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市民リーグ・民改連衆議院
総発言数
11,058
直近の所属会派
市民リーグ・民改連
直近の役職
直近の発言日
1982/03/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会41 件・41%
  • 金融問題等に関する特別委員会10 件・10%
  • 予算委員会第七分科会10 件・10%
  • 決算委員会第四分科会10 件・10%
  • 予算委員会第五分科会9 件・9%
  • 外務委員会8 件・8%

※ 全 11,058 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

11,058 20 を表示
新自由クラブ・民主連合1982/03/18

96衆議院 内閣委員会 第4号

○楢崎委員 これは今後の政治方針ですから、防衛庁の方も実は長官の責任ある答弁が私は欲しかったわけです。こう言っては失礼ですけれども、審議官ではなかなかそういう政治方針、高度の政治判断を要する問題について御答弁を期待するのは無理であろうと思っておったのですが、いま外務大臣の方から慎重に検討したいということですから、ひとつこの点は防衛庁長官とも御相談の上、いずれ外務委員会でこの条約がかかった時点で私は質問をする予定でございますから、その際に…

新自由クラブ・民主連合1982/03/18

96衆議院 内閣委員会 第4号

○楢崎委員 次に、三月一日の予算委員会第二分科会で私は、日本に駐留をしておったタイ空軍の問題について質問をしました。その後、調査の結果が知らされました。その調査の結果に基づいて質問を継続したいと思います。 タイ空軍分遣隊が日本に駐留していたのは昭和二十六年六月から五十一年七月まで。二十六年六月から四十三年ごろまでは、軍用機はC47三機、乗員約三十名、任務は空輸支援。四十四年ごろC47がC123二機にかわった。その時点での乗務員は約二十五…

新自由クラブ・民主連合1982/03/18

96衆議院 内閣委員会 第4号

○楢崎委員 あなたの三月一日の御答弁はずいぶん間違ったところがあるわけですね。私はこの点について確認をしておきたいのです。 あなたは国連軍として駐留したとおっしゃいましたね。タイが国連軍に加入したのは二十九年なんです。そして、さかのぼって二十七年の四月二十八日から国連軍として取り扱われるようになったわけです。だから、あなたの答弁はそこでまず違いますね。 このタイ空軍は、少なくとも昭和二十六年六月から昭和二十七年三月までは国連軍ではなかっ…

新自由クラブ・民主連合1982/03/18

96衆議院 内閣委員会 第4号

○楢崎委員 私が想像するところは、つまり占領中ですから日本に主権がない、それで米軍の許可で来ておったのではないかというふうに推測するのですけれども、この辺はやはりきちっと整理をしておかないといけないと思うのですね。 それで、時間が来ましたから最後一問にいたしますけれども、このタイ空軍の日本駐留について立川飛行場が使われて、その後横田飛行場が使われた。立川飛行場は自衛隊と共用ですね、四十七年から。それで五十二年に完全に返還をされたわけです…

新自由クラブ・民主連合1982/03/18

96衆議院 内閣委員会 第4号

○楢崎委員 ちょっとそれは違うんじゃないですか。この前の三月一日、淺尾局長は、あなたは吉田・アチソン交換公文を言っているけれども、私は国連軍地位協定の前文の「その附近」というのを聞いているのですよ。「その附近」というのは安保条約の六条に言う極東の範囲と同じだというふうに解釈していると淺尾さんは答弁したのですよ。それで私は言っているのです。そうすると、それを取り消すのですか。どうなんですか。

新自由クラブ・民主連合1982/03/18

96衆議院 内閣委員会 第4号

○楢崎委員 時間が来ましたから、私はこの次に譲りますけれども、あなたは本当にくるくる答弁を変えますね。そしてへ理屈を言ってごまかしてしまう癖がある。問題を残しておきますよ。 終わります。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 私は、日米防衛協力ガイドラインの問題点が幾つかありますが、そのうちの一つの問題として、以下質問を進めたいと思います。 まず、日米ガイドラインで言う極東有事の場合の「極東」とは、日米安保条約第六条の「極東」と同じ範囲でありますか。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 しからば、国連軍の地位に関する協定、以下国連軍地位協定と私は申し上げますが、この前文における「国際連合の行動に従事する軍隊を日本国内及びその附近において支持することを日本国が許し且つ容易にすることを確認し」とあります。「その附近」とは一体どの範囲でありますか。三十分しかありませんから、法制局も見えておったら、どちらでもいいですよ。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 これは初めての見解ですか。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 したがって、もし安保条約六条、極東の範囲と一致するとすれば、これは非常な地域的な広がりを持つことになりますね、極東有事という場合。全部連関をしておる。それは後から質問することに関係をいたしますから、しばらくおくことにいたしましょう。 それで、淺尾局長は、私の二月十日の予算委員会における質問に際し「修理のために米軍の施設、区域に出入し、さらに民間の施設で修理を受けたというのは、韓国の飛行機でございます。」さらに、「日本の民間…

