P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
日本社会党田川市長衆議院参議院
総発言数
14,334
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
田川市長
直近の発言日
1965/03/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 地方行政委員会20 件・20%
  • 予算委員会公聴会17 件・17%
  • 大蔵委員会12 件・12%
  • 運輸委員会公聴会10 件・10%
  • 商工委員会9 件・9%
  • 政治改革に関する調査特別委員会7 件・7%

※ 全 14,334 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

14,334 20 を表示
日本社会党1965/03/24

48衆議院 石炭対策特別委員会 第12号

○滝井委員 そうしますと、五十八人に三十人程度ふやすと八十八人程度になる。しかもこれもでさるだけ縮小するようにしよう、手数料は六円、七円を上回らないということになると、この会社の経理というものは、総額はどのくらいになるのか。それからいままで国が一億円以内を出資することになっておりますが、一億五千万円と書いてありますね。一体この会社の資本金というのは幾らになるのか。その全体の経理と資本金をちょっと言ってください。

日本社会党1965/03/24

48衆議院 石炭対策特別委員会 第12号

○滝井委員 そうしますと、千八百万トンくらいだったら六円だと一億にならないわけでしょう。

日本社会党1965/03/24

48衆議院 石炭対策特別委員会 第12号

○滝井委員 四十年度も結局同じような形で予算を組むことになるわけですね。わかりました。 それからこの会社の首脳部の構成というものは、どういうところから入ってやることになるわけですか。需要業界、生産業界から入ってやるのですか。

日本社会党1965/03/24

48衆議院 石炭対策特別委員会 第12号

○滝井委員 そうしますと、いままでのような首脳部というものは全部一新をされて、新たな会社になるのだから、社長以下全部かわって新しい装いでいくという、こういう形になるわけですね。

日本社会党1965/03/24

48衆議院 石炭対策特別委員会 第12号

○滝井委員 では、ひとつより強力な人材で十分この会社が機能を果たすように運営していただくことを要望して、質問を終わります。

日本社会党1965/03/18

48衆議院 石炭対策特別委員会 第11号

○滝井委員 この前私の資料要求に基づいて出された「衆議院石炭対策特別委員会提出資料、昭和四十年二月、通商産業省石炭局」と書いた資料がありますね。この資料を大臣が来るまで簡単に説明してくれませんか。特に三表の「関税還付額実績および見通し」というところと四表の「石炭鉱業借入金残高および金利負担」、この内容をちょっと説明してくれませんか。特にこの四表については、開発銀行、合理化事業団等の借り入れ残高が、この前御説明になったのと違うわけですね。…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 議題になっております医療金融公庫法の一部を改正する法律案について、少しこまかく質問をさしていただきたいと思います。 まず第一に、医療金融公庫法が昭和三十五年の第三十四回の国会で制定をされて、主として私的医療機関の設置、整備あるいは運転資金というようなものすなわちコマーシャルベースに乗らないものについて金を貸していこう、できるだけ長期低利のもので融資をする、こういうことの趣旨で制定をされて、昭和三十五年七月一日から業務を開始す…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 大臣、いまお聞きのとおりでございます。三十五年発足の当時が十億で一番低いのですね。今度は、四十年度は五億で歴史的に低いわけです。これは一体、どうしてこういうように利子のつかない政府出資が少なくなったのかということです。

