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日本共産党衆議院
総発言数
7,375
直近の所属会派
日本共産党
直近の役職
直近の発言日
1979/03/05

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会55 件・55%
  • 決算委員会26 件・26%
  • 予算委員会第一分科会11 件・11%
  • 決算委員会第三分科会8 件・8%

※ 全 7,375 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,375 20 を表示
日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 それでは、そういうことを前提として具体的事実に入りたいと思います。 私たち訪米調査団は二月二十六日にセントルイスに参りました。そこでマクダネル・ダグラス社のリチャード・デービス副社長からブリーフィングを受けました。その中でこう言っております。「日本政府が新型戦闘機の選考を行なっていた期間、マクドネル航空機会社は日本に販売事務所を置きませんでした。日本におけるF−4EJライセンス生産の実施およびその支援のための必要業務への報酬…

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 そこで、二月二十七日に東京新聞がこの報道をいたしましたときに、日商岩井の弁明が載っております。この中で日商岩井はこう言っております。「百八十万ドルは部品の手数料 日商岩井広報室の話 マクダネル・ダグラスのデービス副社長が指摘した通り、F4Eの部品の購入に当たって六九年から七八年まで毎年約二十万ドルを手数料として受け取ってきた。F4Eはライセンス生産になっているが、機体の一〇%近くに当たる部品についてはマクダネル・ダグラス社か…

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 それでは防衛庁に伺いますが、あなた方は日商岩井と三菱重工との間の、いま私が申し述べました「委託買付業務に関する基本協定書」、これを知っておられますね。少なくとも最近は持っておられるのではありませんか。

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 私は、そういうものを知らないとすれば国政上の大変な怠慢であるというように思います。 そこで、委員長に申し上げますが、ここで私どもがアメリカへ参ってまいりました、一九六九年から毎年毎年二十万ドルを超える額が払われているということが十分な意味を持ってくるわけであります。つまり日商岩井はほとんど何もやっていないのに、せいぜいよそから人が来たときにホテルを世話したり通訳をするだけなのに、しかもホテル代や名古屋へ行く新幹線代は全部マク…

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 ちょっと待ってください。それならば、マクダネル側は一九七八年まで払っておると言いますから、それについては時効になっておりませんね。

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 刑事局長はずいぶん慎重な、苦しい答弁であります。なぜなら、それがこの事件の核心であるからです。 さらに申し上げます。これはある週刊誌でございますが、その中で、海部氏が独占会見記といって会見したのがあります。その中でこう言っているのです。「サウジアラビアの淡水化プロジェクトでは、日商岩井は入札で三位だったにもかかわらず、落としたと聞くが。」という質問をしているのです。そうすると「コンサルタントは、なんのためにいるか……というこ…

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 いまの一言は私の質問を認められたことであります。そうして、同じようにこの所得隠しは十六の商社の中で飛び抜けて多いということになっております。なぜ多いのでしょうか。なぜ使途を説明することができないのでしょうか。それは説明することのできないところに渡しているからにほかなりません。これが事件の真相であります。私は断言してはばからないと思います。 防衛庁長官に伺います。ある新聞がグラマンと日商岩井との間の当初の契約書の内容を発表しま…

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 だから当委員会にお出しなさいと言っているのです。 われわれの調査によれば、当初は一〇%だったのです。ところが、この間の集中審議では、日商岩井の植田社長は明白に五%であるということを認めました。私のこの前の集中審議の指摘が正しかったということを認めました。今度、私はグラマン社へ参りました。そしてそのときに、オラム社長に、あなた方は前に私が共産党の代表として会ったときに、日本政府の指令によって部品の手数料は五%にした、アット ザ…

日本共産党・革新共同1979/03/05

87衆議院 予算委員会 第19号

○正森委員 答えになっておりませんが、時間が参りましたので、これでやめさせていただきます。

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 参考人にこれからお聞きいたしますが、その前に一言申し上げておきたいと思います。 私は、二月九日の予算委員会の集中審議で、わが党の調査団が海原さんから事情をお聞きした、こういうつもりで、私が聞いたというように言い誤っておるということを秘書から聞きましたので、この機会にそのことを申し上げて御了承を得たいと思います。 私がお聞きしたいと思いますのは、他の委員もお聞きになりましたが、あなたの著書の中で、当時のF5とF4Eファントム、…

