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文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,587
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1951/12/27

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会71 件・71%
  • 文教委員会28 件・28%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,587 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,587 20 を表示
文部大臣1951/12/27

13衆議院 文部委員会 第2号

○天野国務大臣 私は六・三を維持するということについては、二つの面があると思います。一つは、制度的に六・三を六・二とするという論があるから、制度的に決してかえない、これが第一の点です。同時に、かえないで行くためには、予算の裏づけがなければならぬということは、当然の話でございます。だからこの額では、本年度は打切りということでは、とうてい〇・七は完成されない、こういう考えであります。

文部大臣1951/12/27

13衆議院 文部委員会 第2号

○天野国務大臣 私の記憶が間違つておりましようか。私は御一緒に大蔵大臣をたずねて、個人的に大蔵大臣の意見を伺つたということは一度もないと思つております。ただ私はいつも委員会ですべて意見を述べておりますが、当時の長野委員長と御一緒に大蔵大臣をおたずねして、大蔵大臣がこれこれの金を出すというようなことを言つたという記憶は全然ございません。ただ産業教育ということの重要性は私も認めております。けれども、これは六・三制というものと矛盾するものでな…

文部大臣1951/12/27

13衆議院 文部委員会 第2号

○天野国務大臣 では私の記憶が非常に悪いのであつて、何か院内の部屋で、そういう大蔵大臣と一緒だつたことがあるそうでございます。私の記憶の間違いでございました。

文部大臣1951/12/27

13衆議院 文部委員会 第2号

○天野国務大臣 この増額については、今までも十分努力して参りましたけれども、今後もなお努力を続けたいと思つております。

文部大臣1951/12/27

13衆議院 文部委員会 第2号

○天野国務大臣 六・三制の堅持ということについては、ただシステムだけの堅持ではいけないと私の考えておることは、今申した通りです。私どもが新しい義務教育費国庫負担法というものを考えようというのも、六・三制を維持して行くために必要だという考えからしておるわけでございます。それからまた老朽校舎のことは、ぜひそれらを何とかしなければならないと思いまして、私どもは予算を出したのですけれども、その予算が今認められていない。だからそれが認められるよう…

文部大臣1951/12/27

13衆議院 文部委員会 第2号

○天野国務大臣 私はこの一両日のことを聞いておりませんけれども、このことについては、今までずつと私どもの考えに賛成して来てもらつております。私は、所管が文部省であろうと農林省であろうと、とにかくこういうことが成り立てばよいという考えでございますから、必ずしも文部省ということに執着をいたさない考えでございます。

文部大臣1951/12/27

13衆議院 文部委員会 第2号

○天野国務大臣 私は、今出ております問題を、まず先にどこまでも進めて行きたいと思つております。けれども、神戸商船大学のことについては、この門も大蔵大臣に対して、どうかこれを何とか考慮してくれぬかということは話をいたしております。そういうようにして、できるだけ成立ができますように考えて行きたいと思つております。私はたいへん失礼でございますけれども、一時から二時までよんどころない用事がありますから、了承していただきたいと思います。二時過ぎに…

文部大臣1951/11/28

12参議院 法務委員会 第11号

○国務大臣(天野貞祐君) これは私は実際問題とすると、非常にむずかしいと思います。こういうことも考えられますが、もつと本当に簡単にして、例えばイギリスの王様のように労働者のおかみさんとでも冗談を言い合うというようなことが私は望ましいことでございましよう。ただ一時にそこへ持つて行くということが非常にむずかしいのではないか。だから私は今のやり方が、これがもういつまでもこうあるべきものとは思つておりませんが、だんだんに事を進めないと、やはりう…

文部大臣1951/11/28

12参議院 法務委員会 第11号

○国務大臣(天野貞祐君) 私は宮内庁の御方針としてはそういう方針でやつておられると思つております。けれども実際地方では今須藤さんのおつしやつたような過ぎた点もややもすれば起りがちではないか。そういう点は適当に指導することが必要だと思つております。

文部大臣1951/11/28

12参議院 法務委員会 第11号

○国務大臣(天野貞祐君) 私は今の日本はそういう過渡期にあつて非常にむずかしいときにある。それなら須藤さんのおつしやるようにやつてそれでうまく行くかというと、私はそれも非常にむずかしいのではないか。ここが当局の非常な苦心があるところであると私は思つております。で一部に行過ぎた点もあるということは私もこれは認めるにやぶさかではございません。

