山本正和
会議録に記録された「山本正和」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 2,642 件
- 直近の所属会派
- 無所属の会
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 2002/01/21
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金9 件
- 半導体2 件
- 防衛2 件
- 医療1 件
- 労働・賃金1 件
- 住宅・不動産1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会70 件・70%
- 文教科学委員会30 件・30%
※ 全 2,642 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第154回 参議院 災害対策特別委員会 第1号
○山本正和君 ただいまの宮崎君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
第154回 参議院 災害対策特別委員会 第1号
○山本正和君 御異議ないと認めます。 それでは、委員長に加藤修一君を指名いたします。 ───────────── 〔加藤修一君委員長席に着く〕
第153回 参議院 文教科学委員会 第4号
○山本正和君 どうも時間が大分長くなりまして御苦労さんでございます。 実は、私は一九二七年生まれなもので、いわゆる旧大日本帝国の教育を受けたわけですね、戦争が終わるまで。戦争が終わったときに改めてもう一遍大学へ行き直したんですけれども。 それで、私どもの世代から言わせると、昔の大日本帝国の教科書というのは、小学校算術というのがあって、黒い表紙のやつ、ずっと変わらないんですよね、これは。ところが、その算術教育を受けた者がなかなかよく伸びて…
第153回 参議院 文教科学委員会 第4号
○山本正和君 藤原先生、それをやっていけば私はできるだろうと思うんですが、国の施策としてそういうことを取り組んでやろうとなった場合には、当然教員もそのことを勉強せぬといけませんし、支援の条件もつくらなきゃいかぬですよね。しかし、そういうことは先生の御体験からいったら可能じゃないかとお考えだと私は思うんですけれどもね。 例えば、それをもし国が本気になってやれば、例えば二年なり三年なりの計画を持ってやれば可能だと、こう私は思うんですが、その…
第153回 参議院 文教科学委員会 第4号
○山本正和君 それから、下谷参考人が考える力ということを言われたんですが、私も思うのは、私と同じ年の同じ田舎で、もう今は隠居したんですけれども、いわゆる建具屋さんです、子供のうち、高等小学校から建具屋さんでね。それがよく言うんですよ。おい、このごろ大学を出たやつは何にもできないんだなと。要するに、基本的な数の考え方がわからないものだから、建具職人というのはいろいろな数を扱うわけですよね。場合によっては微分積分の、先ほど嫌いだったけれども…
第153回 参議院 文教科学委員会 第4号
○山本正和君 時間がないんですが、あと下谷参考人から、学校の姿というか、こんな学校の姿だったらいいんだけどなというふうなお考えはございませんか。 実際に中小企業で頑張っておられる経営者の皆さんや働いておる皆さんが、学校がこんなだったらもっといいんだけどなというふうな、こういうイメージがありましたら。
第153回 参議院 文教科学委員会 第4号
○山本正和君 どうもありがとうございました。
第153回 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第2号
○山本正和君 十三年ぶりにこの国民生活調査会での発言をさせてもらうわけですが、随分昔と違った感じで、大変勉強しておりますが、調査会は今から三年間かかって国会並びに政府に対して我々が調査したことを報告する、こういう任務があるわけでして、したがって二十一世紀のかなり何十年間か、何十年というとしかられますか、少なくとも十年ぐらいの展望に立った格好での報告をしなければいけないだろうと思うんです。 ただ、政府は、今差し迫っておりますから、どういう…
第153回 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第2号
○山本正和君 しっかりやってください。 終わります。
第153回 参議院 文教科学委員会 第3号
○山本正和君 ちょっと初めに委員長にお願いしておきますが、山本香苗委員の質問のようなことをひとつぜひ文教委員会全体で議論できるような機会をまた理事懇等で御検討いただきたいと思っております。 そのお話の中に小野事務次官のお話もあったんですが、文部省の皆さんは他の省庁と違って本当に大変な苦労の中で日本の教育に当たるわけなんですね。ですから、他の省庁とは違って、そういう日本の国の教育はどうあるべきかというようなことで大変御苦労願っていると思う…
第153回 参議院 文教科学委員会 第3号
