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自由党参議院衆議院
総発言数
1,657 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1949/05/15

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 在外同胞引揚問題に関する特別委員会91 件・91%
  • 大蔵委員会6 件・6%
  • 本会議1 件・1%
  • 建設委員会1 件・1%
  • 内閣委員会1 件・1%

※ 全 1,657 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,657 件中 20 件を表示
民主自由党厚生政務次官1949/05/15

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第25号

○淺岡信夫君 ちよつと速記を止めて下さい。

民主自由党厚生政務次官1949/05/15

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第25号

○淺岡信夫君 原案のまま賛成します。

民主自由党厚生政務次官1949/05/15

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第25号

○淺岡信夫君 この点は六の点と同じく留保して下さい。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

民主自由党厚生政務次官1949/05/14

第5回 参議院 厚生委員会 第23号

○政府委員(淺岡信夫君) 只今中平委員からの質問並びに御意見を拜聽いたしまして、御尤もな御意見と思います。でありまするが、今の國家財政の点から見て行きまして、当然なすべきことをなさなければならんというような点におきましても、例えば六・三制のような面から考えましても、甚だ遺憾に存じておるような次第でございます。この厚生省の予算というような面につきましては、厚生大臣にしましても、或いは私共政務次官にしましても非常に力及ばなかつた点は、委員会…

民主自由党厚生政務次官1949/05/13

第5回 参議院 水産委員会 第6号

○淺岡信夫君 討論を省略いたしまして、直ちに採決に入られたいと思います。

民主自由党厚生政務次官1949/05/12

第5回 参議院 厚生委員会 第22号

○政府委員(淺岡信夫君) 只今議題となりました船員保險法等の一部を改正する法律案を御審議せられるに当りまして、本法案の提案理由を御説明申上げます。 今回の改正の主眼とする所は、漁船乘組員に対する養老年金の受給資格期間を短縮すること、漁船乘組員に対し失業保險任意脱退の途を開くこと陸上の失業保險法に対應して失業保險金の面に若干の改正を加えたこと、最近の傷病給付の状況にかんがみ幾分保險料の引上をしたこと等であります。その他健康保險法、厚生年金…

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 只今細川委員の言われたように、そういうふうに御処置あらんことを要望します。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 申合せ通り御進行願います。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 津村証人にお尋ねします。先程の津村証人の証言の中に、杉田元兵長は舞津には軍隊組織がそのまま残されておる、或いは特高が残されておる。そうしたものにいじめられるというようなことで、舞鶴ということについて非常に恐れておつたというような御証言もあつたと思いますが、それはそういうふうな舞鶴の一切のいろいろの情勢、或いはそこに特高の人間がおるとか、或いは旧軍隊組織が残つておるのだというようなことは、ナホトカにおいでになつてよくお分りに…

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 それからもう一つお尋ねしますが、杉田さんが新聞に出るまでは、内地のどこかにおるであろう、新聞に出たことによつて初めて亡くなられたというようなことを知つた、こういうように証言があつたのでありまするが、その新聞に出てから後にあなたが、いやあれはどこかに生きているのだ、或いはどこか内地にいるのだというようなことを申されたことがありますかどうか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 出ない。これからやろうと思うのです。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 四國証人にお尋ねしますが、先程御証言の中で、残酷な制裁或いは過剩ノルマ、或いは減食というようなことを証言されて、私は聞いたのでありまするが、簡單でよろしうございますから、残酷な制裁というのはどういうのでしようか、具体的に一つ……

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 残酷な制裁をあなた自身もお受けになられたことがありますか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 何回ぐらいありましたか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 あなたに残酷な制裁を加えた人の名前は。將校の元の階級は分りますか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 名前は分りますか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 それではよろしうございます。松澤証人にお尋ねいたしますが、先程松澤証人の御証言のうちに、二十二年の四月、自分はナホトカに着いた、二十二年の九月ですか、ナホトカに着いたそうですが、間違いありませんか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 そうすると、先程からあなたの御証言のうちに、在ソ六十万の人を帰さなければ、それまで自分達はその仕事をして、一つ入手も足りないし、みがからもまあ思案をして、そうしてその任に進んで当ろうということだつたのですね。その在ソ当時、六十万というようなことはどこからお知りになつたのですか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 そうしますと、帰られた数を逆算して参りますと、今どのくらいの数が残つておられるかということはお分りになりませんか。

民主自由党1949/05/12

第5回 参議院 在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第24号

○淺岡信夫君 三十四、五、そうですか、よろしうございます。津村証人にお尋ねいたしますが、あなたはこの前の御証言の中に、ソヴィエト地区の輸送が開始せられたのは昭和一十一年の十二月、そうして次の船は翌年の一月にナホトカを出発しておりましたということを申されておりましたのですが、二十二年の一月に船はどこに向つて出発したのですか。舞鶴ですか、函館ですか。