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日本赤十字社副社長衆議院参議院
総発言数
1,706 件
直近の所属会派
—
直近の役職
日本赤十字社副社長
直近の発言日
1955/07/28

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会46 件・46%
  • 法務委員会31 件・31%
  • 決算委員会15 件・15%
  • 予算委員会8 件・8%

※ 全 1,706 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,706 件中 20 件を表示
厚生省引揚援護局長1955/07/28

第22回 参議院 社会労働委員会 第34号

○政府委員(田邊繁雄君) 修正案々事務的な立場から立案いたしましたのが衆議院の法制局でございますので、衆議院の法制局の係官から答弁申し上げるのが適当かと思います。

厚生省引揚援護局長1955/07/28

第22回 参議院 社会労働委員会 第34号

○政府委員(田邊繁雄君) 私は、実は二十九条によりまして「重大な過失によって公務上負傷し、又は疾病にかかり、これにより死亡した者の遺族」には支給しないという規定があるにかかわらず、さらに重ねて今度改正案におきまして「重大な過失」を書いたについては、それ相応の理由がなければならぬと事務的に申せば考えざるを得ないわけであります。援護法及び恩給法におきましては、故意の場合におきましては何ら明文はないのでございます。これは条理上、故意によって負…

厚生省引揚援護局長1955/07/28

第22回 参議院 社会労働委員会 第34号

○政府委員(田邊繁雄君) 私が申し上げましたのは、故意または重大なる過失というのは、普通の解釈では、罹傷、罹病の直接の原因が故意または重大なる過失に原因する場合だけでなしに、故意または重大なる過失が間接の原因となって、この場合におきましても、今度の衆議院の修正案は、それを包含するのだ、こういう趣旨ではないかと、了解しておる、こういう解釈を申し上げたのであります。

