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自由党参議院衆議院
総発言数
1,657 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1949/04/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 在外同胞引揚問題に関する特別委員会91 件・91%
  • 大蔵委員会6 件・6%
  • 本会議1 件・1%
  • 建設委員会1 件・1%
  • 内閣委員会1 件・1%

※ 全 1,657 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,657 件中 20 件を表示
民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 簡單で宜しうございますが、この全部合せて六百余名、この過半の人は刑務所を出たての人によつて編成されたということを聞いておりますが、そういう点がどうか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 動議に賛成しますが、岡元委員の動議に賛成します。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 証人にお尋ねいたしますが、後の吉村隊長池田重善はウランバートル到着後憲兵出身者等は更に奥地に送られるというような噂を聞き、そうしたところから、外蒙の某准尉に取り入つて、隊長長谷川の悪口を言い、これを陷れんといたというような模樣があつたかどうか、その事実の点を御証言願いたい。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 証人にお尋ねいたしますが、証人は元大尉である、ところがその吉村隊の隊長となつて後から出て來た池田、それは大尉の手腕よりか手腕が相当ある、或いはその吉村隊長の池田が身分を隠しておるのではないか、実際は少佐であつたのじやないかというようなことを当時聞かれたことがありますか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 大体証人の隊長になるまでの経緯につきましては分りましたが、そうした点に対して蒙古側のいろいろ命令を受け或いは折衝するという点に対しては、あなたは言語は相当お分りでしようか、或いは通訳を使つたか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 そうしますと、日本側の日本人の通訳というのは原田通訳一人だつたのですか、例えば靴工場の通訳ということで……

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 そうしますと、今の原田通訳は全般的な通訳をやつたことがありますか、ありませんか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 それから証人は隊長になる前に、外蒙側の將校、そうした面に対して熾烈な運動をしたというようなことを聞いておりますが、そういう事実があつたかどうか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 あなたは歩兵曹長として取調べに際して、そのまま押し切つたということでありますが、その当時少佐であるという疑を受けたことがありますか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 重ねて問いますが、そうしますと、少佐という疑をそのとき受けたのですか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 それからもう一つお尋ねしますが、先程早稻田の角力の先生の北林と、それから角力取りの早高、こうした人に酒井軍医、こうした人から注意を受けて、注意と言いましようか、両人が非常に食物が足りないというようなことで、二人分を給した。それはあなたが隊長になる前ですか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 それからその北林という早稻田の柔道の先生というのは幾つくらいですか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 柔道何段ですか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 それから角力取の早高というのは、これは本職の角力取でありますか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 何歳ですか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 幕内では何と言つておりましたか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 一点お尋ねしますが、先程からの証言によりまして、吉村並びに長谷川両人のことはよく分つたのですが、その根本においては差異が生じたという点は、長谷川元大尉は停戰である。それから吉村隊長は敗戰である。こうしたところにその根本的な食違いがいろいろな面に現われて來たというふうに証人は思われないかどうか。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 それは長谷川元大尉も同樣でございますね。

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 あなたが吉村隊長と長谷川元大尉との通訳をされたのでありますが、その間において、回数においてはどちらに接触をしておつた回数が多いか、回数というか、月日が多かつたかという一点と、それから收容所の場所で隊長と通訳の位置はどういうふうなところに起居しておつたか。この二点を一つ……

民主自由党厚生政務次官1949/04/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第15号

○淺岡信夫君 初めから終いまでの間において……