P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ ☆
改進党衆議院
総発言数
2,996 件
直近の所属会派
改進党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/13

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 議院運営委員会52 件・52%
  • 労働委員会35 件・35%
  • 労働委員会人事委員会運輸委員会連合審査会9 件・9%
  • 懲罰委員会3 件・3%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,996 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,996 件中 20 件を表示
国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 私がこういうことを言いますのは、何も食い違いがどうという意味ではありませんけれども、小島氏のおつしやるところのはがきの内容と差出人とが、今あなたのおつしやいました掲示場のものど同一であるということだけは、常識的に考えてもよくわかる思うのであります。(「そんなことはない」と呼ぶ者あり)これは証言によつて私は聞いておるのでありますから、決してどうこうというのではありませんが……、(「名前もあるのだ」と呼ぶ者あり)多分それで…

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 そうすると、名前もそれと同じようなものが来ておつたということですか。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 わかりました。そういたしますと、そこに掲示してあつたはがきというものは、捕虜用の往復はがきを日本に出して、その返事が行つたものでも、掲示場に出されるものはほとんど共産党関係の返事のみが掲示されると見てさしつかえありませんな。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 ほかの意味の手紙に、たとえばまあどうにかこうにか日本では生活が苦しいながらも生きている、早く帰つて来てくれても大丈夫だというような意味のはがきは張つてありませんでしたか。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 そうだとすれば、まことに、公平にそれぞれはがきは出してあつたわけですね、私たちが考えれば……。(「そんなことを質問することはないと呼ぶ者あり)いやにうるさいな、何言つてんだ、よけいなことを言うな。(「毎言つてやがんだい、大きな顔をするな、売名。」)と呼ぶ者あり)実際困つたものだ。(「お前が困つたものだ。何だそのかつこうは。」と呼ぶ者あり)

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 かかわり合わないでいられないじやないか。それからちよつとお尋ねします。まあ証人もよくこの事情を見ておいてください。私が先ほどからあなたに聞いているのは、むりを聞いたり、あなたの人格を無視するようなことは一つも言つていないつもりであります。ほんとうに一つの事実を聞こう聞こうとしているわけです。聞こうとすると、こういうふうに私はやられるのです。遺憾なことであります。(「それは共産党が妨害するからだ。」「共産党に味方したらい…

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 何という言葉ですか。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 それで先ほどの証言の中に、菅という人は名前は聞いているが、一度も会つたこともない。全然見たこともない。こうおつしやるのでありますが、昨年の九月十五日に、政治部の上級中尉がロシア語で話したものを通訳したのが菅証人である、こういうことになつておるのでありますが、そのときにおいても菅氏を御存じありませんでしたか。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 あなたがお待ちになつていたのは、その入口でお待ちになつていたわけですね。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 距離は相当離れているのですか。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 ソ連の政治将校とか通訳とかが出入りする通路というものは、あなたたちの目から見えないところから出入りするのですか。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 ただ場所的に見える所かどうだろうかということです。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 それではそのときに——また怒られるかもしれませんが、菅という通訳が行つていても、あなたはその人を知らないから、菅だかだれだかわからない。こういうことになるわけですね。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 先ほどもう一つ私が証言をお聞しておりましてちよつと考えましたことですが、思想的に真の共産主義者になつたから早て帰国を許されたというよりか、あなたの考えでは、最もよく働いたために早く帰されたという方が多いと思うということをおつしやいましたが、これは間違いございませんか。そういう考えですか、今でも……

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 それからいまひとつ、あなたたちカラカンダにいらつしやいました一団は、いわゆる団体的に動いていらつしやいます。七百人か九百人かと記憶しておりますが、その方方は反動とか何とか目されている人々だというようなことも聞いていたんですが、全部が全部そうではないのですか。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 そういたしますと、その中にはこのソ連将校の言つたことを。日本人の菅氏がこれを通訳した。この通訳を聞いて反動と目されない人もあり、反動と目されている人もある。こういうのであれば、この日本語に通訳された言葉自体をそれぞれ自分に関連して解釈して、外でこれを皆さんにお話する。たとえばあなたのただいま御証言になりましたように、これはどうだかわからぬ。徳田書記長があんなに言つて来たとかなんとかいうことは、ソ連の手だからなあと言う人…

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 あなたがお聞きになつたその相手方は、御存じの方ですか。もちろん御存じだろうと思うのですが……

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 しかしこの問題のためにたいへんその当時激昂なさつたんじやないですか。そのカラカンダの收容所で……

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 その收容所の空気が、要するに方々でこういうことを言つて来ているぞというので、内々そういう気分が燃え上つていたかどうかということです。

国民協同党1950/04/13

第7回 衆議院 考査特別委員会 第25号

○石田(一)委員 その中にも、それはソ連の手だということを言つている者もあつたということは、お聞きになつたのですか。そういうことを言つている人もあつたのを……