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日本共産党衆議院
総発言数
3,704
直近の所属会派
日本共産党
直近の役職
直近の発言日
1976/06/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 建設委員会77 件・77%
  • 決算行政監視委員会第一分科会15 件・15%
  • 国会等の移転に関する特別委員会8 件・8%

※ 全 3,704 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,704 20 を表示
日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 当時どういうふうに決めたかということよりも、いま振り返ってみて、当時の状況のもとで四十五年の初めごろに導入を決めたとすれば、一体機種は何になったかということについてのお伺いなんです。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 きのう三井物産の石黒氏にこの場で証言をしてもらいました。これはすでに御存じと思いますが、そのときの発言によりますと、全日空におきましては大庭社長が四十四年の七月、ここでDC10を三機確定発注し、四機オプションをされた、それから四十四年の九月には確定発注が四機、それからオプションが六機、さらに四十五年の十月、ここでは社長はかわっておりましたが、確定発注六機、それからオプション四機ということをアメリカ三井物産の方でやられた、こう…

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 昨日わが党の三浦議員が同じくこの場で発言をしまして、わが党の調査によれば、日本航空も四十四年の七月以前に三機確定発注をしている、三機オプションをしているということです。朝田日航社長はこれを肯定しませんでしたけれども、しかし、これは動かしがたい事実だと思うのです。すでに全日空では当時機種選定準備委員会がもう発足をいたしておりまして、これは一月に発足しています。それで二月にはアメリカに調査団を送っている。そのときにはもう記者会見…

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 お聞きのように、運輸大臣、やはり当時、これは四十五年初めごろ、もしエアバスの四十七年度導入を決めるということであれば、DC10にならざるを得なかった、これ以外にはないと思うのですね。いろいろいま次長の方から御発言ありましたけれども、しかし、こうならざるを得なかった、現実もそういうふうに動いていたということは動かしがたい事実だと思うのですが、大臣はどうですか、そうお考えになりませんか。 〔委員長退席、大橋(武)委員長代理着席〕

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 それは何機種であったということになりますか。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 これはDC10以外にないということははっきりしていると思うのですね。これだけ客観的な事実がそういうふうに働いておりましたし、もう疑いのないところではないかと思うのです。 続けてお尋ねしますが、四十五伸五月二十六日に当時の橋本運輸大臣が航空業界の再編成を示唆する記者会見をやられた、このことについては御存じだと思いますが、いかがでしょう。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 その二日後の五月二十八日に土川名鉄の社長、全日空の取締役でもありますが、いわゆる航空業界再編成問題について橋本運輸大臣に会っての上での話として記者会見をやっておられる。いわゆる運輸大臣試案を発表された。このことについても御存じだと思いますが、いかがでございますか。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島議員 この事実については、当時新聞でもお読みになっておられないという意味でございますか。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 当時からずっと携わっておられる方の発言としては、もっと知っておられたんじゃないかというふうに私は思いますが、これの特徴ですね、これはどういうところにあったか。いわゆる運輸大臣試案ですね、それはそういうふうに勝手に名前をつけさしていただくのですけれども、これはどういうところに特徴があったかということについて、重ねて最近調べられて、どういうところに特徴があったというふうにあなたは思っていらっしゃいますか。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 当時の新聞報道によりますと、この特徴というのは、あなたまともにお答えになっておられないけれども、二つあると思うのですね。それは東亜と国内航空の合併ということをはっきり言っておられるようであります。もう一つは、やはり全日空の近距離国際線に対する進出ということで、俗に言う二社方針から三社方針に変えるという話ですね。これを名鉄社長が運輸大臣に会った上でのこととして当時記者会見で発表をしておるわけであります。 それで、もう一つお伺い…

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 いま言われた二社方針から三社方針に変えるということ、それからさらに航空機のジェット化、大型化という問題を推進するということも新たに出てきている、あるいは一路線二社方式ということも出されてきている、あるいは全日空の近距離国際線への進出というようなこともうたわれているわけであります。非常に大きな従来の方針の転換というものが行われたと思うんですね。この点は確認するまでもないことだと思うんです。 ところで、もう一つ引き続きお尋ねした…

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 私がお尋ねしているのは、東亜と国内航空の合併の動きはいつから始まったかということです。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 私が聞いているのは、東亜と国内航空の合併の動きはいつから始まったかということをお尋ねしているんです。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 その前後とは、一体何年の何月でございますか。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 まともに答えていただきたいのですね。まじめにお尋ねしているのですから、まじめにお答えいただきたいと思うのです。 私の方から申しますけれども、四十五年の六月一日に国内航空の大株主である東急の松田取締役と東亜の佐野会長が合併について基本的に合意したということが、当時の新聞で報道されております。そしてここから急速に東亜と国内航空の合併の交渉が始まったわけであります。これは運輸省としてあいまいに答弁してもらっちゃ困るのです。きちんと…

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 これは本当にまともに答えていただきたいのですけれども、確かに新聞報道ではそういうふうにやられていることについて承知しておられるということであります。これは運輸省として当然承知しておられたと思うのです。 ところで、これは四十一年五月二十日の閣議了解の線とは全く異なる合併の動きではありませんか。そのことはお認めになるでしょう。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 それに対して運輸省はどういうふうに対処されましたか。

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 つまり、そういう合併の動きについては、情勢が変わってきたからということで目をつぶっておられた、それが当時の運輸省の態度であったというふうに理解してよろしいですか。合併の話がどんどん出てくる、どんどんそれが基本的な合意がされ、交渉がずっと詰められていくということがかなり急ピッチにこの時期はやられているようでありますが、それは当然、さっき申し上げたように、以前の方針から見ればまるきり違う合併の話が進行していっておるという現実なん…

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 そうでしょうか。四十五年の四月十三日に衆議院の決算委員会で、当時の佐藤総理も発言しておられる。また、橋本運輸大臣も発言をしておられます。ここでは、やはり佐藤総理としては従来の方針を続けていきたいということを言っておられる。それから橋本運輸大臣も同趣旨の発言をして、しかも全日空と東亜の合併、この問題については東亜は承諾しているというふうに発言をしておられるわけであります。これが四十五年の四月十三日時点での話なんです。ところが、…

日本共産党・革新共同1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○中島委員 いまのお話は業界の方の動きを言っておられるのです。政府の方は一体どうだったのかということを私はお尋ねしているのです。これは非常に大きな方針の転換なわけですけれども、一体どこから変わったものか、変わるきっかけになったのは一体どこなのかという点であります。