岡崎英城
会議録に記録された「岡崎英城」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 1,169 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1957/11/06
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 公職選挙法改正に関する調査特別委員会53 件・53%
- 地方行政委員会40 件・40%
- 産業公害対策特別委員会6 件・6%
- 本会議1 件・1%
※ 全 1,169 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第27回 参議院 議院運営委員会 第4号
○政府委員(岡崎英城君) そういうつもりでおりますけれども、事情その他について、やむを得ずそういうふうになったと思うのですが、一々の点については、その関係方面の御意見もございましたり何かで、政府の方針としては、なるべく御意見に従いたいと思って選考してやったわけです。やむを得ない事情が多くございましたものですから……。
第27回 参議院 議院運営委員会 第2号
○政府委員(岡崎英城君) 御説明申し上げます。 日本銀行政策委員会委員原邦造君は、本年六月十六日任期満了となりましたので再任いたしたく、日本銀行法第十条ノ四第三項の規定により両議院の同意を求めるため本件を提出いたしました。 お手元の履歴書で御承知のように、原君は、明治四十年七月大学卒業後、大正三年二月、日本製麻株式会社取締役となり、以来、横浜船渠、東武鉄道、電気化学工業、明治製糖、日興証券、日本土地山林、高島屋、同和火災保険、東洋高圧工…
第22回 衆議院 運輸委員会 第32号
○岡崎委員 私は日本民主党を代表いたしまして、ただいま議題となっております自動車損害賠償保障法案に関する共同修正案に賛成し、修正部分を除く政府原案に賛成するものであります。 今回の政府提案によりますと、本法案は自動車の運行によって人の生命を失い、または身体が害された場合において、その賠償責任の適正化と賠償能力の確保とをはからんとするものでありまして、特に賠償能力の確保のためには、強制保険制度をとり、さらに政府が再保険を行うことにいたしま…
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) そうです。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 住まいですか……品川区大井南浜川町千七百九番地。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 昔の年で五十です。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 昭和三年に東大の経済学部を出まして、それから和歌山県の属になりまして、昭和五年に警視庁の警部になりまして、それから交通係長、寺島の署長、特別警備隊長、監密官、捜査二課長になりまして、それから愛知県の特高課長、それから警視庁の特高二課長、山形県の警察部長、警保局の外事課長、警視庁の特高部長、警視庁の保安部長、昭和二十年の十月十日依願免官となりました。その後は昭和二十一年の三月に菱華産業の重役をやりまして、それから昭和…
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) やめてから翌年の三月に菱華産業という商事会社の重役をやりました。それから二十年の十二月に旭梱包という会社を私が社長で作りました。それで今日に及んでおりますが、二十三年の春に龍建設工業という会社の社長になりました。その二つをやつております。菱華産業の重役は二十三年の夏頃やめました。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) そんなことはないと思います。ただ職務のためにやつておつたわけでして、そんなようなことはないと思います。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 藤田君は一度も私の部下であつたことはございません。辻田君は私が捜査二課長のときの係長でございます。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 初め清水君というのが係長、それから岡明朗君、辻君、辻田君、大迫君、年森君、それから重原というような、それからお仕舞いに吉武、それから今おります飯塚係長、それから土居警部、まあそんなような人達とあと大沢という名高い捜査課の人がおりました警部で……、そういうような人が警部、警部補であつたように記憶しております。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 刑事部のときでございますか。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 初めは、服部直彰であります。その次が大坪安雄、その次が長野若松。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 総監は、捜査二課長のときの総監は齋藤眞さんじやなかつたかと思います。齋藤さんのような気がいたしますが……
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 総監は非常に数が多いので、丸山鶴吉さんのときから最後、その間終戰まで歴代の総監に皆お仕えしました。一遍お仕えしなかつたのは、名前はちよつと度忘れしましたが、朝鮮総督府におられておやめになつた池田総監だけはお仕えしないで、殆んど前後警視庁におりましたものですから大部分の総監にお仕えしました。又お仕えしたと言つても、係長とか何とかで下の方におりますから、直接御折衝申上げたのは特高部長でお仕えした坂さんにお近くお仕えした…
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 同僚は沢山おられるので、一一申上げると切りがないくらい沢山おられますが……
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 今残つている人ですか。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 今残つている人は田中総監が課長で、あと大園警務部長、あと皆部長はどつかで一緒になつております。警視庁乃至警保局で、時に一緒になつております。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 追放された者で警視庁で一緒だつた人ですか。
第7回 参議院 法務委員会 第24号
○証人(岡崎英城君) 追放になつた人は沢山おります。