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自由民主党内閣総理大臣臨時代理・外務大臣参議院衆議院
総発言数
4,540 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
内閣総理大臣臨時代理・外務大臣
直近の発言日
1955/12/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 外務委員会86 件・86%
  • 予算委員会13 件・13%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 4,540 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

4,540 件中 20 件を表示
自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 鳩山総理が総理になられる前に、戦争終結宣言をやったらよかろうと言われたということを聞きますが、鳩山総理の説明を伺ってみると、総理になられた以後においてそういう考えを持っておったということではないと思う。こういうように私どもは了解して参りました。というのは、日ソ交渉を始めるときには十分検討いたしまして、ただ言葉の上で打ち合せたのみならず、わが方が提案するときには、ちゃんとした根本方針を訓令の形においてこしらえました。そうい…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 こういう問題について、内外にわたってあいまいな印象を与えることはよくない、こういう点は私も当然考えております。その通りに考えておりますが、それならば早期解決という意味は、今討議をしてまだまとまらない案件をそのままにして、そして国交回復の暫定協定だけをこしらえる社会党の説明されるようなふうに行くのだ、こう今日言うのは少し早過ぎもしますし、今時期じゃないと思います。西独の方式をそのままとるということは言えません。これはいかに…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 実質はそうだろうと思います。

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 さような点について、国民を啓発するという必要は私は認めます。その通りだろうと思います。ただ、今そういうような国連加盟について、さような義務があるから加盟してはいかぬという御議論ではないようでございます。だからそれに対してはお答えの必要はないのでございますが、今まで国会がたびたび意思表示をされました国連規約そのものを承認して、むろんそれに対する非常な日本の地位を認めさして、つまり権利も義務も負わなければなりません。当然のこ…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 今の御意見は非常に拝聴しました。私も大よそそういうように考えておりますが、それらの問題に対する私の見方としては、先ほど申し上げました通りに考えております。

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 連合国側と申しましても、領土の問題は小笠原と琉球の問題だろうと思います。米国関係でございます。小笠原、琉球諸島は日本の領土であるべきであるという主張は、ずっと続けてやっております。そして潜在主権が認められたということになっております。従いましてこれらの島々に住んでおる人々は日本人として取り扱っておるという状況でございます。しかし、はっきりこれが日本の行政権に返されておらぬことは、これまた事実でございます。その返される日の…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 よくわかりました。ソビエト以外の今日日本と平和を回復しておる国々との関係は、これはサンフランシスコ条約で決定をしておるわけであります。そこでサンフランシスコ条約はポツダム宣言を受諾したことから出ておるのでございますけれども、平和を回復するためにすべての条文は平和条約に規定されておるのでございます。そうでございますから、領土問題もこれらの国々に対しては、サンフランシスコ平和条約の規定に従って処理されるべき問題だと思います。…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 それは大体アメリカに右へならえで来ているようでございます。

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 全部については確認しませんけれども、おもな国についてはアメリカと同様な意見である、こういうふうにわれわれに通告をいたしております。

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 中共の問題について、中共もしくは共産国が、民間もしくは個人間の約束を積み上げていって——文化交流であるとか、貿易であるとか、その他いろいろな問題をとらえて民間と約束をして、それを積み上げていって、その力を政府にかけて結局承認に持ってくるようにしよう、こういう政策をとっておることは、これはもう明らかなところでございまして、これは日本側からだけではありません。アメリカにおいてもイギリスにおいてもそういう方面のことを非常に神経…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 抑制するというのは中共貿易のことでありますか。

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 いやそういうことはございません。中共貿易はたびたび繰り返して申す通り、国際義務に反せざる限り、これは伸張させていきたいという考えで進んでおります。むろんこれは国際義務、特にココムの点などは尊重しなければなりません。中共貿易はいろいろ検討をいたしてみましたが、これはそういう国際的の制限がなくなっても、なかなか容易なものじゃないということをだんだん発見してくるのでございます。なかなか元の対支貿易のように返りはしない、これはシ…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 抑留者の帰還の問題でございます。これは御承知の通りに一般国交回復の交渉とは離れて、人道問題として強く要請をしておるということは御承知の通りであります。その方針は今後も続けるつもりでございます。それは一般の交渉問題と並行するような状態になってしまいましたけれども、あくまでもこれは切り離して、少しでも早く解決するように進めたい、こういう方針でございます。解決のできない今日までの事由は、ソ連が、平和条約をこしらえ上げなければこ…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 ちょっと御質問の点が私にはよくのみ込めませんが、日本は戦犯の問題を認めたことはございません。しかしソ連は戦犯を持っておるとこう言っております。それはソ連が言っておるのでございます。そこでこれも抑留者の一部分だと思います。しかしその問題についてこれは争う必要が私はないと思う。向うは戦犯と言ってこっちは抑留者と言っても、帰してくれればよいのでありますから、それは争う必要は何もないので、そういう点が交渉のもつれになっておる事実…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 その共同声明の通りであります。アメリカ側は戦犯として取り扱っておる人間があるのでありまして、これを私は釈放してもらいたいと、こういうのであります。その通りであります。ソ連に対しても、ソ連が戦犯として抑留しておる者を早く帰してもらいたい、こういうのであります。少しも変りはございません。

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 その点は米国に対する態度とソ連に対する態度とは、私どもは違いはございません。違いほございませんが、今言われる通りにそれでは社会党は戦犯は今帰してもらう必要がない、戦犯以外の者は早く帰さなければならぬ、こういう立場をとっているわけですか。それは私は初めて伺うのです。私は社会党毛、戦犯も含めて一日も早く帰すように交渉を希望されていると考えて、私はその希望に沿うて今日まで交渉しておる。戦犯であるから戦争が済むまでは向うが抑留し…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 そのことはまだ私は知りませんでしたが、今お読み上げになった手紙の内容を伺ってみますと、ずいぶんそれには感情の高まった点もあるような印象を受けました。私はこの留守家族の困窮の状態をつぶさに承知いたしております。これは何としても救い出さなければならぬ、こういうふうに常に感じております。それでありますから、ソ連の抑留者に対して、も普通の交渉と離れて、一刻もすみやかに救出したいという交渉をやっておるわけであります。 そこでそれは…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 私も今のようなことは報告に接しております。これは事実その通りだったと思います。またそういうことを紙に書いてきております。私はさような悲壮な決意を聞いてほんとうに涙が出たのでございます。しかしそれであるからなおさらこういう人々に早く帰ってもらうように、私どもとしては一そう粉骨砕身しなければならぬ、こういうふうに考えて進んでいるわけでございます。

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 私もその通りに——実ははなはだこれは悲しむべきことであった、残念なことであったと思っております。ただ数字の点は終戦後特別に設けられた調査機関によって、厚生省あたりで非常に入念に調べた結果でございます。これは多分その点は御承知かもしれませんが、入念に調べた結果このことになったので、これは外務省の手よりもそっちの手で調べておるのでございます。その数字を外務省が受げ入れてこれを向うに要求をし、また調査を依頼したわけでございます…

自由民主党外務大臣・内閣総理大臣臨時代理1955/12/10

第23回 衆議院 外務委員会 第7号

○重光国務大臣 交渉場所は慎重に考えたのでございます。そうしてソ連のロンドンで交渉したい、こういう提案に応ずることがいいと思いまして、ロンドンで交渉することに相なりました。そうでありますから、これを続けてやるのが一番穏当で、常識でございます。これを今東京に移すことを提議する意向はございませんことを申し上げます。