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日本社会党衆議院
総発言数
5,262 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
—
直近の発言日
1959/11/20

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 交通安全対策特別委員会57 件・57%
  • 運輸委員会43 件・43%

※ 全 5,262 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,262 件中 20 件を表示
日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 しかし、これは省令自身が、そこまでくると法律を少し制限し過ぎておるような気がします。それは、自作農維持創設資金あるいは天災融資法、農林漁業金融公庫こういう金融措置というものをずっとつぼめていって、農家はなお不十分だという現実の声が出てきておる。だから、そういう声が現実に高く上がってきておるから、この際、自創資金を押えるとか、抑制しておるとか、ブレーキをかけておるということを言われなくてできる方法があるなら、この法律によって無…

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 別な言葉でお尋ねいたしますと、そういう省令があって、あまり思う通りできないということならば、自作農維持創設資金というものはふやそうという御決意はあるのですか。これはあなたではちょっと無理かな。どなたか農林省の方でお答えができたら……。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 それは二十万、三十万、五十万という天災融資法の融資のワクの拡大はわかりますよ。しかし、これは実際の農家から言いますと、中途半端だというのです。あなたの方だって十分じゃない。実力はもうちょっと、一般農家でも三十万円くらいという声が強いのだけれども、これを二十万に下げているというふうに、どことなしにブレーキが——全体にワクがかかって下がっちゃっているのだから、中途半端のそしりは免れないですよ。中途半端だというところから、どうも不…

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 被害激甚な市町村というのをやりますと、今の収入の道がなくなった方を救えない場合がありますね。ないのですか、ありますね。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 そこで、市町村に三割という被害の制限をつけるというのは、実はこれは無意味じゃないでしょうかね。ことさらこの条件をつけられたような感じがしますが、いかがですか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 従って、在来やっていた一つの制限であるから今度も同じようにやった、それ以上の意味はないとおっしゃるのですか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 じゃ、別の角度からお尋ねをいたします。失業対策事業との関連というものはやはりあるのでしょうが、その辺の関連を考えてお作りになっていらっしゃいますか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 考慮してないというのはおかしいと思うのですよ。それじゃ、救農土木事業の日当は幾らですか。三百六十五円ですか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 一般の失業対策の方は三百六円で、あなたの方は三百六十五円。これは三百六円というのも平均ですから、若干幅があるわけですけれども、二割の違いがあるのです。私は、この救農土木事業の今度の制度そのものに対して、原則として反対するわけじゃありません。了解してよろしいわけですけれども、激甚地というわけで、三割以上の被害がないところはこれを起こさないというように、はずれるところが出てくる。実は救農土木事業によって救われる人は三百六十五円の…

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 三百六十五円というのは、労働省の何か統計からとったとおっしゃるわけですけれども、あなたの方の今の話を聞きますと、山村の農林業の方、小さな農業をやっていた、山仕事をやっていた人が、今度仕事がなくなった場合に救えませんね。これは救えるのでありますか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 いや、私は救農土木事業のはっきりしていることだけは、ずっと審議されてきておりますからそれに反対しません。けれども、もう一つ忘れていらっしゃるものがありませんかということをお尋ねしているわけだ。どうも山間部の農家は救われそうもないという点に、このあなた方の制度に欠陥はなかったか、盲点はなかったか、こう申し上げているのです。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 では、重ねてお尋ねいたしますが、山はそういう道がある。また、一般的な農家におきましては、この激甚地に入れば救農土木事業で仕事をして三百六十五円の日当で、自分の被害にかかった田地、田畑を回復しつつ収入を得ていくという方法がある。ところが、海に参りますと漁民がおりますね。あなたの方の関係ですが、この漁民は何によって救われるのですか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 そういう制度があるだろうということはいいのですが、それにしては小型漁船の問題、先ほど角屋委員の方から質問も出ておるのですが、これは二十五隻という制限がありますから、あるいは四〇%以上どっちかに当てはまらなければ、その対象になれませんね。生産の用具を失いましたからといって、岸で魚をつっておるわけにいかないでしょう。してみれば、そういう人たちは、海岸の工事があればそこの工事に人夫になっていきなさい、自由にやりなさいこういうことに…

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 実は労働省の方で、失業対策事業の見通しを立てられる場合に、場合によっては山の方から失業者が出てくるじゃないだろうか、あるいは海の方からも来るじゃないだろうかというような想定をされた考え方があったんです。あなたの方は救農土木事業でほとんど大部分は救うとおっしゃるのだが、これは三割という被害に当てはまらない場合におきましては、何としてもこの土木事業を起こすわけに参りませんから、そこで非常に困る者ができる。そういうものを救うには、…

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 あなたたちのお考えになる通りにいけばよいのですが、平均して三百六円賃金というような、失対によって吸収されなければならない、こういうみじめなことになっては困ると思うのです。救農土木事業なら三百六十五円、失業の方でいけば三百六円、これでは困りますから、そこで、何とかしてなるべく高い賃金で生活を保障していくということをしませんと農業というものは扶養家族が多いのです。何にもなくなった人たちは非常にお困りになる。そこで、三割に漏れた、…

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 一万円くらいのところとぎりぎり一ぱいのところをお考になって、三百六十円とか六十五円というのはわかるのですが、それに漏れた山間部など困ったものである。植林などあればよいのですが、一般に風倒木の多いところは、植林をするというよりは、何年かたった苗木が傾いているので、それを起こすということがある。これをまずやるだろうと思うのです。かたいだ苗木を起こすためには、山主だけではいけないから、相当労務者が要ると思いますが、これは個人がやる…

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 そうすると、砂防工事などは三分の二の国庫補助でございましたね。普通ならば六割六分六厘。今度これを九割にしてくれという声があったのですが、これは通ったのですか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 その点は一応わかるのです。それは足らないから九割くらいの補助をしてくれ。ところが、今の補助残については起債でまかないたい。これには元利補給はついておらないようでありますが、できるなら元利補給をしてくれということを私の方から申し上げているのですが、十分お考えをいただきたいのです。今度の場合、各山持ちの被災県というものは、あなたの方がおっしゃる今の特別扱いの中にほとんど入りますか。愛知とか京都とか。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 それは、たとえば私が申し上げました愛知、京都、あるいは兵庫というところも入るだろうと思っておってもよろしい、こういうことでございますか、言葉の感じですがね。

日本社会党1959/11/20

第33回 衆議院 災害地対策特別委員会 第12号

○太田委員 だから、そういうことになってくると、たとえば愛知県でも京都でもそうですが、非常に山の多いところ、そういう山村の人たちを救うというのは、実は手厚いようでも、実に薄いような感じがするのです。山村というのは、今度の被害によってほとんど何もなくなってしまった、しかも風で木が倒れたというところから、山主の方が非常に調子が悪くなりまして、一般の山村人の方に潤ってこないわけです。だから、ことしの暮れ、来年の正月を迎えるこの年の瀬というのは…