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自由党衆議院
総発言数
955
直近の所属会派
自由党
直近の役職
直近の発言日
1950/11/13

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会87 件・87%
  • 議院運営委員会9 件・9%
  • 本会議4 件・4%

※ 全 955 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

955 20 を表示
自由党1950/11/13

8衆議院 文部委員会 第10号

○岡委員長代理 速記を始めて……。

自由党1950/11/13

8衆議院 文部委員会 第10号

○岡委員長代理 では速記をやめて……。 〔速記中止〕

自由党1950/11/13

8衆議院 文部委員会 第10号

○岡委員長代理 速記を始めて……。

自由党1950/11/13

8衆議院 文部委員会 第10号

○岡委員長代理 文化財保護に関する質疑はございませんか。 —————————————

自由党1950/11/13

8衆議院 文部委員会 第10号

○岡委員長代理 それでは認定講習についての質疑を許します。高木章君。

自由党1950/11/13

8衆議院 文部委員会 第10号

○岡委員長代理 ほかに質疑がなければ、本日はこれにて散会いたします。次会は公報をもつて御通知申し上げます。 午後四時十五分散会

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 それでは私から南原総長に――現行法では学長ですが、まだ南原総長と呼んだ方がよろしいかと思いますから、南原総長にお伺いいたします。 われわれ文部委員会としましては、わが国の文教、文化の全面にわたつて管掌するところでありますが、敗戰後の日本を文化国家として再建することを中外に宣明しました関係上、われわれはこれを文字通りに受取つて、文化国家再建の悲願のもとに、片山内閣のとき、国家総予算に対する文部予算の比率が四%であつたものを…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 実は予算を審議する立場にあるわれわれとしは、はなはだ驚き入つたことを伺つたのであります。文科系統の学生と理科系統の学生がいかにその差があるかということくらいは、われわれも大学を出た関係上知つております。それを聞こうというのではない。われわれが文部省について調査したところによると私は先生に教えて上げます。東大の学生一人は、実に月額五千円を食つているこれは驚くべきことである。しかも会社の考課表の場合のように、あの厖大な建物や…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 総長の方から先に進まれたようでありますが、次にレツド・パージの反対のために全学学連があの騒動いな暴動ともいうべき大事件を起したのであります、あなたもレツド・パージに対しては反対であるといわれておりますが、私たちはそれを当時の新聞によつて承知しておるのであります。今ここに九月二十六日付の東京新聞の拔萃がありますが、その標題は「東大「南原談話に沸く」自重要望に賛否わかれる」こういう標題であります。簡單でありますからその拔萃を…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 委員長から御注意がありましたから申し上げますが、これは一点国を憂うるためであつて、何も個人的感情からではないのであります。ものに熱心のあまり、つい語気が荒くなるかもしれませんが、その点は御了承願います。 それであなたの学校に、全国の学連の加盟校に指揮命令する学連本部があり、またあなたの大学の学生が、その委員長の光栄あるいすを占め、またそこの次の幹部のいすを占めておるのでありますか、事ここに至るまでには成るの日に偶然なつた…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 あなたは日本共産党東大細胞をいち早く公認したのであります。たしか田中文相のとき、どういう形かしりませんが、東大に細胞を公認するのはどういうものかと注意されたというふうに仄聞しておるのでありますが、あなたはともかくこれを公認した、そこで東大は御承知の通り、総長もそれがさだめし御自慢でありましようが、伝統的に全国大学の筆頭的地位にあり、日本共産党が、ここを効果的にねらうのは当然でありまして、この東大細胞がいち早く公認されたと…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 総長はこまかいことは、おひざ元のことでも御存じない。こまかいことだけでなく、予算さえも御存じないのであります。実はわれわれ先月の十九日に、先生方にこちらに来ていただくために調査をいたしたのでありますが、そのときはその形式的な届出も東大の構内にあり、またつい先日までは中央委員会の隣の部屋に嚴として学連本部があつたという事実は、あなたは御存じないでしようから、きようでもお帰りになつたら、そういう事実があつたかどうかお調べにな…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 昭和二十二年ごろ、東大の共産党細胞の学生が、長野県あるいはたしか福島県に出て行つて、師範学校の学校騒動を煽動し、これを指導した事実があり、これがためその学校は非常に迷惑し、その旨東大に急報したにもかかわらず、東大当局は何らの措置をとらなかつたということを聞き及んでおりますが、その真相を御存じですか。

