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文部省学術国際局長衆議院参議院
総発言数
3,546
直近の所属会派
直近の役職
文部省学術国際局長
直近の発言日
1973/09/13

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会51 件・51%
  • 外務委員会48 件・48%
  • 決算委員会1 件・1%

※ 全 3,546 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,546 20 を表示
文部省大学学術局長1973/09/13

71参議院 文教委員会 第27号

○政府委員(木田宏君) 御指摘になります講座ということの歴史的に持ってまいりました現在の実態にもいろいろと問題がある点は御意見のとおりかと考えます。

文部省大学学術局長1973/09/13

71参議院 文教委員会 第27号

○政府委員(木田宏君) すでにお配り申し上げております「筑波大学の創設準備について(第一次まとめ)」の中に、学群におきます教育課程の編成方法といたしまして基本的なカリキュラムの考え方はごらんをいただいておる次第かと思うのでございます。この教育課程の基本的な方向につきましては、私どもも創設準備会でも検討し、大学設置審議会でも議論をいたしておりますが、大学設置の審査にあたりましては、その専門領域ごとにどういう専門の教官をそろえ、学生数に対応…

文部省大学学術局長1973/09/13

71参議院 文教委員会 第27号

○政府委員(木田宏君) 学部制をとりますところは、おのずから学部学科という従来の構成になろうかと思います。学部以外の組織をとります部分につきましては、それがどういう組織をとるかということに従いまして、その運営管理、運営の体制がきまってくるのではないかというふうに考えます。

文部省大学学術局長1973/09/13

71参議院 文教委員会 第27号

○政府委員(木田宏君) 申し上げるまでもございませんけれども、教育そのものは個々の一人一人の教官の活動であろうかと思います。しかし、大学として学生に所定の専攻を履修させるだけの教育のシステムをつくる。それを学生に与えていく、この体系を考え、体系に沿った講義をそれぞれの教官に分担していただく、こういう組織づけをいたしますことは教育の管理であり、運営であろうかと考える次第でございます。

