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民社党衆議院
総発言数
13,882
直近の所属会派
民社党
直近の役職
直近の発言日
1957/03/29

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会100 件・100%

※ 全 13,882 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

13,882 20 を表示
日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 重要な点について誤まりがあるとか、そういった非常に食い違った点があるのですか、ないのですか。

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 それではあなたの方もその文書を当委員会に資料としてお出し願いたいと思います。——なお順次お述べ願いたいのですが、時間の節約上、もしただいまの御答弁と類似の御答弁になるようでしたら、一応先に資料として全部お出し願いまして、都合によりまして次に御質問することにいたしたいと思いますが、この席で非常に大きな食い違いがあるのでぜひ指摘しておきたい、こういう点があれば承わっておきます。そうでなければ一つ文書を当委員会にお出し願うこ…

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 そこでただいまの問題につきましては次会に一切を譲りたいと思います。なお行政管理庁へ、公共事業特別委員会の委員はどういう経歴の方々であるのか、それを一応資料としてお取り寄せを願いたい。 それから開発庁の次長に伺いますが、北海道開発法によりますと、開発庁は国民経済の復興及び人口問題の解決に寄与するため、北海道の総合開発計画を立てて、これに基く事業を昭和二十六年度から当該法律の規定に従って実施するという、非常に重要な規定が第…

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 それは何年度から実施したのですか。

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 そうすると、昭和二十七年の四月から着手して、この三月の月末で第一次五カ年計画は終了することになるのでありますか。

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 そこで、予算関係の資金の面でありますが、予算の実施の状況につきましては、第一次は何ほどの予算を作成して——予算は一応国の予算を見たいのであります。なお、道あるいは市町村の負担などもあろうかと思いまするけれども、一応事業量に対する国の予算、それの執行の結果、決算は、二十七年ないし三十一年は、終了にもう二、三日でありますから大体できておろうと思いますが、見込みでもよろしいが、数字だけお述べ願いたい。

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 さようでございますか。そうしますると、これは数字にわたりまするので、資料を整備し出していただくことにいたします。第一次五カ年計画につきましての事業の総量と、国の負担の分と、あるいは地方の負担の分等、特に、さきの答申書には公共事業につきまして相当重要な指摘もありますから、公共事業につきましては少しく詳細に資料を整備しておいていただきたいと思うのであります。それでは、それらの点につきましても資料が整いました上で質問すること…

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 それではそれも次に譲ることにいたします。 次に、本年四月号の文芸春秋によれば、北大の中谷宇吉郎博士が、見出しとして、「北海道開発に消えた八百億円」、註には「われわれの税金をドブにすてた事業の全貌」、こういうことで相当辛らつな、ないしは露骨な記事が掲載されております。文芸春秋は、申し上げるまでもなく、総合雑誌といたしましては最大の発行部数を持っておる雑誌でございますので、全国の識者層に大きな衝動を与えたのでないかと私は考…

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 やはりあなたの方もこの論文をお読みになり、事の重大性を御認識になっておるようであります。そしてまた、これは中谷氏の所見は根本的な誤まりがある、引用した統計も誤まっておる、結論が誤まっておる、このような大きな誤まりがあるという判断に到達をせられたら——千億近い金をどぶへ捨てたような表現をして、それで一体あなたの方で黙っておるということではどうかと私は思うのです。やはり今お述べになるように、一部若干の成績が悪いのもあるけれ…

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 次長並びに政務次官のただいまの御発言は、私は非常に重要な内容を持ったものと思うのであります。一応文書によって、要点だけでよろしいですから、根本的な誤まり、統計的な誤まり、結論のあやまりをごく簡潔に出していただきたいと思います。

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 私は今後北海道開発の事業をどういうふうに進展せしむるかという点から考えても——第一次五カ年計画は明後日終了いたします。第二次五カ年計画を遂行するとなれば、四月一日から実施しなければならない。おそらくこの内容は予算化してあると思うのであります。そうなりますと、もし産業計画会議が中谷博士の指摘のごとくゼロに近いようなずさんな計画の実施と批評し得るものならば、私は第二次計画というものも根本的に出直してもらわなければならぬこと…

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 その点どうも私今聞いておって一つもはっきりしないのです。たとえば開発庁で組んだ予算が農林省に移しかえをいたしました瞬間に、その予算執行は農林大臣の責任になるのじゃないかと思うのであります。従って予算執行の見地から見る責任の関係というものは、今お説の通り、分割して北海道知事に代行委託しておるから、その執行は一種の地方公共団体の地位においてその責任があるというように分割せられておるようであるが、予算というものはそういうもの…

日本社会党1957/03/29

26衆議院 決算委員会 第18号

○吉田(賢)委員 それじゃその問題はその程度にして、ちょっともとへ戻りまして、開発庁次長に一つお確かめしておきたいと思うのでありますが、第二次五カ年計画というものは三十二年から進行するわけですね。三十二年から進行するのだが、すでに三十二年の予算は国会審議中です。そうすると、その予算は内容として盛り込まれておると一応考えるのだが、それならばあなたの方で、調査会等から出てきた各種の批判がやはり政府内部にも反映して、批判当らずというのか、批判…

日本社会党1957/03/28

26衆議院 決算委員会 第17号

○吉田(賢)委員 まず井本刑事局長にお伺いするのでありますが、莫大な国庫金を年々交付を受け、使用しておりまする都道府県の財政の監督は、まことに国家財政の監督の見地から見ましても重要な問題でなければなりません。しかるところ、当委員会におきましても東京の第一相互銀行の財政経理の問題に関しまして、かつて質疑をしておったのでございますが、がぜん数日来紙上伝うるところによりますと、福岡県の副知事らがこの第一相互銀行に対して公金をやみ融資したとか、…

日本社会党1957/03/28

26衆議院 決算委員会 第17号

○吉田(賢)委員 ただいまの山本副知事はどこでお調べになるのですか、東京ですか福岡ですか。

日本社会党1957/03/28

26衆議院 決算委員会 第17号

○吉田(賢)委員 現職の副知事であり、また特に九州の行政、産業、経済あらゆる面で中心をなしておる大県の副知事並びに出納長というきわめて重要な行政上、社会上の地位を持っておる人らであります。で、相当確実な証拠によって調査が進められるものとわれわれも信じます。そこで事実関係はだんだんと判明していくかと思うのでありますが、一体このすでに多数の被疑者を出し、また幾たびか新聞等によって喧伝せられ、社会を騒がせました第一相互銀行の不良貸付関係、その…

日本社会党1957/03/28

26衆議院 決算委員会 第17号

○吉田(賢)委員 これは直接捜査当局が十分な知識も持っておられるのであろうかと存じますけれども、私どもにはあまりにも想像のほかでありますので、実はあなたに伺うのであります。これがなお市中銀行であるというならわかりますが、市中銀行ではない。そうしてもう破産、倒産で預金者を大騒がせをして、日本中で相互銀行事件というたら第一相互銀行と言われるほどの銀行である。その銀行に預金がきれておる、しかもそれは大県である、こういう事実でありますので、これ…

日本社会党1957/03/28

26衆議院 決算委員会 第17号

○吉田(賢)委員 東条銀行局長に伺いますが、あなたの方では、いつぞやこの委員会において、第一相互銀行を検査したというふうにおっしゃっておりましたが、最終の検査はいつでありましたか。

日本社会党1957/03/28

26衆議院 決算委員会 第17号

○吉田(賢)委員 その以前はいつですか。

日本社会党1957/03/28

26衆議院 決算委員会 第17号

○吉田(賢)委員 それでは三十年一月ごろからの年月日を逐次言ってもらいたい。