森井忠良
会議録に記録された「森井忠良」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 2,187 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党・護憲民主連合
- 直近の役職
- 厚生大臣
- 直近の発言日
- 1978/03/17
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金26 件
- 労働・賃金4 件
- 半導体1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 厚生委員会73 件・73%
- 決算委員会10 件・10%
- 本会議7 件・7%
- 予算委員会5 件・5%
- 宗教法人に関する特別委員会4 件・4%
- 議院運営委員会1 件・1%
※ 全 2,187 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 この軍需充足会社としての広島ガス、広島電鉄に、孫さんというごきょうだいでありますけれども、当時二十三歳の方と、それから十八歳の方が徴用工として勤めておりました。どういう手違いかわかりませんけれども、この二つの会社は、いままで援護法の適用によります弔慰金等の請求がなされておりませんでした。いろいろ運動やあるいはまた実態の把握がありまして弔慰金の請求をされた事実がございます。それは御存じだと思うのでありますが、広島電鉄で申し上げ…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 問題点が明らかになってまいりました。たまたま、これは固有名詞を挙げて恐縮でありますけれども、同じようなケースはずいぶんとあるわけであります。 そこで、この人々が原爆で亡くなられた。したがって、本来でしたら当然この法律によりますところの弔慰金の請求権がある。ところが肉親が、日本が戦争に負けて、御承知のとおり本人の意思と関係なく国籍が変えられたと私は理解をしていいと思う。その結果、残念ながら他の六十人については弔慰金を渡すが、お…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 前向きな御検討という御答弁をいただきまして意を強くしているわけでありますが、もう一つ明らかにしておきたい点は、実は朝鮮人の方々の日本軍国主義に引っ張られた当時の状況の調査が非常におくれている。あるいは、わかっていても明らかにしないという事実があるわけであります。私どもはたびたび、当時の実態を調査をして厚生省として適当な処置をとりなさいという要求をしてまいりましたけれども、明らかになっていません。したがって、いまの答弁は、申し…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 また話がややこしくなりましたね。時間の関係で、きょうは外務省呼びませんでしたけれども、だから私は型どおりの答弁だと、最初のあなたの答弁でそういう評価をしたわけですけれども、それでは韓国が現在いわゆる支配をしている地域というのは朝鮮の半分でしょう。朝鮮民主主義人民共和国、地域的に北朝鮮の部類に入る人については、それじゃあなたの答弁は適用しないわけですね。台湾についても違いますか。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 ちょっと酷な質問で恐縮ですけれども、百歩譲って、それでは韓国籍のある人については外交的に解決済みだという、これは私は認めておりませんよ。認めておりませんが、百歩譲ってと申し上げておきますが、そうなる。そういたしますと、朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮の国籍を持っておられる皆さんについては、まだ解決をしていないという、そういう理解ですね。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 だから要するに、あなたの論理で言えば、韓国の国籍を持っておられる人については外交的には処理ができているけれども、北朝鮮の部分については処理ができていないということになりますね、外交的には。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 ちょっとはっきりしないから、それでは、調査をするのですか、しないのですか。先ほどの戸井田政務次官の前向きの検討をしましようということは、調査をしなければどうしようもないわけですから、まず実態を御調査なさい。あるいは、あなたの方に資料があるのなら、それを公開しなさい。そうすれば調査にかわるわけですから。その点についてイエスかノーだけ一言、言ってください。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 では、時間の関係がありますから、次の問題に入らせていただきたいと思います。 けさほど来、問題になっております満州開拓青少年義勇隊。私どもは実は年ごろがちょうどそういう時期でございまして、私の小学校の同級生が何人も満蒙開拓青少年義勇軍に行ったという、そういう非常に悲惨な体験を私もしているわけであります。この問題につきましては、昭和四十年代に入りまして、もう議論がずっと出てまいりました。