、それから充実とは言えない今まで行われていなかった最低の条件、大学教育と呼ぶためにはどうしても満たさなくてはならない最低の条件を満たすための努力、文部省はそういう、例えば今のお話では、施設に関しては五年ぐらいを目標にして考えているということですけれども、大蔵としては、これからの二十一世紀を考えるに当たって文部省の言うことはもちろん全面的にバックアップする、いや、それ以上に、財源さえ、財源もどこかで見つけてきて文部省が考えている以上のペースでできたらやりたいんだということを当然お考えになっていると思いますけれども、そのことを確認したいと思います。
○福田説明員 お答えいたします。 一般論として申し上げますと、我が国の公財政支出の学校教育費の対国民所得比は全体として欧米諸国とほぼ同程度の水準にございます。ただ、これを大学等の高等教育と高校以下の初等中等教育に分けてみますと、初等中等教育にかなりウエートのかかった配分となっているわけであります。文部省予算を見ますと、その四分の三がいわゆる義務教育費国庫負担金を中心とする人件費でございます。かつ地方公共団体の本来の固有業務とされております初等中等教育に配分されているウエートがかなり大きくなっております。他方で、高等教育の分野におきましては、先生ただいま御指摘のように施設設備の老朽化、狭隘化等、教育、研究環境の悪化が指摘されておりまして、高等教育、学術研究の改善充実を図ることが緊急の政策課題となっているわけでございます。 このような中で、私どもはバランスのとれた文教政策の発展を図るためには、各種施策の合理化、効率化を進めて資金の重点配分を図ることが必要であるというふうに考えております。とりわけ、先ほどからるる御指摘のございますような高等教育の置かれました現状にかんがみますれば、厳しい財政事情のもとではございますけれども、国と地方の役割分担、費用負担のあり方の見直しを含めて、初中教育と高等教育の間での資金配分の見直しを進めることが基本的には重要と考えているわけでございまして、このような考え方のもとに、先ほどからもお話がございましたように、四年度の当初予算におきましては、初中面で地方公共団体との間の費用負担等の見直しを行いますとともに、他方で、高等教育面につきましては、例えば国立学校特別会計に特別施設整備資金を設置いたしまして、施設の老朽化、狭隘化等の解消を図ることとしたところでございます。また、補正予算におきましては、総合経済対策の一環といたしまして、当初予算では約一千七百億の施設整備でございましたが、八百七十六億の追加の措置を講じたところでございます。さらに、平成五年度予算におきましても一千八百三十二億円という施設費を計上しておりますし、また、設備それから研究環境につきましてもかなりの予算配分をしたというふうにしております。今後につきましても、もちろんこれは文部省の御要望を踏まえての話ではありますが、厳しい財政事情のもとではございますけれども、国立大学等の教育、研究環境の改善充実については適切に対処してまいる所存でございます。
○秋葉委員 ありがとうございました。 時間が来ましたので質問を終わりますけれども、今のお話では、初等中等教育と高等教育との間のゼロサムゲームだというようなことをおっしゃっておりますし、初等中等教育にはある意味では金のかけ過ぎだということをおっしゃっているのですが、生徒一人当たりの教育支出ということで考えてみますと、欧米の先進国の間で、米国、西ドイツ、英国、フランス、カナダ、すべて日本より多くなっているのですね。ですから、単純に初等中等教育はもう十分だからそっちから切り取って高等教育に回せという議論は成り立たないと思います。まだ日本の初等中等教育も非常に問題点が多い。それ以上に高等教育、大学における教育に問題点があるということの指摘が現在されているわけですから、これは、問題は、より悪いところから取ってきて、それで最悪のところに金を回すということではなくて、改善を要するという点ではどちらも同じなわけですから、やはりパイを大きくするといった方向での思考の転換をぜひ大蔵省にも図っていただきたい、私たちもその方向で考えていきたいと思います。 いずれにしろ、国家百年の計、先ほどの原田委員の言葉にもありましたように、その問題ですので、事実に基づいた、しかも具体的に影響力のある、きばのある議論を通して、今後とも文部省の方にも森山大臣にも日本の教育を改善するために頑張っていただきたいと思いますし、私たちもお手伝いをしていきたい、こう思っておりますので、これで質問を終わらせていただきます。
○松田委員長代理 次に、山元勉君。
○山元委員 社会党の山元でございます。 私は、議題となっております法案の論議に入ります前に、この機会に文部省にお尋ねをし、要請もしておきたい問題がありますから、まずそのことを申し上げたいと思います。高校生の留学の問題です。 御案内のように、六十二年に留学制度ができましてから急激に今高校生の、特に私きょう問題にしたいのは三カ月以内の短期の海外留学、いわゆる学習旅行でございますけれども、その問題についてお伺いしたいのです。文部省としてこの五年間、この高校生の留学の動向についてどういうように把握をしていらっしゃるのか、そして、問題にしたいトラブルについてどういうふうに把握をしていらっしゃるか、まずお伺いをしたいと思います。
○長谷川政府委員 お答えを申し上げます。 海外留学は、先生のお話しになりましたように、一応の制度化ができましてから徐々にふえてまいっております。一応現在の段階では、高校生では年間約五千名に上る者が海外のそのレベルの学校で学んでいるというぐあいに把握いたしております。これは、毎年各学校の統計の中で、現在自分の学校の学生が何名出ているかということは把握できるわけでございます。出ております学生の七〇%がアメリカ合衆国でございます。 それから、トラブルの実態についてどのように把握しておるのかというお尋ねでございますけれども、トラブルについて調査いたしたものがございます。平成三年にそのような調査をいたしまして、これは帰ってまいりました高校生、大学生等からいろいろ聴取いたしたものでございます。ただ、留学でいろいろなトラブルに遭ったという者からじかに聞くということは、文部省としてはプライバシーの問題がございますのでやっておりません。アンケート調査をやったということ。それから、調査研究協力者会議というのを設けておりまして、そこに、被害に遭った留学生の救済活動をやっている方々、そういった方々においでいただきまして、ヒアリングを通じまして被害の実例を種々伺っておるわけでございます。 主としてホストファミリー、それから通学の学校、周辺の生活環境に関する渡航前の情報不足によるもの、これがかなりな数を占めております。それから、あっせん団体による無責任なホストファミリーの選定等々、あっせん団体の姿勢が営利本位で教育的配慮に欠けるものが多々あると見ております。それから留学先の現地におきまして、こういった団体が支援、相談体制を組むようにしなければならないわけですが、それが不備なもの、これもかなりございます。留学生の側にも若干問題がございまして、文化面での種々の不適合、あるいはコミュニケーション能力の不足等々も原因として挙げられておるわけでございます。
○山元委員 少し違うのですね。五千人というのはどこから出てくる数字ですか。文部省が出しておられる「我が国の文教施策」の中にはっきりと、最初の年、「昭和六十三年度に一万七千七百十三人であったものが、平成二年度には三万一千二百八十四人」というふうに文部省の資料に書いてあるじゃないですか。五千人というのはどこから出るのですか。
○長谷川政府委員 どうも失礼いたしました。約五千人と申し上げましたのは、これは海外留学ということでございまして、三カ月以上のケースでございます。申しわけございませんでした。 先生御指摘の三カ月未満ということでは、今御指摘のとおり、昭和六十三年度一万七千七百十三、平成二年度三万一千二百八十四、こういうことでございます。どうも失礼いたしました。
○山元委員 きょうは時間が少ないので私の方からどんどん申し上げたいと思いますが、三万人になった高校生の留学、これは平成二年ですから、二年で二倍になっておるわけです。一万七千が三万を超しているわけですね。今平成五年、どれだけになっているか、五万になっているかわからぬような高校生の留学の状況なんです。 問題は、この施策にも書いておられるのですけれども、トラブルがある。そのトラブルというのはこの文部省の文書では四つ挙げていらっしゃいますね。「留学に関する目的意識が明確でない場合、ホームステイ先のホストファミリーの実情についての情報が十分でない場合これは今もおっしゃいました。「留学先でのトラブルや困ったときのための備えや必要最低限の話学力などが十分でない場合これは本人の場合ですね。「留学斡旋事業者の配慮が十分でない場合等に、」トラブルが起こっている。そして、その数は、この間の文部省が行われた高校留学等関係団体研究協議会に出されているのは、二四%、トラブルを経験しているわけですね。三万何人のうちの二四%というと、四人に一人がトラブルに巻き込まれているわけです。その種類をお挙げすると、文部省で四つだというふうに、これはつい先日、三月十八日に行われたその協議会で実態が明らかになっているわけですね。 私は、昭和六十三年から制度ができて、高校生がどっと海外の生活を経験するとか、あるいは文化に触れるとか、あるいは視野が国際的な視野になっていくという、好ましい意義というのは大変大事だというふうに思うんですね。けれども、四人に一人がトラブルを経験してくるという現状については、早く何とかしなければならぬと思うんです。私は、今まで文部省の取り組みはいかにも弱かった、遅かったという感じがするのですが、今の状況について、大臣としてはこの留学生についてはどういうふうに認識していらっしゃるか、まずお伺いをしたいわけです。
○森山国務大臣 高校生ぐらいの年齢のときに外国の生活を経験したり国際的なさまざまな事情に通じるということは将来の人格形成にも大変プラスであると思いますので、基本的には留学の機会はできるだけ多く、多くの人がそういう経験ができれば大変望ましいのではないかというふうに考えておりますし、教育上も非常に重要な意義を持つというふうに思っております。 しかし、御指摘のように、いろいろな理由から、例えばあっせん団体が十分な手当てをしてくれなかったとか、あるいは本人の自覚が十分でないとか、そのほかさまざまな理由でトラブルにぶつかって、そのためにせっかくの志を遂げないままに帰ってこなければいけないとか、十分な成果が上げられない。中には体を壊したりけがをしたりというような例さえも時に聞かせてもらうような状況でございまして、そういうことは大変困ることでございますから、十分にその面についての注意をし、準備をし、教育的な見地からも万全を期して送り出して、成果を上げてほしいというふうに考えております。
○山元委員 今遅過ぎるというふうに言いましたけれども、この三万人、今はもっとふえて、留学生の二十何%がトラブルに遭う。これはやはり文部省、行政あるいは学校が本当に早く手を打たなければならぬ問題だと思うんですね。本当に胸をわくわくさせながら海外へ行ってひどい目に遭う、一生嫌な思いを外国に持つという経験をさせてはならぬと思うのですね。 これは余談になりますけれども、この間大臣から「太郎抄」という本をいただきました。一気に読ましていただきましたけれども、幾つかの印象がありました。あの中で大臣が、息子さんが高校に入って、寮に入っていらっしゃる、週末にも帰ってこないから、寮のどこがいいのとお尋ねになったら、親がいないからだ、こういうふうに答えたという一節がありました。 子供たちは本当に羽ばたきたい、いろいろな経験をしたい、みずみずしい感性を持っているわけですね。親は、そのことをうれしく思いながら、あるいはその子の発達の可能性を信じながら、けれども心配をしているわけです。ましてや今の場合は大変気の毒な経験をされたわけです。海外へ子供を出すというときの親の気持ちというのはやはり痛切なものがあるだろうと思うのですね、わくわくとしながらも。 ですから、そこのところを行政と学校が守るという仕組みは最大限早く手当てをしなければならぬと思う。確かにしていらっしゃる形跡はあると言うたら失礼ですが、去年の四月にプログラムの望ましい内容についてという報告を出していらっしゃるわけです。けれども、これにも問題があるし、先日行われたこの会議、こういうことをやられていながらも、例えば私はきょうその具体的な例を持ってきたのですけれども、幾つもあるわけです。ホストファミリーの質が低いだとか、食べさしてもらえなかったとか、あるいは人種的な差別の問題があったとか、さまざまな問題がある。これは文部省として既に御承知だというふうに思うのです。いろいろの情報が入ってきているだろうと思いますし、先日、内閣委員会で在外公館の法案の審議のときに、在外公館を立派にすることは、定員を百人ふやすことは、私は賛成だ、けれども子供を守ってほしいという話をしたのですね。そうしたらそれは、さまざまな外務省の努力も聞かせてもらいましたし、実態も聞かせてもらいました。けれども、やはり安心できなかったからきょう重ねて申し上げるわけです。 例えば、アエラに出ているのですが、子供たちの世話をしている団体の方が現状をこういうふうに認識していらっしゃる。太平洋教育文化交流協会、御承知だと思いますが、そこのところの理事長の、桜美林大学教授の佐藤東洋士さんという人が理事長をしているわけですけれども、この方が、今の高校生の留学の状況というのは「私個人は絶望的な気分、協会は閉鎖すべきだといっている。高校留学自体が曲がり角にきている」、こういうふうに実際に世話をしていらっしゃる協会の理事長さんがおっしゃっているわけですね。そこのところをどういうふうに今変えようとしていらっしゃるのか、具体的にどういう取り組みをしていらっしゃるのか、見解をお伺いしたいと思うのです。
○長谷川政府委員 先生御指摘の「海外留学等斡旋プログラムの望ましい内容等について」、これは研究協力者会議の報告でございます。これが昨年の四月に出されておりまして、そのラインに従いまして現在我々努めておるわけでございますけれども、この協力者会議がまず一つ言っておりますことは、海外留学等のあっせんプログラムに関するガイドラインを策定する必要があるということで、この会議自身が大体こういうガイドラインでやるべきではないかという基本ガイドラインを提示をいたしております。 それからもう一つ指摘しておりますことは、海外留学希望者等のためのチェックリストの作成をいたしまして、留学希望者あるいは保護者がこういう点に特に注意してプログラムを選びそして留学すべきだといったチェックリストの作成を急ぐべきだということで、これにつきましては、現在その大筋が示されておりますので、各関係方面に流しております。 それからもう一つ、三番目でございますが、留学あっせん団体の間の連携システムをつくりまして、その中で、先ほど先生御指摘になりましたように、三月にも研究協議会を開いておるわけでございます。そういった中で、パネルディスカッション、あるいは米国の現地からも担当の関係者を呼びまして種々の問題点について相当突っ込んだ議論はやらせていただいております。 私どもといたしましては、そういったことを通じて、留学生の問題、特に海外での安全対策、適応、それからホストファミリーへの種々の働きかけ、そういったことを今後ともうまくやっていきたいと考えておる次第でございます。 高等学校の方につきましては、各都道府県の教育長を通じましてそれぞれの学校に対しまして、渡航前の十分な準備の必要性あるいは先方の学校の情報を入手することが重要であるというようなことも含めまして、それぞれ指導の徹底を図っておるわけでございます。こちらの方も平成三年度から高校生海外留学等推進担当者会議というのを、高等学校の留学担当者による会議を開催いたしておりまして、情報交換、協議をやってそれぞれ進んでおるわけでございます。さらに、本年六月にはきめ細かい学校として行うべき指導のあり方につきまして手引を作成して発行し、それをもとにしてさらに指導を深めたい、そういうぐあいに考えております。
○山元委員 先ほども言いましたように、幾つかの要因があるわけですね。本人の問題、学校の指導の問題、そして文部省あるいは業者、いろいろ問題があるのですけれども、この場合、私は本人にいろいろ問題があることは承知しています。たくさんの事例を私持っているのですけれども、確かに本人や家族に問題があることもありますね。けれども、この記事が問題にしております高校生の留学については、未成年者です。そのことをしっかり念頭に置いて十分な手当てをしなければならぬというふうに思うのです。 この間持たれたその会議の中でも、文部省から出ている課長は結論的に、これはこういう記事ですから全部が出ているとは思いませんけれども、外務省、文部省の言い分が出ているのですが、最低限必要な語学を身につけておくことが必要だとか、生活習慣を学習していくことが大事だとか、本人のことを文部省は言っていらっしゃるのです。外務省の場合は少し違うことを言っていらっしゃるわけですね。ですから、今おっしゃるように高校に対しても指導しているというのが、そういう基本的な指導で本人の、本人のという立場での指導であれば、私は片手落ちというのですか、極めて不十分なことになるだろうと思うのです。 この本人の問題も裏返せば学校の問題、行政の問題になるわけですけれども、もう少し、高校の指導のことを今おっしゃいました。この制度ができたときに通達を出していらっしゃいますね。「学校教育法施行規則の一部改正について(通達)」、これは名前を覚えています、次官名で高石邦男という人の名前が出ていますから覚えていますけれども、ここにこういうことが書いてあるわけです。「校長は、留学を許可するに当たっては、あらかじめ外国の高等学校との間で協議を行い、当該留学の概要を把握するものとすること。」これは正しいです。ただし書きがしてあって、「やむを得ない事情により事前の協議を行うことが困難な場合には、学校間での事前の協議を欠くことも差し支えないこと。」と書いてあるわけです。この通達は生きているのですか。
○長谷川政府委員 これは昭和六十三年二月三日の通達でございます。この通達の趣旨は現在も生きております。
