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自由民主党・新自由国民連合総務庁長官参議院衆議院
総発言数
7,417
直近の所属会派
自由民主党・新自由国民連合
直近の役職
総務庁長官
直近の発言日
1972/03/13

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 沖縄及び北方問題に関する特別委員会39 件・39%
  • 補助金等に関する特別委員会30 件・30%
  • 内閣委員会22 件・22%
  • 決算委員会7 件・7%
  • 本会議2 件・2%

※ 全 7,417 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,417 20 を表示
自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 これはたまたまバンコクで——防衛駐在官ということばは使っておりません、これはまあ外務省の外交官としての処遇を受けておるわけでありまするが、それぞれの大使の便宜によりまして、その会議を開いて東南アジア情勢、極東の情勢等々の報告を聞くということで彼は出張をいたしたわけであります。その帰途、たまたま米中会談というものも行なわれておりまするし、はだであのサイゴンかいわいの雰囲気を感知するということも、これはやはり必要であろう。し…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 これは当然概算要求のときに、すでに防衛庁の原案というものに基づいて大蔵省側と折衝に入っておるわけであります。 しかし久保・カーチス取りきめというものは、日本が自分の領土の局地防衛に任ずるというその概略についての取りきめでありまするから、さっき首相も言われましたように、何もこれはぴったりきまったものではない。したがって今後国防会議に、本来は、ほんとうは明日ということで先週来実は考えておったわけであります。しかしこういう問題…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 それは認めます。国防会議は開いておりません。

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 これは、かけないで従来の習慣はきたということで、私も就任以来そういうことで答弁をいたしておったわけであります。しかし沖繩国会を通じまして、久保・カーチス取りきめの内容、それに付随して相当細微にわたる御質問もあったわけでありまして、それらについては、審議の場にいろんな資料を出しまして御審議をいただいたわけであります。しかし、いま矢野さん御指摘のように、これはかけたがいいという見解に首相、いわゆる国防会議の議長が立たれたわけ…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 これは、あの輸送しました物資に関する限りは、幕僚長会議において従来取り運んできたということは事実であります。しかし、あの五十三名の準備要員の分だけを送れば、これは問題はなかったわけですが、それ以上のものをその荷物に便乗させた。要するに沖繩県民が自衛隊というものにまだ疑問がある、一種の軍アレルギーといいますか、これがひいては自衛隊にも及んでおる、こういうことを判断することに欠けておったというわけです。幕僚長としては、これは…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 これは、たまたまいまは外国の取り扱いになっております。そこで大蔵省、通産省等々の協力を求めて物資を送ったわけですが、その物資を送ったこと自体に疑義ありということで保税倉庫に厳重凍結をした、これは私の命令でございます。そして今後これにつきましても、解除については一々チェッするということできびしく臨んでおるわけでありまするから、事実上外国扱いでありまするので先方にも非常な迷惑がかかるわけでありまして、事実上持ち戻しと同じとは…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 私から先にお答えをしたいと思いますが、これが兵器であるとかそれに関連する物資であれば、私は直ちにあの日に取り戻しております。それじゃ寝具や食器はいいのか、軽重を言うわけではありません。しかし、物自体がそういうものでありまするから、それぞれの機関の協力を得て向こうへ無税手続が済んで送り込んだもので、そこでまあ持ち戻しの次善の策として凍結、しかもこれは厳重に私自身が監督する、こういう命令を出したわけでありますので、この点はひ…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 これはもう申し上げるまでもなく、十分土地の理解を得て事を処していきたいというのが私どものもともとの考え方であります。それじゃ今度どういうことだという御質問になるわけでありますが、これはもう何べんとなく市長さんをはじめ関係者と話し合いをしてきたわけです。ところが、市長さんは、選挙中にも、自衛隊がもし立川に配備されれば違憲訴訟を起こす、こういうようなことを演説でも言っておられる。なかなか御懇談、懇請をしても、これは理解を得る…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 私、実は今度の問題につきましては、やはり正直に率直に申し上げることがいろいろ疑義を解明していく上に必要であろうということで、正面に実はありのままを申し上げているつもりであります。当面を糊塗しようとか、そういう気持ちはもちろんございません。いま御質問の点等につきましては、十分考慮をいたしまして今後慎重に検討いたしてまいりたいと思います。

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 先に私からお答えして、あと総理がお答えすることにいたしたいと思います。 立川の問題につきましては、これは機宜の措置でありまするし、現実の部隊配備でありまするから、私が決断をし、そのことを官房長官を通じて総理に遅滞なく連絡、報告、了承を得ておるわけであります。 それから沖繩のこのものにつきましては、石橋さんの御質問にお答えいたしましたように、こういう武器以外のものについてはこれは幕僚長限り、その習慣、慣習がいい悪い、これは…

