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自由民主党通商産業大臣衆議院参議院
総発言数
10,050 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
通商産業大臣
直近の発言日
1971/01/26

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 石炭対策特別委員会35 件・35%
  • エネルギー対策特別委員会30 件・30%
  • 商工委員会30 件・30%
  • 税制改革に関する特別委員会4 件・4%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 10,050 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

10,050 件中 20 件を表示
自由民主党総理府総務長官1971/01/26

第65回 参議院 本会議 第3号

○国務大臣(山中貞則君) 昨年の臨時国会で公害関係法案の御審議を願っている間にも申し上げたのでありますが、法律ができたから公害対策が終わったのではなくて、公害対策は、法律が整備されたときから始まるんだということを申し上げておきました。そのために、予算の編成の過程において、木部長たる総理大臣の最終的な決断を得て、環境庁を設立し、これまで国民から言われておりましたばらばら行政をまず排除して、統括した機関とするということをきめたわけであります…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 この駐留軍離職者対策協議会というのは、総務長官がまだ大臣でない時代にできたものであって、ですから構成メンバーは事務次官で構成されていて、そしてその会長が大臣だというへんな構成で、いずれ直さなければいかぬと思っておりますけれども、しかし、責任を回避する意味で言っているのではありません、そういうおかしな機構になっておるわけです。したがって、事務次官を集めてやる会議は、事務関係の打ち合わせあるいは意思の統一、計画の樹立、実行と…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 真相をばらしちゃってたいへん恐縮なんですけれども、私が知ったのは、日米協議委員会のあとの、発表したあと私は知らされたわけです。知らされたって、それも連絡はないのです、新聞で知ったのです。離職者対策協議会の会長たる私には、事前の長い話し合いの連絡の経過なり、経過の連絡なり何なり、何もありません。その後もそれらについて、何か中央離対協でやってくれというような要請もありません。しかし私は、要請がないから聞かないというのではあり…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 これは実際逆じゃないのですが、私は沖繩担当大臣だし、ことに沖繩の場合は本土の場合と少し様相を異にするのは、米軍の戦車あるいは銃剣によって追い立てられて、そうして道を失ってやむなく征服者のところの軍労として働かざるを得なかった人たち、しかも今度のように、基地そのものが縮小されるからその現象はやむを得ないということではなくて、基地はどうも返還されないで人間整理だけが財政上の理由でやられるというようなことで、沖繩の人々は二重の…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 それも私は新聞で知っているだけで、私のところにこういう状態でこういうふうな数が何日付でもって解雇されるとか解雇されたとかいう連絡は受けておりません。

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 知らなかったで済まされないならば、不信任案その他いかなる手続をおとりになってもけっこうです。事実、私のほうには何にも連絡はないのです。ただそれを、連絡がないものをなぜほっておいたかといわれれば、それはあるいは私の怠慢かもしれませんが、しかし私としてもいろいろと多くの仕事をかかえて、臨時国会の公害国会に対処するために文字どおり日夜やっておりましたので、あるいは、なぜ自分から防衛庁を呼んだりなどしてやらなかったかといわれれば…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 横路君、突っ放した言い方じゃないので、私自身、ちょっと内心しゃくにさわったのです。第一、なぜ私がそういう離対協の責任者でなければならないのかというのもおかしいのですが、これは法律ができた以上はそういうことになっているわけですが、それはそれで、私のほうは直接関与してないですけれども、やはり常時連絡をとってくれてはじめて、私のほうも手の打ちようがあるのです。そういうことではなはだ遺憾ですから、これから私は、少なくとも、この組…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 その点は、相当な時間をかけて話し合いましたので、市川さんも、あなたの置かれている立場というものは形と実質と非常に違っていることは私も知っています、しかし、自分たちはあなたの政治力に――そうおっしゃいました――政治力に期待して、ぜひあなたが乗り出してほしいということを頼みに来たわけだからと、そういうことでございましたので、私も虚心たんかい、やはりいまの事情では私が乗り出してやることが必要だと考えております。ただ、いままでの…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 これはもういまもやっておるわけでありますが、やはり担当官会議を開いて、私の判断を求めて、そして高度の政治的判断によって、防衛庁長官なりあるいは外務省等も場合によっては必要でありましょうから、そういう行動をとることにします。

