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日本社会党衆議院
総発言数
8,536
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1971/11/17

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会98 件・98%
  • 本会議2 件・2%

※ 全 8,536 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,536 20 を表示
日本社会党1971/11/17

67衆議院 商工委員会 第6号

○加藤(清)委員 本日はこの程度で終わります。

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 お許しを得まして、ただいま上程されておりまする二法案について若干の質問をしたいと存じます。 およそ政府がなす事柄につきましては、きわめて慎重に深謀遠慮の計画を立てておやりになりまするけれども、それでも事故があとを断たない。いま政務次官が二度と再びかようなことのないようにとおっしゃられましたが、ああいうことばをぼくは何度聞いたか、わけがわからないというほどたくさん事故が起きている。その事故は、人が計算すればたいてい思考し…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 次官さん、通産省は実態を把握する能力を持っていないのですよ。中小企業倒産の実態を把握する能力を持っていないのです。通産局をどんなに動員なさろうと、中小企業庁をどんなに動員なさろうと、倒産の統計も持っていないのです。これはよく覚えておいてくださいよ。よその民間企業の調査機関のデータをまるごと受け取って、それでもって対策を立てておるのです。このことはもう二十年来いわれてきていることなんです。先ほど来の——ぼくは金融の歩積み…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 次官、きょうは新聞がほとんどいないのです。お客さんもほとんどだれもいないのです。何をおっしゃっても私はあなたのあげ足をとってあなたを攻撃しようとか局長さんたちをやっつけようとか、そんな気持ちは全然ありませんから。ただ、何とかして倒れていく中小企業にころばぬ先のつえを与えてやらなければいかぬ、せめてできることならば彼らの涙なりともぬぐうてやりたい、こういう気持ちで過去二十年間私はよその委員会に行かずにじっとここにおるので…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 協力にやぶさかではありません。おのれみずから言い出したことであるし、この言い出しっぺは二十年前にさかのぼるのですから。いまの京都の蜷川知事がまだ初めて中小企業庁の長官になったころからの歴史の長い意見ですから、これはひとつぜひやっていただきたいと思います。そこで、実行に移されるにあたっていろいろネックはあるでしょう。大蔵省との交渉もあるでしょう。そのポジションをどこに置かれるがは、それはあなたたちのいまの権力者の自由です…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 あなたは繊維局長になられたばかりだから、これは無理だろうと思いますけれども、だからきょうは局長さんたちを突っ込んで立ち往生させて快哉を呼ぶというような方向ではなくて、予算委員会方式ではなくて、お互いにころばぬ先のつえをつかしてあげよう、中小企業の涙をぬぐうてあげようという立場に立ってものを申しますから、不勉強などとは言いませんが、あのときに中小企業の陶器屋さんの、特に壁タイル、モザイクタイルの三割余が倒れたのです。調べ…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 たいへん正直でけっこうです。私もそうだと思います。しかしいま第一会館、第二会館へ行ってごらんなさいよ。似たようなバッジをつけた地方の議員さんが毎日くしの歯をひくように来てみえるでしょう。陳情を受けなくてもいいですから、食堂へ行って聞くとはなしに聞いておってごらんなさいよ。そうするといい勉強になりますから。何を言ってみえるか、これは全部地場産業の方々が地元の代議士をたずねて見えて、何とかしてくれといっておられるのですから…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 わかりました。次官、お聞き及びですか。大臣が政府間協定という衝撃を与えた、そこで少なくともアメリカ輸出は三割以上削減されるであろう、しからばそこから被害者はどの程度出るかとお尋ねしておるのです。ところがそれがまだわかっちゃいない、こう言う。わかっちゃいなければ対策はできないのですね。と、川崎と同じ結果になるじゃございませんか。だからこそ、かくすればかくなるという先の見通しをつけるぐらいの機能はおのれみずからの手で持ちな…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 そうですね。わかりました。それじゃ、私の質問が無理なのか。そうではないと思う。現にこの年末から来年の三月にかけて発生し得るであろうと想定できる問題について、いち早くそれを察知して手当てをしてあげなさいと言っているのですからね。しかし確たる実態の把握ができないとおっしゃる通産省も、これまた怠慢とはいえないと思うのです。なぜいえないかといえば、そういう機能を持っていないから。大臣出ていられないから、稻村次官さん、ここで私が…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 金融のことについては私は語ろうとはしない。けさほどから聞いておって、あれは実りのないことだなと思っていることだから。なぜ実りがないかといったら、あなたたちがどれだけ金を用意しても、いままさに倒れんとしているような中小零細企業は貸してもらえないのです。なぜもらえないか、担保がないからです。担保はすでに全部入っちゃっているんです。設備の権利金までが担保になっているのです。その設備を買い上げるにあたって、物の値段で買い上げよ…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 構造改善並びに先般行なわれました自主規制の関係業界、これは当然のことなんです。アウトサイダーじゃないんだから、直接被害者なんだから、それが入るのはあたりまえの話なんだ。しかし、この影響というものはそれだけでとどまるものじゃないのです。公害と同じなんです、これは。行政区域内に入っているからその人だけは助けるけれども、あと行政区域が違うとるから企業の責任はないんだなんて言ったって、公害は流れていくのですから、海の水は流れて…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 それはたいへんな手抜かりですよ。あなたの先輩に小室という人がみえましたね。いまから十五、六年前の繊維局長。そのときに、最初に小室私案というものが出た。申し上げておきますが、そのときの重工業局次長に佐橋という人がみえた。繊維局と重工業局とが一致して、そこから発生する、すなわち小室案から発生する犠牲者は全部救いましたよ。それがいまトヨタの自動車となり、鈴木の自動車となり、北陸の建設機械になっているのですよ。全部救いましたよ…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 これは手落ちもはなはだしいですね。繊維局長の答弁としてはそれでけっこうです。あなたの言うとおり、ほんとうにそれで救われればけっこう。しかし、これはいずれまた時間をいただいて、そういうマクロの立場からでなしに、ミクロの立場であなたと一問一答をやってみたいと思います。それだけじゃ救われませんよ。 ところで、次官が見えますから申し上げますが、北陸に津田駒という織機メーカーがありますね。北陸織機というものがありますね。ここの注…

