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日本社会党衆議院
総発言数
1,816
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1958/10/29

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会100 件・100%

※ 全 1,816 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,816 20 を表示
日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 おいでになったのは、今年の八月でございましたね。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 現地においでになって、何人くらいの人、それからどういう人たちにお会いになってお帰りになりましたか。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 大体関係者全部にお会いいただいているようで、私どもが遠くからいろいろ想像したり調査したりする内容は、大体おわかりになっているように感じます。この中で富士茂子が真犯人に決定します一番重要な証人となったのは阿部守良、西野清で、この二人が一番重要な証言をしたように考えますけれども、最近お会いになりましたときに、阿部守良はどういうような態度で、どういうことを陳述いたしましたでしょうか。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 私、お願いするときには、この斎藤という方と、もう一人の係長もお願いしてあったのですけれども、それは通じていなかったでしょうか。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 それでは斎藤さんをお呼びいただくうちに、藤原さんから伺っておくということはどうでしょう。大体お立ち会いになって、お二人で行動なすったのでしょうから。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 お二人は御一緒に御行動なさったのでしょうか、別々でございますか、それをちょっと伺っておきたいと思います。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 今局長にお尋ねいたしましたのは、この富士茂子が真犯人という判決を下される一番重要なきめ手になったと伝えられている阿部守良という元店員、これはその当時は十六才だと思います。その人にお会いになったと今御報告がありました。それで阿部守良が最近に至りまして、大きな告白状を上申して、前言を翻しておるということが伝わっておりますけれども、お会いになったときに、そこらに触れたような陳述があったかどうか、ちょっとそれを伺わせていただきたい。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 内容をもう少し——私はわかっていても、この問題がその内容に触れないと進展しないのでございます。あなたの御存じの範囲あるいはお聞きになった範囲を伺わせていただきます。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 そうすると、その事件が起った朝、飛び起きて行ってみたところが、三枝亀三郎と妻の茂子が格闘をしていたという、この申し立てはうそであったということになったわけですね。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 もちろん調査の上のことだけで、あなた方が御発言できる限度というものはこちらにもわかっております。この阿部守良の兄で阿部幸市というのが、事件後やはり阿部守良の言った線で証言しております。事件直後、弟からこういうことを聞いたというので、妻の犯罪だということ——これはお会いになっていないのですね。だけれども、このことについてこの兄の方もあれはうそだった、弟がかわいそうで、出したかったのでそういうことを言ったのだということを言ってお…

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 この阿部守良が高松高裁で判決になるちょっと前に非常に膨大な上申書を書いて、偶然でなく、書かされたのでなく、自分が書きためておいたものを渡辺倍夫さんかどなたかに提出したはずでございます。それはいつごろ人権擁護局に届けられて、その内容は一体どういうものだったか、これはごく簡単でけっこうでございます。この問題に関しまして、結局問題は、これが裁判の重要な証言になったということですから、富士茂子が殺したらしいということ、それから、その…

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 大体伝わっている通りの内容でございますから、そのことはけっこうであります。そのときは、この阿部守良と同じ部屋に当時寝ていて事件の直後に呼び立てられて、現場に行っていろいろな役を果したという西野清が行方不明か何かでいなかったはずでございますけれども、いかがでございますか。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 この西野が奈良かどこかにおったらしくて、最近帰りまして阿部守良が真実を告白したということを聞いて、それから何とも良心にとがめられて落ちつきを失ってしまって、何としても苦しくてしょうがないというので、この方も前の証言を翻して、実はあれは地検で検事に強制されて言わされたことで、決して真実ではない。四十三日入れられていたので、まだ十七才かそこらの少年ですから、世間のこともわからず、どういうわけでこういうように責め立てられるかもわか…

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 どうも委員長に批評されるとこちらがわからなくなりますけれども、西野は当時いなかった。それで西野の恩師であった喜田という人にお会いになりましたね。その喜田という人の西野の状態に対する御批評、たとえばその当時の言動や何か御存じのようで、これは新聞紙やいろいろなものに出ていますけれども、その喜田さんの御批評はどういうことだったでしょうか。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 一番大事な二人の状態についてはわかりましたけれど、四人の子供たちはお会いになったはずでございます。その人たちの母親に対する批評といいますか、感想といいますか、そういうものは、ひっくるめてどういう状態でありましたか。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 じゃ、その三枝佳子はどういうことを言っていたのか、ちょっと聞かしていただきたい。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 検察庁ではっきりしたことを言ってくれなかったというのは、何かわけのわからぬようですけれど、取り上げてくれなかったということとは違うのですか、それは。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 そのほかに、酒井勝夫というのにお会いになっておりますね。この酒井勝夫が、お会いになってどういうことを言っていたか。それからこの人間から受ける印象として、真実を言っているかあるいはでたらめを言っているというふうな感じを受けたか、大へんむずかしい心理的なことですけれど、大がい人間でしたら、会ってみたらわかるはずだと思うのです。これはごく軽いお気持で信頼することのできる人間かあるいはでたらめな人間か、どっちの印象であったか、ちょっ…

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 じゃ、その報告の内容、たとえばその当時の目撃者が二人あります。逃げ出すのを見たものが二人あります。一人は中央市場の会計課の辻一夫という人とそれからかまぼこ行商人の酒井勝夫、この二人の目撃者に関する報告が来ているということですが、どういう報告が来ておりますか。その内容をちょっと伺いたいと思います。

日本社会党1958/10/29

30衆議院 法務委員会 第9号

○神近委員 伝わるところによると、この二人のそこを偶然通りかかった目撃者、それから娘の、その当時は十才でしたけれど、寝ているところを引き起されて逃げさせられた佳子、その三人のなにが不思議に符合しているのです。それから富士茂子がここから逃げたというところと、外にいた二人が見たという出口と、符合をするように、同じところから出ているということで、この問題が扱われる状態が非常におかしいというふうに私どもは感じているのです。警察官にお会いになった…