加藤陽三
会議録に記録された「加藤陽三」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 3,013 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- 防衛政務次官
- 直近の発言日
- 1960/02/26
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛83 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 内閣委員会76 件・76%
- 内閣委員会恩給等に関する小委員会24 件・24%
※ 全 3,013 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 これは、今申し上げました通り、予算積算上の根拠といたしましては、ある程度の消耗を見ておるわけでございますが、その基礎に立てば三百四十九機ということでございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 二月一日現在では二百四十六機でございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 これは二月一日以降におきまして生産のできるものを加えなければなりません。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 本年の三月末日における推定の機数が、三百四十九機でございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 先ほど御説明いたしました通り、今までの二十七機の消耗は、年度別には三十一年度に一機、三十二年度が十二機、三十三年度が八機、三十四年度が六機でございますが、この二十七機のうちの十六機が各年度別に何機かということは、今ちょっと手元に資料を持っておりません。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 二十七機、現在消耗しております。そのうちの十六機がMAP供与のものでございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 そうです。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 先ほど申しました二月一日現在におきまして、三百四十六機でございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 想像じゃありません。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 教材に回しました九機は、現在数に入っておりません。 それから申しわけないのですが、二月一日と申し上げましたが、二月二十一日でございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 午前中お尋ねがございまして、お答えいたしませんでした資料が整いましたので、お答え申し上げます。 まず第一は、返還いたしました四十五機でございますが、これは昭和三十二年の四月、五月、六月の間に供与を受けたものでございます。供与を受けまして、木更津の補給処に置いておりましたものでございます。 第二点でございますが、MAP供与の十六機の減耗の年月でございます。これは三十一年に一機、三十二年に十機、三十三年に四機、三十四年…
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 使ったこと、ございません。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 三十二年の四月、五月、六月の間に供与を受けまして、返還をいたしましたのが昨年の三月でございますから、二年足らずでございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 返還をいたしました四十五機につきましては、国産のものと同じ性能のものでございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 これは、昨年私の方の大臣からも御説明ございましたが、一番の問題はパイロットの養成が思うようにいかなかった。それは二十九年に航空自衛隊ができまして、逐次ジェットのパイロットの訓練計画を立てまして進めたわけでございます。ところが、ジェットの教育訓練につきましては、今まで経験がございませんでしたので、大体アメリカの資料をもとにいたしまして訓練計画を立てたのでございまするが、それが思うようにいかない技術上の問題が一つと、飛…
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 今おあげになりました数字は、三十四年度末のわれわれの方の推計として申し上げた数字でございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 千十七機でございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 千三百機というのは、第一次計画におきまする昭和三十七年末のわれわれの方の推計の数字でございます。三十五年から七年までの間には、もちろん、生産したものも相当消耗するものと考えておったものでございます。今お尋ねになりました八十三機という数字につきましては、はっきりした記憶はございません。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 三十五年度の予算に計上してありまするものと、供与を受けまするものとを見込みまして、三十五年度末の飛行機の総計が、千百十五機というふうに計算をしておるわけでございます。
第34回 衆議院 予算委員会第一分科会 第3号
○加藤(陽)政府委員 F86Fについて申し上げますと、昭和三十五年は四十三機の生産でございます。それから減耗を見込みまして、二十八機の増というふうに、一応の見込みを立てておるわけでございます。F86Dにつきましては五十六機——これは三十四年度末でございますが、供与を受けますものを、大体年度末に五十四機というふうに推計をいたしまして、さらに米国より六十数機の供与を受ける、その中の減耗を見ますものですから、五十四機が五十九機ふえまして百十三…