本委員会でも、去年も、そして、ことしのきょ…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 これまでは、昭和十四年の十二月二十二日、満洲開拓民に関する根本方策に関する件という閣議決定で、それ以降の人、しかも、訓練期間中のいわゆる義勇隊あるいは義勇軍に属している人のみ、若干例外としてソ連参戦ということがありますけれども、大体そういうふうに限っておやりになりました。今度はこれを昭和十二年の時点までさかのぼられたわけですけれども、これは理由は何ですか。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 推測させるに足りる資料というのは、どんな資料だったのですか。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 たまたま感謝状が出てきたということなんですが、これはまあ、せっかくおやりになっていただいて、私どもも評価をしておりますから悪口は決して申し上げません。御苦労さまでしたと申し上げたいのですが、発見が遅かったわけですね、結局。気がついてみたら、あの十四年の時点の閣議決定と同様なことを十二年の十一月三十日の閣議決定でやっておった。本質は変わっていなかったということで、そこで十四年を十二年まで延ばしたといいますか、前に延ばした、こう…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 これは後の議論でも関係してきますから、もう少し聞かしていただきたいのですが、昭和十二年十一月三十日閣議決定、満州に対する青年移民送出に関する件というのは、これは厚生省は早くから把握しておられたわけですね。そうでしょう。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 大原委員から指摘がありましたように、一ころ封印をして隠しておったそうですから、それに入っておったかどうか知りませんけれども、いずれにしても私は、この時点、これが発見できたときに当然措置をされなければならないものが今日まで延び延びになったと理解をせざるを得ない。いまの御説明でも明らかになりましたように、事実上、昭和十四年の閣議決定以降の義勇隊、義勇軍と、それから、この昭和十二年の閣議決定以降の義勇軍、義勇隊とは質的に変わりなか…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 義勇軍の問題は後で続けますが、同じような問題で政務次官、警防団があるのですよ。御案内のとおり、四十九年に警防団の方も準軍属として扱われるようになりました。これは進歩でありますが、しかし警防団が準軍属として扱われるのは昭和十六年以降である、こういうことになっているわけですね。ところが警防団ができたのは、昭和十四年の一月二十四日勅令第二十号というのがあるんですね。昭和十四年にできているわけです。私はコピーをとって持ってまいりまし…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 では、どうして昭和十六年以降の警防団員しか、この法律を適用しないのですか。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 防空法との関係については私も議論がございます。第一、防空法の方が先にできているのですから、後で先ほど申し上げました警防団に関する昭和十四年の勅令二十号というのができていますから、その結びつきにつきましては、まだ私は議論があると思いますが、時間の関係もありますから、これはしばらくさておきます。 そこで、大臣もお見えでありますから、こういうのがあるのですよ。ちょっと読んでみますと、 門司市警防団員第一分団警護員故太田一夫君ハ昭和…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 もうあそこまで言えばわかってもらえると思うから私は言わなかったのですが、先ほど読み上げたのは昭和十四年四月九日なんです。この殉職の状況を読み上げてみたわけですが、亡くなった日が四月九日なんです。これは正確に言いますと四月一日で警防団員の辞令をまずもらった。亡くなったから「第一分團警護部班長ヲ命ズ」と一階級昇格をさせて、この人の労をねぎらったというこれは辞令なんですよ。だから、きょう持ってきておりませんけれども、恐らく遺族は持…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 きょうのところは、それで結構ですけれども、御参考までに申し上げますと、太平洋戦争はもちろん始まっていなかったわけでありますが、日華事変中ではあったわけです。特に場所が下関という、言うなれば中国大陸に近いところであったために、警戒警報はしばしば発せられておったということが一つ。それから、命令があったかどうかということにつきましては、これは本当に、もう、うかつだったのですが、どこのどういう文書だというのは調べればすぐわかるのです…
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 そうしますと、当時の満州国ですね、そこではどこが所管しておったのでしょうか。
第84回 衆議院 社会労働委員会 第5号
○森井委員 この問題については二つ問題があったわけですね。一つは、十四年の閣議決定を十二年の閣議決定まで引き上げる問題と、もう一つは、いわゆる義勇隊開拓団ですね、これの関係と、二つ問題が残っていまして、そのうち一つは今回、解決になられたということで、私も先ほど来、評価を申し上げておるわけでありますが、義勇隊開拓団の問題は、先ほど来わが党の川本委員等の御質問に対しては、いろいろ極端に言えば民間の開拓移民と同じような側面もあるということを盛…