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日本赤十字社副社長衆議院参議院
総発言数
1,706 件
直近の所属会派
—
直近の役職
日本赤十字社副社長
直近の発言日
1956/05/21

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会46 件・46%
  • 法務委員会31 件・31%
  • 決算委員会15 件・15%
  • 予算委員会8 件・8%

※ 全 1,706 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,706 件中 20 件を表示
厚生事務官(引揚援護局長)1956/05/21

第24回 衆議院 内閣委員会 第50号

○田邉政府委員 ただいま受田委員より靖国神社に対して厚生省が何かいろいろと積極的に関与しているようなお話がございましたが、おそらく戦死者の合祀を促進する意味におきまして、厚生省がいろいろと資料を収集していることをさしておられるのではないかと思いますが、政府はどこから照会がありましても、戦死者がだれだれで遺族がどこにおられるかということを聞かれれば、お教えするのは当然でありまして、靖国神社におきましては、そのことをわれわれに知らしてほしい…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 日ソ交渉における引き揚げ問題の経過について話せということでございますが、交渉それ自体についていろいろと申し上げることは、私、随員でもございますので、いかがかと思う点があるのでございますが、問題は、重点的にしぼれば二つになるわけでございまして、一つは抑留者の釈放、送還の問題、もう一つは、数から申しますればそれよりは非常に大きな、向うから渡された名簿に載ってないが、終戦後ソ連に生存しておったという資料のある名簿外未帰還者の調…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 調査を依頼した対象となっておる未帰還者は、現在ハバロフスクにおいて、ああいう状態に苦しんでおられる方とは別の方でございます。ハバロフスクにおられる方は、昨年マリクから渡された名簿に載っておる人が大部分でございます。私の方で調査を依頼しましたのは、先方がそういうふうにして現在生存しておることを確認しておる人でない方々について、現在の状態がどうなっておるかということを、すみやかに調査してもらうようにという要望をいたしたわけで…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 調査に関する限りに、政府の方で方針をきめて、末端に流すのは私は手間はかかると思いますが、手間がかかるというのは、技術的な点から手間がかかると思いますが、趣旨は十分徹底し得ると思うのであります。 ハバロフスクの事件でございますが、これはいろいろ伺いますと、現地の情勢が中央に伝わっておらぬということを伺っておるのであります。この問題につきましては、昨年帰還者を迎えた舞鶴における状態を私よく知っておりますので、この事件は、報告…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 このハバロフスク事件の情報が私どもの耳に達しましたのは、時間的に申しますれば、実は非常におそかったわけであります。しかし、詳細な資料はございませんでしたが、私一般的な状態は知っておりましたので、知っておる限りの程度のこと、及び先ほど申し上げましたように、あまり具体的に相手方を非難することは、従来の実績から見ても必ずしも効果的でないということから考えて、その点にわたらない程度において強く要望しておきました。松本全権ももちろ…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 未帰還者の数につきましては、御承知の通り、過去においていろいろと論争があった問題であります。一時は三十七万というような数が中心となって議論が繰り返されたこともあったのであります。私の方としては、帰還者の証言と現地からの通信と、この二つを基本といたしまして、終戦後ソ連に一度でもおったという人につきまして、全部氏名とその所在とを調査いたしたのであります。同一人について何回も行なったものもあります。また終戦後、二十一年なら二十…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 一人々々分析した詳しい系統的なことは知りません。何分にも人の足らないという点がある。帰れるということをなかなか教えないということは聞いております。当然官の方から、あなたは帰れるのだと教えてもよさそうなのに、それを教えない。その結果帰れるということを知らない人がおるというようなことは聞いております。現に私は、ある偶然の機会にそういうことを知って帰ってこられた人の例も知っておるわけであります。そういった具体的な例はみな話した…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 私が向うに行って話しましたのは、向うの随員の方でございますけれども、ハバロフスクでこういった紛争事件が起っておることは、向うは知っておらなかったようであります。

