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日本社会党・護憲共同衆議院
総発言数
1,138
直近の所属会派
日本社会党・護憲共同
直近の役職
直近の発言日
1989/06/21

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会59 件・59%
  • 大蔵委員会40 件・40%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 1,138 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,138 20 を表示
日本社会党・護憲共同1989/06/21

114衆議院 文教委員会 第5号

○佐藤(徳)委員 私は、提出者を代表いたしまして、ただいまの法律案に対する附帯決議案について御説明を申し上げます。 まず、案文の朗読をいたします。 著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、文化の発展に寄与する著作権保護の重要性にかんがみ、著作権思想の一層の普及に努めるとともに、次の事項について適切な措置を講ずべきである。 一 「実演家等保護条約」締結後における著作隣接権制度の円滑な運用を図るため、商業用レコードの二…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 私は前半、今大きな問題となっておりますリクルート事件、この疑惑の問題と、さらに、政界にまで波及した今日の政治実態でありますだけに国民の皆さんの関心は非常に強いし、同時にまた、リクルート疑惑を徹底的に解明してほしいという国民のその願いというのはまさに大臣も御承知のとおりだろうと思いますけれども、とりわけその中心的な役割と申しましょうか、その渦中にあるのが文部省である、残念ながらそう言わざるを得ません。この問題に関しまして…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 今私が申し上げましたように、これで終局するということになれば、それでなくても政治不信が極めて高まっている折だけに国民が納得しないだろう、こんなふうにも私は考えるわけであります。国民の期待にこたえられるような法務省としての態度あるいは見解、特に検察に対する問題、こういう問題につきまして国民が納得のいくような捜査の進展なり状況というものをぜひつくっていただくことを私の方から指摘しておきたいと思うわけであります。 そこで、藤…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 今説明をいただきました中に、特に藤波代議士の問題につきまして、昭和五十九年三月中旬ころ官房長官公邸において江副から云々とあります。そこで、三月中旬とは三月の何日だったか、特定できますか。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 次に、文部大臣にお尋ねをいたします。法務省の方、大変ありがとうございました。お引き取りいただいて結構であります。 今法務省から起訴事実の内容につきまして説明があり、大臣もお聞きになっていたとおりでありますけれども、特に私は、終始文教委員会に所属をしておりました関係からいいましても、とりわけ池田代議士とは同じ委員会に所属をしたこともありますから、その意味では極めて残念なことであり、極めて遺憾なことである、こう考えざるを得…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 もちろん、いずれ裁判で明らかになる話でありますが、しかしコメントを差し控えるというのはちょっと私は納得できません。 高石問題を初め、今度の問題は就職協定問題に絞られているようでありますが、実は就職協定問題だけではなくて、リクルート事件というのは非常に広範にわたっておりまして、その中心的な役割と申しましょうか、中心的な状況に文部省自体が置かれていたということは既に大臣御承知のとおりなのであります。そうだとすれば、裁判の判…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 それでは、この問題だけやりますと時間をとりますから、具体的な問題でお尋ねをしながら、大臣並びに担当者の見解をお尋ねしたいと思います。 まず、その第一は、昭和五十九年一月十二日、日経連の松崎専務、この方は中央雇用対策協議会の座長をやられておったはずでありますが、守られていない就職協定の廃止を発言したようでありまして、そして同一月三十日に就職問題懇談会、これは文部省、国公私立大学、十一団体で構成されているはずでありますけれ…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 私の質問に的確にお答えになっていないようでありますが、こういう発言の事実に立ちまして、文部省は当時そういう発言を受けてどういう検討を行い、そしてどういう対策を行ったのかとお尋ねしているわけでありますから、質問に答えてください。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 それでは、昭和五十六年十一月に労働省が就職協定の監視役から撤退をしたはずであります。撤退を労働省がやったその直接的な理由、労働省の方はお呼びしておりませんけれども、関連する問題でありますから、文部省も既に十分御承知だろうと思いますのでお尋ねをいたしますが、労働省が撤退をしたその直接の理由は何であったのか、お答えをいただきたいと存じます。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 それでは、次にお尋ねをいたします。 藤波氏の起訴事実は、五十九年三月中旬ごろ官房長官公邸で江副氏から就職協定に関して請託を受けたとしているわけであります。 就職協定問題は、今お答えをいただきましたように、既に労働省が手を引いておりまして、所管は文部省であったはずであります。この文部省、当時の大臣はたしか森さんだったと記憶をしているわけでありますが、藤波氏が請託を受けるというのもどうなのかなというふうなことも考えられない…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 昭和五十九年二月三日に自民党が教育臨調構想を了承して、これが政局の焦点になったことは御承知のとおりであります。その法案作成過程で、首相の中曽根氏と文部省との間に意見の相違があったとよく伝えられておりましたが、そのため法案提出がおくれた、つまり意見が合わなかったという新聞報道等もあるわけでありますけれども、その相違点は当時どこにあったのでしょうか。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 いろいろの御配慮からそういうお答えになったんだろうと思いますが、しかし、かなり臨教審問題は就職協定問題で、それだけではありませんけれども特徴的にあらわれている問題ですから、私は極めてこの問題を注視したためにお尋ねをしたわけであります。 そこで次にお尋ねいたしますのは、昭和五十九年三月十六日に当時の中曽根首相と森文部大臣との会談があったはずであります。臨教審委員の人数が、九人から十五人が二十五人に増員されました。その増員…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 昭和五十九年三月時点では既に臨教審委員の人選が始まったはずであります。三月六日、中曽根・森会談が行われておりますね。これは人選のお話があったのかどうかおわかりになりますか。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 本当は当時の大臣の森さんに来ていただいていろいろ事情をお尋ねすれば一番よろしいはずでありますが、いずれ機会があるでしょうから、文教委員会だけではなくて、その時点で明らかにされればこの一連の流れについての経過ないしは中心的な問題については浮き彫りにされるのじゃないかと私は思います。 さて、その次でありますが、五月十八日、これは読売新聞に掲載されているわけでありますけれども、関係者の話としてという前置きがついておりますが、…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 あなたが承知している限りということでありますから、いずれ事実関係はやがて明らかになるだろうというふうに私も思いますから、この問題はこれで終わりまして、次に進めさせていただきます。 昭和五十九年四月十四日の新聞にいろいろ掲載をされておりますけれども、政府は臨教審の五月発足を断念をし七月一日にスタートする方針を、事実上、新聞などによってもこれは後日決められたことが明確になっております。その直後、昭和五十九年四月十五日、藤波…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 この問題は非常に根が深い問題でございまして、単に今のお答えだけでそれで了解するとかとどまるという問題ではなかろうと思いますが、私が今申し上げましたその問題についても、後日でも結構ですから、十分お調べになられた方がよろしいのじゃないか、こんなふうに思っているわけであります。 このスリ一八ンドレツドクラグのゴルフをやられました後に、クラブハウスで午後二時十九分から午後三時三十四分まで当時の中曽根首相と藤波官房長官、森文部大…