○山元委員 そうすると大臣、これは、学校の校長が自分のところに預かっている子供の留学を許可するに当たって、相手側の高校と協議をしなくて出してもいい。まあそうか、行ってこいと判こを押す。いいんですか、これは。今のように二四%がトラブルに巻き込まれる、ひどいのになると飛行機に乗るときにどころか飛行機からおりても行き先がわからない子供たちがたくさん行っているわけですよ。そういうこの通達を生かしておくような姿勢で教育委員会や校長を指導しても私はだめだと思うのですが、どうですか。
○長谷川政府委員 私どもの指導でございますけれども、教育委員会、学校の方に対しましては、できる限り先方の学校の情報をとれ、ホストファミリーについてもできるだけ事前にいろいろ手紙の交換などをやって十分な理解を持つようにということでやっておるわけでございます。そのあたりが徹底していないということもあろうかと思いますので、さらに手引で細かくそのあたりを指導したいと考えておるわけでございます。
○山元委員 実態を調べてみればみるほど、例えば営利主義の業者をオオカミとすれば、日へどんどん送り込んでいくような状況が極端に言えばあるわけですよ。 例えばここに一つ、EFという会社のプログラムがありますけれども、もし事故が起こった場合、事件が起こった場合、その子供のことについて、そのトラブルについては日本で裁くとか問題にするのではなしに、現地の、この場合はマサチューセッツ州の法律をもとに判断され、すべての訴訟はマサチューセッツ州の裁判所において裁かれる。子供はとられてしまうのですよ。そういう業者がプログラムを組んで子供を預かるわけです。 学校の校長はやはり本当に子供を、先ほど私はよくないことを言ったつもりはないわけです、本当にそういう親心で、やはり子供を大事に、いい経験をしてこいよと、これで大丈夫だぞということで判こを押すような、あるいは業者を指導するような、そういう姿勢が文部省に今欠けているのではないかというふうに思うのです。 このことで、例えば私が外務省在外公館の話をしていたときに、外務省が出してきたのは「海外安全ハンドブック」、世界を三つに分けて、三分冊になっているのです。世界じゅうずっと書いてあるわけですが、アメリカのところで見ると、「出入国時の留意事項」「滞在時の留意事項」「風俗、習慣、国民性に関する留意事項」あるいは安全に対するアドバイスとか、それから最後のところでは「緊急時の連絡先」あるいは「緊急時の言葉」、泥棒とどう叫ぶのか、助けてとどう叫ぶのか、その国々の言葉で書いてある。そして在外公館のアドレスが、例えばアトランタではどこだとか、アンカレジではどこだとか、ずっときちんと書いてあるわけです。アメリカに行くのであればこの一冊はしっかり読んで持っていけという学校の指導があれば、私がここに持っている例で、助けてと何ぼ言っても、家庭でうまくいかなくて泣いて親元の方に電話をしてきているということでなしに、きちっと領事館、大使館に電話をして問題が解決できるケースが多いわけです。 そういう点で言うと、例えば少なくともこういう本、こういうことだけはしなさいということがきちっとテキストとして各学校に渡ってあるのか、あるいはこういうものを活用するような指導がしてあるのか、そのことをちょっとお尋ねします。
○長谷川政府委員 あっせんプログラムの望ましい内容ということで、各学校それから保護者、生徒に対しまして「問題が発生した場合の処理体制」といたしまして、そういった緊急連絡先のリスト、それから連絡体制が確立されていなければならないということについてはきちっといたしておりまして、いろいろなプログラムの中で、こういった体制ができていないプログラムについては気をつけねばならぬという指導はいたしております。
○山元委員 これは答弁要らぬですけれども、緊急時の連絡先をきちっと持たないで行くという子供が、これは調査によって違うのですが、一二ないし一八%、そういう連絡先を知らないあるいは在外公館のアドレスなんかは知らないで行くという子供があるわけです。この実態は文部省は知っているはずなんです。ですから、そういう子供たちに安全にすばらしい体験をさせるということに真剣になれば、そういう手当てをぜひしてほしいと思いますし、外務省は、例えばこの安全ハンドブックというものを活用してほしいとかあるいは留学前に留学計画を外務省に出してもらいたい、向こうに行けば滞在届を在外公館に出してほしい、こういう言い方をこの間文部省主催の会議で言っているわけですね。ですから、校長が向こうの学校と協議が調わないで、行ってこいといって判こを押すときに、外務省にその留学計画を出すわけにはまいらぬでしょう。そういうことを一切学校が配慮しなくて行けるようになっている仕組みというのは、やはりきっちりとしなきゃならぬというふうに思いますから、これから研究をしてほしいと要請だけ申し上げておきます。 そして、そういう要因に、学校の指導と、もう一つは肝心の業者の問題があるわけです。例えば、これも今ちょっと言いましたけれども、こういうひどいプログラムを組んでいるEFという会社、これは今大変もめているわけです。これは先ほども言いましたアエラの中に一つの大きな例として出ているわけですけれども、精神病院へほうり込んで、ほうり込んでという言い方は悪いですが、入れて、それでとてもじゃないがということで現地の研究者の皆さんに助けてもらって、そして無事に帰ってこられたという例があるわけですけれども、業者は、妥当な診察の結果精神病院に入れたんだ、こう言っているわけですね。そういう業者だとか、あるいはYFU、これは文部省が公認していらっしゃる団体ですけれども、この団体も大変長い間トラブルを起こしているわけです。最後は帰国の金を出して示談をしたというふうにも聞いていますけれども、そういうトラブルを起こす業者というのが非常に多いわけです。 時間が余りありませんが、それに対して、プログラムの内容についての今おっしゃった資料ですけれども、こういうことが書いてあるんですね。「こうした」トラブルを起こす「事業者は法律により規制することを検討すべきであるとの意見もあった。」ずっと書いてあって、しかし「こうした問題等の存在を理由として、海外留学等に抑制的な効果を持ちかねない規制を行うことは、現状では適当でないと考える。」海外留学がずっとウナギ登りのようにふえていますけれども、それを抑制するようなことになるような規制は行うべきではないとこの本に書いてあるのです。一方で業者に対して甘いし、そしてこういう立場をとっているとしたら、トラブルはなくならないと思うのですが、いかがですか。
○長谷川政府委員 文部省では昨年来、留学のあっせんプログラムを提供する側と利用する側の双方に「安全で有益な海外留学のための準拠基準」というものを示しまして、海外留学のあっせん団体を中心といたします全国高校生留学・交流団体連絡協議会というのを一方で設け、連携システムの整備、それからプログラムの改善ということに乗り出しておるわけでございます。 法的な規制ということにつきましては、発生している問題の事例が極めて多様化しておりますし、また人間関係の上のトラブルなど法律による外的な規制になじまないものが多々あること等々も含めまして、現在では、こういった団体の連絡協議会を通じまして、いい団体を育てていくという方向で取り組んでいこうとしておるわけでございます。
○山元委員 確かに旅行業者という許認可権、文部省にないかもわかりませんね。ですから、そういう規制というのは非常に難しい。そして、一つトラブったからいろいろの言い分があるのに直ちにということで制裁を加えることは難しいかもしれませんけれども、私は、やはりそういうことを起こした業者は排除していくような手だては講じるべきだと思うのです。 例えば、先ほども言いましたようなアエラに出ている業者というのは、一年半アメリカで認可停止されている。アメリカの文化交流庁という各業者を認可する団体があるのですが、そこで認可を一年半停止されているわけですね。これはアメリカの業者ですが、我々のこっち側からいうと受け入れ側の業者が、しっかりとやっていない、子供たちをしっかりと受け止めていないという理由で一年半認可を停止されているわけです。けれども、日本の業者はどんどんそこへ送っているわけです。幾らでも関連業者を使って子供を受け入れているわけです。そういうことが判明した場合は、これは注意をしなければならぬ業者だということでの排除という方法を具体的に厳しく考えないと、業者に甘い姿勢をとっているのではないかという疑いを私は持ちますけれども、そういう厳しさが要るのではないか。何しろ、先ほども言いましたように、桜美林大学の先生のおっしゃっているように、もう現状は絶望的な気分だ、そういうふうに混乱をしているわけです。一方でまた、高校生の留学については総量規制が必要だ、飽和状態になっているのと違うか。ホームステイ先が見つからぬわけです。どんどんと金を出して、おばあさん一人のところへもどんどん、ほうり込んでいくという、言葉は、表現は悪いかもしれませんけれども、そういうような旅行業者がどんどんと仕事をしてもうけている。非営利主義だと言いながらも、明らかにもうけている、何百万円も出させるわけですから。 そういう業者の思うままにいつまでもさせておくということについては、文部省が思い切って、規制というよりも排除をするということが必要なんではないかというふうに思うのですが、そういう一つの判断基準というものをつくる、学校を指導する、生徒を指導する、そういう基準をつくる、目安をつくる、そういうことはできませんか。 〔松田委員長代理退席、渡瀬委員長代理着席〕
○長谷川政府委員 お答えいたします。 先ほど申し上げましたように、団体の方はそういった協議会を通じて指導をいたしておるわけでございます。それから、団体の方にはそういったガイドライン、チェックリストを示し、高等学校の方にもそういったことで指導の指針等を示しておるわけでございます。それを種々活用してやっていきたいと思っております。ただ、先生御指摘のとおり、この問題につきましては、外務省、運輸省、文部省それぞれの役割がございます。しかし、文部省は、これは運輸省の責任であるからとか、これは外務省の責任であるから我々がこちらには口は出せないという、若干そういうところはございますけれども、そういったところで責任を逃れてどうこうやっておるというようなことではございません。団体につきましても種々いろいろな情報をとっておりますし、適宜適切に対処してまいりたい、各省庁とも連絡をとりながらやってまいりたいと考えております。
○山元委員 どうもすっきりと、私が言っているように、私はちょっとせっば詰まった言い方をし過ぎているのかもしれませんけれども、やはりそういうことをきちっと今すべきときに来ているだろうというふうに思うのです。五年たって、ずっと野放しになってきたと言ったら過言かもしれませんけれども、例えばここに、ある業者のプログラムがあるのですけれども、本人に判こを押させる文書、「私は、貴事務所の責任が、受け入れ学校の紹介及び渡航手続の代行に限定され、貴事務所は日本当国後帰国までの私事の一切の事故、トラブルについては責任を負わないことを了承します。」受け入れ学校の紹介及び渡航手続の代行に限定される、出国から帰国までの一切の私事の事故、トラブルについては責任を負わないと、業者にわかりましたと言って判こを押して行っているような状況があるわけですね。ですから、これはやはり、わあっと海外へ行きたいという気持ちにつけ込んだ業者だと思います。そういう実態はこれからますます認識をしてもらいたいと思いますけれども、今の答弁よりも、例えばこの間も申し上げておりますように、内閣委員会での外務省の答弁は、「そういったことを、悪質なものについては何か排除する方法はないかという点につきましては、私どもとしては例えば文部省、先ほどの高留連」高校生留学の会「等と引き続き検討をしていきたい」と考えている、検討するというふうに外務省は約束してくれたのですよ。ですから、これはぜひ外務省と一緒になって、今度こういう新しいものをつくられるようですけれども、これもやはりいかにも業者任せという感じがするわけですね。文部省としてきちっとしたそういうものをつくっていただきたいというふうにお願いをしておきたいと思います。 いずれにいたしましても、大臣、お聞きいただきますように、最初に申し上げましたように、国際的な人間をつくっていく、これからますますそういうことが広くなっていくというのですか、多くもなっていくでしょう。そういう中で、大事な子供たちにしっかりと海外でいい経験をしてきなさい、これからそういう時代ですよと教育行政の立場にある者が言えるような施策をつくらなければならぬと思うのですね。ウナギ登りと言いましたけれども、ますますふえてくるのですから、早急にその手だてをとらなければならぬと思いますけれども、大臣、その点についてどうでしょうか。
○森山国務大臣 特に、高校生ぐらいの子供たちの留学という問題は最近新しく大きく提起されてきた問題でございまして、急速にふえているということから御指摘のような問題が残念ながらかなり目立つようになってまいりましたので、その点は十分気をつけまして、本人の自覚はもちろんでございますが、その子供たちを今まで御指導いただいている学校の先生や親御さんたちが十分御配慮いただいて御指導いただく、そして私ども役所の側も問題が起こりませんようにいろいろな手だてをしていかなければいけないと存じます。おっしゃいますように、関係各省の担当の方々とも御相談いたしまして、できるだけ努力をしてまいりたいと思います。
○山元委員 それでは、そのことをくれぐれもお願い申し上げまして、次の問題、国立学校設置法の問題について少しお尋ねをしたいと思います。 先ほど同僚の秋葉委員から大学教育論というのが大分展開されましたから、私は、余り時間がありませんが、具体的な問題について少しお尋ねをしたいと思います。特に短大の方についてお伺いをします。 今度の場合も滋賀あるいは大阪、琉球等の短期大学が廃止をされるわけですが、この理由は、趣旨は、社会的な要請にこたえてより高い教育の場をつくるんだ、発展的解消だ、簡単に言うとこういうふうに趣旨が出ているわけです。発展的に解消して四年制の夜間主コースの学科、学部にするんだということですけれども、発展的に新しいコースをつくるという具体的な手だてというのですか、構想を改めてお伺いしたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 具体的な御質問でございますが、滋賀大学の例によりましてちょっと御説明をしたいと思います。 滋賀大学は、現在、経済短期大学部がございまして、一学科でございますが、これは百二十人の定員がございます。この定員と、経済学部四百七十人の入学定員でございますけれども、合算いたしまして五百九十人の定員をもちまして、経済学部に入学定員五百九十人といたしまして、そのうち夜のコース、主として夜間に授業を行うコースとして五十人の入学定員を設けるというような形で実施したいと思うわけでございます。この目的は、先生お話にございましたように、近年の教育事情の高度化等、社会的な状況の変化に伴いまして、現在の教育体制の一層の発展充実とより高度の専門教育の実施ということについての強い要望に対してこたえるものでございます。
○山元委員 趣旨はわかるのですよ。そういう意義は認めます。三年制短期大学を四年制の夜間主コースの大学の学科に、コースにするということについては社会的要請という意義は認めているのです。 そこで大事なのは、この夜間部を発展的に解消をして、短大を解消して四年制にするということではいろいろの手だてが要るでしょう。発展的というのですから、ただ単につぶすのではないのです。ですから、より立派にするという意味での手だてをお伺いをしているわけです。
○遠山(敦)政府委員 短期大学部を学部に転換するということでございますので、修業年限が延長されるわけでございますし、より高度の専門教育を実施するということで、教職員につきましても教育に遺漏のないように所要の増員を行う必要があるわけでございます。この面につきまして申し上げますと、例えば滋賀大学の場合には、今後学年進行に伴います年次計画による整備を含めまして、全体として教員につきましては十四人の増、職員につきましては三人の増を予定しているところでございます。いずれにしましても、この点につきましては今後の予算折衝によるところではございますけれども、私どもといたしましては、必要な教職員の確保につきまして最大限の努力をしてまいりたいと考えております。