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 この議事録では、修理をされておるのは全部韓国機、そういうふうになっておりますよね。この議事録を読めばそうなる。米軍以外のほかの国はない、この議事録ではそうなるのです。 では確認をいたしますが、いまのタイ国航空機、軍用機の日本の民間工場における修理の状態について、御説明を詳細にお願いします。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 二十九年から四十五年までの間は何機ですか。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 いまはっきりしましたが、まだ後から訂正なさると思いますけれども、ちょっと復唱しましょうか。 二十九年から入ってきたが、修理として入ってきたのは四十六年から、そうですね。そうして、四十六年から四十八年まで修理として八機来ておる。内訳は、四十六年十二月HU16D、それが一機、四十七年六月HU16B一機、これはともに水陸両用飛行艇ですね。四十七年二月S2F一機、四十七年五月同じく一機、四十七年八月同じく一機、四十八年三機。このS…

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 あなたは、私の二月十日の質問の終わった後記者団に、韓国機は三十年代だから、韓国機の修理についていわゆる武器禁輸三原則には該当しない、武器禁輸三原則は四十二年以来の問題だから、そういうふうに語られたそうですが、間違いないですか。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 日本の有力新聞にそれが載っておりましたから、念のために聞いたんです。 そこで、私は前回も申し上げたけれども、外国の航空機が日本に飛んできて、飛行場から修理工場に行くために出た途端に輸入になる。それから今度修理して飛行場から外に出るとき、これは輸出になる。ただし、地位協定なりあるいは外為あるいは貿管令等でたとえば定期民間航空機、これは除外をされておる、手続がですね。しかし概念としては、これは輸出入になる、ただ除外されているだ…

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 それは間違いですよ。研究をしてください。一般概念としては、そういうことになっておかぬと後でおかしな問題たくさん起こりますよ。ただ、さっき言ったとおり、地位協定とかあるいは貿管令とか外為の関係で手続を省かれているだけなんですよ。それは研究して、通産省とも打ち合わせをして、もう一度統一見解を出してください。よろしゅうございますね。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 それは後ほど、非常に重要なところですから統一的な見解を明確にしてもらいたい。今後の武器禁輸三原則との関係が出てまいりますから。 そこで、地位協定十二条によって、米軍が日本国内でいろいろ買ったりして米軍の物になったものは外に出してもいいんだ。したがって、いま懸案事項ですけれども、個々に米軍に武器を輸出する問題の一つの抜け穴があるということは、二月一日の石橋質問のときに指摘をされたとおりであろうと思うのです。ただ私は、そのまま…

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 日本の方は非常に人がいいのですよね。昨年十二月二十一日にレーガン大統領が署名をした例のストラットン・グッディング修正法、アメリカの方から要請があっているからということで、まじめに日本の方は受けとめていま検討中なんでしょう。ところがアメリカの方は、さっさと自分の方の経済事情なり議員の選挙区の事情で、アメリカの軍需工場でつくっているものについてのライセンス生産はだめだというような事実を勝手につくっているのですよ、大臣。アメリカ…

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 これはやはり真剣にひとつ、武器禁輸三原則との関係でこの点の抜け道がルーズにならないように、いま大臣はそういう感覚のようでございますから、期待をいたしておきたいと思います。 次に、先ほどの御答弁に返りますが、二十九年からタイの空軍機が来ておる。正確に二十九年からですか。それは違うんじゃないですか。

新自由クラブ・民主連合1982/03/01

96衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○楢崎分科員 私がおたくの方に聞いたところでは、確認したところでは、昭和二十六年から五十一年まで部隊はおった。軍用機の方は昭和二十六年から四十四年十二月までいた。軍用機はどういう種類の軍用機であったかというと、まず最初のころはC47二機、その後はC123B二機。それで部隊のためのオフィスがあり、宿舎があった。この二十六年からというのは重要なところなんです。二十年代というふうに簡単にこれは扱ってはだめです。これは重要なところです。