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日本社会党(右)大分県知事衆議院参議院
総発言数
427
直近の所属会派
日本社会党(右)
直近の役職
大分県知事
直近の発言日
1952/12/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会69 件・69%
  • 建設委員会23 件・23%
  • 外務委員会法務委員会連合審査会8 件・8%

※ 全 427 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

427 20 を表示
日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 それから鹿地さんは何か本を読んだりしているのでしようが、書きものなんかは自由にできたような様子でしたか。それから何か書きものでもしているような様子がありましたか。原稿用紙とインクとペンというようなものは、その部屋にあつたのですか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 何か手記みたいなものでも書いたような様子はわからぬですか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 自分の論文かもしれませんが——あなたも論文を少し持つて出たという話でしたが……。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 ちよつと二、三点伺います。日支事変が昭和十二年から始まつて、ずつとあなたは上海にいらつしやつたのですか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 今度戦争が始まつて、その間に鹿地君が国民政府の方の軍の顧問になつておつたというようなことは、その当時御承知でしたか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 それからその当時いろいろ反戦的な放送なんかをなさつておつたというようなこともお気づきになりませんでしたか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 さつきのお話の中で、手紙の中に人に売られたという言葉があつた。その意味は、何か同志とか友達とか、よくわかりませんけれども、自分の身近な人だけ知つておるようなことを、拉致していた米軍の方で知つているものだから、これはだれかがおれのことを売つたのだ、そのためにおれは拉致されたのだという趣旨に、お読みになつたときにはおとりになりましたか。そういう点はどういうふうに考えておりますか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 それからその後戦争が済んでから、上海で鹿地君とお会いになつているのですが、そのときに、戦争中軍の顧問として活動し、そのいきさつなんかを語り合つたことはありましたか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 懇意なお世話をなさつた鹿地君が、戦争という大事件の間にやつたことなんですから、多少話題に上つたのではないか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 陳誠将軍とたいへん親しくしているというさつきのお話でありますが、それはやはり軍の顧問をしたときのいきさつからですか。

日本社会党(右)1952/12/10

15衆議院 法務委員会 第10号

○木下(郁)委員 それから戦争が済んだ後も、今ああいうふうに中共が本土の方はとつてしまつた。国民政府は台湾に逃げ込んでおるようなわけですが、それまでになる間に、内地に帰つて、昭和二十二年あたり陳誠将軍と多少の連絡とかつき合いとかはなかつたのですか。

日本社会党(右)1952/12/03

15衆議院 法務委員会 第7号

○木下(郁)委員 まず法務大臣にお伺いいたします。今軍事裁判の方で受けた刑が軽ければこつちでまたやるというようなことを伺いました。この点について、憲法で、日本国民は日本の裁判を受ける権利が確保されている。一例を言えば、強姦とか名誉毀損とかいう犯罪の種類によつては、日本国民は自分が被告ではありませんけれども、告訴権を持つている。その告訴権を持つてやつた場合に、今度のようなお取扱いをされることは憲法違反ということが一つ考えられる。なお今度の…

日本社会党(右)1952/12/03

15衆議院 法務委員会 第7号

○木下(郁)委員 その告訴権が完全に保護されておるというのは、やはり直接には刑法の規定でありまするが、その後には憲法の裁判を受くる権利、三十二条ですか、それに基くわけになりますか。その点をちよつと承つておきたいと思います。

日本社会党(右)1952/12/03

15衆議院 法務委員会 第7号

○木下(郁)委員 そうしますると、親告罪の告訴権より少し弱い被害者の告訴、それから第三者の持つておる告発権というようなものも、親告罪の告訴権と同じように理解してよろしゆうございましようか。

日本社会党(右)1952/12/03

15衆議院 法務委員会 第7号

○木下(郁)委員 裁判権の所在とは別個の問題、つまり日本に裁判権ありという御見解のもとであります。それで早い話が今度の件につきまして身柄を向うに引渡すと、向うでは軍事裁判をやる。一方でやつておるときに司法当局としてはその裁判の結果を待つてやろう。先般来いろいろ述べられたいきさつで、そういう取扱いをするという腹であつても、本件の被害者または第三者が告発をしたり、告訴をしたりした場合には憲法上の保護を受ける。憲法三十二条で保護される。裁判を…

日本社会党(右)1952/12/03

15衆議院 法務委員会 第7号

○木下(郁)委員 憲法上、われわれの新しい憲法で与えられた権利というものを第一に保護して行かなければならないと思います。さような意味で犯人は引渡した、向うは裁判をやつておるというときでも、本件は親告罪でありませんが、本件について被害者から告訴があり、あるいは国民の中から告発があつた場合には、どしどし裁判の手続を御進行願いたい。 なお条約局長にお尋ねいたしますが、他国に駐在する外国の軍隊に属人的な裁判権を認めるのは国際慣例だということが、…

日本社会党(右)1952/12/03

15衆議院 法務委員会 第7号

○木下(郁)委員 国際慣例の発生が、元来そういう意味でおのおの軍隊を持つた独立国の間で他国の駐留軍がおつた場合に、その軍隊に対しては属人主義的な裁判権を認める、これはもつともな筋でもあると思う。だがこのたびの国連軍との交渉にあたつて、私は先般岡崎外務大臣に、基本的な態度として、犯人の引渡し問題に直接に関係はないけれども、戦争裁判の受刑者の人たちの釈放云々の問題について、その裁判自体が国際法に違反していると思うておるなら思うておる、ただ条…

日本社会党(右)1952/12/03

15衆議院 法務委員会 第7号

○木下(郁)委員 その点をあまり強く主張しても向うが聞かぬ。といつても日本の立場からいえばこれがやはり一番通りのいい、また国民も一番この点は主張したい点であります。どうかひとつこの点は十分お含みになつてやつていただきたい。 なお刑事局長に一点だけこまかいところをお聞きしておきたいと思います。具体的に問題になつておる今度の英濠兵の強盗事件、これは向うでやつている軍事裁判の判決が妥当であれば起訴はしないという御方針でおりますか、その点だけ伺…

日本社会党(右)1952/11/25

15衆議院 法務委員会 第6号

○木下(郁)委員 大分微に入り細に入つて質問があつたので、重複しないようにしてなるべく簡単にいたします。裁判権の点については、吉田書簡の前段で日本にあるということを言われておる。身柄の取扱いの問題が後段で、今かれこれ問題になつておる。でこの吉田書簡というのが、こちらからただ一方的にやつたんだということであります。それでごてごての起らないように一方的にやつて、ただ道義的に責任があるというのありますが、日本も独立し、新しい議会もできておるの…

日本社会党(右)1952/11/25

15衆議院 法務委員会 第6号

○木下(郁)委員 身柄を渡す渡さぬという点を、身柄は渡さないでこつちでやるんだ、今後はそういうふうに御承知願いたいというような御通知でもお出しになる御意思はありませんか。