○山元委員 私は、この同じ法案で、去年のこの委員会で、埼玉大学の同じケースでしたけれどもお尋ねをしました。そして、今おっしゃるように、この滋賀大で言うと十四人、事務職員で三人、去年埼玉大学ではたしか十五人と四人だったと記憶していますけれども、いよいよこの四月から開議になるわけです。この間も埼玉大学の先生にお尋ねをしたら、一つ困っているのは、やはり先生の数が少ないから、カリキュラム編成が大変難しいということをおっしゃっていたのが一つ。 それからもう一つは、確かにプロジェクト等への予算は上乗せがあって楽になったけれども、一般研究費というのは極めて窮屈でどうにもならぬ、こういう悲鳴がありました。 もう一つは、結局は夜間コースですから、四年制大学の分を夜四年で卒業しようというのは非常に難しいわけです。例えば朝の九時から四時、五時まで講義が受けられる昼間と、夕方五時から九時、十時までしか講義が受けられない夜間の大学生が、単位を取っている者が、四年間で大学の単位を取ろうということは大変難しいことになりますね。ですから、そのときも土曜の開議について何とか工夫ができぬか、そのためには教員の定員も要るだろうということも申し上げていましたけれども、これは結局あきらめたというふうにおっしゃっていました。そうすると、それは、発展的にいい大学をつくる、夜間主コースの学部をつくるということにはなりかねているわけです。非常に窮屈な、慌ただしい四年間で何とかして卒業しなきゃならぬという大学になっているという実態を聞きました。 滋賀大でも、御案内かもしれませんけれども、私は滋賀県出身で、滋賀大学が今度出ているんで、このふるさとの大学、私も滋賀大学の卒業生の一員ですから、一遍行ってきました。どうですかと聞いたら、やはり今の土曜開議の問題でいいますと、要項を見たら「開議することがある。」と書いてある。するのですか、せぬのですかと言ったら、まだどうしても工夫がつかぬのだ、こういうふうにおっしゃっている。開議しないというのは、いかにも単位の取得の問題で問題がある。けれども、開議するとなったら、先生を配置してやるだけの自信はない、こうおっしゃるわけです。ですから「開議することがある。」と書いてあるわけです。ですから、この一年間の間に結論をぜひ前向きで頑張ってくださいよというふうに私は言って帰ってきたのです。そこで、そういうことも含めて、今十四人と三人とおっしゃいました。これは大蔵省とのこれからの話になるのでしょうけれども、これは最低限として確保してもらいたい。それぞれ、この滋賀大だけでなしに、琉球も皆同じことですけれども、ぜひ最低限として確保してもらいたいと思います。 そして、もう一つ細かいことを申し上げますが、事務職員の定員は、埼玉では先ほども言いましたように四人だったけれども、一人もまだふえていない、こうおっしゃるのですね。例えば、今局長がおっしゃったように、百二十人の定員であったものをこちらへ移す。ことしは募集しているんですね、百二十人。来年の四月に新しい学部で百二十人募集するわけですね。そうすると、事務職員は初年度からやはり要るわけですよ、それは。こちらの仕事量、新しい学部での仕事量がふえるわけです、受け入れなきゃなりませんから。そして今、ことし入学した子供が卒業するまで三年かかるわけですから、その間事務量があるわけです。ですから、やはりどうしても初年度から思い切った定員増を前倒しでしてもらわないと、でき上がって大体落ちついたときに事務職員がふえているということでは実態にそぐわないわけです。細かいことを言いますけれども、そういうことも含めて、定員の確保について御努力をいただきたいと思いますが、これは要請ですが、ひとつ土曜開議の問題については、去年お尋ねしたときに、これからも研究してまいりたいというのが文部省の答弁であったわけです。その後どういうふうに討論、議論があったのか、お伺いしたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 夜間主コースでございますけれども、できれば社会人の利用がしやすいように土曜日も開議してほしいというのは、一般の社会のニーズでもございますし、私どもも大学においてそのような方向のコンセンサスを得ますれば、できるだけ土曜の開議ということを実施していただけたらなという期待も持っているわけでございますが、現在、昼夜開議制の土曜開議の状況を申し上げますと、この制度を導入しております十九大学、二十一の学部のうち、九大学十学部で既に行われているところでございます。これらの大学ではいろいろな工夫をされながら、例えば事務体制につきましても、土曜の午後の勤務につきましては、一名あるいは二名のところもございますし、そういう職員の方々が休憩を挟んで勤務をされて、そのかわり代休をとるというふうな形で工夫をされながらやっておられるところでございます。もちろん、その土曜開議をするかどうかというのは、各大学が自主的にお決めになるところでございますけれども、先ほど申しましたように、私どももこの方向が望ましいと考えておりまして、できるだけ機会をとらえて取り組みを促してまいりたいと存じます。 それから、先ほどちょっとお触れになりましたけれども、研究費の面では、短大を改組、転換いたしまして四年制にすることによりまして、四年制の大学教官に短大の教官がなるわけでございます。そのことに伴いまして、学生当たりあるいは教官当たりの積算校費が増額されるわけでございまして、この点等、あるいは幾つかございますが、そういうメリットにつきましては、関係の先生方にも大変喜んでいただいている事実もございます。
○山元委員 時間がありませんので、もう少しはっきりとしたいのですが、ぜひ先ほども申し上げましたようにつぶしてはなしに発展的なという、いい大学をつくる。私も滋賀大へ行って、皆学部長以下張り切っていらっしゃいました。新しいコースを、うちにしかないコースをつくるんだというふうにおっしゃっていました。 ただ、そういう新しい、社会システム学科というのをつくられるのですけれども、社会人も主婦もあるいは退職者も、そういうものを受け入れてということを考えると、途中編入の定員もきちっとふやしたいし、土曜日の開議もしたいし、こういうふうにおっしゃっていました。ぜひそういうことができる――これはそれぞれの大学が、今も局長がおっしゃるように工夫をすることです。けれども、その工夫をしたら最大限保障していくようなそういう、皆現場では汗を流せということではいけないと思うのです。 その点では、きょうはもう時間がありませんから言いませんけれども、去年は、昼間の先生が夜間の講座を持ったら夜間手当を支給すべきだということを私は盛んに言ったのですが、制度上難しい、その経済学部の中の時間の割り振りだと。割り振りはわかりますよ。割り振りで一日昼の間に勤めるのと夜、夜中に勤めるのとでは、これはしんどさが違うわけですから、やはりこの手当についても考えていただきたいと思いますが、きょうは言う時間がありません。ですから、ぜひそういう条件を現場の努力に応じて保障していくということを文部省はお努めをいただきたいというふうにお願いをしておきたいと思います。 最後に、時間がありませんけれども、大阪で医療系の短期大学が廃止をされるのです。そのことについて少しだけ、一、二点お伺いをして、簡潔にお答えをいただきたいのです。 これは、今まで十九でしたか十五でしたか、ずっと短大がなくなってきましたけれども、医療系短大は初めて発展的解消をされるわけですが、今後こういうふうに看護婦養成のあり方ともかかわって医療系の短大を廃止されていくのか、これからの看護婦養成のあり方とかかわってどうお考えになっていらっしゃるのか、まずお伺いをしたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 今回、国立の医療技術短期大学を初めて廃止いたしまして、大阪大学医学部に保健学科をつくるということでございますけれども、もう申すまでもなく、先生御存じのように、これはやはり資質の高い看護婦等の医療技術者の養成ということのねらいのもとに行われるものでございます。 このような方向ですべて行くのかということでございますけれども、やはりこの点につきましては、大学の自主的な検討状況あるいは国の行財政状況を踏まえながら、その構想ごとに十分に検討して進めていくことであろうかと思っております。
○山元委員 そうすると、ちょっと怪しくなるわけです。先ほど申し上げましたように、今大問題になっている看護婦の養成について、どういうふうに考えてそういう養成機関を組み立てていくのか、どう考えていらっしゃるかということが、今の場合ですと、各大学のいろいろな検討や努力によって変えていくんだ、こうおっしゃるのでは、方針がないということになるのではないかと思うのですね。 去年、看護婦の確保に関する法律ができました。そして、それの指針ができました。その指針の中で、またどうもわかりにくいのですが、指針はおありだと思いますけれども、養成について「資質の高い看護婦等を大学において養成することが社会的に要請されている。」これはこれに合うているわけです。ところが、ずっと後を読んでいくと、「また、看護系短期大学については、高度な知識と技術をもった看護婦等の養成に大きな役割を担っており、今後ともその整備に努める必要がある。」こう書いてある。これで言うと、大きな役割があるから短期大学を整備する必要があるというのに入らないで、これは高い資質の看護婦を養成する大学にしていくわけでしょう。ですから、今申し上げましたのは、どのようにして看護婦、そしてそれの教官の養成をしていくのか、そういうプログラムの中でこの大阪大学の改組があるのかどうか、そのことをお尋ねしたのです。それはどうですか。 〔渡瀬委員長代理退席、松田委員長代理着席〕
○遠山(敦)政府委員 現在、看護婦あるいは准看護婦の養成数といいますのは、各学校段階の入学定員ベースの総計で七万五千人でございまして、このうち大学は約一千二百人、短大は約五千百人となっているところでございまして、いずれも今後とも大学や短期大学の整備について積極的に対応していく必要があるというふうに考えているわけでございます。 今回、トータルで日本全国での短大の状況でごらんいただきますと、一方で大阪大学の医療技術短期大学が廃止になって四年制になるわけでございますが、他方で、平成五年度開設部につきましては、公立の医療技術短期大学二校を設置認可しているわけでございます。したがいまして、個別の医療技術短期大学をどうするかということにつきましては、先ほど申しましたように、それぞれの借主的な検討状況あるいは国の行財政状況を踏まえながら適切に対処するところでございますけれども、大学の四年制の養成コースと同時に短大の役割ということも大事であるというふうに考えているところでございまして、そのような意味で基本方針が定められたというふうに理解しているところでございます。
○山元委員 どうもわからぬのですよ。これを見てもわからぬし、今の局長の答弁を聞いてもわからぬし、それでこれからどうなっていくかもわからぬわけですよ。もう時間がないので詳しいのはなんですが、もう少し私は、先ほども言いましたように、資質の高い看護婦が要る、教官、指導者等になっていくような人が要るということと、そして大量に、本当に看護婦さんが要る、どういうふうに養成をしていくんだ、その中でこの大阪短大がどう位置づけられるのかということについてはわからぬのです。また後で詳しくもう一遍教えていただく機会を持たせてください。 一、二点、具体的なことをもう少しお尋ねしておきたいのですが、今まで三年制の短大で看護婦の国家試験を受ける資格ができましたね。今度四年制になるわけです。そうすると、自動的に単に国家試験を受ける資格は四年に、一年延びたというふうになるわけですか。ほかに方法というか道があるのですか。
○遠山(敦)政府委員 今の御指摘の点でございますけれども、三年の段階で国家試験を受験できるわけでございますので、四年制になりましても三年の段階で受験できるということでございます。
○山元委員 これはやはり、看護婦を養成するというのですか、今の必要、需要にこたえていくという意味から、私はそういう手だてを講じていただくことは必要だというふうに思いますし、理解をしました。 もう一点。もう一点だけですが、看護婦養成のあり方として、高い資質の看護婦さんが要るあるいは指導者も要る、こういうことで大学の医学部保健学科ができていくわけですけれども、今さまざまな看護婦養成の道というのがあるわけですね、養成所とか短大とか四年制大学とか。その中で、例えば養成所なり短大なりで勉強してなお資質の高い看護婦になろう、勉強しようという人たちの、例えばこの今新しくできる大学・学部に編入をする道というのは考えられているのですか。
○遠山(敦)政府委員 御指摘のようなことは大変大事なことだと考えておりまして、看護系大学におきまして編入学定員を別途設けている大学が幾つかございます。今回御審議をお願いいたしております大阪大学医学部保健学科看護学専攻というところでも、編入学定員十名ということで考えておりますし、その他幾つかの大学におきまして編入学定員を整えているところでございます。
○山元委員 この編入学の希望の実態ですね。今大阪大学では十名の枠を考えていらっしゃるというふうにありましたけれども、今看護婦さんが、確かにきつい職場、よく言われる三Kという職場だというふうに思いながらも、やはりいい看護婦さんになりたい、立派な看護婦さんになりたいということで編入学の希望が多いというふうに私は聞いているのです。そのことは、看護婦養成の道として大事なことだ。例えばアメリカでは、もう既に二十年ほど前からそういうより上級の勉強機関、看護婦養成機関に編入する道というのがつくられて、大きな成果を上げたということも聞いているわけです。日本の場合もやはりそういう道をきちっと保証をしていく、そのことが看護婦という職業の地位を高めていくというのですか、魅力ある職業にもしていくことだというふうに思うのですね。そういう点で、こういう編入学の制度をつくるということは私は大事なことだと思うのですけれども、今おっしゃるように、大阪で十名、ほかの大学でも少しずつあるのでしょう。それは需要といいますか、希望者を満たせるだけの窓になっているのでしょうか。
○遠山(敦)政府委員 これからできるところのことは今後のことでございますけれども、現在編入学を実施しております大学につきまして見ますと、確かに先生おっしゃいますように、志願者の数の方がかなり多いわけでございます。
○山元委員 時間が参りましたのですけれども、私は、先ほども言いましたように、工業にしろ経済にしろ、今の医療系にしろ、短大がそれぞれ学部になっていく、そのことについて異論はないですけれども、やはりそういうところへどんどんと入っていける。例えば、ほかの教育機関にいたあるいは社会的経験をした、あるいは極端な話では退職をして、退職というのは定年退職をした後で勉強するのだとかということで入っていかれる、そういう人たちが一年の入学試験を受けるのではなしに、今までのそういう経歴によって二年なり三年なりに編入学ができるような道をつくることが大変今大事な、生涯学習の時代といいますか、そういうことからいってもやはり大事な道だろうというふうに思うのですね。ぜひそういうことを含んで、これから定員枠の決定について現場の希望を、今もおっしゃいますように、需要にこたえられない、窓が狭いわけですから、そういうことについての御検討をいただきたいというふうに申し上げまして、質問を終わります。ありがとうございました。
○松田委員長代理 次に、矢追秀彦君。
○矢追委員 今回の法律案は大学関係でございますので、大学の問題に絞りまして、特に医学教育、それから大学院の問題さらにコンピューター教育、こういったことについてお伺いしたいと思います。 まず最初に、医学教育の面で、もちろん技術の面も大事でございますが、医の倫理ということも非常に大事な問題でございます。今、政治家の倫理が厳しく問われておるのでございますが、やはり医の倫理も大事でございます。したがいまして、昨年十一月に東大病院で、残念ながら医療機器の購入をめぐりまして不祥事件が起こりました。また、その前には千葉大学あるいは横浜市立大学においてもそういった事件が起こったわけでございまして、医学教育、しかも国立、公立の大学の先生方がそういったことで逮捕される、非常に残念な事件でございます。 この問題につきまして、文部省としてはどう掌握をし、今後どう対策を講じようとされておるのか、お伺いをしたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 御指摘のように、近年、東京大学、千葉大学、それから横浜市立大学におきまして医療機器の調達をめぐって収賄事件が発生したことにつきましては、まことに遺憾なことと考えております。 それぞれの大学におきます事件の概要をざっと申し上げますと、千葉大学におきましては、医学部の附属病院中央放射線部長が、この病院に全身用コンピューター断層撮影装置を導入するに当たりまして特定業者に便宜を図ったということに関しまして、昭和六十二年十月ごろから平成元年十二月ごろにわたりトラベラーズチェックや外国旅行費用等約四百三十万円相当を収賄したという事件でございます。 横浜市立大学につきましては、この大学の医学部病院放射線科部長が、大学病院等に磁気共鳴断層撮影装置等を導入するに当たりまして、やはり特定業者に便宜を図ったということに関しまして、昭和六十二年十一月ごろから平成三年二月ごろにわたりまして外国旅行費用やトラベラーズチェック等の約五百九十万円相当を収賄したという事件でございます。 東京大学に関しましては、この大学の医学部助教授が、大学病院が購入する埋め込み型のペースメーカーの機種の選定に当たりまして特定業者に便宜を図ったということに関しまして、昭和六十三年十月ごろから平成四年七月ごろにわたりまして現金や外国旅行費用等約七百八十万円を収賄したところでございます。 文部省といたしましては、従来から国立大学におきますこのような不祥事の発生を防止したいということで、綱紀粛正の通達を出しますとともに、各種の会議の機会には常に厳しく指導してきたところでございます。 しかし、これらの事件が発生したことにかんがみまして、平成三年六月三日及び平成四年十二月十日付で綱紀粛正に関する事務次官通知を発出したところでございますし、平成三年三月五日、省内に国立大学における大型設備の調達に係る仕様策定の在り方等に関する検討委員会というものを設置いたしまして、この調達のあり方等の検討を行い、その成果を平成三年五月二十三日付で各国立大学に通知したところでございます。 今後ともあらゆる機会をとらえて指導を行いまして、国立大学における綱紀の保持、特に医の倫理といいますか、そのようなことの周知徹底に努めてまいりたいと考えるところでございます。
