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日本民主党文部大臣衆議院参議院
総発言数
1,043 件
直近の所属会派
日本民主党
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1955/06/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員協議会58 件・58%
  • 文教委員会41 件・41%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 1,043 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,043 件中 20 件を表示
日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 ちょうど私が引き継ぎましたときは第一次の大蔵省の査定が各省に示されるすぐ前でございまして、その間に大蔵省に対してまだ交渉の余地が残っておりましたから、それをできるように努力をしてみたのですが、どうしてもそれはことしもう一年やめたいということでございまして、結論を得ることができませんで断念をいたしたわけでございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それは事務といたして十分話もさせまするし、大蔵大臣にも直接話をいたしたこともあると記憶いたしております。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それは、私といたしまして、文部省全体の予算を通覧いたしまして、やはりいろいろな面で折衝がございまして、それですでに前任者のときにほとんど不可能であるときまっておりましたことでもありまするしいたしたものですから、やむを得ずあきらめまして、次の機会を期するという考えを持つに至ったのであります。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それはちょっと違うだろうと思うのです。軽重の点ではなくて、大蔵省としてあのときには補助はほとんど一律に切るという方針を立て、閣議でもその大体の方針をことしもう一年はやる、こういうことにきまったものですから、それで、その原則に従いますとこればかりを強く主張するわけに参りませんで、そういう事情のもとにあきらめざるを得なくなったのでございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それは必ずしも一律というわけには行きません。あとからそれに漏れたものも、最初からのもありますけれども、原則としてそういうことに縛られておりましたから、ほかの経費との軽重というよりも、そういう原則に縛られてやることができなかった、こういう次第でございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 そういうわけでもありませんで、特例法による補助の打ち切りは大体ほとんど全部、そういうことになっておると考えておるわけでございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 だまされたと言われますれば、そういう事実があったかもしれませんけれども、何分前年から眠っている法律でもございまするし、緊縮事態も同様でありますし、特例のことでもありましたから、もう一年をもってやるわけであります。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 そういうこともございましたが、財政の状態はやはり一年で緊縮の実態を得ることができませんで、ことしも同様の政策をとっております。それでことしの事態に応じてまた一年を延ばす、こういうことと御了承を願いたいと思います。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 お言葉ではありますが、私は財政の問題であなたと議論するような財政通ではありませんから何ですが、このことだけは申し上げ得ると思いますから、御了承願いたいと思います。今の政府の方針が依然として緊縮政策を持続しているからして、こういうことになったのである。その緊縮政策を持続せざるを得ざるに至ったその論拠なり理由なりは専門家にお聞きを願いとうございますけれども、私は、緊縮政策をやっている政府の中にあって文政を預かっておりますから…

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 先刻も申し上げました通り、ずっと以前から継続して参りましたこの教科書無料配付のことが一日も早く復活することができたらばと思うておりましたが、今度の機会にそれを復活することができなかったのは非常に遺憾でございますけれども、これは先刻申し上げました通りのようないろいろの事情によるものでございまして、でき得る限り早い機会にこれを復活をいたしまして、そうして恒久的に一つのきまった制度といたして最善を期したい、こういうふうに考えて…

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 こういうことになりました事情についてはいろいろありますけれども、このようなことになりますそのことについてははなはだ残念に考えて、この復活に努力いたしたいというのでございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それはすでに予算は自由党、民主党との間にもああいう修正の妥結ができまして、今参議院にかかっておることでございますから、次の予算編成の機会にぜひそれを貫徹するように努力をいたしたい、このように考えております。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それは、できましたならば、次の通常国会に復活の手続をいたしましてやりたいと思っております。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 お話の通りでございますけれども、ことしやりますれば、ことしも生かしておきますれば、ことしもまたやらなくちゃいかぬということだろうと思います。ことしやらなかった事情は先刻来申し上げ、遺憾に思うているわけでありまして、事はやはり来年からこういうことで努力をいたしたいと思うのでございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 先刻からお答え申し上げておりますことは、これはもちろん議会を通じて国民に申すことでありますが、これができなかったのについて謝罪とかなんとかいうことではございませんけれども、できればやりたかった、それができなかったのは遺憾だということを申し上げておるようなわけでございますから、それで大体御了承を願いたいと思います。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 実はそれは政策の上においてのことでございますので、謝罪をする、せぬというようなことは、私は遺憾の意を表するという言葉ですべてが含まれていると考えているわけでございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それはさっきから申し上げておる通りでございまして、今度できなかったのは遺憾である、残念であるということは繰り返して申し上げておるようなわけでございます。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 お話でございますが、そういう特例法の、内閣としてきまりによってそうなにしたのですから、私は力が足りないで遺憾であったとは申しますけれども、罪があって謝することとは考えておりません。であるから、謝罪という言葉は申しませんで、遺憾であったと申したわけでございますから、それらの点は御了承をお願いいたしたいと思います。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それは私の力が足りなかったと仰せられるならばそうなんですけれども、私はこういうことに罪があるとは考えません。従いまして、謝罪ということは、これは一つお許しを願いまして、申しわけがないとか遺憾だという言葉は申し上げますが、やはりそういうことは公人としてきっぱりしておかなくちゃいけないと思いますから、せっかくの何ですけれども、そこのけじめだけは一つ御了承願いたいと思います。

日本民主党文部大臣1955/06/24

第22回 衆議院 補助金等の整理等に関する特別委員会 第10号

○松村国務大臣 それは、前年度もそうであり、今度も入れた。それは私の責任でございまして、私の見解でございます。責任であるとは申しますが、これが罪であるとは私は考えませんでございます。