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 いま予算編成の火事場騒ぎをやっておりますので、幹事会の諸君を集めてやることはできると思いますが、年内に具体策は、あとわずかの日数でございますので、はたしてできるかできないかわかりませんが、しかし、作業をいたしてみます。 それから、基地交付金の問題ですが、これは私の所管ではございませんが、私としては、基地交付金を創設した当時、関係をいたした議員でございますし、その後、毎年の予算についても、党にあるときにおいても関係をいたし…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 政府といいましても、だんだんございまして、やはり雇用者、防衛施設庁が責任を持つわけであります。しかし、それについての政府全体のあとをどうするかという問題については、これは政府ですから、これは当然私も含めるわけでありまして、離対協の議長としての立場というものがございますから、それはそれぞれ、話の内容には私も乗っていかなければならない事柄であると思っております。

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 再就職の青写真というのは、これはなかなか、個人差なりそれぞれの技能なり、あるいは年齢なりその希望なり、いろいろによって違うと思いますので、青写真というのはどういうことになりますか、少なくとも、それらの中高年齢であって、しかも特殊な環境の中で――先ほども申しました週二日休みの環境の中で賃金が定まっておった人たちを、どのように無難に円滑に、しかも所得が低下することなく移していけるのか。幸か不幸か、現在の経済全体を見ますと、日…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/25

第64回 衆議院 内閣委員会 第8号

○山中国務大臣 それがあり得るのです。私のほうには、アメリカ側との間においてどのような基地を移動させるとか、あるいは日本の自衛隊との間にどういう肩がわりをしていくとか、あるいは、したがって失業者がどれくらい出るであろうとかという一切の連絡がございません。

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/24

第64回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

○山中国務大臣 私が昨日参議院の委員会において日本政府の責任であると申しましたのは、敗戦そのものが第一日本政府の責任を持つべき事柄でございますが、そのあと敗戦の際の業火に焼かれた沖繩の方々を、サンフランシスコ講和条約において、日本の全権の調印によって、沖繩の人々の意思を聞かずして切り離した。その後今日まで沖繩の人々の苦しみがなお続いておる。しかもそれが昨年の佐藤・ニクソン会談によって復帰が確定をして、さあもうしばらくだという明るい希望の…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/24

第64回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

○山中国務大臣 裁判に立ち入ることは私どもはできませんが、感想として申し上げるならば、私もそう思います。

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/24

第64回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

○山中国務大臣 これも、私はきょう外務大臣と二人一緒に並んで答弁をさしてほしいと頼んだのでありますが、外務大臣がどのような答弁をされたか知りませんが、閲覧はさせないと言っておるそうであります。 さらに証拠について、これは閲覧とほぼ同じようなものでありましょうが、それらのものを要求して、はたして応ずるかどうか。これはいまのところ、外務省として基本的な姿勢はわかっておりますので、要求していないものと私は思っておりますが、まだ打ち合わせをして…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/24

第64回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

○山中国務大臣 これは捜査に関する共助協定でございますから、裁判の共助協定ではございません。

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/24

第64回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

○山中国務大臣 済んでしまったことですから、あっさり経過を申し上げますと、私の主張は、捜査に関する共助協定であっても、琉球の裁判所の発行する令状によって琉警が主体的に、米側と関連なく一方的に逮捕、捜査ができるという線まで申し入れをして強硬な折衝をしたのでありますが、琉球政府の裁判所の発する令状というものは——やはり施政権の中において琉球政府そのものが独立した、施政権と離れた裁判権の行使は行なえないというような立場をとっております。その令…

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/24

第64回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

○山中国務大臣 外務大臣とマイヤー大使のルートによる話し合いの点でございますので、そこまで具体的に進捗しておるかどうか知りませんが、少なくとも私がそこまでいきたいと願うのは、沖繩県民に対する米兵の犯罪というものがあった場合、それについては原則として民政府の裁判にゆだねるべきであるということを申しておるつもりでございます。

自由民主党国務大臣(総理府総務長官)1970/12/24

第64回 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

○山中国務大臣 これは本土においては、アメリカの憲法があることはわかっていても、やはり属地主義の裁判権というものを認めたわけですから、それはもうすでに壁は乗り越えておるわけであります。しかしながら、現在は、復帰まではやはり完全に独立の国家としての琉球政府の権能の行使をおそらく米側は認めないでありましょう。そうするといま言われたようなことは、日弁連の一つの提案というものも傾聴に値いするものがございますし、外務大臣もそれをアメリカ側に伝え、…