○矢追委員 学校教育法には、「大学」というところの第五十二条ですが、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」。「道徳的」ということも入っておるわけでございまして、大学の教官は、特に国立の場合は公務員ですから、そういった問題は特に気をつけなければいけないわけでございますけれども、この構図を見ますと、やはり先日来国会でも議論になっておりますいわゆる建築業界の指名の問題と全く同じ状況にあるわけです。 原因はいろいろあると思いますが、もちろんそういった業界の過当競争、これは結局、日本の現在のいわゆる企業の姿勢、企業の倫理がなくなったことについても国民は大変怒りを持っておりますし、こういったいわゆる企業社会というか、経済成長を追いかけてきたその結果、金もうけということが最優先されてくる、そういったことがいわゆる企業だけではなくて医療の面にも入ってきておる。しかも、医療機器の方もそういった過当競争をやる、こういったところに一つ問題があると私は思います。 もう一つは、やはり国立大学の先生、もちろん私立大学もそうでございますけれども、大学の先生の、給与は別といたしまして、研究費その他のいろいろな問題が余りにも少な過ぎる。外国旅行と言われましたけれども、今回の場合はまた違ったかもわかりませんが、例えば出張費、大体一人当たり年間平均五万円しか出ないと伺っております。数字がもしありましたら教えていただきたいのですけれども、五万円では国内の学会へ一回行ったらそれで終わりでございまして、外国なんかとてもとても行けるわけはありません。また、そのほか図書の購入あるいは自分の研究をやる場合のいろいろな研究費にしても、国の予算の中では到底できません。 私も大学で基礎医学を何年がやっておりましたけれども、自分の研究となると、結局その教室の研究費では見てもらえなくて、自分で金を出して試薬を買ってきて、実験の薬は大体全部自分で手配をしなければならぬ、そんな情けない状況でございました。私はもちろん研究生ではなくて、もう助手になって、任官をされてからもそういう状況は続いたわけでございまして、今でもそれは続いているわけです。また、学会の雑誌に発表するにしても、普通の雑誌に書いたら原稿料をもらえますけれども、学会誌等は逆にこっちがお金を出さなければならぬ、こんな状況でございますので、結局そういう費用というのは全然見てもらえません。 私は、かつて参議院の大蔵委員会のときに、大学の先生の出張費あるいはまた図書費、そういう学術あるいは研究に関する費用というのは税の上で見てもらえないかと大分実態を示しまして議論したことがございますが、残念ながら、給与所得控除と基礎控除の中でおさまるからそれでいいんだ、こういうことでやってもらえませんでした。やはり、そこにも一つの大きな原因があります。 そういった意味で、大学の先生にしても研究する人にしても金もうけを主体には考えてないわけでして、とにかく給与は給与として国家公務員の中できちっと決められておりますから、それに余り異論はないわけです。むしろ、そういった研究に係る費用というものが非常に少ない。そういったことが、こういう業界の過当競争のいわゆる札束合戦の中につい個人が弱いと埋没してしまう、こういうことが今までもあったわけでございます。 そういった点で、大学の先生の給与とは違った面でのいわゆる研究費といいますか、図書費等も含めたものがきちんとされない限りなかなか解決しない問題もあるのではないか、こう私は思いますので、ひとつその点について文部省として今後考えていただきたいと思うのですが、いかがですか。
○遠山(敦)政府委員 先生お話にございましたように、確かに国立大学の教官の教育、研究経費につきましては、特に近年におきます財政事情の悪化もありまして十分な充実を図れなかったうらみがあるところは事実でございます。殊に、アクティブな研究者にとりましては、国際学会に出たりあるいはいろいろ交流をしたりするときに旅費等が必要であるわけでございますけれども、この点につきましても、なかなか十分な措置がとれてきてなかったうらみがございます。 この点につきましては、国立大学協会が平成三年に実施いたしました教官に対するアンケート調査によりましても、その必要性が強く訴えられておりまして、文部省といたしましても重要な課題の一つと認識しているところでございます。 このために、平成五年度予算におきましては、大変財政事情が厳しい中ではございますけれども、新たに教官の研究交流のための旅費を措置したところでございます。また、平成二年度以来、若干ずつではございますけれども教官当たり積算校費等につきましても増額を図ってまいっておりますほか、限られた財源の有効活用による教育、研究経費の重点的な増額あるいは給与等の処遇改善など、教官をめぐる教育、研究条件の改善のためにできるだけの措置をしてまいっているところでありまして、今後とも一層努力をしたいと思っております。殊に最近では、例えば奨学寄附金の制度を利用したり、あるいは後援財団の事業経費を適正な手続によりまして積極的に活用するということによりまして、国際交流等の教育、研究活動を実施している大学も見られるところでございます。こういう制度も活用していただきながら、一方で国費の方についてもできるだけの努力をしてまいりたいと考えているところでございます。
○矢追委員 結局、文部大臣、いつもこの文教委員会でも議論がずっと出ているのですけれども、文教予算というものをやはりほかの省庁とは別に考えていかなければならぬのじゃないか。というのは、これから日本はどうやっていくのか。資源のない日本ですから、やはり技術とかあるいはそういった学問とか、そうなると結局人になるわけですから、結局教育ということで、日本は教育立国でいく以外にない。そういった点で、今までと同じような考え方ではなくて、予算編成のあり方も考え直さなければいかぬのじゃないか、こう思うのです。この点は随分言われておりますが、文部大臣に新しくなられて、この問題をどうこれから閣議の中でも反映をされていくのか、ひとつお伺いをしたいと思います。
○森山国務大臣 先生御指摘のとおりでございまして、基礎科学、医学も含めて、研究のための経費というのは今まで余り優遇されなかった嫌いがございまして、いろいろな問題が出てきております。先ほど御指摘がございましたような好ましくない事件にもつながってしまうというようなこともあるわけでございまして、そんなことがなくても、研究が停滞するとか活発にできないというようなことになりますと、これから日本がその立場にふさわしい国際貢献もしていかなければいけないという時代でございますのに、基礎科学の面で貢献できないということになりましては大変大きな問題にもなっていくかと思うわけでございます。 そのようなことを考えまして、最近、特に基礎的な科学の研究ということに着目していただく方がふえてまいりまして、先生の御指摘も大変ありがたいことでございますが、私どもといたしましても、何とかしてこの分野での予算をもう少し獲得し、研究に先生方が邁進していただけるようにしたい、そういう考えで努力をいたしてまいりました。例えば今回の平成五年度の予算におきましても、従来に増して財政当局の御理解もいただき、そう十分とは先生におっしゃっていただくことはできないかと思いますけれども、基礎的な研究についてのさまざまな手だてを多少させていただくことができたわけでございます。科学研究費などにつきましても、ここ数年来ほとんど得られなかったようなかなりの増額を見ることができまして、そのようなことを積み重ねていきまして、研究の活発化ということに資していきたいというふうに思っております。
○矢追委員 次に、医学教育の問題に移りますが、いわゆる臨床実習、この問題がいろいろ議論をされておるわけでございます。といいますのは、臨床実習は年前と卒俊二つありまして、医科の場合は研修医制度が割合充実をしておりますのでそちらの方でかなりカバーできるせいもございますが、日本における医学部の学生のいわゆる臨床実習、特に患者さんをさわるいわゆる医行為と言われる問題につきましては、各大学のばらつきも大変ございます。例えば医科では、一番少ないところが五百二十八時間、一番多いところで二千四百四十時間、平均が千百二十時間、これが臨床実習の時間数です。それからもう一つ、どの程度のことまでやってもいいかというので、これは厚生省の方でやっていただいた臨床実習検討委員会、平成三年五月十三日に最終報告が出ておりますが、その中に水準Ⅰ、Ⅱ、Ⅲというのを設けまして、学生さんができること、もちろん指導担当の教官はおるわけですが学生さんに独自でやらせること、それから少しはやらせるもの、それから絶対にやらせないで見せるだけ、こういうふうに三つに分けております。諸外国の場合は、いわゆる医行為は日本よりはもう少し患者さんに実態的にできる、そういったことまで言っておるわけでして、この点で日本の臨床実習は、特に米国、カナダ等からはおくれておると指摘をされておるわけでございます。 この問題につきまして、特にいわゆる年前の問題ですが、まずどのように認識をされておるか、お伺いしたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 臨床実習の重要性につきましては、先生の御主張のとおり非常に重要なことだと考えております。その意味で実技機会の充実というふうなことを図っていくことが非常に大事だと考えているところでございます用意義について同感ということでございます。
○矢追委員 非常に問題がたくさんございまして、一つはやはり医師法との関係で、米国、カナダでは各州で学生さんもいわゆる医行為をしてもよろしいという法律が決められておる。イギリスの場合は行政的指導。日本の場合もこれは認められておるわけでございますが、今言ったような非常に低いといいますか簡単な医療行為しかできない、こういうことでやっておるわけです。国家試験を通ってからいわゆる研修医制度がありまして、それで大体二年ぐらい各病院へ行ったり大学でやったりして勉強して、それから実際本格的に開業するなり病院に勤める、あるいは大学病院へ残る、こういうことになっております。これは義務づけはされておりませんが、地方の場合は病院が少なくて困っているところもありますけれども、大体都会を中心としたところは、いろいろ問題はありますけれども、ある程度研修医制度が行われております。歯科の場合になりますとちょっとまた様子が変わりまして、歯科の場合は千五十一時間が一番少ないところで、一番多いところが二千時間。歯科の場合はいわゆる歯科の医療行為というのは簡単ですから、生命に別条ないという面もある程度ありますので、割合学生の間に臨床実習というのがたくさん行われてきた経緯はございます。しかし、現状におきましては、なかなかこの臨床実習がやりにくくなっていることは事実なのです。 その一つは、例を挙げますとインフォームド・コンセント、患者さんの同意を得ないと治療ができないという、これは患者さんの権利の主張も強くなってまいりましたし、また、お医者さんの先ほど申し上げた倫理の欠如から医療過誤もふえてきた、そういうふうなことでこのインフォームド・コンセントということがもう随分前から言われ、日本でも最近かなりやかましくなってきたわけでございますから、学生さんが治療しますよと言うと、やはり幾ら指導教官がいても患者さんは、いいですかと言うと絶対嫌がるわけです。大体歯科の大学病院に来る患者さんというのは、簡単な患者さんというのは来ないのです。一つの例を言いますと、例えば歯を抜くといたしますと、抜歯の場合でも、普通の抜歯は大体開業医へ行かれるわけです。大学病院へ来られる患者さんというのは大変難しい抜歯の患者さんしか来ない。例えば親知らず、いわゆる埋伏歯の手術であるとか、そうなるとこれはもう学生さんにはいじらせません。となりますと、現実に学生の間にできることはだんだん減ってきておるわけです。私なんかが学生のころは、随分昔ですから、四十年近く前ですから、まだかなりできたんですけれども、今はもうほとんど、そういう臨床実習、時間数はかけておりますが、中身というのは大変だめなものになってきている。 となると、医科と同じように、歯科の場合もいわゆる年前研修、卒前の臨床実習というのは、もちろん現状の中でできる限り高度なことをやらなければいけませんが、こういう状況の中ではある程度にしておいて、というのは、国家試験も昔は実地試験がございました。しかし、最近では歯科の場合実地試験ございません。そういうような状況もありまして余計臨床実習がだんだんだめになった傾向もあると思うのですけれども、現実に大学の中で対応できることが少なくなってきておるのが現状です。 したがいまして、歯科の場合もいわゆる卒後研修、いわゆる研修医制度あります。ありますけれども、まだまだ医科はどの充実はないというか、現実に医科はどできないわけです。といいますのは、歯科の病院というのは総合病院みたいなものはほとんどありません。大体、開業医の先生、多くて十人。二十人ぐらい雇っている大きな歯科の診療所もありますけれども、大体小規模。いろいろな病院の中に歯科の診療室ありますけれども、それはもう一人か二人の先生がおられるだけで、いわゆる総合的なものにはなっていない。 となりますと、何か大学の中でもう少しそういった卒後研修、いわゆる研修医に対する、今のままのスタッフではできませんので、拡充をしていくか、あるいは別に大学が主体となってやる以外はないと思うのですけれども、卒後の研修センターのようなものをつくって、各大学を出られて国家試験を通られた方をある程度そこで吸収をして、もっと高度な歯科医師の養成をやる、こういうことをしていく以外にないのではないか、このようにも考えるわけでございます。 特に医科と歯科は、今申し上げたように臨床実習の中身が違いますので、その点についてはかなり、最近の学生さんの状況を聞きますと、臨床の不得手な人がだんだんふえてきている。だから非常に、いわゆる高度な治療になりつつありますので、そういった面のことが要求されてきておるわけでございますが、その点についてはいかがですか。
○遠山(敦)政府委員 歯科医師の卒後の臨床研修の重要性につきましては、まさに御指摘のとおりであると考えております。卒業後の臨床研修といいますのは、卒業前の教育で得ました知識、技術を総合化いたしまして、多種多数の症例に接して歯科医師として必要とされる高度な、同時に広範な知識、技術を獲得することを目指すものでございまして、その重要性につきましては私どもも十分認識しているところでございます。 このような卒後臨床研修の重要性に照らしまして、国立大学につきましては、昭和六十二年度から歯学部の附属病院におきます歯科研修医に関する予算を計上いたしておりまして、年々拡充を図っております。平成五年度予算におきましては七億四千万円を計上いたしているところでございます。また、公私立大学につきましては、昭和六十二年度から厚生省におきまして歯科医師の臨床研修に係る予算を計上していると承知しているところでございます。 現在のところでは、歯科の卒後臨床研修は、指導スタッフを持っており、そして研修に必要な患者を確保できる歯科大学附属病院におきましてそれぞれ実施されているところでございまして、次第に拡充してまいっているという段階でございます。
○矢追委員 国立大学は研修医に対する予算がついて、研修医の方にいわゆる手当といいますか、人件費が出ているわけです。ところが、私立の歯科大学の場合は、厚生省からお金が出ておりますが、現実問題としては大体図書費とかいろいろなそういう設備等にとられてしまって、研修医の方に対する給料といいますか手当といいますか、そういったものを大学が出しているところもあります。ある大学は研究生と同じ考え方に立って、年間例えば六十万円を取って、そして六十万円返す。厚生省から来た予算はその人件費には使わない、ほかの方へ使う。こういうことをやっているわけですね。 これは文部省と違いますから、私は厚生省に言わなければいかぬ問題かと思いますけれども、もちろん厚生省ももう少しお金出してもらわなければ私は困ると思いますけれども、そこにちょっと格差があるわけです。もちろん国立と私立との間の会計の問題とか予算の問題等あると思いますが、そういった面で、今おっしゃったように確かにふえていることは事実でございますけれども、現実に大学、これは後で大学院の問題とも絡んでくるのですけれども、国立大学の場合それだけお金をいただいて研修医の方を決めて、もちろん人数が決まっていますから雇われていますが、実際に指導を担当する方の教官というのも足りないわけです。学生さんはいる、大学院の学生はいる、研修医はいる、それから研究生も入ってきている、それから講義もしなければならぬ、自分の研究室のこともいろいろある。 そういった意味では、さっき私が言ったように、研修医の方は、いわゆる医科がやっているような外の病院がないかわりに別のものをつくってはどうかな。もしつくれないなら、今予算だけふやすとおっしゃっていますけれども、私は人間をふやしてもらう以外にない。午前中も出ておりました例の教養部の問題もそうですけれども、結局大体は人が足りないのですよ。この点が非常にネックになっていると思うのですが、その点はいかがですか。
○遠山(敦)政府委員 今、大学の教育、研究が高度化してまいりまして、いずれの分野でも人的な措置にさらにまた物的な措置もさらにという状況であるわけでございます。なかんずく歯科医師の研修に絡む問題につきましては、今御指摘のようなことは事実であるわけでございまして、私どもといたしましても、非常に厳しい財政状況の中ではございますけれども、できるだけの努力をして、そういう面での研修が円滑に行われるように今後とも力を尽くしてまいりたいと考えております。
○矢追委員 今の研修医にもう一つあるのです。留学生がおるのですよ。これも面倒見なければいかぬのですよ。これがまた大変なエネルギーを皆さん使っていらっしゃるわけです。特に東南アジアの人たちがたくさん大阪なんかは来ておりますけれども、一つは宿舎の問題、いわゆる住宅。それから経済、生活費といいますか。もう一つは言葉の問題。この辺で非常に皆さん労苦労されて、結局大体皆先生方が悩んでいらっしゃるのは、一生懸命留学生のためにやってもなかなか手が回り切れない面もあるし、一生懸命やってもなかなか喜んで帰ってもらえない。結局日本に来てもそんなにプラスはなかった。 大体、来る方は大学院が多い。あるいは研修医というか、卒業された、向こうのライセンスを持ってきている方が多いわけですけれども、それでも例えば向こうのライセンスを持っていても、日本では国家試験を通っておりませんから、日本での開業はもちろんできない。診療行為もできない。しかし、そういった場合は特例として、帰国する前二年間、これだけはやってよろしい、こういうことになっておりますが、この二年間でちゃんとカリキュラムの中でやれるような臨床の方はいいけれども、もっと三年、四年かかるようなものもある。そういう場合は延長するなり何か措置ができないのか。結局、中途半端で帰らなければならぬ。 というと、向こうはせっかく勉強に来たのに、完璧な勉強はできなかった。そこへもってきて、生活費は高い。宿舎はだめだ。言葉もあれだし、また日本の患者さんも、外人の人が来て、日本語がよければいいですけれども、片言で言われたら何か気味悪いとかそういう面もなきにしもあらずで、患者さんとの関係も出てくる。そういった意味で、本当に日本へ行ってよかったというのがなかなか少ない。そういった点で、皆さん一生懸命やる先生ほど非常に悩んでおられるのが現状でございまして、この問題もまた別途に考えていかなければならぬと思うわけです。 もう一つは、こちらへ来てもらうのもいいのですが、今度は行く方も奨励しなければいかぬので、日本の先生方、これがまたなかなか行かない。この辺の二つの問題があるわけですけれども、ちょっと今の問題とは外れますけれども、この留学生問題、これはもう本当に深刻な問題になると私は思う。結局、反日感情が高まって何にもならないと思うのですけれども、いかがですか。