自由民主党防衛庁長官1972/03/13

68衆議院 予算委員会 第14号

○江崎国務大臣 御指摘の点は、これはもう昨年の沖繩国会等々でも御了解を願っておるわけですが、この大綱の二項七号、「沖繩の施政権返還に伴い、同地域の防衛を担当するとともに、災害派遣その他の民生協力を行なうため、所要の部隊を整備する。」こういう基本方針をきめて、この準備に入るということは、これできめておるつもりでございます。

自由民主党防衛庁長官1972/03/10

68衆議院 建設委員会 第3号

○江崎国務大臣 自衛隊が国の独立と平和を守るという本来の任務があることは、これはもう申すまでもないと思います。そこで陸上自衛隊の場合でありまするが、――まあ海でありますと、たとえば貿易立国として立っておりまする関係から航行の安全を期するとか、あるいは空の場合ですとホットスクランブル、たまには領空を侵犯するような――これは間違った領空侵犯が多いわけですが、そういう場合に飛び立つというようなこともしばしばあるわけであります。そこで陸の場合は…

自由民主党防衛庁長官1972/03/10

68衆議院 建設委員会 第3号

○江崎国務大臣 平時においては当然防災の一つの拠点にしたい、こういうあれは――まあちょっと表現がどういうふうであったかということは確たる記憶はありませんが、いまでも私そういうふうに考えております。そういうことです。

自由民主党防衛庁長官1972/03/10

68衆議院 建設委員会 第3号

○江崎国務大臣 まあそうおっしゃらず……。私、一言一言まで記憶をいたしておりませんが、どういう点でしょうか。当然、立川は大災害のあったときの民生協力、やはりそういった面に立ち働く拠点にしていきたい。平時は、ヘリコプター、連絡機等二十八機であります。しかし、ほんとうに大災害が起こったというときには、あの立川の飛行場に百機ないし百二十機くらいのヘリコプターを全国から寄せまして、そして救援活動その他に使っていきたいということは、きのうもたしか…

自由民主党防衛庁長官1972/03/10

68衆議院 建設委員会 第3号

○江崎国務大臣 御質問でございますが、なるほど西村建設大臣には、私、今度のことでまだ直接お話し申し上げておりません。これはもともと昨年の六月二十九日、中曽根防衛庁長官の当時に、首都にもし大災害があったらどうするのか。あの当時の論調が、いつ大地震がくるかわからないといったような非常な不安が、一昨年から昨年にかけてずっと新聞などにもよくありましたですね。そこでいろいろ検討した。ちょっと長くなって恐縮ですが、検討した結果、木更津はどうだという…

自由民主党防衛庁長官1972/03/10

68衆議院 建設委員会 第3号

○江崎国務大臣 先ほども申し上げましたように、これは前、そういう背景を踏まえながら閣議決定がなされております。これは中曽根長官のときに、そういう背景を踏まえながら立川移駐ということがきめられておる。私は十二月の初めに就任をしたわけですが、引き継ぎの時点でもそういう背景の引き継ぎが西村前長官からありました。しかもその後一月二十一日の閣議において、これは中曽根長官時代の取りきめである、災害は忘れたころに来るというが、いつ何どき来るかもしれな…

自由民主党防衛庁長官1972/03/10

68衆議院 建設委員会 第3号

○江崎国務大臣 私が就任をいたしましてからはそういうことはございません。あるいは過去にあったかどうかということは私いま存じません。

自由民主党防衛庁長官1972/03/10

68衆議院 建設委員会 第3号

○江崎国務大臣 大事な点だと思います。もちろんあれは陸上自衛隊に所属する部隊でございまするから、自衛隊本来の訓練を続けることは――これは本隊が入ってからの話ですが、もう当然でございます。その任務の最たるものは防衛出動である。首都圏を守る、これは大事なことです。しかしそんなことはあってはなりませんし、幸い戦後平和を享有して今日に至ったわけでありますから、しからば平素は何をやるのかといえば、これは当然民生協力に出る自衛隊でなければならない、…

自由民主党防衛庁長官1972/03/09

68衆議院 内閣委員会 第1号

○江崎国務大臣 一言ごあいさつを申し上げさせていただきます。 実は旧臘にわかに西村防衛庁長官のあとを引き受けることになりました。自来、沖繩協定委員会、沖特委員会で終始いたしておりまして、内閣委員会の皆さま方には、本日初めて出席をいたしましてお目にかかる次第でございます。万事ふなれでございますが、ひとつどうぞよろしくお引き回しを願いたいと思います。(拍手) ————◇—————

自由民主党防衛庁長官1972/03/09

68衆議院 内閣委員会 第1号

○江崎国務大臣 立川への移駐につきましては、昨年の六月二十九日、ちょうど中曽根防衛庁長官の当時であります。もし首都、わけても京浜地区が災害にさらされたときに、一体その災害救急対策をどうするか。まあ、いつ大地震が来るかわからないといった風潮が当時世上ありまして、そういうものを背景にして、やはり平時にあっては民生協力ということが重要なたてまえである自衛隊としては、何らかの措置をとらなければならないということで、その決定がなされたというふうに…