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 四十四年の七月、評議会で筑波移転を決定いたしますまでの間、これは東京大学もそうでございましたが、東京教育大学におきましても、四十三年の後半から四十四年の前半にかけまして学内はたいへん荒れた次第でございます。特に学生たちがこの大学当局、大学側で文学部に対しても、文学部学生が教官に対する暴行を働く、あるいは本館等を文学部の学生その他でございますけれども、本館等の封鎖を行なって大学としての機能を停止させるというような状…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) これは、七月二十八日に文学部教授会の名前で出された宣言を見ておりますと、昭和四十四年の七月二十四日、文学部の三評議委員退席後の評議会は、本学移転の最終意思決定を行なった。われわれは、このような意思決定を大学運営の原則に照らし、とうてい本学の正式の意思決定であると認めるわけにはいかない。こういうことをみずから言っておられるのでありますが、文学部の評議委員の方々は、評議会で、この移転問題等議論する際には退席をしてしま…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 東京教育大学が筑波への移転、筑波の地におきまして新しい大学として発展を期するということは、昭和四十二年からのことでございまして、いま御指摘がありました時の学長個人がどうこうということではございません。大学の評議会におきましてそういう意見をかわし、大学の責任機関としての意思決定をして、それによって昭和四十二年七月以降、学内の体制の準備を整えてきたということでございます。 遺憾ながら、昭和四十二年七月に、東京教育大学…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 学内のいろいろな不穏な状態が起こりました際に、具体的にはだれがどういうふうに治安当局へ連絡をするかというのは、すべて学長ときまったわけではございません。しかし、そうした措置をとったことにつきまして、大学の最高機関としての学長にやはり責任があるという意味におきましては、当時の学長も、そのことについての措置に責任をとるべき位置にあるということは言えようかと思います。しかし、それはやはり大学の公の機関としての措置でござ…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 当時、東京教育大学と東京大学がこの関東地区では一番激しい学生運動の波に洗われたわけでございまして、いろいろな大学の研究室や本部その他の施設が封鎖される等、学問研究が学内において十分に行ない得ないような異常な状態が起こったというわけでございます。 いま、憲法にしるされております「學問の自由は、これを保障する。」という規定を御指摘になりましたが、私は、こういう学内における学生の封鎖活動、そういったことは学内における研…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 憲法二十三条の学問研究の自由と申しますのは、研究者が自主的に自己の考えます研究を遂行していくという自由と、その研究結果の発表が自由に行なえるという自由というものを意味しておると言われておるのであります。そして、この二十三条におきまして「學問の自由は、これを保障する。」と規定してございますのは、一面において広くすべての国民に対してこれらの自由を保障するとともに、他面におきまして、大学が学術の中心として深く真理を探求…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 憲法二十三条が学問の自由を保障する、その観点に立ちまして大学の自治というものを非常に大事に考え、大学の中において学問研究が研究者の手によって守られていくという趣旨のものであるということは、御意見のとおりだと思うのでございます。そのために大学におきます評議会、あるいは学内の重要な会議が正常な状態で運営されるということは必要なことであろうかと思うのでございます。不幸にいたしまして、そうした学内の会議その他に対する非常…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 大学の自治というのは、学問の自由を、大学における学問の自由を保障いたしますために、大学の教育研究その他の教官の人事その他重要な大学の運営につきましては、大学の関係者の自主的な判断で処理をしていくという筋道、これが大学の自治だと考えるのでございます。ところが先ほど来御指摘になっております昭和四十三年から四十四年のころにかけましては、一部不法な学生の学内占拠その他の措置によりまして、大学の正常な教育研究機能というもの…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 筑波移転のことは、四十四年のころに突如起こったことではございませんで、四十二年から東京教育大学としては筑波移転のことを決定し、諸準備を整えてまいりました。そして四十四年には二月にも本館の封鎖状態が起こりまして、機動隊を導入して封鎖を解除する、そうした措置もとられてまいりまして、四十三年以来の学内の混乱状態を回復するための努力が長い間いろいろと続けられてきたわけでございます。一方、教育大学としては、前々から進めてま…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 東京教育大学は四十二年、四十四年と筑波への移転、また新大学のビジョン実現ということをきめまして、そして文部省へこういうふうにしたいという御意向を持ってこられました。したがって、文部省におきましても、その教育大学の考え方を受けとめてこれを実現させるべく、四十四年の十一月には、文部省に筑波新大学創設準備調査会というものを設置をいたしました。東京教育大学の関係者並びに他の学識経験者にお加わりいただいて、こうした教育大学…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 四十四年の時期におきまして文部省が早くしろとかというようなことを言っておる事実はございません。四十四年の七月に東京教育大学の態度がきまりまして、文部省としては、四十四年の十一月に、先ほど申し上げましたような筑波新大学の創設準備調査会を設置いたし、そして約一年半、二カ年近い検討を経て、四十六年の七月に創設準備調査会が「筑波新大学のあり方について」という見解をまとめて文部大臣に報告をしたのでございます。この報告を受け…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 東京教育大学が筑波に移転をする、その際に新大学のビジョンの実現を期して移転するという評議会の決定がある、そのことの意味につきましておそらく東京教育大学の関係者の間で論議があったものと思うのでございます。 〔委員長退席、理事楠正俊君着席〕 それは東京教育大学が従来のまま東京の地に残って筑波に新大学のビジョンを実現するということではなくて、東京教育大学は筑波に新大学のビジョンを実現して、新しい大学になると同時に従来ま…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 筑波新大学は、東京教育大学を母体にして新しい大学をつくるということでございまするから、新しい大学ができましたときに、東京教育大学はそちらに移り変わってもとの東京教育大学というものが解消すると、こういうことでございます。

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 東京教育大学の関係者が、一部御反対もございまするけれども、大学としては、自分の現在の大学を母体にして新しい大学をつくると、こういうお考えでございまするから、その新しい大学を整備していくということと並行いたしまして、その整備が完了いたしましたならば、東京教育大学の関係者がすっかりそちらに乗り移っていなくなる、当然になくなるということはまことに自然のことであろうかと思うんでございます。また、そういう教育大学の関係者の…

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) いま二百六十五万坪でございます。

文部省大学学術局長1973/09/11

71参議院 文教委員会 第26号

○政府委員(木田宏君) 筑波大学全体の施設費につきましては、総額で大体約六百億というふうに概算をいたしておる次第でございます。