増原恵吉
会議録に記録された「増原恵吉」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 3,446 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1956/05/22
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛130 件
- 宇宙2 件
- 社会保障・年金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 内閣委員会98 件・98%
- 本会議2 件・2%
※ 全 3,446 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 予算の使用がだんだん延びておりますることは、まことに遺憾に存じております。二十八年度で予算をいただきましたものは、戦後の最小のものでありましたので、大きいもの、千六百トン、千トンを含めまして、いずれもだんだんと予定よりもおくれまして、ことしに入りまして大きいものもだんだん完成をして引き渡しを受けておるというふうな状況で、その点まことに遺憾に存じております。この船は小そうはございますが、技術的にはやはりなかなかむずかしいと…
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 今すらすらとお述べになったことを聞いておりまして、私はこの決算委員で明らかになった事実と多少違うような感じを受けました。二十七年の七月ころにいわゆる高速救命艇はもとより考えられておりませんし、後に魚雷艇と称せられますものでも二十七年の七月ごろには計画を持っておりません。二十八年の夏ころに高速救命艇を海幕において——当時まだ海幕ではありませんが、後の海幕たるべきところで研究を始め、二十九年度予算で高速救命艇ができたというの…
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 安倍源基氏からこの問題について話を受けたことは記憶にはございません。ないと思います。
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 私はこのパッカード・エンジン売り込みのことで、安倍源基氏から話を受けたことは、記憶がございませんが、ないと思います。
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 いつのことでございますか。
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 昭和二十八年ごろ、当時の保安庁に勤めておったわけであります。住居は何かその辺であったと記憶しておりますが、明確には存じません。
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 その具体的事実は聞いたことがないので確かめておりませんが、先般ここへ中村前装備局長が参考人として参りまして、沢証人でありますか、そういう者から金品等をもらうたことがあるかという御質問をどなたかされました際に、ありませんという答弁をされております。
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 この間参考人としてお呼び出しをいただいたときにも、山下参考人自身よりお答えをいたしたのでございます。山下が二回第一通商の人その他と食事をした。それはこのエンジンを買ってくれないかというふうな話のときではなくて、当初このエンジンがディーゼル・エンジンであるといわれたり、国産部品をつけて運転をしたらうまくなかったというふうな時代に、いろいろそのエンジンについての資料の問い合せをされた。どこかあそこの事務所でその問い合せに答え…
第24回 衆議院 決算委員会 第36号
○増原政府委員 もとより売り込み商談みたようなことに関しましてそういう供応を受けるということは、いかに簡単な食事であってもよくないと思います。このたびのことはよく調査しましたところ、そういう売り込み等に関連をしたことでないという、鑑定についての知識を提供するというようなことで、時間がちょうどそのときになったので食事をしたということでありますので、もとよりそういうことをしてはならぬことは十分戒飭をいたしておるわけでございます。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 存じておりません。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 私はその点承知しておりません。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 この間証言を聞いておりまして、中助松氏の話が出ました。中助松氏は、私の記憶では戦争中昭和十七年ごろだったかと存じますが、当時シンガポールで私は応召の少尉でございました、そこで砂田さんは二十五軍の顧問をやっておりました。砂田さんは同郷の先輩で前から承知をしておりました。それがたしか十七年の五月であったかと思いまするが、中央へ砂田さんが連絡に帰るということで、そのとき私に一緒に帰ってくれということでありまして、昭南島で部下と…
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 私が中氏に会いましたのは、この戦争中を除いては、中氏が代議士になってからでございます。中氏はたしか八年になくなったかと思いまするが、その間は国会の廊下あたりで会ったほかは、会ったことはございません。廊下で会いまして、このエンジンを一つ何とか使うようにならないかという話を受けたことは、三、四回くらいはあったのじゃないかと思います。これははっきり記憶はございませんが、それくらいはあったかと思います。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 私どもの出しました資料、これについてこの間この委員会の質疑で明らかになっておりまするが、五、購入価格についてのカッコ三のところ、向うの方の言いました値段は向うがそう主張をしたという意味にこの間は申し上げておりまするが、この点この書きものでちょっと言葉が足りないので、実際に支出した額は次の通りだと主張しておるというふうにこの間質疑応答で申し上げましたが、できればそういうふうに直したいというところだけでございます。この間これ…
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 第五ページのまん中ごろのカッコ三……。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 私もお会いした覚えはございません。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 私、この間証人台に立たれたのを見ておりましたが、お会いした記憶ございません。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 私この件で食事をしたようなことはございません。沢証人がこの間証言で、私に一ぺん会ったというふうに言われまして、私顔を見ましていろいろ思い出そうといたしましたが、いつどこで会ったか記憶はございません。
第24回 衆議院 決算委員会 第34号
○増原政府委員 先ほど申し上げたように、船田さんは前々から承知をしておりまして、昭南等でさらに御懇意を願いましたので、よく承知をしておりますので、ときどきお目にかかることはございます。しかしこのパッカードのことを船田さんから頼まれたということは記憶にございません。
第24回 参議院 決算委員会 第16号
○政府委員(増原恵吉君) 調達に対しまする各幕僚長の権限職務と申しますか、これは技術各課と申しますのは幕僚長の配下でございます。指揮統率を受けまする技術者課長でございまして、調達要求をいたしまする終局の責任者権限者は幕僚長でございます。ただ平素事務の取扱いといたしましては、軽重に応じて委任をいたしまして、全部が幕僚長の決裁を通ってくるということにはなっておりませんが、重要なものは幕僚長が決裁をしまして調達要求を出してくる。調達要求を受け…