松永光
会議録に記録された「松永光」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 4,719 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- 大蔵大臣
- 直近の発言日
- 1985/04/10
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金11 件
- 防衛4 件
- こども・子育て2 件
- エネルギー1 件
- 住宅・不動産1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 予算委員会93 件・93%
- 行財政改革・税制等に関する特別委員会7 件・7%
※ 全 4,719 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第102回 衆議院 大蔵委員会 第17号
○松永国務大臣 私は、公務員は責任を持って仕事をし、民間はもうけ中心で無責任だというふうにはとらない。民間の方も良識を持って仕事をしていらっしゃる。良識を持って仕事をしているから民間の企業もやっていけるのだと私は思います。いずれにせよ人がやることでありまして、民間だからどう、公務員だからどうというふうに言えないと思う。問題はポイント、ポイントを責任を持ってきちっとチェックする体制があるかどうか、ここがポイントだろうと思います。だから通達…
第102回 衆議院 大蔵委員会 第17号
○松永国務大臣 先生御指摘のように、官房長官から、政策決定参加を促進するために、婦人問題企画推進本部で目標として定められておる一〇%、これがまだ達成していない、速やかに達成するよう努力せられたいという注意といいますか、発言がございました。私は、男性に劣らない能力を持っている婦人がたくさんいらっしゃるということをよく承知しておるつもりでございます。法曹界、あるいは裁判官でも検察官でも役人でも、随分立派な婦人が活躍をしていらっしゃいます。 …
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 私も、教育改革と行政改革とは質的に違うというふうに思っております。と申しますのは、行政改革は、適正かつ合理的な行政の実現を目指すものでありまして、主としてその内容となるものは行政の効率化あるいは簡素化、こういったことがそこから出てくるのだろうと思います。しかし、教育改革は、特に今回の教育改革は、二十一世紀の我が国を担うにふさわしい青少年を目指すためにいかなる教育の制度やあるいは教育のやり方をすべきかということを総合的に検…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 臨時教育審議会でいわゆる教育の自由化論というのが論議されたということは私も承知しておりますが、しかし、それはどういうことから自由化論が出てきたかというと、私の承知しているところでは、今の教育は余りにも画一的過ぎる、あるいは硬直している、そういった画一性とか硬直性を打破するためのインパクトとすべく自由化論というのが出てきたというふうに私は承知しておるわけでありまして、画一性、硬直性についてそれを打破するということは、必ずし…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 臨時教育審議会におけるいわゆる自由化論なるものを展開された方がフリードマンの自由化論と同じ思想の持ち主であるかどうか、それは私にはわかりませんし、また思想はあくまでも自由でありますから、それをどういうふうにとらえるか、藤木委員の御自由、御勝手なんでございますけれども、いずれにせよ、臨時教育審議会の議論というものは、委員の方々が自由濶達に論議をしていただくということになっておりますので、今後とも自由な論議を展開されて、そし…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 助け合っていくということ、あるいは励まし合っていくということ、これは大事なことであると私は思います。しかし、同時に、教育の場におきましても、例えば体育、スポーツ等の場合には、野球で言えばこの人よりも私の方がよりよく打てる打者になりたい、打率を上げるそういう打者になりたいという意欲を持ってお互いに競争し合うという点も、これまたその人の体位向上あるいは能力を上げていく上において必要なことなんでありまして、教育の場だから競争が…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 私は、臨時教育審議会で教育の場に商品生産と同じような意味合いでの自由競争を持ち込むことを前提にした議論がなされておるとは思ってないわけです。したがって、そういう考え方での答申があろうとは思っておりません。 一般的に言えば、臨時教育審議会で審議が深められまして、意見がまとまりまして、そして答申なり意見の申し出なりがあった場合には、政府はこれを尊重する義務がありますから、これは臨教審設置法にちゃんと書いてあるわけでありますか…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 私はクーポン制あるいはバウチャー制というものは成功しなかったというふうに聞いておるわけであります。なぜだろうか。それは、教育というのは、知育、徳育、体育、それぞれの分野で個人の能力を伸ばし、そして人格の完成を目指すという特殊な分野でありますから、したがって、商品生産の場でうまくいったものが教育の場でうまくいくとは思われないというふうに実は思うわけでありまして、うまく成功しなかったなというふうに私は認識をいたしております。