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 これが第一回目のあなたの地位を動かそうとしたという動きでございまして、その後でいろんな怪文書事件が次々に起こったわけですが、さらに、いよいよ国防会議事務局長にあなたが出られるときに、同じくあなたの著書によりますと、「「人事異動は、メモの形で、増田さんに渡された。それには、最高の人のサインがあったので、増田さんも如何ともしがたかったのだ」と、私に教えてくれた人がいる。」、こういうくだりがあるわけですね。それに伴いまして東京新聞…

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 あなたがそうおっしゃっているのに対して、非常に失礼ですけれども、公平を期するために、私たちとしては航空機特別委員会で増田議員に、現在も議員でございます。増田議員に伺いましたら、そういうことはさらさらないんだというように言われておるわけですが、再度あなたの御記憶を確かめていただけませんか。

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 それではもう一点伺いますが、同じくあなたの御著書の中で、「三次防の予定経費のなかで、T38購入のため見積もられていた約二〇〇億円は、ファントムの国産のための不足経費をひねり出す財源とされたからである。」つまり、T38が取得されなかったことについて言っておられるわけです。「T38は、「豆を煮る豆がら」の役をつとめた次第である。この約二〇〇億円の「流用」については、空幕のなかで若干の抵抗があった。教育部門の幕僚はこれに反対したの…

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 それでは結構です。 次に、私はE2Cの問題について伺いたいと思います。 先ほど与党の委員の方からE2Cが必要であるかどうかということに関連して、あなたの私見をお述べになりました。わが党の調査団がアメリカに参りましたときに、私の同僚の内藤参議院議員が国防省に赴きまして、米国防総省の米海軍エア・システム・コマンドのE2Cプロジェクト部長C・J・ムーア海軍大佐と面会いたしました。そこで、E2Cはいかなる用途に使われるのですかという…

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 そのムーア大佐は、自分は第一一四空母機上早期警戒隊のE2B機に乗り、キティーホークに所属してトンキン湾上での作戦に参加した、こういうように言われまして、E2Bはベトナムに対する攻撃機の後方約千フィートぐらいを飛ぶのだ、しかし、敵戦闘機には弱いから、敵陸地から七十五マイルだけ離れることが要求されている、そして攻撃機を誘導して種々の指示を与えるのだ、こういう意味のことを言われているわけであります。 そうだといたしますと、E2Cと…

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 いままでに各委員が、あなたがいろいろ防衛庁在職時代に活動といいますか、奮闘をされたことをお聞きになりましたが、あなたは、防衛庁におられたときだけでなしに、国防会議の事務局長に移られてからも、なおかつ退職するようにというように示唆されたといいますか、そういうことがおありになったのではございませんか。

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 非常に失礼ですが、やはりあなたのお書きになりました著書によりますと、佐藤総理の退陣が確定的になったときに、佐藤総理が引退するときにはあなたをやめさせると言われているがどうかというようなことを言ってきた新聞記者がいる。さらに、佐藤内閣がどうしてもやめる六月三十日、これは昭和四十七年であります。「午前十時二十五分から、佐藤内閣最後の国防会議が開かれ、四次防の策定や文民統制強化のための措置等、田中内閣への引きつぎ事項が決定された。…

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 そうすると、あなたは佐藤内閣あるいはその系統の方から、こう言うたらいけませんが、非常にやめてほしいと思われていたというように思わざるを得ないのですね。それにはやはり深いわけがあると思わざるを得ません。そのときに、ある新聞には、あなたがやめるとも言わないのに辞職の話が出ていたということが出ておりますし、また当時閣僚であった、元役所の上司であった方が、「海原君、君の人事でもめているときいた。この際、頑張るのは、良くないよ」こうい…

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 私はここにそのときの佐藤内閣の閣僚名簿を持っております。そして、この中からあなたの先輩であり、ここに書いてある内務官僚でもあった人というのはだれであるかということは推測がつきます。名前は申し上げませんが、厚生大臣をされていた方ではありませんか。

日本共産党・革新共同1979/02/15

87衆議院 予算委員会 第11号

○正森委員 それでは、質問を終わらせていただきます。