○山本正和君 今、放送大学の話がありましたけれども、私も実は放送大学を大分前に見に行って、将来展望なんかの話も聞いたんですが、実は、高等教育局長がお見えですからお聞きしておきたいんですけれども、大学における通信教育、これがアメリカでは非常によく発達している。日本でも大分進んではきたんだけれども、それと今の放送との関連ですね、何か含めた格好で高等教育局でも検討しておられるやに聞いているんですけれども、その辺はどうなんでしょうか。国立大学の…
第153回 参議院 文教科学委員会 第3号
○山本正和君 ぜひひとつ御検討願いたいんです。 それから、フィンランドでは小学校の子供に一台ずつパソコンがついている、そういう教育をやっているんです。恐らく日本も、森内閣のときに森さんがそういうことを言われたんですけれども、やがてそういう時代になっていくとパソコンを使った教育というものがもっとうんとできるだろうと。そんなことを思うと、高等教育の中でもそれを使わぬ手はないだろうと。だれでもそこで勉強できるとなって、その中で、ただし単位を認…
第153回 参議院 文教科学委員会 第2号
○山本正和君 きょうは、大学教育、特に法律家になる人たちの教育とか、あるいは医学、薬学のところをちょっと聞こうと思っておったんですが、その前に、午前中亀井委員からお話がございましたし、今、畑野委員からお話がありましたので、ちょっと私も触れておきたいんですが、学校というのは私は役場や県庁とは違うと思うんですね。ですから、先生が朝八時出勤で五時までおって、はい、さようならと、その後は知りませんよということでいうのならば、私は教育は崩壊すると…
第152回 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第1号
○山本正和君 ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。 本院規則第八十条の八において準用する第八十条により、年長のゆえをもちまして私が会長の選任につきその議事を主宰いたします。 これより会長の選任を行います。 つきましては、選任の方法はいかがいたしましょうか。
第152回 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第1号
○山本正和君 ただいまの中原君の動議に御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
第152回 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第1号
○山本正和君 御異議ないと認めます。 それでは、会長に直嶋正行君を指名いたします。(拍手) ───────────── 〔直嶋正行君会長席に着く〕
第151回 参議院 文教科学委員会 第16号
○山本正和君 本日は、朝以来、具体的な項目についての確認質問といいましょうか、また問題点の指摘がずっと行われてまいりました。 今度の三法案がさまざまな立場から問題が指摘される、また法案提出の経過についてもいろんな議論、疑問が提起されているという状況ですね。そういう状況の中で、今から私が六十分間時間をいただきますので、そういうものも含めて、もう少し根っこの部分から議論をしてみたい、また見解を承りたいと思っているわけであります。 教育がこの…
第151回 参議院 文教科学委員会 第16号
○山本正和君 中教審ではそういう形でのまとめ方になると思うんです。 先ほど言いました尾鷲中学の事件ですが、そのときに実はそれ以外に大学騒動がありました。東大が占拠されて大騒動になった。もちろん昭和二十年代以後も学生運動はいろんな活発なことがありました。皆さんの大先輩の事務次官をした佐野さんは当時東大の学生の自治会の会長ですよ、緑会のね。しかし、本当にそのときは日本の国を憂えて学生諸君がいろいろ運動をした。しかし、時計台の占拠のときはちょ…
第151回 参議院 文教科学委員会 第16号
○山本正和君 この前もちょっと申し上げたんですが、教育刷新委員会あるいは中教審というものができていった経過、またその当時の国会の論議等をずっと見てまいりますと、やっぱり政権というものはそのときの総理を中心にして、先頭にして、その中で自分たちの考えている政治方針を貫こうとするんです。政権がかわれば政策が変わるのは、ある程度はこれはやむを得ないことだろうと思う。しかし、国家百年の大計といいますか、教育というのは政権がかわるたびにがらがら変わ…
第151回 参議院 文教科学委員会 第16号
○山本正和君 そこで、これはちょっと蛇足かもしれませんが、我が国は、明治憲法ができてから、いわゆる文部大臣、初めは文部卿と言ったんですが、ずっと続きまして、文部大臣になったのが明治十八年、森有礼が初代。遠山大臣は調べてみたら百二十六代。有馬先生が百二十二代。中曽根先生、それぞれ歴代の大臣がずっとお見えになりますが、それぞれの中で一生懸命頑張っておられたと私は思うんです。 それで、その中には特徴が二つある。一つは、政治家の出身。それはもう…