○遠山(敦)政府委員 今、先生から御指摘のあったことは、各方面からも御指摘があることでございまして、私どもとしても大変重要な問題だと考えているところでございます。 一方で、留学生の受け入れをさらに拡大をして、日本の国際化が進展する中で日本の地位にふさわしい役割と責任を果たすということについての期待も国の内外において高まっているところでございます。そんなところから、受け入れの関連につきましても、厳しい財政状況のもとではございますけれども、各般の努力によりまして、平成四年五月現在の留学生は四万八千人となっているところでございます。今後、この留学生の問題に関しましては、留学生の受け入れの質的な充実ということに意を用いながら、国費留学生の計画的な増員、私費留学生に対する援助の措置、大学等におきます受け入れ態勢の整備等、関連の施策の一層の充実を図ってまいりたいと考えております。 殊に、医学系の留学生のみならず、留学生全般でございますけれども、これを受け入れる各高等教育機関におきましても、留学生の受け入れに関しまして将来計画を含めた明確な方針を確立をして、留学生の受け入れを促進していただきたいと思いますけれども、一方、受け入れた留学生に対しましては、責任を持って教育指導を行う体制を整備するということも必要でございまして、文部省といたしましても、各大学の主体的な取り組みを支援してまいりたいと思うところでございます。 それから、国際交流の点に関しましても、先ほど来出ておりますように、その条件整備ということも大きな課題だというふうに認識をしているところでございます。
○矢追委員 次に、大学院の問題でお伺いしますが、これも結局最後は人と金ということに尽きてしまうわけでございますけれども、大学院に対して、審議会の方からも答申は出てきておりますけれども、これからの大学院大学というふうな問題もございます。現在も独立大学院あるいは独立専攻という形で試みは始まっておるわけでございますけれども、結局、今、学部の教授と大学院の教授は兼任、施設も兼任、したがって大学院の学生さんと普通の研究生と、いわゆるそこの医局員といいますか、助手の――まあ助手以下ですね、昔は副手というのがありましたけれども、今はありませんが、大体一緒くたで仕事をやり、勉強しておるというのが現状でございます。もちろん講義等は別に行われておりますけれども、結局、教授の立場に立った場合、教授というのは大学の管理はしなければならぬ、講義はしなければならぬ、研究室の指導もしなければならぬ、その中にいろいろな人がおるわけですね。さっき言った留学生もおれば大学院生もおれば研究生もおればまた助教授以下の職員もいる、こういうふうな状況で、やはりこれは、私は、分離はとにかく急いでやっていただかなければならぬ。建物を新しく建てる、あるいは今の大学を全部丸ごと大学院大学にしていくというのもあると思いますけれども、これも早急にやっていただかないと、そういった点では非常に問題になると思うのです。 例えば文教予算、厳しい、厳しいとおっしゃいますけれども、そういった意味で新しいものをつくっていくというのは、私はそれがいいのじゃないかと思うのですけれども、今までの枠の中の総定員といいますか、定員でいけば問題ですけれども、また新しい事業というか新規のことをやるわけですから、大体公共事業ふやせ、ふやせと言われてどんどんふやしている状況の中で、もちろん道路も大事です、あるいは港も大事でしょう、住宅も大事ですけれども、今度はそういった方面もやろうということでございますけれども、この大学院の問題、これはやはり私は深刻であると思いますし、また大学院の学生さんの立場に立った場合にも、いろいろな問題指摘されておりますが、この点について、今四つですか、しかありませんけれども、この大学院大学といいますか、大学院の分離というものをこれは早急に進めていただきたい。年次計画をきちんと立ててやるぐらいでお願いしたいと思うのですが、いかがですか。
○遠山(敦)政府委員 日本の大学院の現状につきましては、大学審議会におきましても大変熱心な御議論が行われまして、その質的な面、量的な面、両方にわたってもっと拡充していくべしという方針が出されているわけでございます。 特に、その質の問題の中では、大学院の大半が学部を基礎として置かれておりまして、学部とは独立した実体を備えるものが少ない、したがって、教育、研究組織として十分に成熱を見ているとは言いがたいのであるという点でありますとか、あるいは大学院の教育、研究経費、施設設備費等が十分でないような問題等、さまざまな質の問題も指摘されております。また、量的な面につきましても、日本の大学院の院生の数というものは欧米諸国に比べまして極めて少ない状況にあるというふうなことから、いずれについても拡充を図るということの必要性が答申でうたわれたわけでございます。もちろん、日本の大学院、これまで各専門分野におきます研究者の層の拡大でありますとか、研究水準の向上あるいは専門的な職業人の養成等の点におきまして一定の成果をおさめてきたところではございますけれども、日本の将来を考えますときに、やはりさらなる整備充実が緊要な課題だと認識いたしております。 特に、御指摘の点は、大学院の大半の研究科といいますものが、通常、学部を基礎として置かれている、このことに伴う大学院が独立した組織として十分でないということにつながっているということの御指摘であろうかと思うわけでございます。最近では、私どもといたしましても、境界領域あるいは複合領域など、いわゆる学際領域の教育、研究に対します需要が高まっておりますし、特に大学におきましては、学部における専門教育の上に、より高度な、より専門的な事項についての教育、研究を実施する必要から、従来の学部、学科の組織編制にこだわらないで、独自の組織により研究科、専攻を編制することも必要になってまいったわけでございます。 これらのことから、大学院設置基準におきましても、特定の学部を基礎とする従来の教育、研究組織としての大学院のほか、広く学部あるいは研究所と連携し、あるいは専任教員と専用施設による独立の組織を設ける等の、研究間の目的に即した組織編制ができるように規定上も明らかにいたしたところでございまして、このために必要な大綱的基準も明示したところでございます。 これらのことから、文部省といたしましては、大学院の高度化を図るという観点におきまして、学部に基礎を置かない独立研究科等の設置を推進しているところでございまして、設置の状況、独立大学院につきましては国立が三大学、私立ては一大学ございますし、独立研究科につきましては国立三十大学四十五研究科、公立一大学一研究科、私立七大学七研究科、独立専攻につきましては国立十二大学三十四専攻、私立一大学一専攻ということで進んでいるところでございます。 医学に特化した答弁でなくて恐縮でございましたけれども、考え方としてはそのような形で、現在少しずつではありながら充実が図られているという段階でございます、
○矢追委員 資料によりますと、定員それから入学者数ですけれども、博士課程は定員が一万三千三百五十そのうち九千四百八十一、修士の場合は三万五千六百七十四のうち三万八千七百八、もちろん公立、国立、私立、全部入っての合計です。博士課程が定員に充足していない状況ですが、医学に限りますと、大体、基礎医学に行く人がだんだん減りまして基礎の方がいないわけです。先ほど基礎研究の予算に力を入れるとおっしゃっていただいて、それはありがたいのですけれども、だんだん基礎系のいわゆるドクターコースヘ行くのが減って、大学院生がだれもいない、そういう研究室もゼロではなくなりつつありまして、これはやはりちょっと問題です。 それはどういうことかというと、さっきの医の倫理に戻りますけれども、どうも皆さん臨床の方で行った方が生活が安定する、そういうようなことが非常に大きな原因になっているのではないかと思うわけです。といいますのは、例えば、臨床系の先生は、定年になられましても就職先はあるわけです。国立大学の場合、皆まだまだお若いわけですから、今まではその国立の先生方も定年でおやめになっても、病院に行くなり、臨床に携わる先生方はそう心配ない。基礎系の場合は割合少ないわけですね。私のお世話になった先生方も、おやめになってなかなか就職先に困っていらっしゃる方も現実におられたことは事実です。 そういうようなことで、余計医学の場合には、歯学もそうですが、基礎系には来ないのかなという感じを受けるわけですけれども、こうなりますと、やはり今後の医学教育の上でも非常に問題になるわけでして、そういう風潮、やはりこれは結局大もとの、先ほど申し上げている日本の国のあり方、高度成長を追いかけ過ぎた、いわゆる金もうけに走り過ぎた、それが全部政治からあるいは教育からお医者さんからあるいはその他もろもろ、いわゆる社会的な立場のある人がみんなそっちへ行く、企業は企業で、会社人間になって企業の発展のためには何でもやる、悪いことでもやるんだ、そういう風潮が出てきた。これはやはり私は、日本の教育の一つの荒廃といいますか、そこに大きな問題があったと思うわけです。 これは大臣と局長にちょっと渡しておきますけれども、これは、緒方洪庵の書いた扶氏警戒之略といいまして、これはフーフェラントという蘭学者が医者の戒めのことを書いたのを彼が箇条書きにしたものでして、それは医者としての一つの倫理を書いたものでございますが、そういうふうなものがやはり私はお医者さんの場合にも欠けてきておる、これはいろいろ原因があると思うのです。今言った世の中全体の問題、これは我々政治家も本当に反省しなければいかぬと思うのです。もう一つは、健康保険制度にも大きな原因が一つある。いわゆる乱診乱療というのが起こってしまう、そういうこともある。それともう一つは、やはり先ほど申し上げた、最初に戻りますが、医学教育において本当にそういった教育もやっていかなければならぬと私は思うのです。 そういう意味で、医学教育でお医者さんが本当に安心して治療もできるまた勉強もできる、そういった形をつくらない限り、まだまだいろいろな問題が起こってくる。特に最近医療過誤に対する訴訟、アメリカほどじゃありませんが、日本もふえてきました。また、先ほど言ったインフォームド・コンセントという問題、これはますます厳しくなってきます。となると、はっきり言ってお医者さんになる人が果たしてこれからどれだけふえてくるのだろうか。看護婦さんが今大変厳しい状況で、今度はお医者さんまで、もうかなわぬわというふうになりはせぬか、また現に、お医者さんもそうですが、歯科医師の場合特に過剰でございまして、学部も定員も減にされて、国立大学も、大阪大学だって八十から六十に減ってしまいましたけれども、そういうようなわけで削減をやっていかなければならぬ状況で、余計厳しい状況にあるわけでございますので、そういった問題も含めまして、結局、先ほど言った大学院の問題にしても基礎の方の勉強にも来るような、優秀なお医者さんができるような、また国民から信頼される医療というものに変えていかなければならない、こういうことを強く思うわけでございますので、大学院の問題、先ほど申し上げたいわゆる年前研修、卒後研修あるいは留学生の問題、こういった問題を真剣に前向きに取り組んでいただきたいと思うわけでございまして、大臣の決意をお伺いしたいと思います。
○森山国務大臣 大学院の重要性、そしてこれから文部省が大学院あるいはさらにその上の研究者に対してどのように力を入れてやっていくかということは、先ほど局長からるる御説明申し上げました。社会一般の方でも大学院というものに対する認識が今まで必ずしも十分ではなかったというふうに思います。例えば、普通の会社で人を採用いたしますときに、大学院を出ている人よりは、四年制の学部だけ出てまだ若くほとんどごく基礎的なことだけわかっていれば、後は会社の方でよく仕込むから余計なことを勉強していない方がむしろいいというような受け取り方もあったわけでございますが、最近は、ちょっとその様子が変わってきたようにも思います。今のような複雑なまた情報化した高度な社会ということになってまいりますと、大学院においてみっちりと基礎を勉強し、広い知識、深い知識を持っている人が役に立つというふうな認識ができてきたような感じがしておるわけでございまして、そのような意味で世間一般、社会一般においても大学院というものの価値が大変高まりつつあるように私は感じているのでございますが、特に、医学とかそういう専門のお仕事の場合には一層それが重要であろうと思います。 また、医学教育ということについては独特の問題があると思います。御自分が勉強して知識を広める、深めるというだけではなくて、それを具体的に治療という面で生かす、その実習をあわせてしなければいけませんし、先生方も、治療の上に教育もし、その他病院の運営も考えというようなことで大変でいらっしゃるというふうに思うわけでございますが、しかし、それだけ非常に重要な社会的な役割、使命を持っていただいていることでございますし、文部省といたしましても、できるだけの応援をさせていただきたいというふうに考えております。
○矢追委員 それでは次に、コンピューター教育に入らしていただきますが、大臣も御承知と思いますが、私の所属しております公明党といたしましては、本年一月に「学校教育における「コンピュータ教育」の振興に関する提言 情報化社会に対応する豊かな人間教育を目指して」こういう提言を行わせていただいたわけでございますが、それを基礎といたしまして質問をさせていただきたいと思います。 学校教育におきまして、これから情報化あるいは国際化、こういった進展が大きな影響をもたらしてきているわけでございます。これはもう大学だけに限らず、小中学校にまで必要になってきたわけでございますが、現実において我が国と先進国とにおけるコンピューター教育についての違いといいますか、差、特にハードウエアの設置傘、これは小中高でどうなっておりますか、おわかりですか。
○野崎政府委員 お答えを申し上げます。 平成四年三月三十一日現在で、小学校が設置率五〇・二%、大体半分の学校でございます。設置している学校の平均設置台数は、三・八台。中学校が設置率八六・一%で、同じく平均台数が十二・八台。高等学校が九九・四%ということで、高等学校の場合はほとんど設置されておりまして、平均設置台数は四十・六台。このような数字になっておるわけでございます。
○矢追委員 外国におけるデータをいただいたのですけれども、これにはパーセシテージが入っておりませんので台数しかわかりませんが、アメリカと比較いたしますと、高等学校では日本の方が一校当たりの台数は多い。それからまた、中学校は少ないですね、小学校ももちろん少ない。アメリカは小学校が十六、中学校が十八、高等学校が二十七、こうなっておりますが、いわゆる設置率というのはわからないのですか。米国、ドイツ、フランス、カナダで結構ですから。
○野崎政府委員 これは先生御指摘ございましたように、文部省として調査した数字がないわけでございまして、国際教育到達度評価学会というところが調べたわけでございます。今、先生がお述べになった数字は、いわゆる設置台数の中央値ということでございまして、大きいところからずっと並べて真ん中のところの台数が、例えばアメリカですと、今お話がございましたように小学校が十六台ということになっておるわけでございますが、これが平均台数であるかどうかというのははっきりわからない、こういう状況でございます。
○矢追委員 私の方でちょっと勉強したのですけれども、一九八九年現在で、アメリカは一〇〇%、カナダは一〇〇%、それからフランスが九七%、このようになっておりまして、日本はそういう意味ではうんとおくれている。このデータと先ほどお示しのとはちょっとよくわからないのですけれども、そういう意味では大変立ちおくれている、こういうふうに思うのですが、まず、立ちおくれはお認めになりますか。
○野崎政府委員 私ども、外国のデータ、明確なものを持っておりませんので、現実にどの程度比較ができるかということは難しいわけでございますけれども、私どもの計画といたしましては、平成二年度から平成六年度までの五年間に、小中高等学校、そして特殊教育諸学校につきましても、設置率は一〇〇%にしたい。整備台数の方は、小学校が三台、中学校が二十二台、普通科高等学校が二十三台、それから特殊教育諸学校が五台ということを目標に整備計画を立てまして、着実に整備を進めているところでございます。 そういうようなことで、私どもとしましては、そういうコンピューター教育の重要性というものを認識しながら、なお一層の努力を重ねてまいりたい、このように思っております。
○矢追委員 時間が余りありませんので、今度は教える方の先生の問題ですけれども、昨年三月の文部省の調査では、操作できる教師は二六%、そのうちコンピューターを教えることができる教師は約三三%、十一人に一人しか教えられない、こういう結果が出ているわけでございます。 コンピューターは入っても、ハードは入っても、今度は教える先生方の教育。これは、情報処理教育センター、各県にございますが、まだないところもございますね、ここで行われているわけですが、大体、ここへ勉強に行かれて、十分な教育がされておるのかどうか。それから、まだ穴のあいている県は早急につくられる方向になっているのかどうか。その点はいかがですか。