文部大臣1951/11/28

12参議院 文部委員会 第16号

○国務大臣(天野貞祐君) 申すまでもなくこういう事件が文部省に起つたということは私は非常に重大なことだと思つております。且つそれが給食というようなそういう事柄に関係しておるということにおいては、非常に残念に思つております。事件の経過というのは今調べ中でわかつておりませんですが、それが全体わかつた上は、私はもう断然とるべき責任をば、それぞれのところのものがとるというような線に向つて、はつきりした解決をして、そうして今後こういうことが二度と…

文部大臣1951/11/28

12参議院 文部委員会 第16号

○国務大臣(天野貞祐君) まあそういう点に不備なことがあつたというふうに思つて、そういう点も一つ改めなければならないのじやないかと思うのであります。

文部大臣1951/11/28

12参議院 文部委員会 第16号

○国務大臣(天野貞祐君) 金額が非常に大きいので これはよほどやはり警戒せにやならんということは私も考えていたのですけれども、併しそこまで自分の注意が行届かず、すべて事務当局に委せておつたものでこういうことが起つて来たのですが、併しそのいろいろな組織とか、そういうことにはまだ非常に考えなければならん点が多いと思つております。

文部大臣1951/11/28

12参議院 文部委員会 第16号

○国務大臣(天野貞祐君) これは局長がそのほうがいいのだということだつたのです。そのときになぜそのほうがいいのだとか、もつと詳しくそれをやればよかつたかも知れませんが、私はこういうことは局長にもう委せてやつていいことだと思つていたから、局長がそういうほうがいいのだと言うたので、そういうことにしておつたのですけれども、今になつて考えればその点はもつと吟味することが必要であつたと思つております。

文部大臣1951/11/28

12参議院 文部委員会 第16号

○国務大臣(天野貞祐君) 今おつしやいます通りにこれがただの官庁でなく文部省において起つたということは、私も非常に残念で、それが社会に及ぼす影響というものも非常に大きいと考えております。で全貌が明らかになつた上に善処をしたい考えでございます。

文部大臣1951/11/28

12参議院 文部委員会 第16号

○国務大臣(天野貞祐君) 文部省区にそういうことがあるのにかかわらず、道徳に関した何らかの声明を出すというようなことは妥当ではないではないかという御意見も私はよく考えるつもりでおります。それから又私はもともとこれは国民諸君のために何かためになりはしないか。国民諸君が生活をして行く座右に置いて何か参考になりはしないかという考えから出ている。ことなんですから、それが世間の識者によつてそういう点について却つて利するところが少いのではないか。場…

文部大臣1951/11/27

12参議院 予算委員会 第23号

○国務大臣(天野貞祐君) 只今私が実践要領を発表したとおつしやいましたが、私は発表いたしたことはございません。私の原稿がどういうわけでありますか、どういう手でありますか、世間に出たのですが、私はあれを以て自分の結論としておるわけではなく、あれにはまだ足らないところも非常に多いと考えております。ただ世間でおつしやいますことは、私はやはり虚心担懐にこれを伺いたいと思つております。こういうものを文部大臣として出すことはどうだというお考えとか、…

文部大臣1951/11/27

12参議院 法務委員会 第10号

○国務大臣(天野貞祐君) これは非常に重大な問題でございますが、私は従来からこの大学の自治ということは、学問研究に根拠を持つておるものであつて、そういう限りにおいては、やはりどこまでも大学の自治ということを尊重して行かなければならないと思つております。ただ、大学の中のそういう警備と申しましようか、そういうことについては、なおよく大学の学長とも相談して研究する必要があるのでないかとそういうような見解を持つております。

文部大臣1951/11/27

12参議院 法務委員会 第10号

○国務大臣(天野貞祐君) それは新教育の精神は、ただの技術者を作るとか、専門家を作るというのではなくして、先ず如何なる専門家も人間でなければならない、そういう人をここで作ろうというために、広く知識ということは一般的な教養という意味でございます。そういう解釈であれば、私はこれを改める必要はないと思います。

文部大臣1951/11/27

12参議院 法務委員会 第10号

○国務大臣(天野貞祐君) なぜ象徴だかということの、私がそれをどう考えられるかということの御質問でございますか。