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 日本共産党や東大の共産党学生は、あなたの共産党に対する理解と申しましようか、寛大なる考え方及びその実際の措置、たとえば細胞の公認等の措置を非常に喜んでおる。そこでそのお返しのつもりでありましようか、昨年の十二月の学長選挙の際には、東大の左翼学生は結束して大がかりにあなたの再選運動に連日没頭し、いやしくもあなたの対立候補となるような者であれば、たとえば亀山工学部長のごとき、その教授の名誉を毀損するために虚構の事実をあげて、…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 事実がはつきりすれば、まことにけつこうでありまして、実は事実をはつきりするためのあれでございます。非常にけつこうなことだと思います。せつかくお返しのつもりという言葉が出ましたので、ついでに申し上げますが、あなたはこの左翼学生の選挙運動をしかつたということでありますから、もうお返し云々ということはやめますけれども、とにかく全面講和論をひつさげて、吉田首相兼外相と論争した事実があるのであります。全面講和なるものは――委員長、…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 よく心得えております。やはりちよつと言わぬと、問題を残してはいけないので、委員長その点は了承していただきたい。ところが現在は共産党も客観的情勢上声をひそめておるのでありまして、社会党あたりとか、あるいは社革という小さな政党がありますが、それらが共産党の代弁をしておる。これはもちろん全面講和が今実現するものならば、これに越したことはないことは、最高学府の長たるあなたの御高高説を拜聽するまでもなく、極端に申せば、三才の童兒と…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 今御高話を拜聽いたしましたが、次にお尋ねいたしたいことは、あなたは先年来学寮建設にきわめて熱心であつて、全国的に呼びかけて寄附金を募つておられ、またその建設のために若干の国庫支出も行われておるのでありますが、皮肉なことには、東大の教養学部の寄宿舎は、大学当局もほとんど監督の手の下しようもなく、警察権もまた大学自治の名にはばまれて、一種の治外法権的な存在となつており、全学連の幹部の集会は多くここにおいて行われ、本年九月及び…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 次に、その教養学部においては、九月、試験開始の数日前から、学寮において朝四時ごろから深更に至るまで、拡声機を通じて大声でストライキの煽動をなし、その騒音のために勉強もできず、個別的の強要説得も行われ、受験のため登校した一般善良の学生に対しては、スクラムとなわばしごとによつて固めたピケ・ラインによつてこれを阻止し、あるいは食堂に誘導して試験場への入場を不可能ならしめ、ようやく試験場へ入場し得た少数の学生に対しましては、暴言…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 さらにその教養学部の寄宿舎内において、実情調査におもむいた察警官が武装解除されたり、報道関係者がカメラを取上げられたり、フイルムを破棄される等、まつたく無警察同様であつたという事実を耳にするのでありますが、それは大体において、そういう非常に乱れた状態であつたということを、総長はお認めになつたわけでありますから、それ以上は別にお聞きいたしません。 次に、九月二十九日の東京都学生総蹶起大会を鼓舞激励するために、東大の出教授が…

自由党1950/11/11

8衆議院 文部委員会 第9号

○岡(延)委員 次に、騒擾による学生の処分でありますが、早稻田が百十二名、法政でさえ三十一名を処分しておるのに、東京大は国立大学として国民に対する責任がちよつと違うのです。他の私立大学よりも、あれほどの騒ぎを起し、国民に迷惑をかけたにもかかわらず、新制東大が十三名、旧制東大は第一次に十名、第二次二名、第三次に三名と小刻みに処分し、その総計は二十八名にすぎません。これは軽きに失するという評判もあるのでありますが、その処分の基準等について承…