○野崎政府委員 現在、情報処理教育センター、これは四十三都道府県におきまして四十八カ所設置されているわけでございます。私ども、情報処理教育の重要性ということで、昭和四十五年から情報処理教育センター設置要綱というものに基づきまして、施設設備の整備が図られるよう補助を行ってきたわけでございます。 今お話ししたようなことで確かにまだ全県に設置されていないわけでございますが、それ以外の県におきましても、教育センターあるいは教育研修所等におきまして情報処理教育部門を置きまして、情報処理教育に対応しているところでございます。これらの都道府県につきましても、なお今後十分相談をして、情報処理教育の充実に向けて、センターの設置を含めて整備に努めてまいりたいと思っております。 それから、研修の内容でございますけれども、今各県大変力を入れていただいております。文部省におきましても、従来、基礎コースというような形のいろいろな研修も設けておるわけでございまして、平成五年度からは専門コースというようなものも設けながら研修の中身の充実も図っていきたいと思っておるわけでございます。 確かにこの教育は、多くの人に、情報処理の技術面だけではなしに、技術面も大事でございますけれども、やはりその重要性というものを理解し、そして先生自体にやはり興味、関心を持っていただくことが大変大事だ、このように思っているわけでございまして、そういう意味の研修の充実にこれからも努めてまいりたいと思っております。
○矢追委員 コンピューター教育で大事な問題は、一つは、やはり一生懸命興味を示してやる生徒さんがいる反面、非常にこういったものに弱いといいますか、最初からだめだという人もおります。それから健康の問題、特に視力の問題がございまして、そういった問題もやはりきちんと対策を講じておかなければならない。そうでなくても日本の場合、子供さんの近視が大分多いわけですから、この辺がちょっと気になるところです。この問題が一つ。 それからもう一つは、幾らコンピューターの技術がうまくなったとしても、また倫理の話をして恐縮ですけれども、やはり情報化が進展すればするほど、プライバシーの侵害の問題、あるいはネットワークヘの不正侵入によるデータの破壊、またソフトウエアの無断借用、こういうふうな問題が起こりまして、情報に関するいろいろな、いわゆる倫理といいますか法律といいますか、今知的所有権というものも問題になっておりますので、そういう面での教育もしていかなければならぬ。ただ、技術だけではなくてそういった使う人間の方の問題も、間違うと大変なことになるわけでございますので、そういう教育も重要であると思います。 さらに、ついでに聞かせていただきますが、今度は大学の場合ですが、特に教員養成大学におけるコンピューター教育はどうなっているのか。それからまた一般大学において、学生さんが勉強に行くところは大体つくっているようですけれども、なかなか満員で十分できない、相当込み合っているようでございまして、その点、どうなっているのかをお伺いしておきたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 教員養成の方を先にお尋ねでございますので、お答えしたいと思います。 確かに教員につきましても、児童生徒のコンピューター教育に当たるには、その資質、能力の向上が求められているところでございます。平成四年度現在、国立の教員養成大学・学部のすべてにおきまして、コンピューターの教育に関する授業科目、例えばコンピューター理論でありますとかコンピューターの活用による化学、生物、地学、実験、情報基礎などを含むわけでございますが、これを開設しているところでございます。 また、国立の教員養成大学・学部におきましては、教育方法の改善やコンピューター等の機器を十分使いこなせるように実践的な指導力を養う必要があるということから、教育実践研究指導センターあるいは教育工学センター等を全大学に設置しているところでございます。 平成元年四月に教育職員免許法の改正が行われましたけれども、この改正に伴いまして、教員免許状取得につきましては平成二年四月の入学者からコンピューター関理科目が必須となったところでございます。その適用を受けた学生が平成六年三月には卒業するということになりますので、教員免許状取得者のその学習の成果が児童生徒に対するコンピューターの指導の面におきまして将来生かされてくるものと期待しているところでございます。
○野崎政府委員 まず初めに、コンピューター教育につきまして、児童生徒への教育の影響、あるいは単なる操作だけの教育であってはいけないのではないかということでございまして、私どもコンピューター教育につきましては、操作だけの教育ということはこれはある意味では意味がないのではないか。コンピューターが日進月歩大変技術が進んでいるわけでございまして、ある意味では操作自体はもっと簡単な形で将来やれるということも予想されるわけでございます。やはり一番大事なのは子供たちがコンピューターに対して興味、関心というものを持ち、そして将来コンピューターというものを自分の意思で使っていく、そして情報を的確に処理していく、そういう能力を生かしていくということが大事だと思っておるわけでございます。 それから、健康面におきましても、新しい学習指導要領におきましては、例えば中学校の保健体育におきまして、「コンピュータ等の情報機器を使用する場合の影響について取り上げることも配慮するものとする。」ということで、保健体育科におきましてそういう教育もしていこう、こういうことでございます。 なお、いろいろな施設設備の関係におきましても、「コンピュータ学習スペース設計資料」とか、あるいは「コンピュータ学習用家具の手引」というようなものを文部省が編集いたしまして、そういうものにのっとって各学校におきましてもコンピューター教室の整備とかそういうものに取り組んでいただきたい、こういうことを考えておるところでございます。また、いろいろなマイナス面の影響、児童生徒に及ぼす影響、そういうようなことで、平成元年から情報化が児童生徒の発達に及ぼす影響に関する調査研究というものを教育研究団体に委託しておりまして、現在その報告書をまとめているところでございます。 なお、このコンピューター教育の倫理の問題、これは私ども大変大事なことだと思っておるわけでございます。これにつきましても、例えば中学校の社会科でございますが、「情報の増大及びその働きが社会生活を変化させていることを理解させ、情報と人間とのかかわりについて考えさせる。」こういうことでございまして、情報にかわるさまざまな責任の自覚、こういうものを身につけさせていこう、こう考えておるわけでございまして、先生の今御指摘の点につきましては、情報化に対応する教育の中でよくこの指導の充実にも努めてまいりたい、このように思っております。
○矢追委員 終わります。
○松田委員長代理 次に、山原健二郎君。
○山原委員 教養部改革問題について最初に伺います。 今回教養部廃止の改革が予定されている大学が、東北、群馬、富山、名古屋、徳島の五大学であります。そのうち、法改正事項にかかわる新学部設置を伴うところが群馬大学と名古屋大学でございます。教養部をめぐる改革、検討はどの大学でも非常に苦労し、長い時間をかけて検討した経緯がありますから、そうした各大学の自主的な努力を尊重しまして、人的にも財政的にも可能な限りサポートをすることが必要だと思います。 この点についてお伺いしたいのですが、特に、これまで教養部が担ってきた一般教育について、教養部が廃止された後どうするかという点が非常に大きな課題となっています。大学設置基準が大綱化されたといっても、一般教育の位置づけが低められていいわけでは決してありません。各大学とも一般教育と専門教育との有機的連携などを考慮しながら、全学でどう一般教育あるいは教養教育を担っていくかという課題に取り組んでいます。そのためには、当然、全学的な調整を行う機構やカリキュラム研究活動、さらにそれらの活動を支える事務局体制などが必要になってくるわけでございますが、これらについて各大学の改革要望を踏まえて支援措置をとるべきだと思いますが、この点について最初にお伺いいたします。
○遠山(敦)政府委員 お答え申し上げます。 教養部の改組によりまして教養部の教官が各学部あるいは研究科等に分属いたしまして、全学の協力によりまして教養教育を実施するということに伴いまして、全学的な連絡調整が必要になるということは御指摘のとおりでございます。このために、これまでに教養部改組を行いました大学では、いずれも教養教育の実施に関します企画、連絡調整を行うために、学長を委員長とする委員会を設置いたしますなど、それぞれの大学の特色を見ながら、全学的な協力のもとで円滑な運営を図るための工夫が行われているところでございます。また、大学によりましては、大学教育研究センターを設置いたしまして大学教育に関すも研究を行いますとともに、あわせて、教養教育の実施に関します連絡調整の実務を行うこととしている大学もあるところでございます。 いずれにいたしましても、教養部改組等につきましては、厳しい行財政事情のもとで、限られた定員あるいは予算をできるだけ有効に活用しながら必要な対応を図っているところでございまして、今後におきます一層の充実につきましては、それぞれの大学におきます今後の運用の実態等を勘案しながら検討してまいることとしたいと考えております。
○山原委員 例えば教養部改組で新学部を設置する場合、例えば、施設設備の面でも新たな対応が求められるわけですが、群馬大学は社会情報学部、名古屋大学は情報文化学部が設置されます。どちらも情報を軸とした教育、研究が展開されることになるわけですが、それにふさわしい情報機器の整備などが当然必要となります。また、名古屋大学の新学部は二つの学科から成りますが、一方は自然情報学科で実験系学科となります。現在の教養部の施設では対応できないわけでございますが、実験系学科にふさわしい施設への建てかえなり改修が必要となると思いますが、こういう条件整備についても十分配慮すべきだと思いますが、この点はどうでしょうか。
○遠山(敦)政府委員 群馬大学の社会情報学部それから名古屋大学の情報文化学部、これらはいずれも、高度情報化社会に対応することのできる人材を養成するという極めて今日的な考え方に基づいて構想されているものでございまして、その目的を達するにふさわしい施設設備の充実を図って行くことは必要であると考えているところでございます。 国立大学の施設設備の整備につきましては、もとより各大学からの要求を待って対応するものでございまして、群馬大学と名古屋大学の新学部につきましては、学生の受け入れが平成六年の四月からであるということでございまして、新学部に関する施設設備の要求は平成六年度以降の概算要求の中で行われることになるわけでございますけれども、設備費につきましては、学科新設等に伴います設備費としてとりあえずそれぞれ必要な経費を措置していきたいと考えているところでございます。 文部省といたしましては、限られた財源の中で、既存の施設設備の老朽化あるいは狭隘化、陳腐化を解消するという課題もございますし、さらに、新しい教育、研究組織に対応した施設設備の整備という両方の要請に対応していく必要があるわけでございまして、新しい組織を設置する際にも、場合によってはしばらくは既存の施設を有効活用してもらうという例もないわけではないわけでございますが、平成四年度の当初予算、それから補正予算におきまして施設費等の増強に意を用いましたほか、平成五年度予算におきましても施設費、設備費の増額を図りますなど、できるだけの努力を続けているところでございまして、今後とも各大学の要求に適切に対応してまいりたいと考えております。
○山原委員 今お話もありましたが、大学の施設設備の老朽、狭隘、陳腐化ですね、これはたびたびこの委員会でも問題になりましたが、中でも本年二月二十五日に出されました日本学術会議化学研究連絡委員会の報告は、大学の研究室の安全面に視点を当てた調査報告として注目をされております。 この調査は、社団法人日本化学会や社団法人日本化学工業協会の協力を得て行われておりまして、民間企業の専門家の目を通して点検がなされたという点では非常に注目に値するものであります。その報告書のまとめとして、「現在の大学の研究実験室の実態は安全管理の面から見ると相当に深刻な状態にあり、災害に至る潜在的危険性が極めて高い。企業では到底考えられない危険な管理箇所も処々に見られ、設備、施設の貧困、運用予算の制約等から、やむを得ず日常的に、著しく安全性を欠いた状態で研究室を運営せざるをえない例が少なくない」「このような状態は一刻も放置すべきでない」、こういうふうな報告書のまとめが出ているわけですが、この点については大臣の方からお伺いしたいわけですが、この深刻な事態をどう受けとめておられるか、この点、お伺いいたします。
○森山国務大臣 平成五年二月二十五日の日本学術会議化学研究連絡委員会の御報告の中で、大学の研究室における安全確保と実験環境の改善についていろいろな御指摘がありましたということは承知いたしております。国立大学の施設設備の老朽化、狭隘化が進みますなど、教育、研究環境の悪化についてはかねてから国立大学協会など関係各方面から指摘されているところでございまして、文部省としても、重要な課題であると認識しているところでございます。先ほどもちょっと申し上げましたが、私自身もそういうところを二、三実際に見てまいりまして、本当に深刻な状態だということを実感いたしてまいりました。 これらの問題を改善いたしますために、教育、研究環境の緊急かつ計画的な整備を進めたいと考えておりまして、平成四年度に特別施設整備資金制度を創設いたしまして、年次計画による特別施設整備事業を実施しているとともに、平成四年度の当初予算、補正予算、さらには平成五年度予算におきまして文教施設費の増額に努力しているところでございます。 また、特にこの報告書で強調されました大学の研究実験室の安全の確保ということについては、各大学における安全管理体制の適切な確保、学生、教職員に対する安全教育の徹底など、安全確保のための必要な措置の実施が重要でございまして、施設設備の改善増強とともに関係者の意識の向上ということもあわせて考えなければいけないということで、文部省といたしましても、諸会議を通じましてその徹底に努めてまいったところでございます。今後とも引き続き、各大学におきます一層の安全確保の努力を促しますとともに、所要の施設費等の確保に努めてまいりたいと考えております。
○山原委員 人事院も、一昨年十月の大阪大学工学部の爆発事故、それから昨年八月の北海道大学工学部での酸欠事故と、相次ぐ重大災害に対して、「職員の保健及び安全保持について」の改善通知を文部省に対して提出をし、特に本年二月二十五日に出された通知では、「国立大学における重大災害は連年に及び、このような事態を生じたことは誠に遺憾であります。」と厳しい認識を示しております。そして、これらの人事院通知では、それぞれの事故に関して安全管理状況を調査したところ、「別添写のように安全管理体制の整備、安全管理事務に不十分な事態が見られ、必要な措置が講じられていなかったことが認められます。」と指摘をしております。この通知で指摘されました「不十分な事態」とはどんな内容であるのか、簡潔にお答えいただきたいのです。
○稲葉説明員 お答え申し上げます。 昨年の八月十日の北海道大学における事故におきまして不十分な事態が認められた点については、三点ございます。第一点が、安全管理体制の整備並びに安全管理者等の事務の徹底という面と、二番目に、安全教育の徹底、三番目に、酸素欠乏等によります危険防止措置の徹底という三点におきまして十分と言えないものがございました。 人事院として、より一層の安全管理の充実及び災害の未然防止を図るため、文書をもって指導を行ったものでございます。
○山原委員 そのことを指摘しました「別添写」というのがありますね、これを資料として出していただきたいのですが、この点どうでしょうか。 もう一つは、本年三月末までに求めていた再発防止のための改善策というものもありますが、これは文部省だろうと思いますが、この提出をお願いしたいわけですが、この点について、提出できるかどうか伺いたいのです。
○稲葉説明員 私どもの発出いたしました北海道大学長あての文書は、今回の事故を踏まえまして、より一層安全管理体制及び安全管理基準を充実強化すべきことを指導したものでございまして、ほぼ同一の内容のものについては既に御提出をしたところでございます。行政指導を内容といたします行政内部の特定部局間のこういった通知文書そのものは、特にお示ししておりませんので、御了承をいただきたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 先生既に御存じの資料であろうかと思います。必要であれば提出させていただきます。
○山原委員 これはどこの大学でも「災害に至る潜在的危険性が極めて高い。」こう指摘されているわけですから、一つの大学にとどまる問題ではなくて、不幸にも発生した事故から教訓を引き出すことが大切であろうと思います。そういう点で、可能な限りやはりオープンな形で対応をとる必要があるのではないかと思いますので、できれば人事院の方も御配慮をいただきたいと思います。 次に、これらの問題の解決に当たりまして、例えばこの災害に直面した先生方あるいは犠牲になった人たちに対する個人的な失敗とか、そこに原因を求めるというよりも、そういうことではなくて、先ほど出ました学術会議の報告書が示しておりますように、その背景にある条件の劣悪さというものを解決していくという、そういう立場でなければ問題の基本的な処理にはならぬと思います。特に、安全問題についての教育などということはもちろん大事なことではありますけれども、そういう心構えだけでなくて、やはり施設設備の充実をしていくという観点がなければ問題の解決には基本的にならぬと思うのですが、その点について大臣の見解を伺っておきます。
○森山国務大臣 おっしゃるとおりでございまして、施設設備の改善にも、先ほど申し上げましたようなさまざまな工夫をさせていただいて努力をいたしているところでございます。それとあわせて、それを使用する人たちの注意を喚起する、あるいはその環境で研究する人たちにも気をつけていただくということもあわせて大切だというふうに思っております。
○山原委員 次に、研究活動中の事故に関しまして、保険制度の問題であります。 現行では、内外学生センターによる学生教育研究災害保険制度があります。しかし、これは任意加入のもので、公的制度ではありません。小中高等学校の児童生徒の場合、日本体育・学校健康センターによる学校災害共済給付が公的制度として行われていることに比べましても問題ではないのか、そういう指摘が高まっております。公的制度化についてぜひ検討してもらいたいという声がありますけれども、これについての御見解を伺います。
