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自由民主党北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官衆議院参議院
総発言数
3,479 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官
直近の発言日
1965/03/04

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 沖縄及び北方問題に関する特別委員会60 件・60%
  • 予算委員会23 件・23%
  • 決算委員会9 件・9%
  • 建設委員会3 件・3%
  • 予算委員会第一分科会3 件・3%
  • 内閣委員会1 件・1%

※ 全 3,479 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,479 件中 20 件を表示
自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 私たちも当時の新聞で伊丹さんが東芝の照明灯の寄進について、これが実現するようにたいへんな御努力を払われたことをよく承知をいたしております。ただそのときにその話はできなかったと私は記憶するのですが、球場専門委員会——六大学側の非常な反対があって実現しなかったというふうに当時の新聞で私は記憶をいたしておりますが、そういうことですか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 東芝は神宮球場へその照明灯を寄進されますのに、何か照明灯の広告でも東芝はお考えになっていたのですか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 伊丹さんはそれが実現しなかったことをたいへん残念にお思いになったけれども、六大学側が反対してその話がつぶれたことを、六大学側としては喜んでおられたわけですね。 その後相撲場を第二球場につくり直されて、これはたしか三十六年四月ごろに完成をされたと思うのですが、その第二球場の設立の目的というものは、第二球場を高校野球、東都リーグ第二部、社会人野球、こういうところに使用させよう、そういう目的であの相撲場というものを第二球場につくり…

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 そうやって三十六年の四月に第二球場が完成したのですが、同じ年の十一月に今度は総工費二億三千万円で第一球場の改装と第一球場の照明灯の設置を神宮側が発表されて、伊達さんなり伊丹さんの思うように運営委員会は了解されたそうでございますが、専門委員会も直ちに第一球場の照明灯の設置には賛成をなさったのですか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 野球に非常にお詳しい方で構成をされておられるその専門委員会というものはいま伊丹さんはナイター事件、他の事件で総辞職されたと言われましたが、ナイター事件というのはそれは何ですか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 第二球場のことを伺っておるのではなくて、第二球場のことはさっき伺ってわかりました。第一球場の照明灯の話をいま伺っておりますが、それじゃ、第一球場の照明灯の設備というものは実際上は専門委員が皆さんおやめになっておいでにならなかったので専門委員会にはおはかりにならなかったという御答弁がございました。専門委員会のその辞任された委員の方々の交代要員といいますか、そういったものを協会側が欠員補充を神宮側に申請なさったのだが、それを受け…

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 東芝のナイター施設をやることに反対をされて、専門委員会の皆さんは辞任をなさった。それで専門委員会というものは現実の問題として存在しなかったわけですね。ですから、専門委員会がどうしてなかったかというと、東芝の照明灯をそこへ寄進するナイター設備には大学側としては反対だという方が専門委員会の中にはたくさんおられて、その方々がおやめになったから専門委員会というものはなかった、そういうことでしょう。ですから同じような学生側の委員の方を…

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 そこまで学生側に反対意見が強かったことは御承知の上で照明灯の設置に着手をされて、三十七年六月九日にこの工事が完成したわけですね。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 いま伊丹さんからお答えをいただきましたように、第一球場のナイター設備はそこまで強い——二度目の懇談のときには話が紛糾してわれわれは退場したと伊丹さんがおっしゃった、そこまで学生側が反対されたにもかかわらず、これは明治神宮側でナイター設備をやるべきだ、照明設備をしたほうがいいんだ、いわば明治神宮側の責任で着工されて完成をされたものだ、こう私はいま伊丹さんの御答弁を伺いながら判断したわけです。 そこで私は、明治神宮球場へのプロ野…

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 源川さんのことについては私は了承します。これはそんなにプロ野球とどうこうなんという気持ちで源川さんを迎えられたのじゃないと思う。それは伊丹さんの御答弁のとおりだと思う。そのとおりお聞きします。ただ、私が申し上げたのは、プロ球団の人間と明治神宮というものが初めてそのときに接触されたということを申し上げたのです。何もその裏にどういうことが隠されているなんということは、私は伊丹さんにお尋ねもしていなければ何も申し上げていない。です…

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 責任とおっしゃられるとたいへん困るのです。私はそんなことについて触れるつもりはなかったのですが、部長さんには責任があって代理の方には責任がないとおっしゃっても、世間の受け方はそうは受け取りません。これは明治神宮の外苑部の責任でありますから、部長さんにもまた部長代理さんにも責任があった。これは世間だれでもそう解釈すると思います。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 この年に、たしか昭和三十七年、東映は三十四試合明治神宮で試合をやったと思いますが、間違いございませんか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 いやけっこうです。この東映が三十四試合やることにつきまして、東映の神宮進出という問題で、初めて神宮へのプロ野球の問題がそのとき起こったわけですね。そのときには、運営委員会もまた専門委員会も、これを皆さんで賛成をなさったわけでございますか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 伊丹さん、このときに神宮は東映に三千万円で五年間の契約をなさったというふうに私たちは聞かされているのですが、その三千万円の球場使用料で五年間の契約というものは、運営委員会あるいは専門委員会に事前におはかりになって、それぞれの委員会の賛成を得られたその上で、三千万円の五年間という契約をなさったのでございますか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 きょう御出席をいただいております中に、専門委員の方もたくさんおられるのですが、片桐さんも島岡さんも当時やはり専門委員をしておられたと思うのですが、片桐さん、何か伊丹さんのいまの——私にお答えいただきましたことを疑うわけじゃなくて、念を入れたいと思いますから、専門委員の方からも、その三千万円で五年間の契約というものを前もってお話があって、専門委員会のほうでも御承認になったのか、その後に契約が行なわれたのか、片桐さんからひとつ……

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 学生側から専門委員になった方は、どなたもその当時にはおられなかったわけげすね。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 わかりました。 それじゃ伊丹さんに次にお伺いいたしますが、三十八年の五月に、神宮側は第二球場を国鉄のフランチャイズの球場に改築するということを発表になったと記憶しますが、間違いございませんか

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 期日はけっこうでございます。 その国鉄のフランチャイズにしようという神宮の御計画——もちろん国鉄のほうの計画でもありましたでしょうが、その第二球場を三万五千人収容できる球場としての計画は、神宮側で御計画なさった計画でございますか。

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 しかし、それが三万五千は無理であって、二万七、八千ぐらいじゃないかといういまの伊丹さんのお話でございましたが、いずれにいたしましても、プロ球団が使える球場は、やはりある程度の観衆の収容能力がなければ、プロ野球は使えない。やはりプロ野球が使えるだけの収容能力を持った、三万五千人なり、それが二万五千人なり二万六千人なり、何人でありましても、プロ野球球団が使用できるだけの観衆の収容能力を持った球場という計画であったわけですね。その…

自由民主党1965/03/04

第48回 衆議院 体育振興に関する特別委員会 第7号

○砂田委員 その計画の責任者というのはどなたでございますか。