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 実は、請願運動に関する詳細な報告はずいぶんあとになってから私どもに届いたのであります。私がしょっちゅう向うに行って、ものをいうことは、日ソ交渉の場合にはなかなかむずかしゅうございました。向うと詳細に打ち合せて参るのでございますが、私が参りましたのは十九日でございました。そのときには、詳細なる資料は私のところに届いておりませんでした。しかし、私昨年以来事件のあの発端があったことを知っておりますので、その後体力が非常に低下し…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 御質問の点は、国内における調査のやり方についての御質問ではないかと思うのでありますが、従来、過去に帰ってきた帰還者から、同じ時期にその同じ収容所におったと思われるような未帰還者を対象といたしまして、それについていい資料を持っておると思われる人を呼びまして、合同的に、一晩なり二晩なり泊っていただきまして、過去の記憶を呼び起してもらいながら、いろいろと調査を進めているわけであります。詳細に、病院なら病院の中にこういうふうにベ…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 今ちょっと資料を持ってきておりませんが、北鮮地区と満州地区に多いわけであります。しかも終戦前後が一番状況不明者が多いわけであります。ソ連の場合は、連れていったのでございまして、収容所に着けばカードを作るとかいう仕組みになっておりましたので、向う側としても、調査が容易であるわけでありますが、満州地区における調査につきましては、ソ連地区の場合と違って、その点は非常に困難ではないかと思っております。この点につきましては、赤十字…

厚生事務官(引揚援護局長)1956/04/02

第24回 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第11号

○田邊政府委員 私に対する今後の見通しの御質問でございますが、私この問題は、もっと高いレベルの問題でございまして、私個人の意見を申し上げることは差し控えたいと思います。

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) 御指名によりまして、簡単に御報告申し上げさしていただきます。 一月二十八日にロンドンに到着いたしまして以来、松本全権の随員といたしまして引き揚げ問題に関するいろいろの補佐をいたしましてやって参りました。引き揚げ問題を含めての交渉の全体に関する問題につきましては、いずれ全権がお帰りになりましてから詳しく御報告する機会もあるかと思いますが、私全権の御指示によりましていたしました範囲のことをお話し申し上げたいと思います…

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) 先方では日本側から提出した資料をもとにして、向うの持っている資料と照合の上で返事をしてもらいたいということを要望したわけでございます。先方では、日本側の方から提出いたしましたカード名簿、それに基いての調査は今時間がかかるということを申しておりました。

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) その数字は、どのくらいの資料がありますか、それはわからないわけでございます。

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) それが完備しておりますれば直ちにすぐ返事できるのでございましょうが、それがどの程度まで整理されているかわからないわけでございます。私の方で持っている資料では、少くとも入ソし、生きておったという資料があるわけでございまして、全部について向うで資料を作っているかどうか、それは百パーセントわからないわけでございます。これは今後――従って資料がない場合にはやむを得ないことでございまするので、資料がないということを返事して…

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) 現在何人生存しておるかという現実は私の方では一一調査したわけでございませんので、正確にこれを把握することは困難でございます。従って大体の推定になるわけでございます。いわゆる戦犯者と称せられるのが一千六十八名でございましたか、そのほかに約六千名前後と推定いたしております。しかし、中共地域における未帰還者全部と申しまするというと、この四万三千七百七十一名、これが昨年十月一日現在の資料でございます。

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) これは先ほど私の言葉が足りなかったと思いますが、これは終戦後昨年の十月一日現在までの間に、一定の時迄においてソ連において生存しておったという資料があるのであります。従って昭和二十年のいつかに生きておったというだけで、今日まで何ら資料もないものも、また古い時期に生存しておって今日もそのままであるという資料も含まれております。同時に、最近に生存しておったという資料からなるものも入っております。昭和二十五年以降健在であ…

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) これも私の説明が足りなかったために、誤解されておる点があるように思われますので一言つけ加えさしていただきますが、マリク名簿と申しますのは、昨年の九月五日でございますが、向うから今日抑留されておる日本人の数はこれこれで、それはでれだれだという名簿を出してきたわけでございます。それがいわゆるマリク名簿でございまして、その名簿に載っていないが、先ほど申し上げましたように、かつてソ連に生存しておった、昭和二十年の終戦のと…

厚生省引揚援護局長1956/03/29

第24回 参議院 社会労働委員会 第19号

○説明員(田辺繁雄君) ただいまお話の通り、私その点は実はいつごろまでという時間的な制限は十分つけたかったわけでございますが、これは日ソ交渉というものの現在の段階におけるいろいろの関係上、今来ている随員の向うの方では、そこまでの回答をいただくことは困難であるように思いました。ことに急いで変な回答をよこされるよりは、みっちりした十分な調査をしていただくということが大事でございますので、むしろ十分向うの資料を整理せられて、検討せられて、みっ…