佐藤信二
会議録に記録された「佐藤信二」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 1,283 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- 通商産業大臣
- 直近の発言日
- 1976/01/26
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体2 件
- 労働・賃金2 件
- 防衛1 件
- 住宅・不動産1 件
- 社会保障・年金1 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 商工委員会59 件・59%
- 決算委員会19 件・19%
- 石炭対策特別委員会18 件・18%
- 本会議4 件・4%
※ 全 1,283 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第77回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
○佐藤信二君 私は実はその資料がなかったので、いろいろ新聞の切り抜きを持ってまいりましたが、ある新聞では二十万人、ある新聞では四十万人ということでありまして、いまの局長の五十万人というのは初めてお聞きする数字でございますが、その数字は間違いございませんか。
第77回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
○佐藤信二君 そうすると、いま申しましたように、沖繩県の方では六十万というふうに想定している、いまの局長のお話でも大体差が十万人あるわけで、やはり十万人ということは大変大きな数字ではないだろうかと思いますので、いま申したように、沖繩県に対する負担ということを真剣に考えてもらいたいし、また、これに対する国としての何か助成金というものはお考えになっておりますか。
第77回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
○佐藤信二君 もう一つ最後に質問いたしますが、大分海洋博後において失業者、倒産者というものがふえた、増加したというふうに実は聞いておりますが、こうした数字というのはどの辺まで把握なさっておりますか。
第77回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
○佐藤信二君 失業率が他府県に比較して大変大きいというふうに実は聞いているわけでございますが、これはもちろん海洋博だけの実は問題ではないと私も存じ上げておりますが、やはり海洋博の閉会による施設の中の失業者もあるでしょうし、そしてまた、あの周辺の商品街、ホテル街の失業者、倒産というものがあると思いますので、こういうものに対する今後の対策というものをお聞きしたいんです。
第77回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
○佐藤信二君 いまのお話を聞きまして、やはり今後の沖繩県——県民としては大いに県の発展ということを期待しているわけでございますので、総務長官にも、いままでの御方針のように、責任を持って対処されることを心からお願いしまして私の質問を終わります。
第75回 参議院 運輸委員会 第10号
○佐藤信二君 どうも御丁寧にありがとうございます。 —————————————
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 第二班、御報告いたします。 本特別委員会の小谷委員、星野委員及び私の三名は、北方領土問題等に関する調査のために、去る十月十四日から十七日までの四日間にわたって北海道を訪問し、札幌市、根室市及び羅臼町においてそれぞれの当局者並びに関係諸団体等からの意見や要望を聴取するとともに、海上保安庁の巡視船で北方領土の視察を行ないました。なおこの調査には、全日程にわたって相沢理事が現地で参加いたしました。 今回の調査においては、現地関係…
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 私は、北方領土の返還についてお聞きしたいと思うんです。 先月の十四日から十七日の間、先ほど御報告いたしましたように、視察団として現地を訪問した一人であります。現地の引き揚げ各団体から実はいろいろな問題を聴取いたしました。その中で一番問題だったのは、何といっても返還の問題であります。昨年の十月に田中総理が訪ソされ、日ソ共同声明というものが発表されて以来、四十九年にはたいへんに進展するだろうということを現地の人は期待をしていた…
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 いまの御答弁でありますが、あくまでも外交交渉というのは相互の信頼と、そしてまた日本側の誠意によって実現するんではないだろうか、かように私は考えます。しかるに、ソ連側からはこの問題に関して外務大臣が日本を訪問してよいというふうな話があったという御回答がいまありましたが、それに関して、日本から外務大臣が行かれる時期の問題ですが、あのときの共同声明には、四十九年、「一九七四年の適当な時期に」と、こういうふうになっておりますが、こ…
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 いまのお話しだと、共同声明にある一九七四年というのは、来年の一月まではタイムリミットがあるというふうに考えていいんですか。
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 また、ソ連側から木村外務大臣の訪ソということについて要請があったというふうなお話しがございましたが、いつそういう要請があったんですか。
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 そうすると、十月に向こうから回答があったら、十一月、十二月という二ヵ月の間にソ連に行かれるという時間的な問題があったと思うのですが、外務大臣は先日からアフリカのほうだとか、またアジア諸国のほうの訪問にいま行っていらっしゃって、ソ連のほうにはおいでにならなかったということは、あまりこの問題に関しまして誠意がないというふうに国民から取られてもいたし方がないと、かように思いますが、いかがですか。
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 私がお聞きしたかったのは、この北方領土の返還というのは、引き揚げ者だけの問題ではなく、日本の国益ということを考えた場合、たいへんな重大な問題だと私は思うんです。そうした場合に、今後の政治的なスケジュールということを考えた場合に、いまから臨時国会の召集があり、また通常国会、そしてその場における種々の討議からまいりますと、なかなか一月に行かれるということも技術的にむずかしいのではないか、かように実は思うのであります。しかしこの…
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 いまのお話をお聞きして私たちはたいへん意を強くするわけでありますが、この十一月の五日の日に在日ソ連大使館筋というものがこの問題に関して発表している、こういうことが翌日の十一月六日の一般新聞に一斉に報道が実はされております。この中で朝日新聞は、日ソ平和条約は「交渉進展は望み薄「領土」で依然強硬」というふうな実は見出しを出しているし、またサンケイは、「「北方領土」譲歩せぬ」「在日ソ連大使館筋が強調」という見出しであるし、また読…
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 ところが同じ新聞の中でも、毎日新聞には、「「平和条約の交渉過程で決定」領土で柔軟発言」というふうに出ているわけであります。そうすると、実はこの新聞の記事というのは、新聞のとり方によってずいぶん違うことを報道するんじゃないか。いまのお話だと、毎日の記事のほうが非常に外務省当局のお考えというか、見解と一致しているというふうに解釈していいんですか。
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 新聞記事に固執するようでたいへん恐縮でありますが、この中で、先ほども若干話が出ましたが、結局日本には日中平和友好条約ではむずかしい問題、尖閣列島の問題は避けて通ってもよいとの雰囲気があるのに、日ソ間ではそのむずかしい問題、北方領土が平和条約の条件となっているということを向こうは言っている。こういうことでありますが、この日ソ平和条約と日中平和友好条約というものは、性格的に友好という字があるかないかでもって違うんですか。
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 そうすると、話が若干飛びますが、日中間においてはこうした領土問題というのは、この日中平和友好条約のあとにおいてやはり何か条約というようなものでもって処理があるんですか。
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 よく御説明でもってわかりましたが、そうすると、あくまでも日ソ平和条約の締結の際には、この領土問題というものを抜かしては締結というものができないというふうに解釈していいんですね。
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 それではその問題はよくわかりましたが、私自身北海道に参りましたときに、現地でもって現地の関係者の中から、墓参に行ったときに、もうすでに戦後三十年たっているので、墓地の中における日本人の墓標よりか、ソ連人の墓標のほうが数多く実は見える。ということは、それだけ北方領土というものが日本から遠くなったんだ。自分たちが生きてる間にはたして返還というか、ということが実現するんだろうかというたいへん切実な実は話がございました。これに対し…
第73回 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
○佐藤信二君 おっしゃることは御無理ごもっともというか、よくわかるわけですが、この問題は、きのうきょう起こった問題ではなく、もうすでに戦後三十年たっているというので、いまから一人一人のいわゆる理解を深めていくというんでは、非常におそいように思うわけであります。これはやはり私は、沖繩返還の際というのは、いろんな問題があり、またこの北方領土とは大きく違う面もありますが、昭和四十年の八月の十九日に、当時の総理大臣の佐藤榮作が、沖繩の那覇空港に…