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公益事業委員会委員衆議院参議院
総発言数
146 件
直近の所属会派
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直近の役職
公益事業委員会委員
直近の発言日
1950/11/13

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 考査特別委員会47 件・47%
  • 電力問題に関する特別委員会36 件・36%
  • 経済安定委員会通商産業委員会連合審査会17 件・17%

※ 全 146 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

146 件中 20 件を表示
1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 まあ、そういうことになりますか……。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 辞令が来ております。それで二月一日に次の活動を始めなければならぬということを感じましたから……。実際はこれで打切るということもはつきり言うて……。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 これに署名したら、ぼくは公職は解けたものと見るよと言つた。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 残つてくれというよりも個人的に援助してもらいたい……。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 それはずつとあとです。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 それは三月ころです。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 松永事務所ができたのは三月ころでしようなあ。初めは電気協会に行つてやりよつたのです。それで電気協会でみな配電会社の人や何か手伝つてもらつて、新聞記者とか、日経連とか、輿輪といいますか、三鬼君や何か友達がおりますから、石川一郎とか——これは悪口ではないがわからず屋で、どうもわからぬ。これも電気ということについては……。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 それで松永事務所というものは二月十日ごろ、十四、五日ごろでしたかな、電気協会に行つて始めたころからずつと続いて、それから電気協会では狹いものですから、配電会社と日発の人に相談して、これはみんなでやつて行かなければならぬのだからとお頼みした。それから電力再編成ということの法制上以外の実際上の仕事、計算と技術上の調査もしなければならぬ。これ議会中でもわれわれは調査して行かなければならぬことがたくさん残つておる。それを各社、日発も…

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 そうです。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 そうです。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 それも金がいるので、私が少しは持つておりましたのもあつたろう、使つたろうと思いますが、いつの間にか皆さんのお世話になつて、あるいは自動車を貸してもらうとか、費用の一部も持つてもらう。それから新聞社の方を呼んで話したり、あるいは旅行をしたりする。そのうちに宮川君や中村君あたりの費用等も幾らかいりますから、それも月給としてみなもらいに来るものですから、私がその金からあげたのです。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 そういうことになつております。ぜひこれだけくれという、割当とかいうことではなくて、自然に、日発はそういうふうに締め出され、東電は忙しいので、あそこに行くと、用事が多くて、いろいろ手伝つてもらう、こちらもまた。パンフレットや何かを私の方で書いたり何かする。その費用が錯綜したのでしよう。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 こまかいことは、どうも記憶違いがあるかもしれませんから……。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 再編成、それから外資関係、それから西洋人が来まして、その後四国を見に来たウエステイングのジード、あれは昔知つた男で、それからGEの昔の社長をしておつたスオープというのが来ますし、それから東電や東邦の外債をやつたフーセーという弁護士が、何とかいう大きな土建屋と一緒に来まして、ぜひ日本でその土建屋が工事をやる、そこで案内してくれとか、文書を出してくれ、それからいろいろた、北上川の人とか九州の屋久島とか、熊本県営でやろうとしている…

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 向うの気持はよくわかりませんけれども、私から言うと非常にありがたい。実においぼれの身で私がかなり無礼なことげかり言うて、調べが君ら足らぬじやないかとか、発電の方面は知らぬ。知らぬといつてそれで済むか、というような小言を言いながら、いろいろな資料を向うも集めてくれてずいぶん骨が折れたろうと思います。非常に私の方で感謝いたしております。向うが非常な好意でやつてくれたことはいまだにありがたく思つております。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 事務所というのは、三月ごろからできた松永の事務所ですか。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 その以前は申し上げた。電力問題などは、今言う四割三分やらぬと推力が足らぬとか何とかいう民間人の誤りを解くために、図面をこしらえて説明するとか何とかいう、啓蒙運動ということも大分あります。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 それは電気協会に行つたり方々へ行つておつたわけです。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 事務所はありとすれば、初めは電気協会……。

1950/11/13

第8回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○松永証人 私が行つて、みんなが来てくれてやつておる。固定した事務所ができたのは、三月の幾日ですか、あるいは二月の末でしたか、松永事務所ができたのは、日にちは今ちよつと記憶しておりません。