橋本敦
会議録に記録された「橋本敦」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 9,114 件
- 直近の所属会派
- 日本共産党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1976/06/15
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛13 件
- 労働・賃金8 件
- 住宅・不動産4 件
- 半導体2 件
- 社会保障・年金2 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 法務委員会100 件・100%
※ 全 9,114 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 これはもう一度それではこの社内報を見ていただきたいんですが、坪井さんがおっしゃっています。読んでください。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 間違いありませんね。いかがですか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 だからしたがって、四十四年、つまり四十五年の防衛庁との研究の前年に、防衛庁内部のPXL開発研究に川重だけが部内研究に参加をしたということは、これは四十五年に正式に防衛庁の研究委託を受けるという前提として非常に重要な事実であった、ということが言えると思うんですね。そこで、川重の方がこのような自主的な研究体制を続けておられた、その契約が四十五年に交わされる正月のことですが、おたくの四本社長が年頭のあいさつでPXL問題について大変…
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 これは「かわさき」と言えば同じくおたくの社内報ですが、この「かわさき」の四十五年一月、四本社長は年頭で「近い将来の飛躍に備え 一層の研究開発を」と題されて、航空機事業本部の事業の重点について次のように述べられています。「第一は、PXL、HXおよび飛翔体に対する開発研究の推進であります。すなわち、次期対潜哨戒機は当航空機事業本部の今後の主柱となるプロジェクトであり、これが研究開発には万全を期さねばなりません。」こうおっしゃって…
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 ところでおたくの会社では事業計画について、短期事業計画並びに長期事業計画というものを、短期事業計画は毎会計年度もしくは半期ごと、長期経営計画は五、六年の単位で策定をされていると思いますが、間違いございませんか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 そこで、いまのような方針に基づいて、川重、おたくの会社自体の長期経営計画の中で次期対潜機の研究と開発はどのようなプロジェクトとして定められていたか、お話しいただきたいと思います。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 それでいまお話しのPXLの長期経営計画の売り上げ想定、これはたとえば昭和五十年度ではどのような想定になっていたのでしょうか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 はい。長期経営計画では五十年度はね。——御記憶がなければ結構です。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 御記憶がない。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 それではその経営計画について、私も先日川崎でお目にかかった管理部長の尾藤純一さんが、四十六年五月号の社内報「はばたき」で書いておられるので、これを読んで証人の記憶を喚起しますが、尾藤さんはこう言っておられます。「長期経営計画」と題する部面で、「新製品の売上によるもの三百十億円」「五十年度の売上の約五十%は新製品によることになります。これは、長期経営計画における販売計画の基本方針が新製品」すなわち「(PX−L、HX等)のプライ…
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 川重ではこのように積極的な開発とそれから国産体制で進んでいるというそういうプロセスの中で、四十五年、四十六年防衛庁から委託研究が入ってくると、こうなるわけですね。だからしたがって、私があなたにただしたいのは、四十五年、四十六年に防衛庁からの次期対潜機委託研究は入ってくるけれども、これは大蔵省のサイドで国産を前提としない基礎研究だと、こう言うけれども、これを受ける川重のレールとしては自主的にすでに国内生産に向かって長期経営計画…
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 直接的には。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 川重の研究部分の評価を聞きたいんです。川重としては、防衛庁に出したレポートは、言葉では国産可能と、こう書いてないが、防衛庁が要求した性能諸元を満たし得る内容のものは、これは川重が研究を進めてき、まずP2Jで実績を持っている国内航空事業の体制からいって国産が可能であるという、そのことが、これが評価としては川重としてはしておったと、こう聞いて間違いないですね。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 川重が自主的な研究を進める上において、開発室が具体的にどのような体制を伴って発展をしていったか次に伺いますが、四十六年——四十六年では川重は社内的にはとのような体制をおとりになっていましたか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 会社の組織図を証人に見ていただきますが、四十六年四月一日現在では、あなたが所属される次期対潜機開発室のほかに、航空機事業部のもとで第三技術部というのがあり、ここで加古四郎さんが責任者で、この第三技術部にPXL設計室——初めて設計という言葉か使われますが、設計室というのが四十六年につくられたのではありませんか。組織図をごらんください。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 この第三技術部の設計室が四十七年には組織的にどのように発展いたしますか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 いまおっしゃった四十名というのは川重の社員が四十名。だから、関連の富士通だとか日本飛行機だとかあるいはその他いろいろな会社からのスタッフをそろえて全部で何名になりますか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 四十六年には全部で百十名ぐらいとおっしゃいましたね。四十七年にはいよいよ設計室を独立をさすという体制で全部を含めて百十名より減るというのはおかしいんじゃないですか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 人数の問題ではなくて、質と体制の問題だ。たとえば、四十七年には独立をさせ、部に昇格をし、場所も技術研究センターの二階の西半分、かなり広いところに全部集めて、そこでデスクその他をそろえて集中的に仕事をすると、こういう体制になりましたね。間違いありませんか。
第77回 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第5号
○橋本敦君 そこでもう一度もとに戻って、四十五年、四十六年の研究との関係で伺うんですが、四十五年度の研究から四十六年度へ研究が移っていった一つの重要な中身の変化は、四十五年にも電子情報システム関係の検討はされました。しかし、四十六年にはいよいよ、この電子情報処理システムの中でもソフトウエアの問題が中心で研究をするという方向に入っていったのではありませんか。