橋本敦
会議録に記録された「橋本敦」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 9,114 件
- 直近の所属会派
- 日本共産党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1986/04/22
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛13 件
- 労働・賃金8 件
- 住宅・不動産4 件
- 半導体2 件
- 社会保障・年金2 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 法務委員会100 件・100%
※ 全 9,114 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 大臣くどいようですが、そういう姿勢をお持ちなんですから、だからサロンガ委員長は行政規律委員会の委員長としてそれなりの向こう側も仕事をなさっているので、一つの機会として今後の調査問題ということだけに限らず、経済援助見直しも含めてお会いになるという一つの機会としてこれは前向きに検討されていいのではないか、また疑惑の徹底解明に向けてそうすべきじゃないかという私の意見なんですが、重ねてその点は一般論としてどうなんですか。
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 政府の正式ルートがあれば検討に値する問題だということですね。
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 次に、いわゆるリビアの問題なんですが、私どもも共産党としてテロは絶対に容認できないという立場を貫いておるわけですが、今度のアメリカのリビアに対する爆撃が、空軍、海軍、近代的な戦力を大々的に行使して空母から発進をするあるいはイギリスの基地から発進をするということで、まさに宣戦布告なき戦争という状況を事実上呈しておる。これが第三次世界大戦の火種になっては大変だという思いもございますけれども、この問題についていろいろ国会でも議論さ…
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 その大臣の発言は、それを伝えられたということはわかりますが、「重大な関心を持って見守る。」というところがアメリカから見ればノーとは言っていない、サポートだというようにとるという条件あるいは空気があるのじゃないか。だからこの際、日本としてアメリカの今回の行動は支持しないというのであれば支持しないとはっきり言う、あるいは私どもは、これは明らかに重大な領土主権に対する、民族主権に対する侵害ですから、直ちにその戦争行為は停止すべきだ…
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 それが国際的に見てはっきりしない立場だと思う。我々国民から見ても、外務大臣も政府もサポートしているのかノーと言っているのかはっきりしないということなんですよね。近くサミットが行われまして、アメリカの方はかねてからこのサミットでテロ対策問題を重要議題にするということが言われておるわけでございますけれども、サミットに出ていって、日本の政府として今回のリビア問題についてはどういう態度をとるかがこれは注目されるわけですが、サミットに…
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 大臣、この問題についてはまさに国論じゃなくて、もう世界の世論を二分している関係にありますね。アラブ諸国は一致してアメリカに対する批判を強めている、非同盟諸国も強めている、イギリスはこれを支持して軍事基地の使用も認めている、しかし、ヨーロッパ諸国ではやっぱり批判するという空気もあるということですね、だから、私は大臣にお尋ねしたのは、このサミットでテロ対策をどうするかという議論が出てきたら一般的にテロはよくないということを言うと…
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 今度の場合はそういうサミット諸国でコンセンサスが得られない可能性や条件というのもあり得るんじゃないかというように私は思うんですが、どう観測されていますか。
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 いや、具体的な問題。
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 違うんです、私が聞いているのはリビア問題。アメリカの行動については意見が分かれているからコンセンサスは得られない、これは無理しちゃいかぬということで臨むべきじゃないですか、こう聞いている。