○遠山(敦)政府委員 事故が起きました場合の学生に対する災害保険制度でございますけれども、これは御指摘ございましたように、財団法人内外学生センターが学生教育研究災害傷害保険事業を実施しているところでございます。この事業は、正課やあるいは学校行事中の事故のみでなく、課外活動中の事故等、学校施設内におきますさまざまな事故を対象とした災害補償制度でございまして、現在、国公私立の大学、短期大学の学生の約八〇%が加入いたしております。保険料等も四年間で文科系二千三百円、理工系三千円となっておりまして、保険金額は後遺障害の場合最高三千万円、死亡の場合最高二千万円というふうな措置になってございます。平成三年度におきましては、八千八百五件の事故について総額八億六千万円の保険金が支払われているところでございます。 これは全体のかなりの部分をカバーいたしておりまして、新たに公的制度をというお話ではございますけれども、その点につきましては、この内外学生センターに対しましては国の補助金も出ているところでございます。また、大学教育を受ける者は同世代人口の三分の一と言える比率でございまして、安全対策に対して判断能力を有する年齢層であるということ等によりまして、制度の仕組みは互助共済を基本としているところでございます。それで、内外学生センターにおきまして保険契約者となりまして、国内の損害保険会社二十社と一括契約により実施されているところでございます。今後とも内外学生センターに対しまして、各大学や保険会社と協議を進めまして制度の充実を図るように指導してまいりたいと考えているところでございます。
○山原委員 最近、大学の老朽あるいは狭隘の問題について追加的対策の柱として数千億円を投じるという計画が新聞等に出ておりますが、財源論では検討を要する面があると思いますけれども、国立大学の深刻な現状からいえば、緊急に改善することは当然のことだと思います。 日本学術会議の近藤会長も去る三月二十五日の「大学等における研究環境の改善について」の談話を発表しておりますが、「伝えられる景気対策を策定される場合には、学術研究推進という観点からのみならず、社会資本整備の一環としてとらえ、最優先で考慮されることを強く要望する」こういうふうに出ております。この際思い切った改善政策を講じるべきだと思いますが、これについての大臣の御見解はいかがでしょうか。
○森山国務大臣 学術研究の推進と有為な人材育成の担い手であります大学の教育、研究条件の改善充実は、将来にわたる我が国の発展の上でも、また国際貢献の上でも極めて重要な課題でございます。国立大学の教育、研究条件の改善は緊急な課題であるというふうに認識しておりますことは、先ほど来申し上げたとおりでございます。このため、平成四年度の当初予算におきましては、国立学校特別会計に特別施設整備資金を設置いたしまして、施設の老朽化、狭隘化の解消を図ることとしているところでございますし、また補正予算においては、施設費の増強に格別に意を用いたところでございます。さらに、平成五年度予算におきましても、施設費の充実について最大限の努力をいたしました。 お話しの追加景気対策の問題は、今後の経済運営等にかかわる問題でございますので、御指摘の点については、今後関係省庁とも十分協議いたしまして適切に対処してまいりたいと考えております。 文部省といたしましては、今後とも財政事情等を勘案しながら、教育、研究の発展充実に資するよう施設の整備充実に一層努めてまいる所存でございます。
○山原委員 昨年度から特別施設整備事業が実施されました。しかし、それも財源は大学移転跡地の売却益に限られて、五年間で一千億円という規模にとどまったわけです。あのときの審議で私は修正案を出したわけでありますけれども、一般会計からの大規模な繰り入れ措置をとって、より抜本的な対応を求めるべきだと思うわけでございます。この点が今求められているのではないかと思います。 そしてもう一つ、この老朽施設の解消とともに狭隘な研究施設を抜本的に改善するということも極めて大事な課題になっておりまして、昨年度スタートしたこの制度によりまして、研究室のスペースは従来に比べましてどの程度広がるのか、実験系あるいは非実験系の双方でどういうふうになるのか、お答えいただきたいと思うのです。
○吉田(茂)政府委員 四年度からの特別施設整備事業でございますが、この内容といたしまして、御案内のとおり、老朽化に対する対応と狭隘化に対する対応ということがあるわけでございます。四年度を初年度といたします五年間で改築等について約三十五万平米の整備を進める考えでございますが、いわゆる狭隘解消整備については、この計画によりますれば、約五万平米の増という計算に相なっております。
○山原委員 これは大体面積にして実験系施設で二割、非実験系は一割程度ではないかと思いますが、これでは話にならないわけでございまして、「研究室において研究者一人当たりの面積が、欧米各国の大学に比較して、実質的に三分の一から四分の一しかない」こういうことが先ほど申しました化学研究連絡委員会の指摘ではなされておるわけでございます。まことに極端な狭さが研究室の安全確保の上で重大な障害になっておることを示しておると思います。大胆な拡大措置がとられるべきだと思うのです。これも学術会議の研究では第一項の項目に位置づけられておりますが、「少なくとも現在の二ないし三倍程度の面積に拡げるべきである。」こういうふうに出ておりますね。これは御承知のことと思います。 問題は、いつも財源問題が出るわけですが、これも経済大国と称する我が国の富の配分等を考えるならば、大学に回す予算をつくることは不可能ではないと私は思うのです。例えば、日立の研究開発活動を見てみますと、日立製作所の場合、昨年三月期の有価証券報告書によりますと、「研究開発スタッフは、全体で約一万三千名であり、研究開発費は平成三年度に於いて売上高の一〇・五%にあたる四千百十六億千四百万円を投入」しています。こういう状態です。研究開発スタッフの人件費は、一人平均年一千万円としましても一千三百億円、この人件費を除きましても二千八百億円が研究開発に投じられています。ところが、同年度の国立大学全体の校費、旅費及び教育研究特別経費の総額は千七百八十六億円、科学研究費補助金五百八十九億円を合わせましても二千三百七十六億円で、日立製作所一社の人件費を除いた研究開発費にも届かないというのが実態でございます。その日立製作所に対して来年度予算で通産省分だけでも五十七億円の技術開発補助金が投入されていますが、一方、大学院の教育、研究活動の高度化を図るとして昨年度から導入されました高度化推進特別経費の予算額は、全国の国立大学・大学院ひっくるめて五十一億円強でございます。日立製作所一社に充てられた通産省所管の技術開発補助金の額にも達しないという状態でございます。私は、ここに日本の大学における教育、研究活動が冷遇されている実態があらわれておると思います。そういう意味で、この不均衡を抜本的に改めるならば、大学の教育、研究環境を緊急に改善する財源を生み出すことは可能だと考えるのでございますが、これについての大臣の見解を伺いたいと思います。 そして、最後に特に指摘したいのは、大学の教育、研究活動の基本である、支えであるところの校費の問題です。科学研究費補助金は一定の伸びで増額措置がとられておりますけれども、しかし、校費は単価の伸びが一・二%にすぎない、これでは教育、研究活動の抜本的改善はできない、こういう声が国立大学関係者の切実な要求となってあらわれておるわけでございますが、ぜひその校費の増額の実現について取り組んでほしいと思います。その二点についてのお答えをいただきたいのであります。
○森山国務大臣 日立製作所の研究経費と比較されまして、国立大学の研究関係の予算についてもっと拡充するべきであるという御指摘でございます。企業の研究と国立大学における研究とは性格がかなり違うのでございますが、基礎的な研究という意味では共通の面もあろうかと思いますけれども、国としての取り組み方あるいは考え方に違いがあるのはやむを得ないかと存じます。しかし、その中で、特に国立大学における学術研究というのは、人類社会の発展の重要な基礎を形成するもの、次の時代を担う若手研究者の養成というような非常に大切な役目を持っているわけでございますので、その振興と充実は非常に重要であるということを認識している次第でございます。御指摘のような大学の研究環境の非常に劣悪な面については、ほかの各方面からも大変御指摘をいただいているわけでございまして、先生の御忠告も踏まえまして、さらに一層努力をしていきたいと考えております。
○山原委員 校費の問題について、局長、一言あれば。
○遠山(敦)政府委員 校費の問題は、大学におきます基幹的な教育、研究経費に当たるわけでございまして、その充実の重要性は私どもも重要な課題と認識しているところでございます。このようなことを背景にいたしまして、平成五年度予算案におきましては、現下の大変厳しい財政状況ではございますけれども、限られた財源を有効に活用いたしまして、教育、研究の基幹的経費としての学生当たり積算校費と教官当たり積算校費について単価増を含めその増額を見たところでございますし、教育、研究所の各種プロジェクトを推進するための教育研究特別経費の増額、今委員からは額が少ないというお話ではございましたけれども、しかし、大学院の教育、研究条件の整備のための高度化推進特別経費の充実も図ることができたわけでございます。このほか、科学研究費補助金の増等、全体として見ますればこれまでの増に比べてかなりの前進を見たものと考えているところでございます。
○山原委員 時間が来ましたので、終わります。
○松田委員長代理 次に、柳田稔君。
○柳田委員 きょうはこれから、将来大学は一体どうあるべきだろうかということでいろいろと御質問をさせていただければと思います。 現在も文部省としてはいろいろなことを考えながら大学はこうあるべきだということで頑張っておられるというのは承知をいたしておるわけでありますけれども、これほど高齢化社会が進むと、逆に子供の数が少なくなってくるという時代を考えた場合には、さらに根本から考え直さざるを得ない時代になるのではないかというふうな気がするわけであります。ということで、冒頭に、現段階で大学教育、教育全体、幼稚園からずっとあるわけでありますが、教育全体の中において大学というのはどういうふうな位置づけといいますか、意義づけをされているのか、まず御答弁をお願いしたいと思います。
○森山国務大臣 「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的」としているところであるということが学校教育法第五十二条に書かれております。大学はこのような目的のもとに、学術の中心としての性格を持ちながら、広く国民に高等教育の機会を提供し、二十一世紀を担う人材の育成を図るということをその目的、役割、使命としていると考えております。 特に、今後における社会経済文化の発展や科学技術の高度化等の状況を踏まえて、大学教育の果たすべき役割は大変大きいと思います。教育や学術研究において我が国が世界に貢献し得るよう大学・大学院の教育、研究の充実を図っていくなど、高度化を進めていくとともに、個々の大学においても、その創意工夫によりまして教育、研究の活性化を図っていただき、社会や学生の多様なニーズにこたえていくということが必要である、重要であると思います。 このため、今後とも各大学がそれぞれの伝統を基盤としながら不断にそのあり方を見直して、時代や社会の要請も踏まえながらその使命を十分に果たしていくことが期待されるところでございまして、文部省といたしましても、所要の施策を適切に講じながら各大学の一層の改革と充実のために努力してまいりたいと考えております。
○柳田委員 今もお答えがあったわけですけれども、別な角度からいいますと、社会といいますか産業界、こちらからも大学を見ておるわけでありますけれども、こういうことは文部省の方からお答えできるかどうかわかりませんけれども、社会、産業界とのかかわりについて大学の意義づけというのはどういうふうに見られておるのでしょうか。
○森山国務大臣 ただいま申し上げましたように、大学は学術の中心としての性格を持ちながら広く国民に高等教育の機会を提供するということをその使命、役割としておりまして、今日まで基礎研究と技術革新の進展及び高等教育の普及と充実の両面で種々の貢献をして我が国の発展に大きく寄与してきたと思われます。 教育面については、今後の我が国を担う有為な人材の養成についてその機能の一層の充実が必要とされておりまして、伝統的な意味での学生だけではなくて、生涯学習に対するニーズの拡大なども踏まえまして、職業人とか社会人の受け入れなど、多様な形態での学習機会を提供していくことが重要だと考えておりまして、リフレッシュ教育の推進にも力を入れているところでございます。 特に、近年におきます技術革新の急速な進展、産業構造の変化に伴い、工学等の技術関連の分野の教育を受けた者の活動範囲は、教員、研究者、第二次産業技術者、第三次産業従事者などにも広がってきておりまして、産業界等から情報処理分野など技術系の人材養成の重要性が指摘されております。 また、研究面についても、大学の主体性を確保しつつ、各方面から寄せられる要請に可能な限り対応していくということは大学にとって有意義なことだと思います。共同研究とか受託研究の推進、国立大学における共同研究センターの整備、奨学寄附金の充実など、大学と産業界等との連携はますます重要になってきていると思われます。 文部省といたしましても、このような大学と社会との多様なかかわりを踏まえまして、今後とも各般の施策を講じながら、それぞれの大学の努力を積極的に支援してまいりたいと思っております。
○柳田委員 これからがいろいろな質問になるわけでありますけれども、私は手元に、十八歳人口に対する高校の卒業者の数とパーセンテージ、さらには大学、短期大学の進学率、こういうふうなデータが書いてある表を持っておるわけであります。 私も以前サラリーマンをしておりまして、ある鉄鋼メーカーにおりましたので、現場作業といいますか、要するに自分の手を使って物をつくる仕事もさせていただきましたし、さらには、机に座っていろいろな図面とか、指図書といいますか、こういうふうに仕事をしなさいということも書いたことがあるわけであります。 ちなみに、この資料は昭和三十五年以降しかないのですけれども、昭和三十五年のときの十八歳人口は二百万人、大学、短期大学卒業は二十一万人。つまり、十人に一人が大学、短大を卒業された時代である。これが現段階四十八歳ですね。 私が三十八歳なので、私のころを見ますと、十八歳人口が百八十五万人、大学、短期大学卒業が四十六万人で、約二三・六%。要するに五人に一人。 そして、十年置きに見ますと、今二十八歳の人のときの十八歳人口が百五十六万人、大学、短期大学卒業が五十八万人。比率にして三七・四%ですから、十人のうち四人は大学に行っている。大体この四〇%弱で今までずっと推移しているわけであります。 今、会社を構成しておるといいますか、生産活動に携わっておる世代というのは二十二、三より上だということに相なるわけであります。 なぜ今こういうふうな数字を持ち出したかといいますと、企業ですと、大卒となりますと、順調にいって大体管理職になるわけですね。今までの傾向では、大卒が現場に行って、一生手を使って物をつくるということは現場ではほとんどあり得ないのです。皆無と言っていいぐらいだと私は思うのです。日本という国は貿易立国ですね。原料を輸入して、加工して輸出して成り立っている国でございます。これは時に触れ代々の総理もおっしゃっていることでありますけれども、今日本という国は、どちらかというと加工で成り立っておる。その加工の中心は、どちらかというと中学卒業、高校卒、この人たちが担っているのです。その上という言葉はよくないですけれども、指揮をしたり、こういうふうな仕事をしようということについては大卒の皆さんが当たっているという構造なのですね。この表で見て、今の段階ではある程度、要するに大卒の皆さんよりも現場で働いている皆さんが非常に数が多い。私は、これで日本の社会、産業界が成り立っておるのではないか。ところが、これで見ますと、昭和五十年に大学に入学した以降、現在までほぼ四〇%弱で来ている。つまり、大まかですけれども、十人のうち四人は大卒、六人が現場を支える世代になってきた。 最近、工場の中とかいろいろなところでどういうことが出てきておるかといいますと、物をつくる後継者がいなくなったという声が非常に強いのですよ。去年、景気が悪いということで補正予算を組みました。公共投資もたくさんやりました。今回の平成五年度予算案も二十二年ぶりに三月三十一日に可決した。珍しいことですけれども、これでまた公共投資をやる。さらにはまた考えでいらっしゃる。 しかし、現場に行っていろいろお話を聞きますと、高速道路をつくろうといったときに、鉄筋を組む人が要るわけですね。そこの状態を見ますと、仕事としてもう若い人はほとんどいないというのですよ。実際にやっている人は、六十歳前後の人がやっている。でも、我々はもう年だから若い人を使わなければいかぬといったときに、きょう議題にするつもりはないのですけれども、ほとんど外国人労働者を雇わなければいけないというのです。さらに、橋をかけるときに橋梁がありますね。土木作業をしなければいけない。ところが、その基礎工事をするのはほとんど外国人労働者だというのですよ。 また目を転じまして、鋳物というのを御存じかと思うのですが、私も昔鋳物工場におりましたので、三Kの最たるところですが、ここの職場もほとんど高齢者なんですよ。あと何年かするとほとんどいなくなるのじゃないか。若い人は入ってきますけれども、技術は今の段階では覚えなくてもいいのです。なぜかといいますと、こうしなさいというマニュアルがあるのです。ところが、マニュアルどおりすればその製品はできるのですが、その上の製品をつくろうとするともう無理なんです。一回失敗してしまうと、それを修正する技術が現場にないのです。これは一つの例ですよ。さらに、鋳物なんというのは、入ってくる日本人というか、若い人はいないのじゃないか。そういう現状もあるのです。現在まではこうして、働く、現場で一生懸命汗を流しながらやってくれる人はいたわけですけれども、これからの日本を考えた場合、もう既にその兆候は出ているわけですね。 もっと言いましょうか。我々のいたスタッフは、現実として課長一人、部下ゼロですよ。つまり、みんな大学を出て入ってきた。もうこの兆候、既に入っていますからね、みんなその年代になったら課長なんですよ。部下ゼロ。不思議な構造なんですね。ところが、さらにこれがどんどん進んでくるようなデータがここにあるわけです。 さらにもっと言いますと、これから子供の数が減るとおっしゃっています。十八歳人口がどんどん減ってくると。平成四年度で二百五万人いる十八歳人口が、平成十九年、十五年先、西暦二〇〇○年の初頭ですけれども、百二十九万人におっこちてしまうというのですね。ここでも考えなければならないのは、平成四年度で二百五万人いる十八歳人口に対して、八十万人の人が大学と短大を卒業される。率にしますと三八・九%です。これがそのまま推移するはずはないのですけれども、平成十九年、その年の十八歳人口は百二十九万人。もし大学のキャパシティーがそのままで推移したら八十万人が卒業できるわけですが、そうすると、これが七〇%になるのですよ。大変なことなんです。ただ文部省の中では、いろいろとお聞きしますと、そんな大学進学率にはならないだろう、まあ四〇%前半から五〇%ぐらいまでかなというお話も聞くのですが、それにしても大変な数が大学に行かれる。 大学に行くのが悪いと言っているのじゃないのです。ただ、貿易立国の日本を支えなければならないということを考えた場合に、果たしてこれでいいのだろうかなと。これは社会のやることだし、みんな選択は自由だと言ってしまえば終わりですけれども、しかし、それで終わらない兆候がもう既に出てきている。以前アメリカの空洞化とよく言われました。もう商売だけやって、紙切れだけ移動させて成り立っていく国になればいいやと言えばいいのですけれども、それもだめだということが証明されましたね。やはり国内で産業を持たなければならない、さあどうするかということなんですが、まず御感想をお伺いしたいと思います。
