木田宏
会議録に記録された「木田宏」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 3,546 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 文部省学術国際局長
- 直近の発言日
- 1973/06/06
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 宇宙4 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 文教委員会51 件・51%
- 外務委員会48 件・48%
- 決算委員会1 件・1%
※ 全 3,546 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 東京教育大学の関係者が、長い間筑波における新しい大学のビジョンを固め、筑波新大学のビジョンというふうに呼称をされ、それを、マスタープラン委員会ができましてから今日まですでにもう五年も前のことなんでありますが、その論議の過程をずっと受けながら、東京教育大学のマスタープラン委員会の委員長であるとかあるいは学長であるとか、そういう関係者が参加をして定着した名称というのは一番自然な名称で、これに対して他に異なる御提案は聞かされて…
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 国会の御審議のことでございますから、御審議の過程の問題だと考えます。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 東京教育大学が昭和四十六年六月十日に「筑波新大学に関する基本計画案」というのをおまとめになりましたのは、東京教育大学に設けられておりましたマスタープラン委員会の御論議の結論をこういう形で大学としてお認めになったものと考える、したがいまして、筑波新大学という呼称も、その間に東京教育大学の中で用いられてきたものというふうに私どもも考える次第でございまして、それを受けて、文部省の創設準備会等が同じ筑波新大学という呼称で作業を進…
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 マスタープラン委員会でいろいろ御論議がございましたが、その過程を逐一承知しているわけではございません。名称につきまして、どのような御論議があったかについては承知していないと先ほど申し上げましたが、それは他に異なる御提案その他がないということも含めて承知をしておらないわけでございます。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 過去の経緯を一々承知しておるわけではございませんが、先ほど御指摘のございました東京教育大学を国立学校設置法の中に提案いたしました際に、それを構成いたします大学関係者の中にかなりいろいろな論議がありました。それからまた東京文理科大学をつくるというような過程で、かなり幅広い論議があったということは聞いております。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 戦前は学校の設置は主として勅令をもって実施いたしておりますので、国会の中で特定の学校につきましての論議がどの程度行なわれたのか承知をいたしておりません。新しい憲法のもとにおきまして、国会で大学をめぐっての論議がいろいろと進むようになってまいりました。個々の大学をめぐっての扱い、大学全体として大きな問題になりますのは、おそらく今回が初めてだろうと思いまするけれども、しかし、かつて御検討をいただきました大学管理法案、その他大…
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 どこまでをどう考えるかということでございましょうけれども、東北大学から宮城教育大学が分離いたします過程におきましては、かなり活発な御論議があったというふうに記憶をいたしております。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 いま記憶がさだかでございませんので、また確かめてお答えを申し上げますが、宮城教育大学を設置いたします過程では、東北大学は紛争にも巻き込まれましたし、その宮城教育大学の設置につきましてかなり論議があったということはございます。 また名称の件でございますけれども、個々の大学の名称を変えることにつきまして、国会の場で相当活発な御論議があったということも記憶に残っておりますが、賛否の過程がどうであったかという点は、また別途調べま…
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 さっき申し上げました宮城教育大学の設置の際の各党の御意見がどうであったか、ちょっとさだかでございません。一般的には御指摘のように、多くの場合に一致の御賛同を得ながら、大学、学校はつくってきたと思いますけれども、場合によりましては、国立学校設置法の改正につきまして御論議があったという記憶は残っております。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 先ほど個別の例を申し上げましたが、宮城教育大学を設置いたします際には、そのことの可否をめぐりましてかなり激しい賛否の論議がございましたから、そのときの当委員会におきます賛否がどうであったかというのをもう一度私も確認をした上で、その事実があったかなかったかについてはお答えを申し上げたいと思います。 また、大学の名称につきましては、名称変更にあたりまして賛否が対立をいたしまして、賛成多数で国立学校設置法の関係大学の名称を変え…
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 大臣もお答え申し上げましたように、国立学校として、また国立の大学として、同じものだというふうに考えておるわけでございます。また、教育基本法、憲法との関係において、何ら他の大学と変わらないと思っております。ただ、御提案申し上げておりますように、学校教育法の学部構成のところが違うという意味で関係規定をあわせて御検討いただいておる次第でございます。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 この法案で御提案申し上げている次第でございます。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 この法律案に規定してございます昭和五十三年の三月三十一日をもって東京教育大学は廃止するということに相なります。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 筑波の地に新しい大学として発展するという前提で、昭和四十二年以来マスタープラン委員会の御論議があり、それが筑波新大学として構想がまとまってまいりまして、その新しい大学に発展をする、よって従来の東京教育大学は発展的に解消する、こういう御意見と承知をいたしておるわけでございます。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 筑波新大学の構想を考えて推進してこられた東京教育大学のお考えと考えております。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 東京教育大学は、昭和三十七年の九月に大学の移転問題を問題としてお取り上げになりまして、そうして昭和三十八年に、大学移転特別委員会を設置され、昭和三十九年の四月に評議会で大学の将来計画委員会の設置決定をして、逐次準備を進めてこられ、そうして昭和四十二年に評議会で、総合大学として発表することを期し、条件つきで筑波に土地を希望するということを決定されましてから、文部省あてに、筑波に土地を御要請になったわけでございます。その直後…
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 四十二年の六月には、総合大学として発展することを期して、条件つきで筑波に土地を希望するということをきめております。御指摘のとおりかと考えます。そしてマスタープラン委員会を設けて、その総合大学として発展するという中身の御検討に入られた。また四十三年六月には、それを受けて移転調査費の概算要求を文部省に御提示になったことは、そのとおりかと考えます。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 いま大体御指摘があったとおりかと考えます。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 紛争の激しい最中に、そのマスタープラン委員会の審議が順調に行なわれなかったということはあったかと思いますが、このマスタープラン委員会が四十二年七月に設置されて、四十四年七月までの間に審議が行なわれていなかったということではなかろうと思います。
第71回 衆議院 文教委員会 第19号
○木田政府委員 昭和四十二年六月に評議会で筑波の地に土地を希望する、筑波に移転を考えておられるという決定をいたしましてから、文学部がこの筑波への移転に反対して、以後一切この筑波への移転問題あるいは新大学の問題の論議に加わられないということは、事実はそのとおりでございますが、非常に遺憾なことだと考えております。大学の評議会で決定されましたことにつきまして、その構成一部局が、その決定に不賛成であるゆえをもって、あと大学の正規の評議会の論議に…