日本社会党1971/11/12

67衆議院 商工委員会 第4号

○加藤(清)委員 もう時間ですからこれでやめますが、次官、よく聞いておいてください。とかく、自民党政府は大企業にはたいへん親切だけれども、中小零細企業には非常に冷たいといわれておるんですがね。そういうことはないと抗弁なさる人も多いです。それならやってもらいたいんだ。なぜかならば、鉄がちょっと不況になったといったら——あの鉄の不況は政府の政策もさることながら、この繊維協定のように政府みずからがつくり出したことで起こるんじゃないですよ。にも…

日本社会党1971/11/10

67衆議院 商工委員会 第3号

○加藤(清)委員 お許しを得まして、ただいま上程されておりまする二法案に関連し、特に二法案が指摘しておりまする中小企業対策、その対策も繊維にしぼって御質問をしてみたいと存じます。 外務省は来られましたか、吉野さんは。

日本社会党1971/11/10

67衆議院 商工委員会 第3号

○加藤(清)委員 待つこと久しです。あなたにここへ来ていただきたいために委員長にお願いして、これで五回目でございます。すでにあなたがアメリカの大使館にいらっしゃるころ、内地へお帰りになって繊維協定の問題をあれこれ下田君の身がわりとして詰めなさったそのころから、何度も要求しているのでございます。きょうもきょうとて、いますでに四時十八分で、二時から待つこと久しです。しかし、官房長官御多用中の御身でありながら御出席をいただきましたので、時間の…

日本社会党1971/11/10

67衆議院 商工委員会 第3号

○加藤(清)委員 おっしゃったことばはわかりますけれども、理解はできません。遺憾ながら理解はできない。ただ、私がなぜこういうことを聞かなければならぬかと申しますと、田中通産大臣は、国民の輿望をになって通産大臣になられた。私も二十年来ずっと信頼してきているのです。で、まあ佐藤内閣の最高の実力者であるといわれていた。大平、宮澤さんお二人がずっとがんばり通してみえたことなんです。したがって、業界もまたがんばっていただけるだろうと期待をしていた…

日本社会党1971/11/10

67衆議院 商工委員会 第3号

○加藤(清)委員 一九犬九年十一月十九日、佐藤首相とニクソン大統領の間で始められたと覚えておりますが、そのころあなたはアメリカの大使館詰めでいらしたはずでございますね。

日本社会党1971/11/10

67衆議院 商工委員会 第3号

○加藤(清)委員 そのおりに、ニクソンさんのほうから、一体日本の佐藤さんに対してどういうことが要求されましたか。同時に、佐藤さんは何の目的で、どの場所でニクソンさんとお会いになりましたか。

日本社会党1971/11/10

67衆議院 商工委員会 第3号

○加藤(清)委員 二人だけで会われたのでございますか。通訳も何もなかったのでございますか。