厚生省引揚援護局長1955/07/28

第22回 参議院 社会労働委員会 第34号

○政府委員(田邊繁雄君) 二十九条がダブってるではないかという御懸念はごもっともあります。ただし二十九条はこれは援護法全般に働く規定でございますので、今回の改正規定と関係のない場合、すなわち内地における死傷、罹病の場合にはむろんこの規定が十分働く余地があるわけであります。 それから書く以上は何か特別の意味がなければならないという点は、私どももそう考えたのでございます。従って先ほどから申し上げます通り、重要なる軍紀違反をやり、その結果軍法…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 お答え申し上げます。いわゆる沖繩学徒隊の中の戦没者の処遇につきましては、政府といたしましても、従来から、これを重視いたして、実は慎重に研究を進めてきておる次第でございます。ただ、何分にも戦闘が非常に苛烈でありまして、生存者が少かった、またその上に、平和条約締結までの間、占領下のわれわれといたしまして、現地まで調査の手を伸ばすことができなかったために、昭和二十九年の四月までに提出されるものと予定しておりました復員届出も、今…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 馬事淵務官は、御指摘の通り、引揚援護局から現地の駐在官として派遣されている人でございます。現在も駐在して復員業務等の促進に当っているのでございます。当人のやっております調査の結果どういう資料が集まったか、まだ報告を聞いておりませんけれども、考え方といたしまして、当時の軍としてはそういう手続はしておらなかった、従って軍人ではなかったという場合に、今日それを振り返って軍人という身分を与えるのが至当であるという結論になりました…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 満州義勇隊が、終戦直前にどこに配置されておって、それが何名でありまして、どういう運命をたどっておったかということを一々詳しく申し上げますと長くなりますので、それは省略いたします。 大別いたしますと、義勇隊というのは、開拓団と違いまして、開拓訓練本部という一種の国家機関に直属しておったものでございます。その訓練所が、中央的なものと地方的なものとありまして、各地にあったわけでありますが、これは、内地から送り出すときには、各農…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 その点は、どこの地点でどういう状態にあったかということはまだ承知いたしておりませんので、沖繩の問題と合せて検討を要する問題であると考えております。今度の戦争の特殊性からいたしますと、玉砕地というのは南方にたくさんできたわけでございます。その際に、軍人であろうと軍人でなかろうと、すべて戦ったという事例はたくさんあるわけであります。その際に軍人でなかった人も今日から振り返ってみると、全部軍人の待遇を与えるべきであるという論も…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 もちろん調査の結果軍人として処遇することが妥当であるという結論に到達すれば、公務扶助料ということになることは当然だと思います。問題はその結論に到達する前の調査研究が非常に必要であるということを申し上げておるのでありまして、今その点についての結論を申し上げるわけに行かない段階だと思います。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 国民義勇兵というのは、当時沖繩には施行されておりませんから、それを適用するわけに参らぬと思います。ただ、私は、当時の軍の身分上の決定というものについては、やはりこれも尊重しなければならぬということを申し上げたわけでございます。またそれだけにこだわるわけにも行かない面もあると思います。けれども、軍人でなかった者を軍人とするというためには、やはりそれ相応の理由がなければならぬと思いますので、慎重を期して参りたい、こう思ってお…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 沖繩の現地で、現地軍の防衛召集で戦死した人の数は、資料がございませんので正確にわかりませんが、見込み数では約一万五千くらいあったのじゃなかろうか、こういう見当で調査を進めております。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 ただいま申し上げましたのは、内地の部隊にちゃんと名簿のある方は別といたしまして、現地で召集を受けて現地で戦死されたと見込まれる数全部でございます。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 資料を持ち合せておりませんので、調べてお答えいたしたいと思います。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 先ほど山下先生に詳しく御答弁申し上げたのでございますが、それに関連して、満州の開拓義勇隊の中にも同様の事情の者があるではないかという御質問がありましたので、そちらの方に議論が飛んでおったものでございまして、もともとは今御指摘の沖繩の動員学徒の戦死者の身分上の処遇についてどうするかということでお答えをしておったのが、たまたま話が沖繩以外のことに及んだわけでありますので、先ほど山下先生に詳しく御答弁した通りでございます。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 靖国神社は現在宗教法人としての取扱いを受けておりますので、私からただいまの御質問に対してお答えして、適切なお答えができるかどうかちょっと疑問がありますが、ただ私の気持を申し上げます。これは逢澤先生が今お尋ねになったことに対するお答えになるかどうかわかりませんが、私の気持を申し上げてお答えにかえたいと思います。 御指摘の通り、政教分離の現在の憲法の建前におきましては、国が靖国神社に対し、直接または間接にせよ、援助をするとい…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 お答えにならないと思いますが、さような問題はむしろ先生方の方でおきめになるべきものであろうかと思います。

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 中山先生も御存じの通り、無名戦士の墓につきましては、閣議の了解事項になっておりまして、政府の責任において国がこういった納骨地を決定することになっておるはずでございます。まだ最後的な決定にまで至っておりませんので、今日まで遅延いたしておるのでありますが、これは大体、海外から収集してきた遺骨で引取手のないものを、政府がそこに納めるという施設であるように考えておるのであります。これは名前が無名戦没者ということにいたしております…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 一番基礎になりますのは、何と申しましても敷地でございます。敷地の決定につきましては、閣議の決定では都内のいい場所ということになっておりまして、二、三候補地をきめまして関係の方々に折衝いたしたのでございますが、ただ、こういうものは国民の各層をあげてその土地に賛成するということでなければ、どうも最初からけちがつくということでは気持が悪い問題でございますので、私どもは、あらゆる層が一致してその場所なら大賛成だということにしたい…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 敷地の問題は、ただいま遺族の意思を聞くべきだということでありますが、敷地の問題をきめるについていろいろ検討しておりますのは、遺族の考えを聞いているのと、これは同じことだと思います。ただ、逢澤先生のお気持にあるいは沿わないかもしれませんが、純粋に考えますれば、こういう靖国神社にしても、戦没者の墓にいたしましても、遺族の専有物だという考え方はいかがなものかと思うのであります。もちろん遺族の御意思は十分尊重しなければなりません…

厚生事務官(引揚援護局長)1955/07/15

第22回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第12号

○田邊政府委員 これは予算には計上してございませんが、計画が立ちましたときには予備金でまかなうように、財務当局と了解がついております。