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自由民主党厚生大臣参議院衆議院
総発言数
8,754
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
厚生大臣
直近の発言日
1972/03/22

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会100 件・100%

※ 全 8,754 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,754 20 を表示
自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 ただいまの軍人恩給の支給にあずかっていないという旧軍人、ことに兵の階級の者が非常に多い、この問題につきましては、軍人恩給のいわゆる恩給審議会でいろいろと議論を進められておったところ、また、進められているところだ、かように考えます。軍人恩給は、社会保障という面もありますが、一面他に違った面もあるわけでありまして、そういう意味で、審議会で結論を出された事柄を尊重して政府としてはやっていくべきじゃなかろうか、かように考えており…

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 今度の医療費の改定によりましては、格差がどちらについているかということでございますが、病院のほうにアップ率が高くなっております。大きな病院ほどアップ率が高いであろう、かように考えます。もし、具体的のその内容の理由が御必要でありましたら、政府委員からお答えいたさせます。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 まず、第一点は所得制限の点でございますが、非常に高い所得のある者にまでなぜ公費で見なければならないのかという議論がございまして、したがって、制限をどこでつけるかというのが問題であろうと存じますが、今回のあれは二百五十万ということにいたしました。これは今後の情勢を見まして、さらにその引き上げ等も考えていかなければならないと考えております。 それから寝たきり老人に対して、年齢を引き下げたらどうかというお話がございますが、これ…

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 重度心身障害児等に対する医療の問題は、それなりに考えておりますが、しかし、これも現在のままで十分とは考えておりません。これもまた今後の問題として考えてまいらなければならない懸案問題だ、かように思います。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 私は基本的にはお考えに賛成でございますが、現在、心身障害児者に対して行なわれております諸施策、それらと勘案をいたしまして検討をいたしたいと申し上げるだけで、今日ここで、どの程度こうしなければならないという結論を、私はいま申し上げるだけの検討を済ましておりませんので、まことに申しわけございませんが、御了承いただきたいと思います。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 やはりそういうことはまあ実情に即し、実情と申しますのは社会のニードといいますか、必要性というものに即してやるのが本来であろう、かように考えます。したがって、そういうことを踏まえまして、いまおっしゃいましたいろいろな点を検討をいたさせます。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 私も、中村委員のおっしゃいますように、これはいろいろな問題があると思います。事実、物統令なんかもういいじゃないかという感じは、一応いたすわけであります。そこでひるがえってみますと、またいままでのいろんな問題がございまして、まだ結論に達しかねておりますが、幸いいま公衆浴場問題懇談会というものを学識経験者でつくってもらっております。その結論も拝見をいたして、そしてこれはいまのまま放置はできない、かように思いますから、結果を出…

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 民生委員の点は、確かに私もさように思います。非常に重要な仕事であり、いまの名誉職という形で、いまの手当とかそういったものではたして将来どうだという点がございますが、私も同様に考えまして、将来の問題を検討いたしたいと思います。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 確かにこれはいまなら国家賠償に該当する問題だと思います。国家賠償法はいつごろできたか、いま私、覚えておりませんが、もしそれができていなかったといたしましても、民事訴訟で国が責任を負うという形になるべきであったであろうと私は考えます。 そこで、そういった意味で、先ほど局長が述べました金額で和解ができたという報告を受けておりますが、その和解は、裁判所の和解であったのか、あるいはどうだったのか、この点も私は詳細に存じておりませ…

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 そのためになくなられたあるいは、後遺症が残ったというお方に対しては、私もまことにお気の毒だと思っております。ただ、その事件の解決として今後もう一度考え直すかどうかという点につきましては、先ほども申し上げましたように、当時の事情をただいまるるお伺いをいたしましたが、私のほうでもよく調べてみまして、事件はあれで解決したと認めるべきであるかそうでないかということを、検討いたした上で決定いたしたいと思います。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 いま局長が申し上げましたように、連名簿は一つの資料でございますから、その資料が間違いであるということがはっきりすれば、資料連名簿にはこうなっているけれども事実関係はこう認定するということで、認定をしていくわけであります。それで私は差しつかえがない、かように思っております。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 いま罪名の点をおっしゃいましたが、私は罪名が連名簿に記載されておるのかどうか存じませんが、連名簿にはこうなっているが、資料から見れば連名簿の記載のここが事実と違っていたということが明瞭になれば、そこに付せんでも張っておくということがいいのじゃないか。連名簿は一つには歴史的な記録でありますから、その歴史的な記録というものはそのままにしておいて、しかし将来間違いのないようにそこに付せんをつけて、この点は何月幾日こういう事実に…

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 変わっておりません。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 責任と申しましたのは、過失がなかったと、こう当局は言っております。園田厚生大臣も、過失があったかなかったかということは別にして、こういうことはやはり政治的責任として、そういったお子さんに対し、また家庭に対して尽くすべきことは尽くしたい、そういう意見であろうと私は思っておりますので、事務当局が申しましたのも、それを否定しているわけではございません。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 さようでございます。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 ちょっとむずかしい点でございますが、政治的責任は感じる、したがって十分なことはやる必要がある、こう思う。 そこで、裁判上、一つは因果関係が問題になると思うのでありますが、これには学問的な意味で因果関係をあるいは推定をするということになるかもしれないと思いますが、いまのところ、技術的には因果関係があるとははっきり断定しがたいという態度で臨んでいる、かように思います。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 そこで昨年、前厚生大臣も、国としては和解のお話を出している。製薬会社もそれに同調しているというのが今日の段階でございます。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 確かに思いやりが足りなかった、御指摘のとおりだ、かように考えます。今後一そうこまかく思いやりを込めて対処してまいりたいと思います。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 厚生省が先般調査をいたしましたのは、そういった四肢欠損児というような人たちの保護、保育、厚生という面で必要があるということで調べているわけでございます。したがいまして、因果関係があるとかないとかいうことの立証に使う考えは毛頭ございません。

自由民主党厚生大臣1972/03/22

68衆議院 予算委員会第三分科会 第3号

○斎藤国務大臣 これは園田厚生大臣以来内田厚生大臣、私も追って申し上げましたように、政府の政治的な責任として、先ほども申しましたように、もっと、何といいますか、それを相手の方も感じていただけるように心を込めてやってまいりたい、それには変わりはございません。和解と申しますのも、そういう意味で申し上げておるわけでございます。