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 したがって、私は今度の問題については、政府としてはアメリカに対して具体的なリビアヘの今度の行動についてはやっぱりこれは中止するということを明確に言うとか、あるいは今度のサミットでアメリカの行動を、西側は結束を理由に、一致して支持をする方向で日本があれこれするというような行動はとらないということは、やっぱり大事なことだと思いますが、いかがですか。
第104回 参議院 外務委員会 第3号
○橋本敦君 今度の問題については、やっぱり世界平和の基礎としての民族主権の擁護なり国連憲章の精神である国際紛争の武力による解決じゃなくて話し合い解決、こういったことも日本政府としては主宰国としてしっかり踏まえた上で対応すべきだというように思っておりますので、時間が参りましたのでそういう意見を申し上げて、質問を終わります。
第104回 参議院 法務委員会 第7号
○橋本敦君 二、三お尋ねをさせていただきます。 先ほど先生からお話がありましたいわゆる子条約ですが、この子条約を締結をしておる国がオーストリア、ベルギー、フランス、西ドイツ以下、この参考資料にもありますように、割にたくさんあるわけです。扶養義務の準拠法に関する条約の締約国はそれに比べると非常に少ないという状況になると思います。この関係はどういうように見たらいいのでしょうか、これがまず第一点でございます。 それからこの条約の第十四条で、こ…
第104回 参議院 法務委員会 第7号
○橋本敦君 ありがとうございました。よくわかりました。 もう一つお尋ねしたいことは、さきの私の質問に関連するんですが、この資料によっても、十三条で一項、二項を留保しているという国がないわけです。つまり、十三条の子供に対する扶養あるいは配偶者間の扶養ということについてはほとんどの国が、国際的にも私法の統一運動というお話もございましたが、平均化していっているという国際社会の現状が一つはあるのではないか。それともう一つは、子に対する扶養という…
第104回 参議院 法務委員会 第7号
○橋本敦君 それは、この十三条を留保している国がないという事実から見ても、いわゆる子条約は相互主義で批准した国同士の関係しか規律しないと、こうなっているが、これはもう国際的に一般的に通用性を持っているのじゃないだろうか、そういう状況にもうなっているのじゃないだろうかと、こう一つは思うわけです。だから、そういう方向に向けての条約なり国内立法なりという運動がもっと進んでもいい段階に今国際的にあるのじゃないかと、こういう私の考えがあるので、そ…
第104回 参議院 法務委員会 第7号
○橋本敦君 それにしてもこの一般条約の批准国が少ないのが気になる、こういうことでございます。結構でございます。
第104回 参議院 決算委員会 第7号
○橋本敦君 運輸大臣よく御存じだと思いますが、自民党の総合政策研究所というのがございますね。お手元にちょっと資料も見ていただくように差し上げておりますが、それは自民党の党則五十二条によって五十七年七月十五日から発足をいたしております。これは自民党の総合政策研究所一覧という公になっているところからも明らかでありますが、所長は歴代政調会長がお務めになる。その業務は政策的に非常に大事なことをおやりになっておるようでございまして、中長期的政策研…
第104回 参議院 決算委員会 第7号
○橋本敦君 今、嘱託として直接行かれているというのはいつからでしょうか、嘱託ということで行かれているのは。
第104回 参議院 決算委員会 第7号
○橋本敦君 私どもの調べでは、五十九年の十月からこの一杉さんは自民党の政策研究所の方へ行って仕事をされておるように事実を承知しておりますが、いかがですか。
第104回 参議院 決算委員会 第7号
○橋本敦君 私の手元に日航の経営企画室政策グループの白鳥一男さんからいただきました一杉秀樹氏略歴という略歴書がございます。これによりますと、一杉さんは日航に入社されたのが四十四年でありますが、その後の経過は別として欧州勤務等を綴られた後、五十七年に情報システムに勤務、それから五十九年十月から経営企画室付になって日本総合研究所に派遣をされる、そして六十年三月に退職、こうなっておるのであります。 だから、したがって五十九年十月からは日本総合…
第104回 参議院 決算委員会 第7号
○橋本敦君 そこで、五十九年から行かれておった財団法人の日本総合研究所への派遣というのは、内藤さんのところでも明らかにしましたように、実際はここは日航から見れば直接に自民党の政策研究所へ送るのではなくて、表向きのトンネル的役割ということにしかすぎない事実を私どもは調査して知っておりますし、また事実財団の方で私どもも調べてみますと、八三年春までこの財団におられたんですが、一杉さんは八三年春にはこの財団をやめられて、しかし日本航空の方では五…