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 臨時教育審議会の審議は、実は今藤木先生が申されたような理論とかあるいはそういう考え方で審議されておるとは思いません。それは先生の方の誤解が相当あると思います。現在までのところ、臨時教育審議会の審議というものは、臨教審設置法にありますように、教育基本法の精神にのっとって我が国の教育のあらゆる分野における改革を進めるための議論をしていただいておるわけでありまして、しかも、その議論の進め方、審議の進め方がいまだかつてないような…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 一番最初に申し上げましたとおり、総理も私も、教育改革と行政改革とは質的に違うのだ、こういうふうに申し上げておるわけでありまして、今臨教審で審議されておるのも行政改革と同じような立場や同じような考え方で審議されているものじゃないんです。二十一世紀を担う青少年をどういうやり方で教育すれば立派な青少年として育成することができるかという視点から論議をしていただいておるわけでございますから、先生のおっしゃっていることは誤解に基づく…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 臨時教育審議会の審議の進めぐあいあるいは答申を出す方法等につきましては、先生も相当御承知と思いますけれども、各部会に分かれて、各部会ごとに検討課題をお決めになって、そして密度の濃い審議をしていただいておる。そして社会的関心度の高いもの等を中心にして、まず第一次の答申を取りまとめようということで審議が進んでいるようでありますが、そして、四月二十四日をめどに総会でそれまでの各部会の審議を取りまとめて、「審議経過の概要(その二…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 一般論から申し上げますと、大学で大学入学者をどういう方法で選抜し、そしてだれを入学させるかというのは、大学が自主的に判断なさることが一般論ではあるわけです。しかし、そのやり方にいたしましても、先ほどから先生御指摘のように、高等学校の教育とのかかわりがありますから、その点の配慮はしなければなりません。それからまた、余りにも受験生に過酷なといいましょうか、難問奇問を出すような、そういうことでも実は教育的な配慮としては十分でな…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 私は、大学入試時期を九月にということについての発言をしたことはありません。入試時期については発言をしたことはありません。
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 臨時教育審議会の第四部会でございましたか、大学の入学時期について九月という意見の議論がなされたということは私は承知をいたしました。そういたしますと、入学試験を実施する時期は現在のように一月、二月じゃなくして別の時期になろうかと思うのであります。 現在の大学入学が四月入学である。それからさかのぼって今度は入学試験の時期が一月、二月である。現在の大学入学試験の時期が一月、二月という短い期間に、しかも日本で一番気候の悪い時期に…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 大学の入学を九月にして、そして高等学校以下の卒業時期を三月のままだといたしますと、いろいろな問題が出てくると思うのであります。いずれにせよ、今申したようなわけで、九月入学というのは、試験の時期が今のような時期でなくなる。それから、先ほど言いませんでしたけれども、入学者の選抜ももう少しゆとりを持ってやれるというメリットもあるでしょう。あるいは外国と同じような時期になりますので、そういう面もメリットとして考えられるでしょう。…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 今の先生の御議論は、大学入学は九月、高校卒業は三月という仮定を置いての御議論ですから、私が先ほどから申し上げているのは、今先生のおっしゃるようなことになるとすれば相当の混乱がある、これを混乱ないようにするためにはどうすべきかということになってくるわけですね。したがって、これもすべて仮定の話でございまして、そこらの混乱、財政の問題等々も含めて総合的にこれから論議を深めていただいて、そして、望ましいならば、入学時期が現在の四…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 学校給食は教育の一環として定着をしておると私は認識しております。教育の一環というのは、まず第一に、学校給食で専門的な栄養士の人が献立をつくって栄養のバランスのとれたお昼御飯を生徒の皆さんが食べることによって生徒の健康の増進、これが一つ。二番目は、学校給食を生徒と先生が一緒にとる、その時間帯に生徒と教師の間の触れ合いがより一層深まる。一般社会でも、心のつながり、触れ合いをより一層深めようとしていく場合には飯でも食おうかとい…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 先生御指摘のように、豊かになって飽食の時代になったのだから学校給食はもうやめるべきではないのか、むしろ、お母さんが弁当をつくって子供に持たせてあけることによって、子供は母親の愛情を肌身で感ずる、そのことが子供の心の面での健全な発達を図るためにはプラスではないのか、こういう相当広範囲の意見があることを私も承知しております。 ただ、飽食の時代になりましたけれども、ある意味では飽食の時代になったから、かえって子供の栄養のバラン…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 日本は広うございまして、種々さまざまな条件で学校は運営され、かつそこに暮らしている人も種々さまざまな条件で生活をしておるわけですね。私も実は、今はいかにも都会育ちみたいな顔に見えるかもしれませんが、本当は小学校五年までは九州の山村におりました。その当時の経験から言えば、みんなはだしでした。ところが、今東京の学校は、あるいは浦和の学校もほとんどそうなりましたが、土のままだというと周囲から非常にやかましいんですよ、ほこりが立…
第102回 衆議院 文教委員会 第5号
○松永国務大臣 大変痛ましい事件だという私の受けとめ方でございます。小学校五年生の男の子、本人にとってもまた御両親にとっても、大変な痛ましい、打撃的なことではなかったかなというふうに思います。 私は、なぜこうなったんだろう、なぜこういう事件が起こったんだろう、いろいろ私なりに考えるわけでありますが、この子供さんはどういう家庭環境であったのかな、それからその周辺の社会環境はどうだったのかな、もしこの子が帰ってきたときに、何か不満というか、…