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 一般会計で窮屈だったら五億だと言うけれども、三十六年以来ずっと入れてきているわけです。ことしになって突如として六分の一ぐらいに押える、あるいは五分の一に押えるということは納得がいかないわけです。昨年も、医療金融公庫の資金コストを下げるのだという約束をしてきているわけでしょう。ここでも附帯決議をつけている。そうすると、こういう金が入ることが少なければ、資金コストが上がることは明らかです。それだったら去年、ここで附帯決議なんかを…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 そうすると、四十年度には実行できると言うが、当時大蔵大臣のかわりにやってきた政務次官は纐纈さん、いまはいないけれども纐纈さんですね。当時の資金課長は海堀さんですしここにやってきて、そして私がこの法案を三日か四日ねばった、その結果、私は、ことしからやりなさい、三十九年からおやりなさいと主張した。ことしはどうもいきませんから、来年は必ず年金福祉事業団と条件を同じにいたしますから通してください、こういうことで、よろしい、それならば…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 それはおかしいし大企業の八割はやむを得ない。しかしながら、事業団の九割という線があるから――零細な診療所、コマーシャルベースに乗らないところに金を貸すのですよ。それを今度は、市中銀行から残りのものを借りたり自己資金でまかなうということはなかなか困難だ、コマーシャルベースに乗らないものだということをあなた方は言明しておる、法律にも書いておる。そうしますと、これは当然九割にしなれけばならぬですよ。これは約束を実行できるでしょうね…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 年金福祉事業団のほうを上げてつじつまを合わせるなんという、そういう非合理なことをすべきではないわけです。いま医療問題がこれほどの大問題になっておるわけでしょう。資金コストを安くして、そしてできるだけ患者負担の軽減をはかる、こういうことが趣旨でしょう。そうすると、資金コストを上げるような政策をとっておきながら、一般会計からの受け入れを去年の五分の一か六分の一に下げておいて、今度は、やかましく言われたら一方の年金福祉事業団のほう…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 そうじゃないのです。去年は八分だったのです。年金福祉事業団は六分五厘です。そこで年金福祉事業団の六分五厘に統一するんだというのが、去年の政府の約束なんです。これは大蔵省も来て約束しておるのです。厚生省だけでは手に負えないので、わざわざ大蔵省の海堀資金課長も来て、そして当時の大蔵政務次官の纐纈彌三君も来て、ここで言明してやることになった。しかし滝井さん、ことしはこらえてくれ。私はことしでなければだめだとせっついた。そうして来年…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 そういう詭弁を弄するものじゃない、去年は、あなたのほうからもらった資料で質問したんだから。去年は、七分なんということは資料にはどこにもない。そういうようなばかなことを、医務局長言うものじゃない。そういうことを言うなら、国会で質問したって意味がない。政府が国会で約束したことを、今度はそれを一方を上げて合わせるというような、そういうばかなことがあるんですか。そんな医療行政がありますか。医療行政がこんな大問題になって、そうして医療…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 それはあなた方が引き上げて統一しておるのですよ。そういうことはそこの議論には一つも出ていない。六分五厘で議論をしてきておる。年金福祉事業団は六分五厘が原則ですよ。それは例外なんです。例外のことを私は何もここに持ってきて論議をするつもりはない。例外で言えばこの、面積ですね、こういうものは私はそんなに強くは触れないです。そういうものは、公的医療機関、私的医療機関それぞれ違いがあるからいいです。しかし、少なくとも利率その他について…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 まず第一に、六分五厘についてもう不信感が出てきたわけです。それからいま言った八割と九割についても不信感が――据え置き期間は一本にしましたか。

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 いまの答弁、わからぬですよ。もう少しすきっとした日本語を言わなければいかぬ。なっておるか、なっておらぬか。なっていないでしょう。片一方は五年と三年になっていないでしょう。私は、昨年はその三つしか論点を置いて言っていないのです。私と約束したことは何もやっていない。一分下げただけじゃないか。八分を七分に一分下げただけなんです。三つのうち一つを、しかもそれを二分の一だけやったということでしょう。点数にしたら何点でか、三十点にならぬ…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 この審議をするときに、みな厚生大臣はそういう答弁をする。滝井さんの答弁を聞いておると、まさにあなたの意見はそのとおりだと答弁するのだ。ところが、あなたの部下の医務局長になると、どこからか押し切られてだめなんです。それで私は大蔵省を呼んでおるのです。そこで主計官は来ておりますか。――これはあなたも来ておったはずです。当時は海堀さんでしたが、海堀さんはなかなかがんこだったのです。あとでまた私が触れる問題があるが、あとで私が触れる…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 いや、了解はできないです。うまくないのだ。それは、当時の議論は六分五厘を基礎にしておる。当時、いま言ったように七分にしておるということを政府がここで言明しておって、それに近づけるなと話はわかるけれども、当時日赤、済生会は六分五厘ですから、それを検討して統一するということを議論しているので、これを上げて統一するという議論は一回だって出ていない。いまになってそういう顧みて他を言うような詭弁をやってはいかぬのです。われわれは純真で…

日本社会党1965/03/17

48衆議院 社会労働委員会 第7号

○滝井委員 それは、引き上げるなんという線はどこにもないのです。もし当時それを引き上げるなんと言ったら、与党が承知しなかったです。いまでこそ与党は、政府がきめたからうやむやになっていますけれども、当時はごう然としてみんなの声が起こったのです。そんな頭を振っておるけれども、私、こればかりは専門にやってきているから間違いないです。それで、とにかく政府の出資金なんかも減らしたということはけしからぬです。医療問題がこんなに重大問題になっているの…