○森山国務大臣 十八歳人口が減少していくだろうということはかなり前から指摘されていたことでございまして、特に十八歳人口を対象として今日までやってまいりました大学の関係者にとっては非常に重大な関心事でございました。ですから、各大学はそれに対応していくべくいろいろと工夫、努力をしてまいったところでございまして、一口に申せば、それぞれの大学が個性的で魅力のある大学になるということによって多様なニーズにこたえていくということができるのじゃないかというのが今のところ多くの大学関係者が考えていることでございますし、平成三年の大学審議会の答申もそのラインでいろいろな提言をいたしております。 各大学においては具体的には、例えば学生のニーズに対応した教育カリキュラムの改革とか職業人の再教育、先ほどもちょっと申し上げましたが、十八歳人口だけを対象にするのではなくて、再教育とか生涯教育とかいう分野に大学が果たしていく役割も大きいのではないか、そういう方向を探り、やってみている大学もふえてまいりまして、積極的にこの問題を打開し、その中で大学の新しい使命を果たしていこうという努力がいろいろなされていると承知しております。 そのほか、高等専門学校とか短期大学とか専修学校の専門課程なども同じような問題を抱えているわけでございまして、それぞれ特色のある専門職業教育の充実に努力をしておりますし、文部省といたしましても、各大学やこれらの教育機関の自主的な努力に応援をしていきたいというふうに考えております。
○柳田委員 感想を求めたのがあれでしたけれども、平成十九年百二十九万人で、大体四七%の進学率ですと大体大学に行く人は六十万人なんですね。現在の八十万人から六十万人減らすと二十万人の減ですね。そうすると、それは三分の一の削減になるのですよ。それを問題にしようとしているのではないのです。お間違いないようにしてほしいのですけれども、それはそれなんですけれども、ただ、それ以上に日本の要するにこれからの国力の問題なんですよ。 ちなみに昭和五十年ぐらいから大学、短期大学に行く進学率が四〇%近くになった。平成十九年にも多分それ以上になるだろうと言われているのです。要するに半分近い人が大学、短大卒なんです。この期間が、何といってももう四十年近くなんです。わかりますか。半分近い人が大卒、半分近い人が現場で支えるといっても、これから日本が経済成長率落としていくというなら結構なんです。でも、まだ上っていかなくてはならない。貿易立国を捨てるというなら結構なんです。商業を目指すんだというなら結構なんです、文部省が。でも、そうではないんじゃないかと私は思うので、技術者不足ですよ。 私も以前理工で工学部の出身なんですが、僕らのころも相当理工系に行く人が少なくなった。卒業したらどこへ行くかといったら証券会社、銀行く行くと我々は友達に言ったのです。入学する人も少ない。就職先も理工系に行かない。これがだんだん顕著になってきたのですが、最近ちょっと盛り返してきたということも聞きます。ただ、トータル的に見たときに、本当にこれで貿易立国日本として成り立っていくでしょうか。大臣、どう思われます。 〔松田委員長代理退席、渡瀬委員長代理着席〕
○森山国務大臣 従来のような形での産業活動というものを頭に置いてお話しになるとすれば大変大きな問題があるというふうに私も思いますが、例えば証券会社とか銀行とかあるいは百貨店とか、そういうところに勤める人たちも従来の経済や簿記やそういうことさえ知っていればいいというわけではなくて、コンピューターを駆使しなければならない。それがほとんど必須の条件であもような時代になっておりますので、そういうことを考えますと、今までの産業状況とはちょっと違うのではないか。それに必要な労働力の質もまた変わってきているのではないかというような気がいたしますが、そのような新しい面に対応して教育も、大学教育も専門教育も行われていくべきなのではないだろうかというふうに、全く個人的な感想でございますが、思います。 〔渡瀬委員長代理退席、松田委員長代理着席〕
○柳田委員 産業構造が変わるとおっしゃいます。それでもいいのですよ、私は。ただ、機械をつくらなければいけないのです、日本の国も。物をつくらなければいけない。ところが、機械でも物をつくるにしても、必ず鋳物というのは要るのですよ、残念ですけれども。この鋳物のつくり方というのは西暦前からあるのですよ。遅々として変わってないのです、正直言って。これから二十年で変わるというのはうそですよ、そんなの。できるわけがないのです。やり方は変わるかもしれないけれども、そんな簡単につくれないのです。だから、そういう鋳物とか基礎の分野で物がなくなったら本当に、私は造船ですけれども、船だってつくれないのです、日本で。機械だってつくれないのです。ところが、そういう基礎的なところに行く人がほとんどいなくなってきた。さらに言いますと、溶接棒を握らなければいけないわけですよ。機械でやっていますけれども、できないところが多い。それもだんだん少なくなっているのです。いるのは高齢者だけなんですよ。余り時間がなくなってきましたが、現場といいますか、技術の伝承というのが本当に大きな課題になっているのです。私は今の大学が悪いとかなんとか言うつもりはないのですけれども、本当にこのままのさっき大臣が言った方向でやっていった場合に、私は不安だと思っているのですよ。 それで、どうしたらいいかなんですが、要するに物をつくる人がプライドというのは持っているのですよね、昔の人は。本当にプライドを持っているのですよ。だから、我々スタッフが行って、こうした方がいいものができます、黙っておけと言うのです。おれが二十年間培ってきた技術で、見ておけと言うのです。いや、確かにいいものができました。頭を下げる思いですよ。でも、もうそれもないのですが。特に若い人たちに物をつくるといいますか、プライドがないのですよ。要するに、世間から、世間というのは言葉がどうか知りませんけれども、あの人は鋳物工だよと言われたら嫌ですよね、世間一般では。それはそうですよ。帰ってくるときに真っ黒い服を着て顔も泥だらけになって帰ってくるのですから。お母さんも嫌ですよ。もっときれいな職場についてよと言うのが普通だと思うのですが、若い人たちに全然と言っていいくらい、もう本当にプライドがないのです。悲しいことです。 それで、このプライドをつけるくらいは国としてもできるのじゃないかなということで、ドイツにマイスター制度というのがあるのは皆さんよく御存じだと思うのですが、日本の大学、私はそれは否定しませんけれども、文句を言うのだったら、広く浅くを少しやめてほしいと思っているのですけれども、もう少しまじめに勉強するようなシステムをつくってほしいとは思うのです。それともう一つ、そういう技術を継承する、育てる、プライドを持たせるというふうな分野がもっと、文部省の行政とは言いません、この日本の中にあってしかるべきではないかと思うのですが、御感想はいかがでしょうか。
○森山国務大臣 文部省の仕事とは直接関係ないかもしれないとおっしゃってくださいましたが、今お話を承っていて思い出しましたのは、労働省がやっております能力開発局の仕事の中に、そういう伝統的な、あるいは長年鍛え上げた技術を持っておられる方を表彰し、多くの方に知っていただくという活動をしている分野がございまして、これは大変高く評価されております。 それから、そこまで行きますまでにいろいろな技能の検定制度がございまして、幾つかのランクに分かれていて、だんだん勉強し修業を積んでいけば上の方へ行ってその検定の証明書がもらえるとか、その結果待遇もよくなるとか、そういうのがございまして、先生も御存じだと思いますけれども、そういうのが多少そういう問題の解決にお役に立っているのではないでしょうか。 強いて申し上げれば、文部省にも、文化的な技能、技術というものについては文化という面から評価させていただいて、いろいろな表彰をする制度がございますのは御存じのとおりでございます。
○柳田委員 労働省だとおっしゃいます。ただ、平成十九年に、文部省の予測として四一から五〇という数字があるのですよ。私はこんなにたくさん大卒ができることは否定はしないのですけれども、この中の三分の一ぐらいは本当に日本の技術を伝承する、そしていろいろなところに入っていって国民をリードしていくというのは、文部省としてもあってもいいんじゃないか。だから、大きく文部省の政策も転換したらどうかと思うのです。でも、それができるのは労働省じゃなくて文部省じゃないか。要するに、今ある大学という大枠組みを、意義を変えるんだ。 教育の中には、それは一般的な勉強もある。そして、あなたが将来進むであろう専門的な分野の中でも、薄く広くやる分野もあるかもしれないけれども、こういう専門的な知識を得て技術を得る、進学できる大学だってあるんですよ。そして、卒業したらいろいろなところに散っていって、指導でもできるし、会社に入って後輩の育成もできるじゃないか。そういう目から見ると、これは私は労働行政じゃなくて、文部省も責任があるのではないかと思うのですけれども、いかがでしょうか。
○森山国務大臣 日本じゅうに五百以上の大学がございまして、それぞれの伝統もございますが、新しい時代に対応して個性的な大学でありたいとそれぞれ努力をしているわけでございます。ですから、その多様な努力の中で、おっしゃるような大学が出てくるということも大いに考えられますし、その兆しはございます。またさらに、先生がおっしゃるようなことを現にやっておりますのは、国立工業高等専門学校というのがございまして、ごらんになっていただいたことがあるかどうか存じませんが、その中では、今先生が御指摘のような分野の新しい人たちを養成していくということに大変力を入れまして、私も見ましたところでは、大変熱心に意欲的に勉強し、指導が行われているというふうに見てまいりました。そういうところの役割がまた今まで以上に大きくなってくるのかもしれないというふうに考えます。
○柳田委員 高専のこともよく知っております。そして、高専を卒業してその専門分野にほとんどの人が行かないのも知っております。別の分野に行って仕事をするんです、現状は。だから、それを充実するというのはいいことなんです。ただ、私が言いたいのは、もっとプライドが持てるような状況を、私はこの分野については権威なんです、大学を卒業した皆さんとも負けないんです、そしてそれをいろいろなところに行って指導しながら、自分も仕事をしながらというのは非常に意義のあることではないかな。 将来、五〇%近い人が大学、短大に行くようになるそうですけれども、先日PKOの調査でドイツヘ行ったときに、ドイツの人とも話をさせてもらいました。何か、ドイツでは大学卒の割合が大体一五%ぐらいですか、十何%だと聞いて帰ってきたんです。それに対して、ドイツの人はそれでも多いというふうなことをおっしゃったのですが、平成四年度大学入学者五十四万人、十八歳人口二百五万人、二六・四%、これは日本の将来を考えた場合に多いんでしょうか少ないんでしょうか、お答えを願いたいと思います。
○遠山(敦)政府委員 私がお答えするにはちょっと大きな問題過ぎるのかもしれませんけれども、これまで十八歳人口の動向に応じてどう高等教育機関を整備していくかという観点での議論が盛んでございましたし、またその議論に基づきまして、高等教育の機会を広げて国民の資質を高めるということに意を用いてまいったことも確かでございます。ただ、非常に長い展望を持ちますと、先生がおっしゃったような考え方も一つにはあろうかと思います。 しかしながら、例えば理工系の技術教育あるいは大学での教育のあり方等につきましても、今大きな大学改革の流れの中で、より魅力のある内容にしようというふうな転換も行われつつございますし、本当に先生がおっしゃるように、物をつくる、現に自分がそれをつくってそこで喜びを見出すというふうなことは人間にとっても大変大事なことでございます。ですから、そういうことに価値を持つというふうな考え方というのは、教育の制度でも理工系のようなものを魅力的に展開していくという点もございますけれども、社会全般にそういうことの重要性が行き渡っていって初めてそういうことの実現が図られるのではないかと思われます。細かいデータはまた御説明したいと思いましたけれども、時間がございませんので、しかし大変貴重なお話として承らせていただきたいと存じます。
○柳田委員 時間なのでやめますが、私も四年制大学を卒業して会社へ入りました。しっかりと再教育を施されまして、やっと会社の中でも歩み始めた、そういうのが今の現状ではないかと思いますので、これからも文部省としてもいろいろと御検討願いたいと思います。 どうもありがとうございました。
○松田委員長代理 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 ―――――――――――――
○松田委員長代理 これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありませんので、直ちに採決に入ります。 ―内閣提出、国立学校設置法の一部を改正する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○松田委員長代理 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 ―――――――――――――
○松田委員長代理 ただいま議決いたしました法律案に対し、中山成彬君外四名から、自由民主党、日本社会党・護憲民主連合、公明党・国民会議、日本共産党及び民社党の五党共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 提出者から趣旨の説明を求めます。吉田正雄君。
○吉田(正)委員 私は、提出者を代表いたしまして、ただいまの法律案に対する附帯決議案について御説明申し上げます。 まず、案文を朗読いたします。 国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府及び関係者は、次の事項について特段の配慮を行うこと。 一 教養部改組等を含め、大学改革を進めるに当たっては、各大学が個性を発揮し、幅広い教養と深い専門知識という大学の理念に沿った教育の充実及びその円滑な実施が図られるよう十分に配慮すること。 二 国立大学の施設・設備の老朽・狭隘化、陳腐化の解消及び教育研究経費の充実など教育研究条件の改善に一層の努力を行うこと。 三 大学院博士課程の学生を若手研究者として処遇する道を拡充し、大学生・大学院生の奨学金の一層の充実に努めること。 四 大学入学者選抜のあり方については、初等中等教育への影響や受験生の立場に配慮しつつ、一層の改善のために最大限の努力をすること。 以上でございます。 その趣旨につきましては、本案の質疑応答を通じて明らかであると存じますので、案文の朗読をもって趣旨説明にかえさせていただきます。 何とぞ御賛同くださいますようお願い申し上げます。
○松田委員長代理 これにて趣旨の説明は終わりました。 採決いたします。 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○松田委員長代理 起立総員。よって、本動議のごとく附帯決議を付することに決しました。 この際、本附帯決議に対し、文部大臣から発言を求められておりますので、これを許します。森山文部大臣。
○森山国務大臣 ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと考えます。 ―――――――――――――
○松田委員長代理 お諮りいたします。 ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松田委員長代理 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 ――――――――――――― 〔報告書は附録に掲載〕 ―――――――――――――
○松田委員長代理 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十分散会