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自由党衆議院
総発言数
2,293 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1954/03/11

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 水産委員会38 件・38%
  • 予算委員会22 件・22%
  • 議院運営委員会18 件・18%
  • 決算委員会11 件・11%
  • 懲罰委員会10 件・10%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,293 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,293 件中 20 件を表示
自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 明舟会館の平野さんの事務所の三階で「革新」という雑誌を出しているのをあなたは見たことがありますか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 先ほどのお話で、元帳も出納帳も焼いたと各委員の質問に対してお答がありましたが、出納帳で、大体顧問にどのくらい出たとか、あるいは、当時非常に立法の運動をしておつたから、出入りする政治家にどのくらい出ておつたかというのがわかつては悪いから、これを伊藤君が焼けと命令したのだと思うが、およそあなたの記憶では、どの政党に幾らということはわかりませんか。政治家にどのくらい出たということ、数字あるいは人を知つておつたらお答えください。あな…

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 この新夕刊へ六千二十五万円が出ておるのですが、そこで、新夕刊の社長に伊藤君がなられたということをあなたは御存じですかどうですか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 新夕刊の社長になつたときに、当時の大株主であるという三浦義一君、児玉誉士夫君、それから高源君に五百万円ずつ金一封として千五百万包んだと聞いておりますが、これはどうですか。御存じありませんか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 新夕刊から当委員会の事務局が資料を求めた中にこう出て来ておるのです。一千五百万円は、伊藤理事長が同社の大株主となつたのを機会に、元の新夕刊の所有者であつた三浦義一、高源重吉、児玉誉士夫の三君へあいさつとして金一封を贈呈したものであるらしい、千五百万円合わぬ金はそれじやないでしようかと新夕刊の方から当委員会に報告して来ているのです。もらつた方でそう言つておるのですから、その千五百万円はそれじやないかと思うが、あなたは監査課長と…

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 あなたが入社されたのは昭和二十六年の一月二十三日と伺いましたが、二十六年にあなたが入つたその年の春ごろ、京都の仏教保全経済会ができたときに、こういう「利殖のしるべ」というものをつくつた。これにはつきり大谷瑩潤さんなども出て来ておるわけでありますが、これは御存じですか。このパンフレットはどこで刷つたかということは御存じないですか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 このパンフレットをここにごらんに入れますが、これをごらんになつて、どのくらいの部数を刷られたか、おつしやつてください。 〔書類を証人に示す〕

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 いつごろあなたはそれを見られましたか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 大谷瑩潤さんと結ぶ動機は、先ほどあなたに聞いた、いわゆる三重県の山林の二千五百万円を、井上俊吾君あて松阪に送つて、それを水谷紫石がとつて、水谷紫石から大谷瑩潤さんに行つたのだと思いますが、これは井上君も当時それは政治献金だということを言つておるのです。ところが、この間瑩潤さんは、そういうことは知らぬということを言つたので、あるいはこれは中に入つたブローカーが着服したのかもしれないけれども、この二千五百万円というものは明らかに…

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 私は、先ほどお目にかけたパンフレットが今わかつた。「利殖のしるべ」というものは二十八年八月七日に六十三万円の印刷代を払つておるということがわかつたのですが、二十八年の八月といえば、もうすでに休業一歩前であります。カンフル注射をしなければならないときです。そのときに、そういう非常にもうかるのだというような誇大な広告をやつて、六十三万円も使つておられるのですから、これは詐欺の手段としかわれわれには思えないのであります。これはちよ…

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 おとといの松本証人は、最後までやつて行けると思つた、こう言つておられる。あなたが理事長に案を持つて行つても、水増しをかつてにやられるし、牧原理事あるいは証券部長から文句を言われるし、あなたとしてみればどうでした。——最後までやつて行けると思われたか、思われませんでしたか。ここがあなたと松本君と人格の違うところで、今までの証言が生きて来るか生きて来ないかはこの点にあるのだから、その点をひとつ率直に……。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 不安であつたということはあなたは認めた。しかしながら、もう少しがんばつてくれということは、あなたが非常に不安であるから、とうていやつて行けないからよすとか、あるいはこれではいかぬからというようなことを、諌言か、あるいは注意を伊藤理事長に申し上げたから、あるいは松本君に言つたので、それでもう少しがんばつてくれというようなことを言つたのですかどうですか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 大体、望月君が非常にいい案を立てられて、こうして行きたいというふうにいろいろ献策したけれども、聞きいれないから、そこで、それではかつてにしろというようなことで理事長とわかれられたらしい。そこで、あなたが望月派であつたというような点から——いろいろ真相をつかむのに非常に有益なる証言をあなたがしてくださつたので、私もこの点についてはあるものをつかんでいるのでありますが、どうでしよう、望月君と伊藤君とが衝突したときに、顧問団の平野…

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 平野君が第二会社案を言うのは、たとえば山梨県の自分の選挙地盤から九千万円ほどの金を自分が口をきいて集めているので、これを先に返すのにはどうしても伊藤を追つぱらつてしまつて、保全経済会を乗つとらなければならぬ、そこで第二会社をつくるということについて児玉誉士夫らと非常に積極的に口をきいたと聞いておりますが、それをあなたは御存じですか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 ありますのですか、ありませんのですか。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 そのかいつまんだ話をここでひとつ御証言願つておきたい。これが一番大事なことです。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 平野君は、この会社を投げ出してしまえと伊藤君に非常に強く要望したらしい。私たちの方では、要するに、第二会社として、平野君が整理に入つて、一応伊藤をたな上げして、山梨県の方の九千万円を先に清算さしてしまおうという手を打つた、そこで平野君を伊藤君は信じなくなつたと聞いておりますが、これはどうですか。そういう結果からそういうふうに伊藤と平野君の間が去つて行つたかどうかを、知つている範囲でおつしやつていただきたい。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 立法化の運動を頼んでも、平野顧問ではできないというような不平を言つていたことはありませんですかどうですか。——伊藤理事長が。

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 平野顧問が三百何十万円という顧問料をとり、芝の明舟会館を使つて、そうしてその下をまたよその金属会社に百万円の権利金をとつて貸して、保全の方へはその家賃を払わないで、又貸しした会社から五万円か七万円の家賃をとつているように聞いている。ことに保全会の自動車も使つている。こういうような意味で、私たちはほとんど保全のまるがかえのように考えております。それが衝突するとか、伊藤君が平野君を信じなくなつたということを、あなたとしてはどうい…

自由党1954/03/11

第19回 衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○田渕委員 結局立法化に協力をしなくて、本質は山梨県の九千万円を返すために伊藤をたな上げしてしまおうというので望月さんと衝突したということを、中村五郎という内輪の証人から私たち聞いておりますが、あなたはそれを御存じありませんか。