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日本社会党衆議院
総発言数
4,489 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
—
直近の発言日
1954/12/04

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 大蔵委員会60 件・60%
  • 大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会20 件・20%
  • 産業公害対策特別委員会20 件・20%

※ 全 4,489 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,489 件中 20 件を表示
日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 本日は吉田首相が出席されるはずになつておりまして、昨日も理事会ではつきり明言されたわけでございますが、急に決算委員会が一諸になりまして、例の病気が出まして、御出席になりませんので、せつかく、最後の機会でございましたし、特に六年間も政権をとつておられた吉田首相に対して、われわれもいろいろな考えを持つておりましたが、変更になりましたので、やむなく緒方副総理にお尋ねするわけでございます。政局が微妙になつて参りまして、われわれ…

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 そこで緒方さんを中心としていろいろ御相談があつたそうでございますが、自由党の幹部諸君は吉田書簡をどういうように御解釈になつて結論をだされたのでございますか、お尋ねしたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 その後自由党の幹部の方からいろいろ結論が出まして、私もラジオで聞いたのでございますが、緒方さんが総裁として将来就任なさるという、そういうことがございまして、実は議員総会でも緒方さんのごあいさつがあつたと思うのでありますが、いつ後任の総裁になられるのか、その点のお考えを緒方さんの判断でけつこうでございますから、お知らせを願いたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 その後の情勢を考えてみますと、どうも吉田さんはやめないのじやないか、緒方さんには失礼でございますけれども、ただ緒方さんに総裁にするということを言つただけで、もしそのまま総選挙に臨んだ場合に、第一党になつたならばまた政権をとつて行かれるのではないかというような感じがするのでありますけれども、そういうことについてはどういうお考えを持つておられますか、緒方さんの御意見を承りたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 いずれ私たちは不信任案を出すことになつておりまして、きようのところでは七日の午後出すことになつておりますが、こういうような場合に吉田さんのもとで解散があるのかどうかということについての御判断を、ひとつお聞かせ願いたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 それでは吉田首相のもとで、解散になるというふうに解釈をしてもよろしゆうございますか。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 いろいろ政局が混迷をいたして参りまして、この三日間から同僚議員からたびたび混迷の責任が吉田首相にあるということを言われており、われわれもそう存じますが、しかし私たちがお尋ねしたいのは、今までずつと吉田さんは引退をするというような解釈でわれわれは考えておりましたが、この二、三日予算委員会でわれわれが吉田さんと対しておりますと、引退どころか、もつとどこまでもやつて行こうというような非常に強い熱意が感ぜられるわけでございます…

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 もう一点緒方副総理にお尋ねいたします。実はきよう同僚議員の中曽根君から、自由党からわれわれの党の社会党へいろいろ運動があるというような誤解のあるようなことでありましたが、きよう私が調べたところによりますと、私たちの方では自由党とは全然そういう関係は持つてないという幹部の話がありました。その点われわれの党の名誉のために、ここでひとつはつきりと確認していただきたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 われわれは解散を予定しておるわけでございますが、もし解散がされない場合に、吉田内閣が辞職をして緒方内閣が万が一できた場合においては、緒方さんはどういうような――すぐ解散をやられますか、そういう点について、これは仮定のことでございますけれども、ひとつこの際御意見を承りたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 あまりデリケートなことになりますから、これ以上追究いたしませんけれども、私がただ一点緒方さんに申し上げたいのは、今日の吉田内閣への不信というものは、前々からあつたのでございますけれども、何と申しましても指揮権の発動というのが一番大きな原因をなしておると思うのでございます。そういう点について緒方さんも共同の責任者でございますが、なぜあのときに政府は指揮権を発動しないで総辞職をしなかつたか。こかはむしろ私は吉田首相に聞きた…

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 しかるにあの当時その衝に当られた犬養法務大臣は、着任をとつてやめられておるわけでございます。ところがあとの閣僚はやめられないで、そのままほおかむりをされたのでございますが、この点についての解釈はどうしたらよろしゆうございますか、ひとつ御判断を願いたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 これは緒方副総理を責めるのは酷だと思うのでございますけれども、しかしいやしくも吉田首相が自分で任命した法務大臣であり、しかもそれが社会的にあれほど大きな影響を与えたために、良心のある法務大臣は辞職したと思うのでございますが、そういう点について、昨日吉田首相はここで指揮権の発動のことについてのいいか悪いかは、総選挙できまるのだ。これを国民がいいというか悪いというかということは、今度の選挙できまるということを吉田総理はここ…

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 私たちが指揮権の発動について非常に大きな不満を持つておりますのは、おそらく日本の全国民は、時の権力を打つた者やあるいは高位、高官の者だけは、どんな悪いことをしても罪にならぬ。御承知のごとく、山本内閣のシーメンス事件は、わずか二十万円の金を、時の海軍省の経理局長がとつたということで総辞職をしておるわけでございます。ところが今度の汚職事件はそういうようなことでなく、相当自由党の幹部諸君や官庁の重要職の方が、こういう事件の嫌…

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 これは解釈の相違でございまして、私たちと緒方さんとは考えが違うのはやむを得ませんけれども、しかし緒方さんとしてはああいうような事件を起しても、指揮権を発動しても、自分たちは責任を感じないでやつて行こうというように判断をされておられますかどうか、ひとつ伺いたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 幸か不幸か、自由党内から民主党へ走られた人がありまして、実は与党が絶対多数でないので政局が転換するようなチヤンスを迎えたわけでありますが、もしこういうようなことがなかつたならば、四年間もそういうようなことが続いて行く。そして一年か二年になれば大体忘れられて行くというような結果になつても、そういうことは政治道徳上何ら考えないというふうにお考えでありましようか、お聞かせを願いたいと思います。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 そのことに関連しまして、きよう中曽根委員から吉田内閣は独裁的なことをやつておるというような解釈がありまして、悪いことをしても最後に指揮権を発動していつまでもやめないということになれば、当然党内に正義の人たちが出て来て、そしてよそに党をつくるということはやむを得ないというようなお話がございました。これはわれわれと多少考え方を違えております。私たちは少くとも自由党を出て来た人たちが、やはりその任期の続くまでこういうようなこ…

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 いつまでやつてもいろいろ話が尽きませんから、ちよつとほかの話に転換いたしますが、実は先国会の終りのころに、吉田首相は外遊することがきまつておりました。ところが国会においてどんなに予算委員会で質問しましても、仮定の事実だからそんなことはわからないということで、最後までわれわれにひた隠しにして行かれました。ところが臨時議会を急に開くことになつておりましても開かずに、九月の初めに吉田首相は出かけられたのであります。そこで私た…

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 そうすれば国会なんかどうでもいい、自分たちは政権を握つておれば、どんなことをやつてもいいという解釈をしてもよろしゆうございますか。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 しからば先に自粛国会を開くということが四党できまつたわでございます。当然早く臨時国会を開いてやるという話になつておりましたが、それを開かずにおいでになつたのはどういう理由でございますか。

日本社会党(左)1954/12/04

第20回 衆議院 予算委員会 第3号

○佐藤(觀)委員 自粛三法というのはなるべくつくらずにおいておられたのでありまして、これはあなたの方で逃げればいくらも逃げられる道はございますけれども、これは私たちとしてはどうしても納得できない点でございます。 それからちようど吉田さんかヨーロツパ、アメリカにおいでになるときの途中に、御承知のように日本は暴風雨でございまして、洞爺丸のような世界第二の大きな事件が起きました。これはちようど吉田首相が向うに行かれた間に起きたのであります。私…