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 昭和六十一年二月二十日、文部省が新就職協定の原案を提示したようであります。これは多分学生課長が行ったようにお聞きをしているわけでありますが、この協定原案の中身は何であったのでしょうか。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 次にお尋ねいたしますが、昭和六十年の四月に臨教審第二部会が開かれておりまして、ここでは答申のたたき台として経過報告がまとめられていたはずであります。全容については結構でありますから、特に学歴社会の部分についてその内容を説明してください。どういう経過報告がまとめられたのか。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 その経過報告が出されましたカ月後において、つまり、昭和六十年六月、第一次答申の発表がありました。これも、学歴社会の部分についてのみで結構でありますから、どのような答申になったのか、お答えください。

日本社会党・護憲共同1989/05/24

114衆議院 文教委員会 第4号

○佐藤(徳)委員 今お答えいただきましたように、六十年の四月には、先ほど大臣がお答えになったとおりのことが経過報告では載せられているわけであります。すなわち、官庁や企業で学歴による昇進や賃金格差は小さくなっており、我が国の実態は有名校を偏重する学歴社会とは言えない、これが六十年四月の経過報告で述べられている中身ですね、間違いなく。 ところが、六十年の六月、つまり二カ月後には、今お答えをいただきましたが、有名校重視につながる就職協定違反の…